フェアリー
健一は首を傾げる。視界には『厄気』の姿は見えない。後ろにいるのかと思い振り返ろうとしたときだった。
視界に何かが映った。目を凝らすと目の前全体にガラスの壁みたいなものが見える。そのガラスの壁は何処までも横に広がり、とある場所で直角に曲がりなおも広がる。視線を上に移すとガラスの壁が蓋をしている。ガラスの長方体に閉じ込められたようだ。不意の状況に健一の脈拍が速くなる。
「ケンイチ様、お願いします」
ポケットからタバコとフェバルを取り出す。
「まかせろ! 『フリースモーク』」
両手に持ち精一杯振り回す。勢いよく飛び出した煙は球体になりガラスにぶつかる。少し跳ね返ってくると。トンっと『フリースモーク』を地に軽く叩きつけた。爆破音が響き渡る。近距離で受けた2人は爆破の影響は受けなかったが、耳は痛くなる。煙幕は次第に晴れ意気揚々と出口に向かう健一だが。
「嘘だろ!」
ガラスには傷1つ傷ついていなかった。
「やはり、なら」
イリリは首を上げ何かを必死に探している様子だ。
「どうして俺の『フリースモーク』で壊れない」
急いで戻ってきた健一が尋ねる。息が切れているのは走った影響だけではないようだ。
「簡単ですよ。あなたとlevelが1しか変わらないlevel7の『厄気』です」
そのとき、光が目を突く。ガラスの天井中央、白い光が放たれた。健一たちだけでなく兵士達も閉じ込められ白い光を見つめる。やがて、光が衰えると。女の子のような顔、ピンクの長い髪に金色に光る羽、服は白いドレス。何よりその片手程の大きさに驚く。
「あれが、門番の側近である『厄気』フェアリーです」
ガラスの部屋に閉じ込められた兵士はおよそ100人、1隊程の人数が閉じ込められた。兵士達はフェアリーの姿が現れ、一瞬たじろぐがすぐさま真剣な顔つきに戻り『錬術』を繰り出す。
上空に漂う敵を撃とうと幾多もの火、水、雷、が放たれる。花火の空の特等席にいるはずのフェアリー、その表情は人をも魅了する笑顔のままだ。
「お前らじゃあ相手にならねぇ、下がっていろ!」
声と共に青い光が昇る。槍に青いプラズマを纏い、高速移動を可能にする推進力、その全てを地に踏むころに振るう。上空7~8mの位置に漂うフェアリー、優雅に羽を翻す姿は高貴な貴族のような雰囲気だ。だがその空気を金髪の男がぶち壊す。
「死ねぇ!」
槍の鋭い突きがフェアリーの脇腹を貫く。フェアリーは突然の出来事に小さな顔が崩れる。すかさずガルバが追撃を加える。今度は金色の羽に青い光が突き刺さった。顔をしかめ、小さな目で、しかし恐ろしくガルバに目線を送るフェアリー。対象的にガルバは子供のような憎たらしい笑みを浮かべる。そのままガルバと片方に羽を失ったフェアリーは共に地面に落下するかに思えた。
耳に入ってきたのは美しい音色。心が落ち着き、体が安らぐ感覚を覚える。
「痛っ!」
ガルバは地面に勢いよく落下した。尚も美しい音色は続く、発信源はガルバの上空、豆粒ほどの口を動かしているフェアリーだ。ガルバ含め兵士一同はフェアリーに釘付けになる。その姿はガルバに傷を負わされた面影はない。羽や脇腹に空いた穴は何も違和感が無く塞がっていた。
「くそがっ!」
ガルバが吠えるが声は虚しく美しい音色にかき消される。次第にフェアリーの周りに白い光が漂う。
「百本殺し」
百本もの刃が束になり、小さな獲物を狙う。その大きさはフェアリーをも凌ぐ。フェアリーがそれに気がつくと赤ん坊ほどの手を挙げた。それに反応したのだろうか。白い光はカーテンのような形となりフェアリーを守る。百本もの刃は貫くことはなく全て地面に落ちた。
「兵は全て下がって下さい。ここは私たち3人で相手をします」
イリリの指示を聞き兵達はガラス部屋の四隅に移動する。ガルバの兵達は不服そうな顔をするがガルバが首を振り邪魔だということを伝えると速やかに移動を開始した。
「さて、出来ればこの3人で片付けたいですね」
兵士達は避難を終え、フェアリーと至近距離にいるのは健一、イリリ、ガルバの3人のみだ。その間、フェアリーもただ時間を過ぎしているはずもなく。白い光は徐々に増している。
