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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
過去への召喚
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過去㉓

 乏しい蝋燭の火が光の届かない廊下を微かに照らす。埃を食っているかのような、薄汚れた廊下。足音を立てぬよう慎重に進む赤毛と黒髪の女性。かつて、捕虜を収容していた地下牢は戦争が終わり、すっかり人々から忘れ去られていた。これからの行為を絶対に人に見られてはならないスフラとイリリにとってはこの場所は好都合と判断した。


 スフラは猫背になりながらゆっくりと歩く。女性の中では比較的高い背丈でも、男性を背負うのは一苦労だ。血を垂らし、目を閉じ、イノアはまだ目覚める気配はない。隣のイリリが心配そうな顔を浮かべる。スフラを心配しているのか、はたまた、結論に異議があるのか。


「やはり、納得はできませんか。もし、止めたいのであれば、イリリが私を殺してください」


 イリリの視線は痛いほど感じていた。先ほどは同意してくれたけど、唯一の兄弟だ。どうしても許せないのは確かだろう。たとえ、世界が滅んでも、後ろから刺されてもイリリには文句は言えない。スフラはそう思っていた。


「王女さま、鏡を持っています?」


「鏡ですか?」


 こんなときに何を?


「すごい顔をしています。それこそ死んでいるような顔。はっきりいって、王様の急報を知らされたときよりも今のほうが苦しんでいるようにみえます」


 お父さまのときよりも――――。


 そうかもしれない。今が世界危機、それを救う唯一の方法は最愛の人を殺さなければならないのだから。


 イリリが手鏡を正面に向ける。小さな鏡に映るスフラは表情がなく無の状態であった。そこには戦場を賭けぬけ、世界を統べていく王女の顔は見る影もない。


「無理もありません。今すぐ元に戻ってほしいなどいいません。でも、これだけはいいます。私も王女の考えに賛成です。世界を救うために。そして、王女さまはそれができる選ばれた人です。私以外には今までどおり毅然とした態度で、みんなが憧れる王女さまの仮面を被ってください」


 ルビーの瞳から、涙が零れる。


「――――イリリ、ありがとう」


 地下牢の最深部。奥の小部屋にと痛々しい音が響く。暴れるイノアを抑えつけながら、床に降ろした。


 さすが、救世主イノア。神の攻撃を受けボロボロになろうとも、意識を取り戻し、混乱するようすもなく、スフラに抵抗する。


 イノアの記憶ははっきりしている。神にやられ意識など保っているはずがないと2人とも思い込んでいたが、先ほどの神とスフラ、イリリの会話は耳に入っていたようだ。


 この世界の真実をイノアも知っている。


「やめろ……。別に俺の命が惜しい訳じゃない。別の方法を考えろ。あんなわけのわからない神のいうことを信じるなどスフラらしくない」


 満身創痍ながらもしっかりとした声でスフラに話しかける。イノアからすれば正体不明の人物の戯言。むやみに信じる必要はないと訴えるが――――。


「ならば、『錬術』と『厄気』も無関係だと。イノアも『錬術』の力に疑いの目を向けていたでしょう」


「どうして全てを信じ込む。『錬術』と『厄気』の関連性は規制事実がある。これから調査しなければならない事案だ。しかし、世界が滅ぶとか、異世界から救世主を召喚するなど。どうして無下に信用する」


「あなたは知らないから!! 私はずっと聞かされてきた。あの神からお父さまが次々と領土も広げることも。貴方に出会うことも。何もかも、奴のいうとおりになった。私の人生は全部、神のいうことをなぞっただけ!!」


「これからもそうなのか?」


「それが私の力、この力で願いを叶える。みんなを笑顔にする」


「イノア――――」


石造の牢屋、隅に掛けられた2つの蝋燭は小部屋を照らし、埃が舞う。乏しい明かりに照らされるのはイノア・ショーミ、この世界に平和をもたらした救世主。手錠、足枷をかけられ石壁に貼り付けられ、更には喉元に刃を突き付けられる。だが、イノアは怯むことなく鋭い眼光を放つ。


