実力
健一は快速を飛ばす。一刻も早く黒騎士を葬りたい。そんな空気が全身から漂う。
「待って下さい。まだ、兵の体制が整っていません。ケンイチさんが加わるのは兵の同じタイミングで参加する手筈です」
スフラが叫びながら止めるが健一は聞く耳を持たず、隊列を整えている兵の横を爆走する。兵達はやっと前に出るのかと安心している顔、部外者がこれ以上俺達の世界に踏み込むなと不満な顔に分かれる。稀に首を傾げている兵は健一が前に出でくることに疑問を感じている。優秀な兵だ。
黒騎士の軍勢は一度、イリリとガルバから距離をとるために軍側から見て左側に移動する。当然、周囲を警戒しながらだ。これ以上味方を失う訳にはいかない。対するイリリ、ガルバもむやみに接近はしない。先ほどは不意打ちでうまくいっただけだ。『錬術』も知られ厳しい戦いが予想される。いくら隊長2人でもlevel6の『厄気』を数10体相手にするのは部が悪く、ここは仲間の援軍が欲しい。黒騎士たちが左側に移動したことはいい時間稼ぎになる。2人の隊長は言葉を交わすこともなく共通認識していた。
「『スモークショット』」
煙の輪が2人の隊長の目に入る。黒の軍勢の横腹を刺す形となる煙の輪、異変に気付いた1体の黒騎士が煙の輪に剣を振り下ろす。黒剣は輪の上部を突き抜け勢いのまま輪を二つに斬ると思われた。輪の空洞に剣がさしかかるその時。突然、爆破が起きた。熱風は黒騎士を包み込み、黒い煙が辺りに舞う。
すぐに傍にいた黒騎士が剣を振り回し黒い煙を切り払う。爆破に巻き込まれた黒騎士が姿を現した。直立している、一命はあるようだ。だが、騎士の証でもある黒の鎧は穴が空いており、両手はない。地には剣と盾が落ちている。
「まだまだ、終わりじゃないぞ!」
一瞬のうちに接近していた健一、前に突き出した『フリースモーク』黒い球体の周りにはサッカーボール程の煙の塊が5つ。回転しながら宙に浮いている。
「残念! お前らを倒すのはこっち。 爆くぜ、『スモークボール』」
5つの煙の塊が一斉に黒騎士を襲う。耳を塞ぎたくなるような爆破音が5回、続けざまに鳴り響く。爆風と音が止み、焦げ臭さはまだ残る。
2体の黒騎士は跡形もなく消滅した。
「俺も2体だな」
ニヤっと笑う健一。開いた口が塞がらないガルバ。手を頭につけうなだれるイリリ。強力だが、迷惑でもある健一が乱入した。
高速で移動する青い閃光、無限の刃、そして、触れたら死が待つ煙。Level6の『厄気』黒騎士は並みの兵では相手にならない。基本的には集団で相手をする戦術を取る。しかし、この3人は別格だ。10数体もの黒騎士を手玉に取り援軍が到着した頃には既に戦況は決まっていた。
「残りは5体だけだ。後は5人1組みで囲いなさい。前方に3人、後衛に2人の陣を心掛けて!」
「ケンイチ様は一旦下がって、不利な兵に助力して下さい!」
イリリとガルバは黒騎士とは戦わず、部下に指示を送る。もちろん、隊長たちも戦闘に加わる方が戦力は増すが戦いはこれで終わらない。これからますます高levelの『厄気』と戦わなければならない。兵たちも黒騎士たちに善戦している。集団で戦っていることも大きいが黒騎士には外傷が多数見受けられる。腕がないもの、鎧に穴が空いているもの、剣や盾がボロボロなもの。これらはイリリとガルバが兵達との戦いを想定したものだ。結果論として、無鉄砲に『フリースモーク』を使い続けた健一もこの策に加担する形になった。
「うぅーん。まだ、暴れ足りないけど。兵士達も仕事をしないとダメだしな。ここは休むか」
健一の黒騎士討伐数は5体。隊長たちは均等に傷を負わせる戦法を取っていたが、討伐数は3体ずつ。戦い方は素人と丸出し、真正面から攻撃をするのみ。技術も戦略もない。『フリースモーク』から沸き上がる白い煙は健一の自由自在に動き、好きなタイミングで爆破する。爆破の巻き込まれると例え隊長クラスでも無事では済まない。ただ、強力な『錬術』で葬り、それが圧倒的に強さを誇った。
「これで最後だ!」
鍔迫り合いを強いられる黒騎士の真後ろ。兵士の1人が剣を振るう。『錬術』により磨きかかかった剣だ。黒騎士の急所、黒い球体を斬りつけた。
「ガルバ隊長、無事黒騎士を仕留めました」
周りにいた兵の1人が叫んだ。
「何やっている。お前らがビリだぞ」
戦いを終えた兵士達は首を振る。周りを見渡すと黒騎士の姿はなく、みな『錬術』を解いている。中には座り込んで休憩をする兵士もいた。黒騎士との戦いは終わったのだ。
「終わった、終わった。これって俺のおかげじゃあね!」
兵士たちの戦闘、黒騎士が現れた箇所よりも少し前方。イリリが目を光らせ敵が迫っていないが入念に確認する。
「ふざけないで下さい。今度、勝手な行動をしたら許しませんよ」
目は相変わらず前方、後ろからの健一の声に顔も合わせずに返答する。態度はそっけないが声はまるっきり違う。苛立ちをぶつける声だ。
「つい、テンションがあがってさ。前もいっただろ。この世界はゲームや本に似ていて、自分が主人公になったみたいでさ!」
「そんなことは理由になりません。いえ、作戦違反になることに理由など何があってもないのです。わかっていますか、これは命懸けなのですよ!」
振り向いたイリリは鋭い目付きで睨む。
「わかった。わかった。今度からは命令通りにするからさ。その怖い目止めてくれよ。可愛い顔が台無しになるぞ」
「ふざけないでください!!」
鋭い目付きのままイリリは近づく。今にも殴り掛かってきそうだ。右拳を握り締め、健一が覚悟を決めて目を瞑る。
「しまった!!」
突然、イリリが大声を出す。怒っている声でもなく、驚いている声だ。突然の声に健一も目を開く。先ほどの鋭い目付きは解け、あたふたと目を左右に動いている。4日間、付きっきりで修行をさせられた健一だがこんな表情は見たことがない。
「どうした?」
「すぐに全軍に知らせないと。敵に囲まれています」