『オールスモーク』
落ち着け! 落ち着け! 落ち着け! まだ、まだ、まだだ。まだ、戦える。負けていない!
乱れる呼吸と混乱する頭を必死に落ち着かせ深呼吸をして呼吸を整える。血が吹きだすようすはなく痛みも変わらずない。
どういうわけか、一命は取り留めているようだな。今のところは…………。
空を突き破る緑と黒点の斑点の空間。そこからスフラは足を伸ばし、逆さまのホワイトマウンテンに足を踏み入れる。
ふと、疑問を感じ視線を下げる。両足が踝から消えている状態。
なぜ俺は立っているんだ?
手足を斬られてからも健一は一歩も動いていない。
おかしいだろ! 足を斬られて普通に立っているんだなんて。
「考えていますね。ケンイチ」
反転した世界にはもう慣れたのか。逆さになったホワイトマウンテンを平然と歩みを進めるスフラ。反射的に距離を取ろうと下がろうとしたが身体は動かない。
「なんなんだこれは!」
激昂する健一を無視して、冷徹な声で話す。
「今、一度言います。ケンイチ、今までありがとう」
右手には『時空剣』。左手には一般の短剣を握る。短い刀身の先を健一に向け、一歩、一歩。距離を詰める。その距離あと1m。
ありがとう――――か。
「聞きたくないな、そんな言葉。俺は、俺は――――。スフラが、誰かを思う言葉なんていって欲しくない。スフラにはもっと自由でいてほしい。胸が痛むんだよ。いつも、誰かのことを、世界のことを誰よりも考えていて。ちっとも、スフラの世界にはスフラがいない。本当に犠牲になっているのは、イノアでもガルバでも、ルバ兵でもないよ。スフラ自身だ。君は生きているのに死んでいる」
「何を…………。何をいって!いますか! あと、数歩進み。この刃をケンイチの胸に突き刺せば消える。夢の世界、異世界とも今度こそ永遠にお別れです」
地を蹴る音は小さく。忍び足のごとく。瞳に涙を浮かべながら刃をもう一度突き出す。幾多も剣を振い、肉を斬り命を奪ってきた腕は微かに震えていた。
どうして、震えるの? 私の腕は…………。
「俺が救う。俺はスフラの救世主になりたいから」
「今さらなにを!」
「『錬術』とは願いの力。初めから変だとは思っていた。異世界で力を使うことにこんな勝った苦しい様式なんてさ、面倒臭くないか」
面倒臭い?
「フェバルは神の力を貰うための受け皿。でもさ、よくよく考えてみれば俺自身が神の力の化身そのものだろ」
「何が言いたいの?」
「確信はないよ。でも、これしか方法がないからできるはずだ。これが成功しないとスフラは救えない」
「だまれ!」
『時空剣』を空間に刺す。壁に突き刺さったかのように、空間にねじ込み停止した。不震える右手に左手で抑える。しかし、震えは伝染し、短剣はさら大きく揺れる。
唇を強く噛んだ。ルビーの瞳から涙が零れる。水滴は刃に落ちると、刃は前に進んだ。
人を刺したときに感じるのは剣先から心に伝わってくる熱。熱くはない。人を刺し傷つき、命をも奪う行為。人として最低な行為。刺した人の魂が身体に取り込んでいく。十字架のように感じていた。
熱い――?
潤む視界に映ったのは花火。赤い閃光が手足を失ったケンイチを包んでいた。
「『オールスモーク』」
心に伝わってくる熱は冷め、剣先からの肉を押す感覚も消えた。開く瞳孔には薄い白煙が広がっていく。薄く太陽の光も透ける煙。風に従い徐々に広がりを見せる。不自然なのは健一の姿が見当たらない。
「これは――――!」
不意に、世界が反転した。ぐるりと回った視界に目と身体がついていかない。目は周り、足が縺れる。
「きやっ!」
勢い良く転倒した。両手のガードが間に合わず顔を山の斜面に打つ。直ぐに立ち上がり、右手で頬を拭う。血が出ているようすはなく、白い小石と砂が付着していた。
「終わったの?」
最後の光は――――。フェバルの光? そんなことあるはずない。きっと、何かをする前に刃が届いた。そして、ケンイチは元の世界に――――。
うん、これでよかった。元の日常に戻れたのでしょう。
「今までごめんなさい――――」
「謝るなよ。俺はこの世界にきて、辛いこともあってけど。感謝もいっぱいしている。なにより、大切な人を救うことができたから」
風のさえずりのような音。聞き馴染みのある声を探そうと首を振るがその姿は見受けられない。冷たい感覚が全身を襲った。次の瞬間、薄い霧のようなものが発生し身体を包み込んだ。
「これは――――?」
「『君自爆破』」
ケンイチの声がはっきりと聞こえた。まだ、帰っていない。ケンイチはこの世界にいる。スフラがそう確信し、全神経を再び集中させる。世界の命運を決める戦いはまだ終わっていない。
熱気――?
研ぎ澄まされた神経には微々の変化を感じた。張り付く霧に微量な熱が帯っていっていくことを。
目を見開く、両手をばたつかせ霧を払い後ろに跳び霧の範囲から脱しようと試みる。スフラの脳裏に最悪のビジョンが浮かぶ。高温に上がる霧はスフラの想像が現実になる示しだった。
ケンイチ――――。
「ごめんな、こんな無理やりな方法で――――。でも、これでもう休めるよ。あとは俺が神とかいっている奴をぶっ殺す!」
霧は赤に染まり色は徐々に濃く紅蓮の業火に変わる。地の奥まで轟く爆破音。火柱は天を貫くほど昇り、黒煙は太陽からの光を塞ぐ。
薄い霧が集めると人型を形成していく。
「終わったか――――」
人に戻った健一。全身が煤と火傷のあとが残る。
心配そうな眼差しで爆炎の収束を待つ。相手はスフラ、手を緩められる状況ではなかった。
手には既に『万能薬』を用意してある。スフラの命が灯しければすぐさま回復される気だ。
「心配ない。心臓の音は止まっていない」
爆炎が薄まると2人の影が見えた。地面に突き刺さる『時空剣』の隣。横たわる赤髪の女。スフラは指先一つ動かず、目も閉じている。軍服は所々に破れ、黒焦げに。
その隣にいるのは………………。
短い黒髪に、端正な顔立ち。人々を魅了する王のオーラ。
「イノア――――! どこに!」
「スフラの『錬術』、異空間にとじ込まれていたようだ。おそらく、スフラが気絶をし、空間が消滅したんだろう。気づいたら、煙幕に巻き込まれていた」
「そうか――――」
「スフラが倒れているってことはやったんだな。ありがとう、ケンイチ」
涼しい笑みを浮かべるが、イノアの顔はどこか悲しげだ。
「いや、俺は自分のやりたいようにしただけだ。それにまだ――――」
鋭い目つきに2人とも変わった。
「「本当の闘いはこれからだ」
「哀れな人よ。本当に倒せると思っているのか、神を」
天から、黒い稲妻が落ちてきた。




