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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
最後の召喚
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健一の願い

「スフラ――――」


 健一のグレーの作業着は赤く染まり、ボロボロに破け。呼吸は荒い。しかし、目は死んでおらず、真っすぐにスフラを見つめる。


 真摯な眼差しに耐え切れなくなったのか。スフラはそっと目を逸らす。今さら、会わせる顔もないのは百も承知だ。


「スフラ――――」


 健一は再び呼びかける。


「どうして――――」


 魂が抜けるかのような、か細い声。


「イノアがまた、召喚してくれたみたい。――――今回は、レンを『媒体』にして」


 瞳孔が開き、ルビーの瞳が揺れる。下唇を噛みしめ、健一から背を見せる。


「もう、助からない。死の寸前に『媒体』にしろって。レンの自身の判断だったって、流石にイノア1人と黒騎士だけでは、スフラ達には勝てないから。どうして?の答えはこれでいい?」


「ええ――――」


「あと、心配しないで。命を犠牲にして俺を召喚したこと。まだ正直、全部は飲み込めていないけどそれよりも大事なことを思い出した」


 久しぶりに友に会い、近状を報告しているかのような、砕けた口調と会話。もっとも、表情が和らいでいるのは健一だけで、スフラの顔は氷結のまま眉1つ動かさない。


「今度は俺からの質問。スフラは何がしたいの――――――」


 一瞬にして殺気立つ。拳を握り締め、体全体がビクビクと震える。強張る顔は憤怒の色一色に染まっていた。


「ふざけるな!」


 喉が裂けるほどの怒号が響いた。


「何がしたい――、って、あなたは今まで私の何を見てきたのですか! 始めにいったはずです。願いを叶えたいって、みんなが笑顔になれる世界をつくる。そのためだけに私は生きていた。幼い頃から、絶えない戦争の連続。昨日、一緒に食卓を囲んだ仲間の訃報を聞く毎日。こんな世界なのです。こんな世界一刻も早く変えなくてはならない。異世界からきたあなたに、何がわかるのです! あなたの世界はこんなにも地獄だったというのですか!」


 ハァハァと息を切らす。激昂のルビーの瞳は、血よりも濃く、視線だけで殺しそうなほど睨みつける。


「そうか――――」


 哀れみを含んだ声。空に溶けて無くなりそうなか細い声。それが癪に障ったのが、ルビーの瞳は深みに沈む。


「俺の世界はすっごく平和だったよ。人が死ぬなんてさ、滅多になくて。どこかで聞いてもそんなこと遠い出来事。俺のいた世界からすれば、この異世界はファンタジーだ。最初は非現実過ぎて、ウキウキした。でも、当たり前だけど。この世界も現実なんだ。この世界の人たちも人間なんだ。だから、みんなぶつかるんだ。それぞれみんな叶えたい願いがあるから――――」


「願い、あなたの願いは私の願いと同じ。世界中のみんなを笑顔にするって、いってくれた。あれは嘘だったの!」


 健一はブルブルと首を振り、ゆっくりと紅色の瞳を見返す。


「俺の願いはあのときと何ら変わっていない。この世界のみんなを笑顔にしたい。そうすれば、本当の救世主になるだろ。でも、俺の願いとスフラの願いは違う」


 ルビーの瞳に陰りが、眉をひそめ困惑の色を示す。


「なぁ、スフラ。どうして、世界中の人たちを笑顔にしたい。その願いの中にどうしてスフラ自身が入っていないんだ?」


 赤い瞳が揺れ、茫然とした表情で口を開き、指の先まで停止する。


 世界のみんなを笑顔にする。戦乱の世に生まれ、人が死にゆく世の中が常だった。だから、世界を平和にしたいという父の願いに感銘を受けた。その願いを叶えることを宿命だと決心したころ。神の声が聞こえだした。私にしか聞こえない声、それはこの願いを叶えるために、私の人生はみんなを笑顔にするためにある。


「そんなこと、考えてもみなかった?」


「え、え…………」


「スフラだって、この世界の人間なんだ。神の神託を受けたり、世界一の『錬術』使いだったり、世界を征する国の王女だったり。そんなせいでみんなスフラを特別に見ているけど、異世界からきた俺にとっては、スフラもただの女の子だよ。とっても可愛くて愛おしい1人の人間だ。スフラも笑顔になっていいんだ! 世界の全てを抱え込まなくていい! なぁ、スフラ。最後に笑ったのはいつだ?」


「………………」


 笑ったのは、いつ?


