不死身
「そんなっ――」
スフラは思わず息を飲んだ。イノアが復活したなら理解できる。だが――――。
どうやって、『聖火剣』の焔から逃れての?
燃やし尽くしたと思われた『聖火剣』の焔。ほんの一時まで、鮮やかなピンクの焔が燃え盛り、イノアの身体を蝕んでいたはずだ。それが今、ボロボロの上着から覗く火傷のあと。まるで、ただの火炎に襲われかのように。ピンピンとしていた。
「『黒の手』は、どうやら『聖衣』と能力が似ているみたいだ」
「似ている?」
スフラは思わず聞き返した。
「あぁ、俺の左手だけじゃなくて、任意の所にいくらでも作り出せる。そして、効果も弱くして、触れたものを消すだけに変えられる」
黒い霧が集まっていく。親指、人差し指、中指、薬指、小指、手のひらと。丁度、イノアの手の大きさに黒い霧が黒い手となって形成された。数は優に、10手を越えている。
一瞬にして、危機に立たれたスフラは『聖火剣』を振り上げる。刀身から燃え盛る焔は大地まで伸びると横に広がり、さらに、天まで昇る壁となった。
「無駄だよ」
桃色の焔の壁に穴が空く、幾多の手が焔の壁を容易く破り、スフラに迫る。
能力を弱く変えて――――。確かにイノアの敏捷性なら頭に触れれば終了の効力が有効、敵を簡単に倒せます。相手が抵抗しない分、楽にです。
苦笑いをしながら、まずは距離を取る。イノアの周辺にはまだ黒い手が残っている。『虹瞬』で移動したところで、不意打ちにならず、逆に『黒い手』に掴まり消滅させられるだろう。
通常の『虹瞬』でしたら。
無限に迫る『黒い手』、『聖火剣』で燃やそうとしたが、『黒い手』は燃えたまま、スフラを追い続けた。スフラも必死で距離を取るが徐々に避ける場所がない。スフラは『黒い手』によって完全包囲させていた。
迫る『黒い手』は3手。首筋を掴もうと1手。腹を殴ろうと1手。後ろに周り込んだ1手。計3手がスフラを追い詰めていた。
「チェックメイトだ」
3手に続いて5手が動き、スフラの逃げる道を塞ぐ。『黒い手』はイノアの駒。孤独の王様を追い詰める詰将棋。希代の戦術家、イノア・ショーミにとって簡単すぎる問題だ。
「『虹瞬』」
虹色にスフラが包まれた。次の瞬間には再び『黒い手』は動く。先ほどまでスフラを追い詰めていた『黒い手』は戻り、イノアの護衛に。逆に、イノアを守っていた『黒い手』は散乱した。どこにスフラが現れても刈り取れるように。
「どこだ?」
虹色の光が発光してから数秒が経ったが、以前、スフラの姿どころか、虹の光も見え受けない。
さらに、数秒。
逃げた? いや、それはない。ここで逃げる女なら、こんなことにはなっていない。では、どこに?
得体の知れない不安が胸を重くする。戦場において、イノアが相手の思考を読み取れないことなど数回しかない。それも、相手が余程低能な部類であるケースや、本能で戦うタイプ。スフラはそういった兵士ではない。
僅か数秒のうちに幾度も張り巡らす思考。そして、ついに答えに辿り着いた。
「『精術』か!」
「ご名答! 『虹透化』 私の姿はあなたから見えない」
どこからかスフラの声が自然と返ってきた。
なるほど、もともと強力な『虹瞬』を『精術』でバージョンアップさせたか。
「それで、どうやって攻撃する」
鼻につく口調でいった。既にイノアは特性を把握していた。透明になれるのはスフラだけ、『錬術』は例外。そうでなければ、とっくに烈火の焔がイノアを襲っているだろう。
しかし、イノアの問いかけに答えはない。眉を潜めながら、『黒い手』を散乱させる。スフラが逃げていないのは確実、そもそも逃げる人ではない。
どこかにいるスフラを捕まえればいい。イノアの周りに突然、黒い霧が世界を闇に覆うほど発生する。すぐさま形を成し、死神の鎌、『黒い手』へと変貌する。
それなら、原始的に探そう。
作戦は単純、人海戦術。網取り漁のごとく、『黒い手』が360°放出させる。それと同時に黒い霧も発生。永久に『黒い手』は生産させる。一時も過ぎれば、ホワイトマウンテンが『黒い手』に覆われ尽くされるだろう。
「ごめんなさい。言葉を発しなかったのは、力を溜めていたから。これで終わり――――。私達の戦いは―――――――もうおしまい」
「『聖火紅蓮烈火』」
イノアから遠く、まだ『黒い手』が届いていない距離。そこから、灼熱の焔が追いかける、大地を溶かし、空間を燃やす。『黒い手』さえも灼熱の焔の前ではちっぽけな、お手て。豪華のサクラ色に塵にされ、消え失せ。そのまま、イノアに襲いかかった。
『黒い手』を燃やし、黒き霧も消滅させる。イノアに直撃した焔は天まで届くほど舞い上がった。
焔は消えぬことなく、ピンクの輝きを発し続け黒い煙幕が青い空を汚す。
「今度こそ終わった」
スフラが肩で息をしながら膝を地面に突く。『虹透化』の効果は既に切れた。今は、ただ隙だらけのスフラだが、全てを燃やし尽くす一撃を放った。全てが灰と化したホワイトマウンテン頂上。空は薄暗くなっていく。
「戦争で一番大切なものはなんだ? スフラ」
聞き馴染みのある声に心臓が止まりそうに。今すぐに首を振り、後ろを振り返りたいが。先ほどの一撃で全てを出し尽くしたスフラはそんな動作もぎこちない。ゆっくりと首を捻り、声の主を確認する。
「………………」
「無視か、でも無理もない」
全身の所々、火傷の跡が目立つ。しかし、足取りは確かで漆黒の瞳も精気に溢れている。スフラの背にイノアが目を細め立っていた。
「どうして?」
やっと、頭の中で理解が追いついた。あの攻撃を凌ぎ、後ろに回り込んだ。『虹瞬』並みの瞬間移動なら、あの黒い霧でできる。ただ、後ろに周り込まれたなら疑問もない。
確かに感触があった。イノアの身体に直撃し、纏わりつき、焼き続けた感触が。
「『厄気』には一体、一体に能力がある」
茫然とするスフラを横目に、淡々と語り始めた。
「例えば、火炎、再生、治療、硬化など。そして、俺の能力は『不老不死』。ごめんな、俺は死なないんだよ。始めから、あの悪魔に騙されていたんだ」
チャンスを与えよう。全ての『厄気』を倒せたのなら――――。
反芻する神の言葉。
『厄気』を滅ぼすため、イノアを媒体にと進言したのも神。おそらく、イノアを『厄気』にしたのも神。そして、イノアの能力が『不老不死』
幼い頃から、母の声と同じように聞こえてきた神託。剣の振るいかたも、世界の情勢も、イノアという世界の命運を握り存在も全て神の声に従っただけ。
「そんな――――」
「もう、いいよ。ゆっくり休みな」
イノアはゆっくりと左手を差し出した。黒く染まった左手はゆったりとスフラの頭に近づく。スフラは抵抗する体力も気力もなく。ルビーの目を閉じ。『黒い手』を受け入れた。