「やめろ! こんなことをしてあとでどうなるのかわかっているのか!」


 怒号は虚しく部屋に響く。誰一人として言葉を返そうともしない。スフラは右手にフェバルを握り締めイノアの顔に近づく。その行動にイノアの顔はより険しくなるが、右手が頬に触ると。吊り上がった目を元に戻し優しい目に変わった。


「どうして……何故そこまでしてしまう。お前は――」


 イノアの口は閉ざされた。閉じた目を開くと触れられた頬に手以外の感覚を覗き見る。スフラの顔が徐々に近づく、ゆっくりとスフラがキスをした。長いキスのあと、覚悟を決めたのだろうか。スフラは再び口を開いた。


「愛しています。イノア」


 耳を澄まさないと聞こえないぐらいの声だったが。イノアはその一言を噛み締めた。やがて、イノアの身体が黒く発光する。僅かに覗く視界には泣きじゃくるスフラの顔。それはイノアが人間として最後に見た景色だった。


 


「これがスフラの、この世界の真実だ」


 健一は焦点が定まらず、目線をブレながらもイノアをじっと見ていた。長い長い、どこかのファンタジーのような話。幾度、話に割って入ろうか。嘘だっ!と叫ぼうとしたが不思議と言葉は出なかった。イノアから漂う邪悪なオーラに圧倒されたのか、イノアから話されたスフラと世界の真実が衝撃的だったのか。健一にはわからなかった。どちらにしろ、全てを聞きたかったのかもしれない。


「うっ……。うっそだっ…………」


 喉から精一杯絞り出した声が、響いたのは瞬間的だった。しかし、イノアの耳にはしっかりと届いた。苦しい表情で、低くもやさしい声で、言葉を返した。


「君が責任を負う必要はない。むしろ、君は被害者だ。勝手にこの世界のいざこざに巻き込まれた。スフラに変わってお詫びをいわせてくれ。本当に申し訳ない」


 イノアは深く下げた頭をじっと保つ。


「まっ、待てよ! そうだおかしいじゃないか! 何でお前がそんなに全部知っているんだよ!」


 健一の指摘は正しい。今の話ではイノアを知りえない情報も大半だった。イノアから話のは不自然だ。スフラならまだしも。


「俺は媒体にされたあと。また、あの忌々しい悪魔に会った」


 悪魔と断言したイノア。


「会った? どこで、まさか地獄で?」


「地獄――、あれはそうだったのか、何万人と殺めた俺が天国にいけるはずもないな。ただ、真っ白が永遠の視界。手足の感覚どころか体の実態も掴めない。辛うじて意識はあった。そこで、声を聞いたんだ。話してみると神だといっていたな。本当に胡散臭かったよ。しかも、俺を『厄気』として生まれ変わらせた。俺はスフラを止めたい。今すぐ『厄気』を呼ぶ『錬術』を辞めさせたい。でも、スフラの決心は固いようだ。悪魔は俺とスフラを戦わせたいらしい」


「スフラと――――。いや、それよりも…………。お前は一回死んだのか――――」


 乾いた声。イノアは健一から目を逸らすと。ゆっくりと軽く頷いた。


「『媒体』となったものは、黒い塵となって消える。無機物であっても、有機物であっても同じだよ。だから、もう一回言うよ。君は被害者だ。何も責任を負う必要はないんだ!」


 イノアの言葉は途中から、健一の耳には届かなかった。自分を異世界に召喚するために。イノアが死んだ。つまり――――。


「俺は人を犠牲にして召喚されていたのか――――――――」


 またしても、イノアはゆっくりと頷き。


「あっああああああっ―――――!!!!」


 獣のような遠吠えが健一の喉を潰すまで続いた。



 暗闇が包む。一筋の光が見えた気がした。健一は起き上がった。どうやら随分眠っていたようだ。目をこする。


 どうか夢であってくれ。


 願いなど叶うものではない。闇のような暗い空。ボロボロな城。乾いた空気。そして、黒い靄が人型に、見上げると美少年。イノア・ショーミ。頭が冴えてくればくるほど、絶望の事実で胸が締め付けられる。