 いつだろう。記憶にない。戦時中から常に神託を受け、気を許す瞬間すらなかった。イノアを媒体にしてからは罪の念と狂気の覚悟を植え付けるため、心の余裕など1ミリもなかった。


 いつだろう――――。いや、本当に笑ったことってあったけ?


 ケンイチさん――――。


「ありがとうございます。でも――――――。止めるつもりも、辞めるつもりもありません」


 漲り強い意思と言葉。『聖剣』を引き抜き、剣先を健一に向けた。


「そうか――――。でも、それは俺も同じ。スフラを普通の女の子にする。神とか『厄気』とか、ややこしい問題はそのあとだ」


 フェバルが赤く光り粒となる。『フリースモーク』が具象化した。


 見つめ合う2人。両者の瞳が尖る。心が軋み合う。2人ともこの戦いを望んではいない。ただ、互いの願いのため、悲しき戦いが始まった。


『虹瞬』


 虹色の光がスフラを包み。一瞬にして姿が消える。開口一番の瞬間移動、健一も少し面を食らったようすだが、直ぐに顔を引きしませ。『フリースモーク』を振り回す。


 モクモクと滾る煙幕。白煙はまるで意思があるかのように、健一の周りを覆い。煙の城壁と化していた。


 後ろか――!


 気配を感じ、白煙が揺れる。スフラが後ろから奇襲を仕掛けてきた。


 随分、と単純な奇襲だな。


 反転し、後方に後ろ飛びで距離を取る。白煙が赤く染まる。破裂音をまき散らし、爆破を起こした。


 目を細め、不可思議な心情で爆炎の終末を見届ける。


 防御としての白煙だが、狙いはカウンター。高濃度の白煙は、強い衝撃を加えると、烈火のごくと爆破を続ける。威力はlevel7を超え、例え門番クラスの『厄気』でさえ、軽症では済まない。


 それを見破れない、考えつかないスフラではない。爆破使いの健一に対し、愚直に正面突破などありえないと考えていた。


 思わず、体が震える。目は見開き、頭は必至に目の前の光景を理解しようとする。


 白煙から発生した爆破。それが、燃えている。桃色の焔に飲み込まれる爆破。焔の勢いは止まらず、むしろ、爆破が燃料だったかのようにより大きく、より激しくなり迫る。


「これが、スフラの――――」


「『聖火剣』、『聖剣』の『精術』。世界を征した『錬術』です」


 桃色の焔の隙間から、スフラの姿が確認できた。片手に待つ『聖剣』は純白の刃から、美しい桜色の刃へと変わり、刀身は揺らく。


『フリースモークモア』


 『フリースモーク』にフェバルをかざし、『精術』を発動。


「やっぱり、こういう戦いになるか」


「ええ、これは世界最強の人を決める戦いでもありますから」


 そうか――――。


 奥歯を噛みしめ、小さな歯ぎしりが口の中で鳴る。充血した目は瞬きも許さない。したくもない。今は一時でも、スフラを目に焼きつけたい。スフラに会うのは本当にこれで最後だから。


 召喚前とは一回りほど太くなった右腕で『フリースモークモア』を横に振ると、ピタリと『フリースモーク』を止める。


 『フリースモークモア』が過ぎた空間に小さな黒点が出現。耳障りな軋む音が響く。世界の終わりかのような、死神のさえずりのような、耳障りな軋む音。背筋が凍り全身の鳥肌が立つ。


 鮮やかな桃色の焔は黒点に吸い込まれる。バキュームのごとく、全てを燃やすはずの桜色の焔は、健一の『精術』の前に封じ込まれた。


「なに――!」


 かに思われた。


 空に走る桜道。桃色の焔を全て飲み込んだかに思われた黒点。桃色が跡形もなく消え失せた瞬間。黒点が桃色に変わり、ゆらゆらと揺らめきだした。尚も、空間自体を焼く聖火は傍にいた健一を火だるまにしようと、烈火の触手を伸ばす。


