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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
過去への召喚
68/89

過去㉑

透き通るかのような真っ白な外壁。一点の汚れのない王城。汚すのは虚空から、突如として現れた黒い球体。見上げる人々は、叫び、喚き、発狂し。血相を浮かべ、我先にと逃げ出した。


「訓練は中止、街の人たちを避難誘導したあとに、一緒に逃げて下さい」


 スフラの声は震えを含んでいた。唯でさえ、厄介な『厄気』が王都に降りてきたのだ。一目散に駆け出し、扉の前に着く。武器倉庫も担っているため、3重にされた扉に煩さを胸に染み染み込ませながら、鍵穴に鍵を通す。


 演習場からは全速疾走しても10分は掛かる。それまでに、黒い球体から『厄気』が出現しない保証はどこにもない。


「王女さま!」


 声の主はイリリだ。隣で軍事訓練をしていたところ、この非常時に中止したのだろう。荒い息が慌てようを示している。


「早く、王城にいきますよ!」


「はい!」


 合流した2人は、黒い球体を睨らんだ。


 お願い、お願い、お願いします。間に合って!


 眉間を狭め視界を歪めながら王城を喰うかのような黒い球体を睨む。今、スフラにできるのはつま先まで力を込め、地を蹴り続けるしかない。


 阿鼻叫喚の合唱が止まない、王都城下町。人々の声は虚しく空に散り、黒い球体からは黒い影が無数に飛び出した。


四足と長い尻尾。波経つ羽毛に、鋭い牙と赤い瞳。体格は犬を大きくしたかのようだが、人に懐く気配はなく涎が垂れ、赤い眼は背を向け逃げる人を捕らえると速度で駆け出した。


「『ファイヤーボール』」


 人の頭ほどの火の玉が王都に降り注ぐ。無数の火の玉は図ったかのように、黒い獣の頭上に着火した。激しい音をたてながら、ただの羽毛のように一瞬に燃え広がった。恐らく黒焦げになったであろう黒い獣は、黒い粒となって、空へ上昇していった。


 ふぅっと息を吐いたのは化け物に狙われた人々。腰を抜かし、尻餅をつく。そして、自らを救ってくれた人物を見上げた。


 王城の脇に建てられた軍事基地、人影が民衆の目に入った。


「「救世主さまっ――!」」


 姿を見せたイノアに揃って歓喜の声を送る。先ほどまでの、怯えた表情は消え。代わりに笑みがこぼれる。もう、自分達は安全圏にいると確信しているかのように。


「何をしている。まだ、ここは危険だ。とにかく逃げろ! あの球体はおそらく王都を包む」


 イノアの警告もどこか顔が引き締まらない。今は『厄気』の姿がないからなのか。はたまた、イノアの力を盲信しているのか。


 まだ、『厄気』の全容を知らない状況で自分の力、『錬術』がどれほど対応できるのか定かではないのだ。そのことを充分に理解しているイノアは民衆に聞こえないほどの溜息を付き、心の中で悪態をついた。


 走れよ、命の保証なんてどこにもないぞ。


 雑談混じりにトボトボと歩きながら避難する民にあきらながら、階段を駆け上る。


 王城の頭上に出現した黒い球体は、徐々にその体積を増やし今では王城を飲み込みつつあった。手に入っている情報の中に『厄気』には知性が高いリーダーがいると推測される。やつらの動きは統一されているのだ。


 人並みの知性があり、目標は王都を占領することと仮定する。王城の頭上に出現したことが偶然ではないとすると、目的はまず、王城を占拠し自らの本陣とするつもりか。


 ならば――――。


 右手でドアノブを掴み、大きな扉を開く。ギィィィンと耳障りな音を立てながら勢いよく扉を開いたさきには――――。


 もう、巣穴ってことか。


 扉の先は広々としたエントランス。天井にはシャンデリア、絵画が架けられ銅像などの装飾品が並ぶ。高価な価値は見た目ほどなく、先王の親しい友人からの送りものを飾っているだけだ。それを知っていても、首を振り回し、時には立ち止まりたくなる美術室の1フロアのようなエントランスだが。今は芸術に心震わせる気にはならない。


