過去⑱
「何かあったか?」
突然奇声を上げた2人にレンはしかめっ面で尋ねる。
「レンには聞こえなかったのか?」
「何が?」
「さっきの変な声です!」
スフラが叫ぶようにいった。
「声など聞こえなかったが、イリリは?」
一同の視線を集めたイリリはぶんぶんと首を振った。
「私達だけ……。あの声はいったい?」
(力が欲しければ、私の所にこい。与えよう。願いが叶う力を)
「また、です。頭に直接語りかけてくる声。これはいったい?」
(俺がお前達の願いを叶えてくれる)
突如、頭に流れてくる映像。それはこの国の象徴。
ズブラは眉間に皺を寄せ、腕を組みしばらく俯くと。眼力を滲ませ、口を開いた。
「いってみよう、スフラ。フェバルの花園に」
フェバルの花園。祖先をこの地に導いたと伝承が残るフェバルを一括で栽培している花園。王城の裏で咲かせているのは大切に扱っている証拠だ。
ズブラとスフラは頭を抱えながら足早に向かう。残りの3人は奇行に近い2人の行動を黙って見守った。黒いゲートを潜り、視界の隅から隅まで咲き誇るフェバル。圧巻の景色は心を震わせる。しかし、そんな光景に酔うことなく、ズブラは花園から一輪摘む。
「フェバルがどうしたのです?」
じっとフェバルを睨むズブラにイノアが声を掛ける。
(それに己の覚悟を示せ、さすれば、願いは叶わん)
「覚悟か――」
呟くとルビー色に目を開き、輝きを増させる。すると、左手の小指を口にくわえ、ギリィと噛み千切った。
「何をしている! ズブラ!」
「「何をなさっているのですか!」」
レン、イノア、イリリ、3者共に止めようと近づくが、即座にズブラの前に立ったスフラに制しされた。
「声の主が、血を求めています」
「声の主? 血? だから、さっきから何をいっている。とにかく王が血を流すことを黙って見過ごすわけにはいかない」
イノアがズブラを止めようとスフラを振り切ろうとするが。がっちりと思いっきり腕を掴まれ、鋭い眼光を向けられた。
「あの声が聞こえない人には、意味不明なこといいますが、声の主に従えば願いが叶う気がするのです! 力が手に入るのです!」
必死に懇願するが、イノアは眉を潜める。疲れからおかしくなったのか、それも親子同時に? 混乱が頭を回り続ける。泣きじゃくるスフラの腕を振りほどくことはできなかった。
「まぁ、ちょっと血が出ているだけだ。気が済むまでやらせろ、王族の血しか、聞こえない声かもしれない。って、あんたらも王族の血が流れているはずだっけ?」
イノアとイリリを交互に見る。
「血は流れていますが、薄いです私達は、母方が村娘だそうで。貴族と結婚を結ぶ正統な王族とは違います」
「確かにルバは貴族も王様の遠い親戚だったか。しかし、あの2人しか聞こえない声。しかも願いが叶う? 世界が平和になるだと?」
鼻で笑うレンは視線をズブラに向けた。今までそんな顔をズブラに向けたことがない。バル国を引っ張る2人に暗雲を感じながら、イノアとイリリも見守ることにした。
レンの反応も無理もない。何かの声を聞いて願いが叶えば今までなんのために、俺達は戦ってきた…………。でも、なぜだ。この声には従うべきだと感じてしまう。
ズブラの左手小指は真っ赤に染まっていた。小指の先に溜まり、ポトリと地を濡らす赤き水滴。今度は落ちる水滴をフェバルに垂らした。
(さぁ、願いを祈れ)
願い、決まっている。世界中の人々が笑顔になるために、俺は大陸を統一する、それも圧倒的な力で屈服させる。そうすれば、みな死なずに済む。頼む、お願いだ。神よ!
