4.鬼の子~
暗い森の中。昼間までの森とは違い、薄暗く不気味な静寂が流れていた。
「ハァハァハァ…ソフィアはどこまで行ったんだよ」
ユウはそんなことをつぶやきながら森の中を進んでいく。
どこまで行ったのだろう。俺はなぜ会ったばかりのソフィアをここまで心配しているんだろう。…ソフィア泣いてたな。
そんな気持ちがユウを突き動かし、ユウは休むことなくただ進んだ。
ガサガサガサ。
不意に背後から草をかき分けるような物音が聞こえた。
「…ソ、ソフィアか? そんなところにいたのか。心配したよ。そんなところに…」
ユウは見つけたという安心感でほっとしながら物音のする方に歩み寄る。
少し近づいたところで不意にガサッと草の中から何かが飛び出してきた。
(………耳?)
そこには白く、とても柔らかそうな毛並みの大きな耳が姿を現した。
まるでウサギの耳のようなその耳。
ユウはしばらくその耳から目が離せなくなった。
ガサッガサ。
不意にその耳はこちらに向かってゆっくり近づいてくる。
そしてようやくその姿を現した。
しかし、その姿を見た瞬間、ユウは全身から血の気が引いていった。
姿かたちはウサギなのだが明らかに別種の生き物。
まるで血のように真っ赤な目。二足歩行で手には石で出来ているような斧?のようなものが握られている。
「こ、これは…魔物だよな…」
どうしたらいいのか分からずにユウはただ言葉を漏らした。
すると、その魔物はこちらを見ると斧を振り上げながら大きな鳴き声を上げた。
「ギュルゥゥゥゥゥゥ!!!」
明らかに敵対している。そのことだけは理解できた。
ユウはその瞬間走り出した。あんなに小さな魔物に背を向け走り出した。
自分でも情けないことはわかっていた。妄想の中の自分ならこんなとき魔物も倒し、ソフィアも見つけすべてをうまくこなすのだろう。しかし、現実の自分にそんな力はない。だからこそ、ユウはこの情けない気持ちを押しのけただ逃げるのだ。
どれぐらい進んだのだろう。ユウは逃げ続け、森を抜けた。すると、目の前には深く大きな崖が広がっていた。
ユウは息を切らしながら背後に目を向ける。
「……やっぱ逃げ切れなかったか」
そこには先ほどのウサギ型の魔物が立っていた。
警戒しながらもゆっくりと魔物は近づいてくる。
「あんまり近寄らないでくれるかな…俺、あんまりお前とは仲良くできなさそうだし…」
必死に強がりを言うがそんなことを魔物が気にするわけもなく、魔物は歩みを止めようとはしない。
逃げ場のないこの状況。ユウは死を覚悟した。
(…せっかくソフィアに助けてもらったのに…こんなところで死ぬのかよ。…もう一度ソフィアに会いたかったな。)
そんな事を思った瞬間、魔物は斧を振りかざしながらユウに飛びかかってきた。
「ギュルアァァァァァ!!!!!」
ユウがすべてをあきらめ、目を閉じたその瞬間、
ビュンッ
という何かが風を切るような音が聞こえた。
ユウは驚きすぐに目を開く。
そこには、大きな肉切り包丁のようなものを軽々と振るうソフィアの姿があった。
ソフィアに会えた。そんな喜びをかみしめるユウだがすぐに我に返り、先ほどまで魔物に襲われそうになっていたことを思い出した。
「ま、魔物は??」
ユウはそうつぶやきあたりを見渡すとそこには無残に首を切り落とされ、地面に転がっている魔物の姿があった。
自分の妄想でもここまで『死』っというものをリアルに想像していなかったユウはその魔物の姿を見て全身に鳥肌が立った。
しばらく言葉がだせないユウ。
するとソフィアは、無理やり笑みを浮かべながらユウに話しかけた。
「なんで付いてきちゃったの…。バカだなぁ。私と一緒にいてもいいことなんてなんもないよ…」
作り笑いをしているソフィアだが、隠し切れない悲しさがにじみ出る。
「い、いや~。いきなり走り出すからびっくりしたよ。しかも追って来たらまた魔物に襲われるし…本当にソフィアがいなかったら俺何回死んでんだよって感じで…。そ、そういえばあの小屋燃やした人たち。何考えてんだよなぁ。喧嘩でもしてんのか? そんなら俺がすぐにでも仲直りさせてやるよ。ハハハ…」
自分でもわかっていた。こんなことが言いたいわけじゃない。しかし、止められなかった。
「……ユウは優しいんだね。でもね、それは無理なんだよ…」
悲しそうな表情を隠そうとうつむき下を向くソフィア。
そのソフィアの言葉を聞きなぜか声が出せなくなるユウ。
二人の間をしばらく沈黙が流れた。
「…さっき聞こえたでしょ?私ね…鬼の子供なの。昔、この世界を破滅寸前まで追い込んだ鬼の子供。ハハハ。そりゃ嫌われるし怖がられるよね…。そんな奴好きになる人なんていないよね…」
ソフィアのその言葉を聞いたユウだがなぜか恐怖はなかった。
そして不思議と自然に言葉が出てきた。
「…俺はソフィアのこと結構好きだよ」
「それはユウが私の事を、鬼のことをよく知らないから…」
「俺は鬼がどんなに恐ろしいか知ってもソフィアのことは好きだと思うぞ」
「…そんなこと絶対ないの。鬼はみんなから嫌われる。怖くて、残酷なものなの」
「……でもソフィアは違うだろ?ソフィアは優しくていい子だ。ソフィアと会って間もないけど俺はそのことだけは確信が持てるよ。村の人を怖がらせたくないからあんな森の深い場所に一人でいるんだろ。寂しさを押し殺して一人で…」
ユウのその言葉を聞いた瞬間、我慢していた物がはじけたようにソフィアの目から涙があふれ出した。
「…ううっうううっ、寂しかった。つらかったよーーーー」
あふれる涙を必死に手で拭うソフィア。
そんなソフィアを見てユウは歩み寄り、頭をポンポンっと軽く叩くと、
「…よく頑張ったな」
っと一言声をかけた。