 急ぎ後方に跳ぶと。ほどなくして、桜の焔は散った。


「流石です。『聖火剣』の焔と互角とは、救世主の称号は伊達じゃありませんね」


「互角か、…………ありがとう」


 内心、焦燥で胸がざわめく。黒点は小さなブラックホール、膨大なエネルギーを消費するブラックホールの小規模版。質は本来のものと変わりない。ブラックホールを発動させても、焔は全て飲み込めない。欠けた桜の焔はブラックホールを燃やし塵となり、そのまま空間をも焼く。


 どこが、互角だよ。これじゃあ、焔が残る分こちらが後手に回る。討ち合えばいずれ追い込まれる。何か打開策を考えないと、あっという間に桃色の焔に囲まれているって結果だ。って、当然そんな時間はタダでくれないか。


 垂直斬り、平行斬り、突き。それぞれ3振りずつ。といっても、常人には目にも見えないスピードの音速を越えた剣戟。斬撃は焔の波となって迫る。


『闇壁』


 こちらも負けてはいない。素早く空を突く。『フリースモークモア』の先端から、黒い煙幕が流れ、健一を守るそびえ立つ壁となる。


 肉が焼けるような音。『闇壁』は桃色の焔に焼かれ、鉄が焦げるような臭さが充満する。それも、一時だろう。『闇壁』は焔に覆われ、穴も開き始めた。もって、あと数秒。


 まずい!!


 聖火の熱気は頬を焦がすほどに。息をすると喉が焼けそうだ。


「『ブッラクホール』」


 闇の球体、出現したとたん。空間を飲み込んでいく。聖火の焔も例外ではない。スフラが繰り出した焔の容量に対する、『ブラックホール』の大きさも有り余るほど。『闇壁』ごと、桃色の焔を消滅しそうとする。


 その刹那


「『聖火点灯砲撃』」


 上段に構えた『聖火剣』。神速の速度で振り下ろされる。放たれた焔はこれまでのどれよりも濃く、美しい。満開の桜のようであった。満開の桜は散ることはなく、全てを無に帰す『ブラックホール』ですら勢いを止める術はなく、闇も空も大地も、文字通り全てを燃やし尽くした。


「『空喰い』」


 悪寒がスフラの全身を包む。脳よりも先に体が反応した。上半身だけ捻じ曲げ、『聖火剣』を払う。真後ろに焔が弾け跳ぶ。視界に入ったのは漆黒の猛獣。蛍日となった焔は獣を燃やす。黒い禍々しいオーラが獣の頭部を形成し、スフラの頭を飲み込もうとしていところ。全てを燃やす聖火は猛獣を灰にする。黒いオーラの元、猛獣の首輪を掛けていたのは、健一だ。


「やはり、虹石を渡されていましたか。あなたなら、『虹瞬』を使いこなして当然です」


 尊厳の意を感じさせるスフラの言葉だが。健一が『虹瞬』の使用を予測、タイミングの推測、それに対しての対処。どれが欠けてもゲームオーバーだった。


「この化け物――――」


 苦笑いを浮かべながら、『フリースモークモア』から、黒いオーラを漏らす。


「あなたにそれを言われたくないですね。僅かこの世界にきて4回。滞在日数は26日。本当に、尋常ならざる才能。まったく、神様は恐ろしい――――」


「神か、――――。そいつに言われて俺を召喚したんだっけ?」


「はい、この世界を消されないために。『厄気』を殲滅させることが世界を救うことになる」


 ルビーの瞳が強く輝く。だが、陰りがルビーを汚す。


「許せないな」


「あなたにとってはそうでしょう。この世界に無理やり召喚させられて、こんなことに巻き込まれ――――」


「違う! スフラをこんな運命にされた神が許せないんだ!」


 ルビーの瞳がぐらついた。


「ケンイチ――――。ありがとう。でも、ごめんなさい」


 スフラはそっとポケットから虹石とフェバルを取り出す。虹色に光る虹石、さらに七色の中。フェバルとかざした。


「『虹透化』」


 スフラの姿は消えた。残っていたのは、白い大地を濡らした涙だけだった。


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