(その願い、聞き入れたぞ―――――――――契約成立だ、覚えておけ。お前の願いを叶えた力は―――――。)
突如として、フェバルが赤い塵と化した。は空気のように散乱することもなく、重力にしたがい地面に落ちることもない。ただ、宙に停滞していた。
「これか――――」
何を思ってたのか、ズブラは常に携帯している宝刀を抜いた。すると赤い塵は宝刀に纏わりつき、赤に染まる。白い刀身と黒い柄が一色に染まると、今度は白い光の粒を発する。それが天に舞うと、豹変した刀がそこにあった。
柄は赤く、刀身は紅蓮に燃えている。
「なんだっ――! それは!」
驚きの声を上げられたのは、レンだけだった。他の者は言葉もでずに、ただ、炎の刀身を見つめていた。
「この力は『錬術』だ」
聞きなれない言葉に、スフラ以外は反応もない。しかし、戦場で命賭けの戦いを潜り抜けきた、第一線の戦士たち。その刀が、あの炎がただならならないオーラを放つことは本能的に理解していた。
ホワイトマウンテン山頂付近、僅かバル軍は1週間の軍行で辿り着いた。理由はその軍数にあった。ズブラ、レン、イノア、スフラ、イリリ、それぞれを隊長に、兵1万の軍隊を、つまり総軍5万の軍勢でホワイトマウンテンに登ったのである。先に構えるのはルバ王都。100万兵。100万対5万の戦いが始まろうとしていた。
白い大地を踏みしめる大きな足。山脈は雪で白いのではなく、白い鉱石となっているため軍靴で踏み込める。標高500m付近、5万の軍勢は大陸中を見渡せる、山頂からの光景を堪能したあと振り返り最後の標的を確認した。白い城壁が空を突くほどそびえ立ち四方を囲む、城壁にはいくつもの小さな窓と、東壁と西壁から下りのみの階段が団飛ばしに設置される。そして、正面。真っ黒な城門が行く手を阻む。原材料は大陸で一番硬い鉱物、ドモン。ホワイトマウンテン内部深くにしか発掘されず、量も微量。ルバ以外ではドモンを原料とした剣すらつくることもできない。不破壊の門と呼ばれる大陸一硬い門。誰1人、何一つ、黒き門が傷ついたことはない。
「それも、今日までだ」
山風に炎髪が揺れる、赤き瞳は決意を秘め、見つめるのは黒き壁。
ズブラは軍を差し置き、不破壊の門に一歩一歩近づいていた。刀身が紅蓮に燃える刀を右手にしっかりと掴みながら。
このとき100万兵はもちろん敵襲に気づいていたが、正面には構えなかった。配置する必要がない。不破壊の門に以外には小窓が少し、梯子で登るには高さが足りない。攻め込むのは東と西に設置された段が欠けた階段。これは内部から緊急時、脱出を図るために元々設置されたが、余り用途がなく、稀にやってくる敵襲の橋となっていた。といっても、上から100万兵が降り掛かり、瞬殺される。ルバ城では戦という戦はない、全て傷つかず、一瞬で終わらせていた。
「『聖火剣』」
紅蓮に燃える剣を掲げ、勢いよく振るう。黒き門に紅蓮の炎が灯る。バチバチと音を立て、黒い煙と焦げ臭い匂いが充満する。実にあっけなく、炎は不破壊の門を燃え尽くし、白服を着た軍人の呆然とした姿が並ぶ。
「イノア、イリリ、スフラ 蹂躙しろ!」
「「はいっ!!」」
黒い剣を携えるイノア。幾多の短剣を宙に浮かぶ。ズブラと同じく紅蓮の剣を構えるスフラ。不破壊の門の奥、王都内には白い軍服の群れ。数える気も失せる兵の数は、100万兵に違いないが、あっちを向いていた視線が一斉に集まった。当然といえば当然。東と西から昇る予定だったのが、突然、ありえないところから敵兵が現れたのだ。
黒い剣から刀身は伸び兵士を斬る。無数の刃が飛びかい刺す。紅蓮の炎が一振りで全てを燃やす。100万兵は何も数だけではない、実力も幾多の武功を上げた一部の精兵しかなれない、にもかかわらず。まったく、歯が立たない。これまでの戦とは、今までの力とは全く質が違う。人の力ではない。すぐさま、100万兵は劣勢に。王都陥落の危機と感じ逃げ出す兵もいたが、外にはただの武力が尋常に強いレンが立ちはだかった。敗北兵を逃がさまいと、止め寸前まで刺し捕虜にする。
「これから、もっと多くなる。その中に王がいるはずだ。必ず捕まえろ!」
レンが後ろに並び1万の兵に指示を下す。
「そして、残りは自分の隊長達に続け!」
ルバ王都を陥落させるための最後の一石を投じ、無双など生易しい神のごとく力を振るう4人を見て、レンは小さく寂しそうに呟いた。
「これで……よかったのか。『錬術』という力はなんだ?」