「ふん、俺1人で十分だ。と言いたいが。Level8だ。俺がもう一度突っ込む、お前たちは援護しろ」
「ちょっと待って下さい。もう少し具体的な作戦を」
「うるせーな、いくぞ」
そう言い残すと再び青い光は空気に散る。健一は驚き目を見開くと一瞬にして姿を消した。
空中には再び青い光が。刹那に動く青い閃光はフェアリーを突いた。ガルバの神速の攻撃だが、白いカーテンには通じない。奇しくも小さな妖精が光のカーテンを纏う幻想的だ。青い光は白いカーテンに弾かれ、ガルバの持っていた槍は真っ二つに折れた。
「まだですよ!」
白いカーテンの真上、ガラスの天井には氷柱のように無数の刃が生える。当然、氷柱とは殺傷能力は比べものにならない。
「おい、あれはlevel7じゃないのか、あいつには効かないぞ!」
イリリの『無限刃』はlevel7だ。Level8のフェアリーには効果は望めない。
「そんなことは分かっています。もちろん、対策も。ケンイチ様も『錬術』で仕掛けて下さい、早く」
イリリの酸っぱい解答に口を尖らせたくなるが戦いの最中であることは健一の承知、『フリースモーク』から煙を吹き出す。その間、視線はフェアリーとその上空の刃を見つめる。
無数の刃は氷柱の中心、1本の刃を目指しゆっくりとカタツムリのように動く。異変に気が付いたフェアリーは何か仕掛けられる前に動く。白いカーテンは刃の氷柱を狙う。
「どこよそ見してやがる!」
再び現れたガルバ、青く光る靴は以前と変わらないが両手には全長3m程の長槍を構えると目にも止まらない速さで突く。すると、鋭利に尖った矢の先から青い放電が放たれた。パチパチと音を立て白いカーテンと接触。一瞬、目を閉じたくなるプラズマが辺りを包む。青い放電は白いカーテンの軌道をずらし刃の氷柱は破壊を免れた。
フェアリーはその小さな頬を膨らませ、白いカーテンを手元に呼び寄せる。細めた目はガルバを睨み悔しそうな顔を浮かべた。現在進行で落下しているガルバは反対に笑顔を浮かべる。そんな表情を不可思議に感じたのかフェアリーは首を傾げた。
「フリースモーク ドーナッツ」
小さな目を見開き、首を振り回す。回りを煙の輪で覆われたフェアリーはパニック状態だ。
「爆ぜろ!」
怒号の音、小さな妖精は火に包み込まれた。
「追撃です。『刑の執行』」
刃の氷柱は一箇所に集まり巨大な氷柱になっていた。ギィィィンと軋む音を立てながら火に包まれるフェアリーに直接狙う。
「錬術の強さはlevelに依存します。しかし、稀に錬術を究めるとlevel以上の力『精術』を発揮します。今しているように」
肉を切る音が断続的に響く。無数の刃が一点に目掛け貫いていく。
「やったか?」
健一は敵の生存を確認しようとイリリに尋ねるが、イリリは大きな目を開いたまま険しい表情を崩さない。
無数の刃が落ち続ける中、再び美しい音色が響き渡る。
全ての刃が落ちるとフェアリーの姿が見えた。体の至るところに傷をおっているが歌を歌うたび傷が癒える。
「くっそ! これじゃあまた元通りだ」
「いいえ、これでいいです。よく見て下さい。フェアリーの白い光がなくなっています」
確かにフェアリーに纏わり付いていた白いカーテンのような光はなくなっている。
「このチャンスをあいつが見逃すはずありませんから、見逃したら隊長失格にして貰って私の下でこき使います」
何処か滑らかな口調で話すイリリ。
「雷波槍」
その声はフェアリーよりも上空、目に付くのは青に染まった槍。そして、ガルバの槍投げ。手から離れた槍は纏っていた青い電気を増幅されながら、速度を上げながら落ちる。
「青い雷」
健一は思わずそう呟いた。
怒号が密閉されたボックスを震わせる。光の眩しさで兵士全員が目を閉じる。次に目を開くと。
「どぉーだ! 見たか!」
誇らしい顔でイリリに目を送るガルバと、その隣には黒こげになったフェアリーが指一つ動かないでいたフェアリー。次第に黒い光を灯すと、小さな体は消えていき姿が見えなくなると同時に結界も消滅した。