 先ほど外に出現した黒い獣。ホワイトマウンテンに現れた子鬼のような化け物。他にも見たこともない黒く不気味な生命体。ぱっと見で100匹ほど、王城は既に支配されていた。


 すかさずイノアは腰に携えた刀を抜き、血に染まったフェバルを取り出した。


「やるしかない。『黒刀』」


 フェバルを刀にかざすと、赤い光の粒が刀を包む。赤が覆うと刀身は色を変え、黒く変色した。柄を両手で持ち、目の前の『厄気』を睨む。


「覚悟しろよ!」


 『黒刀』を上段に構え素早く振り下ろす。黒い衝撃波が空を伝う。体は2つに、首は千切れ、胴体はどこかに吹っ飛ぶ。巨大な刃に成すべくなく切り刻まれた『厄気』達。一振りで大半を殲滅されたイノアは涼しい顔でまた、『黒刀』を振り上げた。



 もう、王城が……。消えている――――――。


 全速で城下町を駆け抜けたスフラは息を整えながら王城があった場所を見据えた。黒い球体は膨張を続けついには王城を丸々飲み込んでしまった。不自然なのは『厄気』の姿がまったく見えない。黒い球体が巨大化すると『厄気』の動きが活発になる。本来なら、すでに町一杯に『厄気』が溢れていてもおかしくないのだ。もう一つ不自然な点。避難のために城下町を離れている人々の顔がやけに明るい。この未曾有の危機、喚き、泣きじゃくりながら急ぎ避難するのが普通だろう。


 そんな安心感を与えられるのは1人しかない。


 イノア、ありがとう。待っていてね。


 僅かに頬を上げて、瞳は鋭く黒い球体を見つめ再び地を蹴る。



 「はぁ、はぁ、はぁ」


 イノアは息を整えながら、長い螺旋階段を上っていた。軍服は所々噛み千切され血を流す。綺麗な顔にも痣ができ、服を脱ぐと胸、腹、ふくらはぎと至る所にも痣がみえるだろう。ここまで数える気が失せるほどの『厄気』を葬ってきた。トイレや給湯室、書斎から続く隠し通路まで。1匹でも外に出ればたちまち人を襲うためしらみつぶしに探し、葬った。


「そうなったら、スフラが悲しむからな――――」


 イノアの独り言は螺旋階段を伝ってよく響いた。やまびこのように、自らの声をもう一度聞く。


 スフラ、何故だ。何故、世界を統一できる『錬術』の力を手に入れたとき――――。あんなに悲しそうな顔をした? 


 聞けば済む話。俺は婚約者、何でも聞けばいいはずなのに、聞いてはいけない気がする。どうしてだ? どうしたんだ? 俺は?


 自分自身の中にある、至らない自分の苦しみがイノアを支配していた。何か取り返しのつかないことをしている。それを知るのが怖い。最愛の人を疑わなければならないのが怖い。何かが起こっているかもしれないことが怖い。


 首を振るい強制的に思考を排除する。今は目の前の『厄気』のことだけを考える。おそらく、ここが最後。とてつもない邪悪なオーラを放つ謁見の間、イノアは息を飲んで扉を開いた。


 扉を開くとそこにはいつもと同じ光景が広がっていた。絵画に高価な装飾品、豪華な絨毯が敷かれている。変わらない、昨日まで軍議や政論を繰り広げていた謁見の間。


 だが、空気はまるで違った。皮膚の細胞、1つ1つが毒に侵された感覚が全身に広がり、筋肉が鉛に変わったかのように重く我が物である感覚がない。これまで体験したことのない神がごときオーラ。ひとたび、それを浴びると自分がまるでちっぽけな虫のような虚像感に飲み込まれる。


