スフラとイノア
大地震クラスの振動が絶えまなく襲う。足がぐらついてよろけそうになるのを、スフラは両足を軽く開き、鍛えた足腰で耐えていた。目を左腕ガードする。黒い煙幕がスフラの視界を遮っていた。
スフラは黒い霧の手前で立ち止まり。ルビーの瞳を輝かせ中に何かいるのか、誰がいるのか、見通そうとしたが。黒い霧の動きはそよ風で揺れるのみ。外からでは中を探るのは困難であった。
決意を決め。剣を抜く。『錬術』を渋ってはいられない。もしものとき、手加減はできない。イノアやレンが中にいる想定でなければ、彼らはその隙を見逃さない。
「『聖剣』」
白い棒切れ。一見、ほのかに光る以外は小枝と変わらず。紙も切れそうもない。だが、これが世界最強の『錬術』使いスフラの『錬術』。全てを斬れる剣、『聖剣』。
両手で柄を握り、上段に構える。隙はある。だが、相手がわからないのはお互いさまだろう。もし、こちらの姿が見えるなら。これまでに何かしら仕掛けてきたはずだ。遠距離攻撃なら、近づかせることもできない。
白い光が斬撃となって光る。スフラが音速のスピードで『聖剣』を振り下ろし、黒い霧の中の何かを斬った。瞬間、鼻孔に刺激が走る。
鼻がピクリと動く。何か焦げ臭い匂い。両手に感じる、金属製の何かを斬った感覚は対して気にならない。黒騎士を忍ばせていたのだろう。それよりも嗅覚の刺激が、不測の事態を予感させた。
黒い霧が赤く光り、霧をかき消し、轟音が空を震わす。爆発が起きた瞬間には、スフラはすでにバックステップで距離を取り、爆破範囲内から逃れていた。
「王女さま! これは!」
後ろに下がっていたイリリが慌てて駆け寄った。『厄気』といつでも戦えるように、『無限刃』を発動させ、自分の周囲に5、6個の刃を回転させている。
煤煙は傍にあった黒い霧からだけではない。目視できる別の黒い霧、後ろの黒い霧、どこかの黒い霧。おそらく、麓から見上げた数百とあった黒い霧が一斉に爆破しているのではないか。鼓膜を割り心臓まではじけさせそうな爆音が、家が倒壊するかのような強い揺れが、視界を闇に飲み込ませる煙幕が、それを証明している。
そして、そんなことができる『厄気』がまだいたのかと。例え、黒龍クラスの『厄気』でもこの威力はだせるかどうか。
火炎地獄に様変わりする白色の山、それができるのは――――1人だけ心当たりがあった。
でも、そんなはずはない。健一は私が元の世界に帰した。あるとしたら…………。
ふと襲った考え、頭を振り無理やり削いだ。
「王女さま、こちらに!」
風を感じる。体を向けるとさらに強風が吹いている。イリリの『無限刃』が高速回転し、強風を発生させる。おかげで、全方位から襲い掛かる煙幕が押し戻された。唯一、視界が鮮明なエリアを保っていた。
「助かります」
急ぎイリリの元に避難する。無駄なことは考えない。今はこの大爆発と煙幕をどうにかしないと――――。
「イリリ、『無限刃』を高範囲に展開させ、できるだけ兵士を集めなさい。ここの指揮は貴方に任せます」
「ここの指揮? どういうことですか?」
「私は頂上に移動し、この煙幕を一気に晴らします」
イリリの視線が泳ぐ。この煙幕はホワイトマウンテン全体を覆っているが、唯一黒煙から逃れているのが山頂だ。敵の布陣を考えると、煙幕から逃れ戦場全体を見渡せる。大将を置くには絶好の場所。
「それなら、私も。兄さんを相手にするなら。私も助太刀します。王女さまだけに辛い思いはさせません!」
目尻を上げ、息が荒い。必死だった。イリリの実力は自分が一番よくわかっている。スフラがイリリと戦うことの辛さも自分が一番よくわかっている。スフラを1人で行かせるわけにはいなない。
「王女さま!」
口を紡ぐスフラに、イリリは声を震わせ懇願した。
「イリリ、ダメですよ。みんな全てを受け入れて私に着いてくれました。ならば、私は全力で答えないと。『厄気』を撲滅させる。それ以外の感情は持ってはいけない。いかせてください」
潤んだ視界に、揺れるルビーが眩しく光る。咄嗟に喉を締める。思わず喚き、発狂しそうだ。
王女さまは自分を殺している。それに比べて私は兄さんと王女さまが戦うのが見たくないだけ――――。ただの我儘。
涙を袖に拭い、無理やり笑顔をつくる。
「いってらっしゃい。王女さま。武運を祈っています」
引きつった笑顔のイリリに、スフラも微笑みを返す。
「私も武運を祈っています。『虹瞬』」
虹色の光に包まれたスフラ。イリリが一瞬、瞬きをするとそこにはもうスフラの姿は消えていた。
王女さま、もう少しです。あなたの願いは手が届くところまで。
目の裏まで届く強い光が薄まる。眩しさが消えゆっくりと瞼を開けた。
周囲とは一線を引く、晴天。陽の光を一心に受ける廃城。ボロボロの黒い城壁の隙間から光が漏れる。姿形は豹変しているが、ひどく懐かしい景色だ。
「スフラ、来たのか――――」
聞きなれた声、ひと顔を向けるとかつて愛した人がそこにいた。黒髪の短髪、ぱっちりとした二重まぶた。高い鼻。爽やかな笑顔。イノア・ショーミがそこにいた。
「これは誰の仕業?」
淡泊な声、目線は周囲の煙幕を刺していた。
「それは答えないでおこう、そうしたほうが傷つかないかな」
「傷つかない? 私の邪魔をして今さら何をいっているの!」
歪んだ顔で絶叫した。狼の遠吠えのように酷く虚しい声で。
「スフラを止めることがスフラを助けることになる」
「何をいって!」
「それに気づいていたから、ケンイチは俺に協力してくれた」
スフラの顔が驚きに変わる。狼狽しながらも、目線だけは強くイノアを睨み付ける。
「やっぱり、ケンイチがまたこの世界に――――。レンさんを媒体にしたのですか!」
「あぁ――――」
「貴方も人でなしですね」
「そうさ――――」
下唇を噛みしめ、剣を抜く。
「だったら、なおさら、早く勝負を決めないと」
「そうだな、始めよう」
2人の対照的な視線が重なり合った。1人はこの世の全てを燃やすような憤怒の色、1人はこの世の全てを悟ったかのような悲しい色。だが、対極にいるはずの2人の瞳はどこか似た色だった。




