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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
最後の召喚
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戸惑い

 グレーの埃臭い部屋。電球がまばらに明かりを照らす。20畳以上はいる広々としたスペースだが、山脈のように連なる段ボールの山々。僅かな隙間もなく在庫で埋め尽くされた空間。売り切れなど、もってのほかといわんばかりの数量は大手クラスのホームセンターに匹敵する。自慢の品揃えを収納する倉庫が今日の健一の担当だ。


「だぁ~る~いな――――」


 陳列にしても、処分にしても、とても1人ではこの量を処理するのは気が滅入る。これだけで半日が過ぎそうだ。


「くっそ! 人よこせよ、あのクソ上司!」


 足元から鈍い音が軽く段ボールに蹴りを入れた。計算の内、割れ物注意のシールはない。


 ふと、腕時計に視線を遣る。刻まれる時間と自然に刻んだ心の中の時間と答え合わせ。


 11時48分29.53秒。誤差は0.07か――――。最高記録、30秒は戦闘、特に斬り合いになればそれ以上時間が掛かることはない。30秒を正確に把握できれば、それを基準に組み立てられる…………って、もう意味はないのか。


 胸からこみ上げてくる何かを抑えながら、段ボールの角を眺める。やがて、歪んだ視界を正すために右手で目を擦る。


 異世界も現実だったんだ。ファンタジーのような空想みたいにはいかないな、ヒロインには婚約者がいて、しかも裏切られて。結局、救世主って祭り上げられて調子に乗っていただけ。とんだ主人公だ。


 あれから1週間がたった。もちろん、もうお昼休みに光が包むことはない。まず、もう健一が屋上でお昼を食べることはなかった。1人で誰にも会わず、愚痴を溢せる空間として屋上で食事を取っていた。でも、今はあの屋上にいると思い出す。興奮しながら放った魔法のような力、辛くてもどこか充実した修行、恐怖を感じながらも倒すべきだった敵。そして、理想の女性。美しく、気高く、やさしく、愛おしい。会ったのは数回、共にした時間は僅か。それでも心を奪われた。心臓を両手でぎゅっと握りしめられた。


 なんでだっけ――――?


 ふと冷静に疑問が湧いた。


 なんであんなに熱をあげていたのだろう? 確かにめちゃくちゃ綺麗だった。あんな子見たことがなかった。でも、見た目だけだったか? いや、あの子の真っ直ぐ愚直に自分の意思を進む。すっごく尊敬できて、ついていきたくて……。


守りたかった―――? スフラに戦ってほしくなかった。女の子だから、守りたかったのか? 馬鹿だな俺、スフラは婚約者を犠牲にしても願いを叶えようとしたのに。世界中の人々が笑顔になるようにっていう素敵な願いを――――――!?


「そうかっ!」


 はつらつとした声が響いた。目を輝かせ、白い歯を見せる精気に満ちた表情はじつに1週間ぶりだ。だが、すぐに表情が曇る。深いため息をついて、仕方なく手を動かす。


 どう思おうと今さら意味がないよ。俺はもう、異世界にはいけないんだ――――。


 チラッと腕時計を見ると、時刻は12時を過ぎていた。せわしく動かしていた手を止め、倉庫の扉を開く。唯一の安らぎの刻、お昼休みの時間だ。


 どうしてだろう――――。意味がないのに――――。


 長いため息をつき、健一はアスファルトの床に腰を下ろした。脹脛から尻にかけて伝わる冷たい感覚はもう長く感じていないような錯覚を覚える。ぽつぽつと建ったビル。騒音をまき散らす車道。ゲインと店の名を大きく宣伝する巨大な看板の裏地は薄れ汚れている。健一は再び屋上で休憩をとることにした。


 スフラが真実を話した今、健一が真実を拒絶した今、また、異世界に召喚させることはありえない。健一も人を犠牲にしてまで、異世界の主人公を望んでいない。


 もう異世界にかかわるべきではない。まずさ、話が重すぎるよ。世界の消滅の危機だぞ。小説ではよくあったけど、現実に起きると溜まったものじゃない。俺なんかに異世界の命運なんて託されても困るだけ――――。


 でも、好きな女は別だ。


 俺はスフラを救いたい――――。


「もう叶わないけど――――」


 まだ、チャンスはあるぞ。異世界の者よ。


 突如として声が聞こえた。どこから聞こえたのはわからない。むしろ、どこからでもない感覚、頭の中でただ響く低く機械的な声だった。


「誰だ!」


 驚き立ち上がりながら、左右を見るが誰もいない。不審に思いながらもドアノブを捻り、誰か人がいるか確認するが屋上へ続く階段は無人であった。今度は柵から少し身を乗り出し、声の主を探すが。あの声が発せられるとは到底思えない、主婦やおじさん、おばさんが疎らに店を出入りしているだけであった。


 そもそも、異世界の者よって…………。


 混乱した頭を落ち着かせると、発言のおかしさに気づく。異世界の者よ、完全に異世界から、あの世界から健一に語りかけられた言葉。


 健一の脳裏に1人の人物が浮かぶ。長い赤き髪にルビーのような瞳を宿す、気高き女性。しかし、すぐに否定させる。まず、声が違い過ぎる。もっと温かく艶のある声だった。それにセリフもおかしい。チャンスは彼女の手によって握り潰された。そして、異世界の者なんて呼ばないはずだった――――。


 スフラじゃないならいったい? そもそもどうやってこっちに声を届けて――――。


 思考を巡らすそのときであった。


 眩しさに目を瞑る。驚きは一瞬、さすがに4回目なら体はかなり慣れてきたようだ。すぐに目を細く開ける。僅かな隙間でも眼球が焼けるほどの光が射す。健一を包むのは光の柱。それを意味するものはもう健一には全て知っていた。


スフラ!?


 困惑と喜び、怒りとせつなさ。ありとあらゆる感情が頭の中をぐるぐると回る中。光の柱は眩しさを徐々に失い。同時に健一の姿も消えた。




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