 しかし、それさえも。今のイノアにとって些細な事象だ。虚ろな目で茫然と王座に佇む人物から目が離せない。


「なぜ……ですか。あなたは死んだはずです。国王様」


 巨体な体の大半は黒い影で覆われていたが、隙間から覗かれる顔はこの国の誰もが遭いたい人物。蓄えた髭、端正な顔立ち、なにより赤い瞳。前国王、ズブラ・バルその男に違いなかった。


「余り時間がない。もう、体も乗っ取られている」


 声はズブラと同一人物だが、声音は違和感を覚える。世界を統べた王らしく、威厳のある響きのなかに、温かさを含んだ暖かな声の持ち主。しかし、今のズブラは無機質で機械的で、その中に邪気を乗せている。


 目の前の人物がズブラなのかどうか、頭に戸惑いを覚えながらも。悠長に考えている時間はない。


 ズブラは王座から立ち上がった。ズブラに纏わりつく黒い影は膨張し、ズブラの顔さえも覆うと。霧が晴れたかのように、一瞬にして消えた。


 次の瞬間。イノアに激痛が走った。背中の中央、鈍器で数百回殴られたような痛みが全身を駆け巡る。衝撃で前に吹っ飛ばされたイノアは辛うじて受け身を取り、素早く立ち上がるとズブラを睨みつけたが――――。


