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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
最後の召喚
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禁断の錬術

 スフラは目を瞑っていた。


これが運命、これまで神のいうままに生きていた結果。ただ、みんなを笑顔にしたかった。神の声に従えば叶うと思っていた。でも、現実は甘くない。神に弄ばれていたのか、はたまた私の力が足りなかったのか。考えても全てが遅い。もうすぐ、『黒い手』が頭に触れ、意識が飛ぶ。その間に戦争は終わっちゃう。『厄気』の圧勝で。『厄気』となったイノアに勝てる兵など存在しない。しかも、ケンイチがイノア側についた。兵士達は抗う力もないでしょう。どうしてだろう。ケンイチはいつも私の味方でいたのに。ここにきて、どうして。


 頭も中に靄がかかる。体全体に力が入らず。筋肉が弛緩しきっている。心も小さな箱に入れられ、闇の中。一閃の光も入らない。


 これが、あきらめの気持ち。


 神の神託がなければ、私はこんなにも弱いのか――――。


 閉じた目が濡れる。『黒い手』は赤い髪をなでる寸前であった。


 刃が肉を刺す音。緑の液体が綺麗な赤髪を汚す。


 スフラはゆっくりと目を開けた。まだ、事態が飲み込めていない。確かなことは、まだ意識がハッキリとしていること。『黒い手』は未だ。スフラの頭に届いていない。


 覚醒していく意識につれ状況を把握していく。『黒い手』は刃に突き刺さる。手の平から、甲まで釘刺しに。緑の血は蛇口から出ている水のように、ダボダボと噴き出す。


「王女さま。ご無事ですか」


 南側からイリリの声がした。


「「イリリ!」」


 イノアとスフラの声が同時に反響する。


「王女さま、恐れ多いながら助太刀をします」


「助太刀? イリリ、自分の状態がわかっているのか?」


 心配そうな目でイノアは投げかけた。瀕死の状態。幼くみえる顔も血跡が残る。黒い軍服は真っ赤に染まり、尚も血は淀みなく流れ、白い大地に垂れる。立っていること、いや、生きていることさえも不思議なくらいだ。


「兵士たるもの。命絶えるまで敵と戦う。それが私の信念です。『無限刃』」


 短剣を構え素早く『錬術』を展開。無限に生える刃が空中に咲き、鋭利な先端がイノアに向かう。


「どうして、お前まで――――」


 嘆き、目が潤む。


 イノアは抵抗を見せず、無限とも思える数の刃を受け入れた。


「何故、来たのです!」


 スフラが死にそうな目から精気が戻る。戦闘意欲が湧いたのではない。イリリが頂上にきたことに怒っていた。死闘のあと、瀕死の状態でイノアに挑むなど。自殺行為以外の何物でもない。


 叫びに体がついていかなかった。せき込み、血反吐を吐く。もう、スフラも限界だ。


「らしくないこといわないで…………」


 1歩、1歩、おぼつかない足取りでスフラに向かう。瀕死状態で、血の足跡を残しながら。スピードはもどかしい程遅く、まるで幼児のように。それでも、倒れることはなく、スフラの元に駆け寄った。


「王女さま。あなたは叶えるのでしょう。願いを、みんなを笑顔にするのでしょう! どうして、こんなことで諦めるのですか!」


 激怒に近い声、スフラも押し黙る。


「ここで諦めたら無駄になりますよ! この戦争で犠牲になった人、今までの戦争で犠牲になった人の命が。私達の手で殺した。ルバ兵、ガルバ、そして、兄さんの命も!」


「イリリ――――」


 赤い瞳に少女が映る。


 数年後とある試練にて、世界の命運を握る人物と出会う。その者、人であって、人で非ず、卓越した武と智を合わせもつ怪物。もし、気があれば彼は世界を我が物にできたであろう。もし、願いを叶えたいのなら。彼の存在は必要不可欠。いかなる手段を――――。


 神託の通り、イノアが現れた。私は嬉しかったんだ。負けたのが初めて、この人に違いないって。それは正解。でも、願いを叶えるために必要なのは、イノアだけじゃなかった。うんうん、どの兵士が欠けても、ここまでたどり着くことはなかった。