「おっ…………。俺のせいで死んだのかっ――――」


 朝早くから深夜まで続く重労働。月曜日と日曜日も違いもわからない日々。子供もころ、早く大人になりたいと思っていた自分を殴りたい。体力と時間が失われるだけならまだいい。世界が、現実が嫌いになった。子供の頃憧れていた大人はどこにもおらず、自らの保身、利益を誰かが動き勝ち取るのが社会。そこで勝つ奴は最明に、上に媚び、下を道具のように使う。人を人と感じさせない人たち。社畜として生きてきた健一の価値観。


 そんなころだった。異世界ものに嵌ったのは。仕事帰りの僅かな時間。風呂上りのビールで喉を潤わせ、タバコの火をつけ、煙が体内に蔓延する幸福のとき。あとはこの世界からおさらばすれば完璧。スマホの片手に画面を下にスクロールする。ぎっしりとどこまでも続く小さな文字。これを手かがりに頭の中でイメージをする。火で空を燃やし、大地を凍らせ、神の鉄槌がごとき雷を落とす。英雄、勇者となり、ゴーレムの岩を砕き、ドラゴンの首を狩り、魔王を倒す。王女やエルフ、魔女に好意を抱かれハーレムをつくる。まさに、理想郷。子供のころにこうなりたい大人がスマホの中には広がっていた。


 どれだけ……。どれだけ、嬉しかったか。こんなファンタジーのような世界に来られて、主人公のような強さを手に入れて、あっちの世界じゃあ、見たこともない美女と出会えて。


 スフラ……。本当なのかっ――――。本当に人を媒体にして、俺を異世界に召喚したのか。


視線は定まり、目の濁りも取れた。細くも鋭い瞳は何か覚悟を決めたのだろう。


「スフラに会いたい――――」


 イノアの目が険しくなった。真実を知っている健一がスフラと会えば何をいわれるのか。検討が着いている。


「会って何をする? 怒りをぶつけるだけなら無駄足になるぞ」


「話が聞きたい。お前と同じように」


 話か、――――もう、懐かしく感じるな。たくさん話をしたはずなのに、スフラから本当のことを最後まで話してくれなかった。


「話か。いいよ。けど、覚悟しくれ。彼女はとっても頑固なんだ。そうじゃないと世界を統率するなんて無理だけど。だから、僕も戦うことを選んだ。君がどういう意図があってスフラと話したいかは詮索しないが、スフラを説得しようなんて考えはやめたほうがいい」


「俺は何も考えてないよ。ただ、スフラときちんと話がしたいだけだ。もしかして、お前が一方的に嘘をついているかもしれないだろ」


 笑みを浮かべる健一。あの話が嘘のわけがないことは健一もなんとなく感じているのだろう。どことなく、笑みがぎこちない。


「わかったよ。案内しよう」


 イノアが立ち上がったのに続き、健一も起き上がる。全身の身体中からくる痛みに耐えながらも立ち上がった。ボロボロの城の南側。白い斜面がどこまでもひろがる。ここはどうやら山のようだ。イノアの話から推測するとホワイトマウンテンだろう。だとするとここはルバ城だろうか。首を左右に振ると、周囲に『厄気』を発見した。


 これはいつスフラのもとに辿り着けるか――――。苦い表情は隠すことなく伝わっていたみたいだ。


「心配しなくていいよ。ここの『厄気』は俺のいうことを聞く。それにスフラの元まではワープできるよ」


 そういって右手を挙げる。手には虹色に光る石を持っていた。


 さすが、先代の救世主様。少し笑みがこぼれた健一だったが。


「急ごう! おそらく、スフラ達は黒龍と戦っている。俺はこの戦いで全てを終わらせるつもりで黒龍を放った。余り時間はないかもしれない」


 口角は一瞬で下がり、体中に緊張が走る。自然とスフラをそんな目に合わすイノアに怒りを覚えそうになるが、それも含めスフラと話をしてからと決めている。


 虹色の光が2人を包み、廃城となったルバ城にはあるべき静けさが戻った。


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