「はぁっ…………」


 その変貌した姿に思わず声が漏れた。黒い頭は球体に変わり、手足も丸い黒い影で覆われた。赤い瞳も消え、赤い点が灯る。


「変更完了だ」


 ロボットのような抑揚のない声。不思議なのはそれが頭の中で響き渡る。


「お前は何者だ!! 国王をどこにやった!」


 鬼の形相を崩さずにフェバルを構えた。いつでも『錬術』を発動できる体制を整える。敵であることは本能が察知していた。


「『媒体』は消えた、交渉通りに。我は下界の概念では、神となる」


「消えただと。それに神。どういうことだ?」


「神の力を宿した代償だ。彼が力を望んでいた、代償も考慮したうえで力を選んだそれだけだ」


 イノアは眉をひそめた。自称神がいっていることは理解不能だが、1つだけ引っかかる言葉がある。


「神の力とは…………。『錬術』のことか……」


 かすれるような声で聞き、息を飲みながら返答を待った。


「そうだ」


「なら、『錬術』の代償で王が死んだというのか! お前に取り込まれて!」


 獣のような声を荒げ、鬼の形を崩さず睨みつける。


「それは少々違う。奴は神の力を教える代償として媒体となったのだ。神の力の代償は別の話だ」


「どういうことだ? ならば、『錬術』の代償とはなんだ?」


「それには、神の力に仕組みについて理解しなければならない。神の力、すなわち、願いを叶える力。では、汝、願いとは何だ?」


「願いとは……だと。ふざけているのか!」


 質問の意図とズレたはなしに、怒りが増す。今にも斬りかかりたい気持ちを抑え、口元を引き締まる。


「なら、別に答えなくてもよい。願いとはこうありたいと何かを思う感情である。その願いが叶うというならば、何かはどこかにあることだ」


「意味がわからないな、それと『錬術』はどう関係している」


「わからないのか、こいつは強くなりたいと願った。圧倒的までな力を。そして得た力はどこかの力ということだ」


「つまり、『錬術』は異世界の力ということか」


「その認識で構わない。そして、代償とは異世界との時空間を歪めてしまうことだ。その結果、願いの力のものを引き寄せてしまった」


「何だとっ…………!」


「それじゃあ、『厄気』は『錬術』が原因といっているのか!!!!」


「そうだ。願いの力を使い、願いの力のものを呼び寄せる。それを願いの力で倒し、また、呼び寄せる。なかなか、おもしろいことをしているな」


「ふざけるな!!」


 叫びが部屋中に響き、窓が震える。イノアの顔は青ざめ、瞳孔が開く。自称神の言動はとても受け入れられないことだ。


「お前が『錬術』を与えたのだろ!」


「我はただ、通信花から願いを聞き入れただけだ。少し、要件はあったがな。この体の主も承諾したぞ」


「はっ…………」


 言葉にならない声が漏れる。ズブラが世界の危険を承知で力を望んだ。信じられないことだが、脳裏に不信が過ぎる。ルバとの一大決戦。もし、『錬術』がなければ勝敗がどちらにしろ何百万人の命が失われただろう。たとえ、のちに化け物に襲われたとしても命を尊重した。苦渋の決断だっただろう。しかし、それは…………。


 思考に耽っていたが、ふと引っかかることをいっていた。


「要件?」


「少しばかり体を借りただけだ。我が創造した世界、視線を下げて見て見たかった。今の我には、人も動物も植物の声も聞ける。そして、決心がついた。この世界は消えるべきだ」


 自称神は、変わらず淡々と述べた。


「なんだと…………」


「疑問を抱くのか、お前は世界に猜疑を持っているはずだ。違うか?」


 自称神の目とも言えない真っ赤な目の光が増し、イノアを強く睨む。


「あぁ、確かにあるよ。この世界を統べる国の国王なんて、任されたが、担える自信などない。世界平和など幻想だとさえ、思っている。でも、信じたいんだ、人の力を。叶えたいんだ、ステフの願いを。それを邪魔するなら、神だろうが許さない!」


 イノアは素早く『錬術』を展開、黒刀を両手に握りしめ、一瞬にして間合いを詰める。黒き刃が音を置き去りにしながら、自称神の脳天目がけ振り下ろされた。


「愚かな、世界で唯一、神の目を宿すものと感じていたのだが――――。それでこのレベルとは――――。抹消することに間違いはないようだ」


 振り下ろされたはずの黒刀、イノアの目にはくっきりと刀身が自称神のデカすぎる頭をぶった切り瞬間が映るはずだった。


「なるほど…………。さすが、神さまだ」


 音速を超える速さで振り下ろされた黒刀はそのまま自称神を斬ったが、感触はゼロ。黒き刀身はまるで空を斬ったかのように、自称神の中を通過した。


 手ごたえがないと見るや、イノアはバックステップで距離を取り、自称神のカウンターを警戒しながらも頭を捻る。


 透明化、空洞化、空間操作。そのあたりか、神の能力を考察しても意味がないか。情報としては剣が通じないこと。おそらく、肉弾戦も通じないだろう。それなら、まず……。


「ずいぶんと悠長だな、神を相手にしているのだぞ。それにその力は災いを呼ぶのだが、それはいいのか」


 声は変わらず頭蓋骨を超えて、頭の中で響いた。目の前に自称神が見えているにもかかわらずに後ろを振り向いたのは、戦闘に培った経験則が神の領域に届いた証明になるだろう。いつの間にか、後ろに立った自称神。イノアも対抗しようと剣を構えようとした。


 目の前に黒い手が迫る。手という名称なのか怪しい球体の手は黒い影を煙のように散らしながらイノアを襲う一撃。動きは遅い、いとも簡単に避けられる。そう判断し、剣で反撃の準備をしながら、体を半歩退こうとしたが――――。


 体が動かない…………。


 全身が金縛りにあったかのように、ゆうことを聞かず硬直を強いられる。影は膨張しイノアを包む。全身に覆うのは大きすぎる漆黒の闇。イノアは黒き闇を受け入れるのみ。薄れる意識の中、またもや、頭に声が響く。


「人の力か、最後にチャンスをやろう。ただし、与えるのは我がこの世界で一番、罪深い人間だ」


 黒い闇がイノアを包んだのは一瞬。突風のような、闇を受け。目は閉じ、呼吸もない、イノアは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


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