 そうだよね、イリリ。


「まだ、あきらめるのは早いね」


 瞳のルビーは輝きを取り戻した。美しい宝石そのもの。頬も緩み、微笑みを見せる。それに呼吸し、イリリも微笑を浮かべる。


「王女さま――――」


「いや、ここは撤退時だ。もうやめろ! いや、やめてくれ!」


 悲しみの混じった声。化け物は泣いていた。


「お願いだ。俺にこれ以上、愛する人たちを傷つかせないでくれ!」


「それはできない相談です。人間は愚かだから、戦う他以外にぶつかり合うことができない。だから、私達は誰もぶつかり合わないように。世界を1つにしたのでしょう」


「そうか…………」


「それで、満身創痍の女2人が不死の化け物相手は何ができる。俺の見立てでは、もう、黒騎士さえも倒せないのではないか?」


 イノアの発言に苦虫を噛む。イノアのいう通りスフラはもう剣を振うことさえ難しい。


「いえ、きっと勝てます。神様が見ていますから」


「イリリ、何をいっている」


「最後に、兄さんが疑問に思っていることを話しますね」


 最後? スフラは理解出来ていないが、イリリは言葉を続ける。


「どうして私が王女様側についていったのか、自分を殺して、異世界から救世主を召喚する選択を選んだのか。神に抗う道を進まなかったのか」


「簡単です。私にとって、兄さんはヒーローなんです。誰にも負けないし、何にも屈しない。だから、兄さんが神に負けたときはショックでした。そして、思ったんです。これには全てを賭けても叶わないと。もちろん、王女様の願いに賛同したこともありますが」


「………………」


「でも、兄さんになら、全てを賭ければ倒せるんじゃないかと」


「全て?」


「ええ――――」


 瞳は澄んだ黒。憂いも、興奮もない。


「王女さま、私を『媒体』にしてください」


 イリリはいつものように、冷静な口調でいった。


 言葉の頭に入らない。スフラの頭は混乱し、若干の間のあとようやく、意味を理解した。瞳孔が開き、言葉を失う。覚めない混乱の中、瞳には澄んだ目をしたイリリが映る。冗談ではない、覚悟も決まっている目。


「何を――――」


「王女さま、私はただ、命がけで戦いたい。それだけです。王女さまの願い、私の願い、兄さんの願い。みんなを笑顔にするために。あの最大の障害を倒すために、私を『媒体』にしてください。強い『錬術』になってみせますから!」


 スフラは唇を噛みしめた。確かに、イリリのいう通り、イノアを倒す方法はこれ以外見当たらない。


「イリリ――――、いいのですね」


「はい」


 にこやかな笑みを浮かべるイリリ。これから、死ぬ人間にはとても見えない。


「駄目に決まっているだろ!」


 目を血眼にさせ、大声を張り上げる。イノアの周りに黒い霧が包んでいた。


 あれは、イノアの瞬間移動。


「王女さま! 急いでください」


「うん…………」


 せわしく詰め寄る。イノアの瞬間移動はイリリも認識している。あと数秒後、きっとスフラとイリリの間に現れ、止めるだろう。


「早く!」


 イリリに促され、フェバルを取り出す。恐る恐る、イリリの顔を見ると、決意の眼差しが返ってきた。


 今までの『媒体』となった兵士を同じ表情。ガルバは己の足が戻らぬことを悟り、スフラからの承諾を快く受け入れた。ルバ兵達は救世主様の召喚に必要ならば我々の命、好きにお使い下さいと。みな、命を捨てた。


 本当に感謝しきれない。


「ありがとう。イリリ、必ず願いを叶えるから」


 右手にフェバルを持ち、イリリの頬に触れる。フェバルが崩れ、赤い粒子となったころ。


 黒い霧が視界を襲った。


「やめろ! スフラ! イリリ!」


 黒い幾つもの手が旋回する。今すぐ2人とも片づける気だ。そうれば、イリリの命が助かる。


「ごめんなさい…………………」


 ボソッと、溜息のような一言が耳を突いた。


 イノアが意識の隅に残ったのはそれだけであった。


「ここは――――」


 目覚めたイノアがはっとする。数秒眠っていたような、いや、数時間。はたまた、数日、数年。永遠に眠っていたかのような。


 時間感覚が壊れたか? いや、全部の感覚か。


 黒と緑、時折茶色。ほのかに紫。これまで見たこともない、色彩に彩られた空間が永遠に続く。大地はなく、どこかに立っていて。青空など見る影もなく、太陽さえない。だが、明かりは空間全体を照らしている摩訶不思議な空間。音もなく、匂いもない。頭の中に害虫が暴れているかのような頭痛が襲い。平行感覚もなく、吐き気が常に迫る。


 なにが――――。


 限界に近いイノアだが、記憶を巻き戻す。だが、頭には殆ど何も残っていない。唯一、思い出したのは腹部に残る感覚。


「俺は刺させたのか」


 イノアの呟きを聞く者はいない。



 ホワイトマウンテン頂上。緑、黒、茶色と薄気味悪い色が不思議と一本の直線となって、漂っている。その傍に座り込むスフラ。目が腫れ、頬に涙が流れる。手には漆黒のオーラ漂う短剣が力強く握りしめられていた。


「イリリ…………。イノア…………」


 これでよかったよね。これで願いを叶えられる。


 神様、私はチャンスを拾えましたよね――――?


 深く目を閉じ祈る。そのまま数秒のときが過ぎた。


「スフラ!」


 はっと、目を開ける。スフラにとって、それは聞きたくない声。


 救世主、ケンイチが姿を見せた。


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