胸の奥に引っかかりを覚えながらも、次々と王都を攻め込む4人。なるべく命は取らず捕虜にさせて城の外に束縛された。数時間も経たないうちに、数える気が失せる兵も陰りを見せた。
「もう、おしまいだ。降伏しろ! この『錬術』の力の前にはお前達は何もできないのはわかっただろう!」
およそ10万のルバ兵。人数的にはまだ、2倍にもなるが、たった4人の奇術の前に約10万の兵が死亡。80万の兵が捕虜となっていた。誇り高きルバ兵も青ざめ、剣を握る手が震える。奇想天外な力を前に足が竦む。心は恐怖で染まっていた。もう、戦闘が終わった。ズブラが凍てつく赤い眼を温和に戻そうとしたそのとき。
ルバ兵の後方が何やら騒がしくなった。すると、10万の人が一斉に割れた。左右に別れ小さな道をつくり、その人物とズブラの視線が合う。
「始めまして、バル王」
水色の長髪、同じく水色の瞳。細い目に、皺だらけの頬、蓄えられた髭。全身から漂う高貴なオーラ。自己紹介など必要ないだろう。
「こちらこそ、初めましてルバ王よ」
再び目は鋭く、顔は緊張感に包まれた。
「少し話がしたい。武器を下ろしてくれないか? 私も無抵抗の意を示そう」
ルバ王は両手を挙げて、無抵抗を現す。
どういうことだ? 侵略に侵略を繰り返す暴君だと聞いていたが。
ズブラは戸惑っていた。ルバ王の気に刺々しさはなく、むしろ、温かさで包ませている。
「わるいが、武器を捨てることはできない。数で押されているからな。しかし、話なら聞いてやろう。なんだ?」
「『錬術』を使ってしまったのか――――」
ピクリと眉が動く、素早く唾を飲み。動揺が顔に出ないようにする。まだ、『錬術』の名は一部のバル兵にしか伝えてない。
「なんのことだ?」
「私にも聞こえるのだ。フェバルの声が」
「何っ!」
「あれは……聞き入れてはならないものだ。私も一度聞いてしまった。今すぐやめろ、おかしくなるのは私だけでいい。あれは、この世に必要のない花だ」
ルバ王の顔が歪む、膝を付き、口からゲロを吐く。
「私1人の願いでこれだ。バル王よ。そちの噂は聞いておる。もし、世界中の人々を願うものならば、あの花はいずれ災いを…………」
そう言い残すとサファイヤのような鮮やかな瞳は閉じられ、ゆっくりと前に平伏したように倒れた。
ルバ王都陥落。超大国ルバはたった4人の隊長によって敗れた。
これにより、歴史上初めてバル国は天下統一を果たした。
しかし、それは次なる戦いの序章に過ぎない。
ルバ王の訃報と王都陥落の知らせはすぐに両軍に広がった。バル兵士は大歓声に包まれ、ルバ兵士は涙を流した。大戦が決着したのである。これで、ついに長き歴史の中でもだれも成し遂げなかった大陸統一をバルが果たした。多くの人はそう勘違いをしていた。
七将軍の生き残り4人の将軍達がそれぞれ独立し国を興したのである。大陸の中程、旧ルバ領に1か国、平原に1か国、フローラ、ミレェイ近辺に1か国ずつ。当然4か国は手を結び連携する。たちの悪いことに、中央で戦場にいたルバ兵の生き残り全てがどこかの4か国に吸収された。各国100万、計400万の兵が最後の抵抗を果たそうと決死の覚悟で反乱を起こす。
「しかたがない、最後の仕事だ。『錬術』を習得したものは戦前にでよ」
謁見の間に集まった兵士達。これまでの地位は一掃され、『錬術』の強さで武力は決定する。それでも、武の才は変わらないのか、ガルバ、レミアン、ユタバは早々に『錬術』を身に付け、最後の戦場に降り立った。
平原をイリリとガルバが、フローラをレミアンが、ミレェイをユタバがルバをズブラとレンが。それぞれの反乱国に向かい、天下統一の最後に仕事に向かう。
そのころ、イノアとスフラは王都警備のため、王城に身を置いていた。
「もうすぐです。もうすぐ、天下統一が私達の願いが現実に――」
王座に座り、窓から覗く、空を見上げ物思いに耽る。
「それにしてもなぜ、不死王は突然の急死を――」
隣の簡易な台座に腰掛けたイノアは眉を潜ませる。
「今、それを考えるときですか? もうすぐ、全ての戦いが終わりますよ。あなたのおかげです。救世主様」
スフラの羨望の眼差しはイノアに注がれる。これは何もスフラだけの視線ではない、バル中の人々がこの救世主に感謝の意を持っている。
「いや、僕などただ強くて、少し頭が切れただけ。『錬術』を発見した王様とスフラに比べれば救世主でもなにでもない。あれは大発見、この世の森羅万象を覆すものだよ。だからかな――――」
なにか胸騒ぎがする。
俯き、思考の海に沈む。こうなったら、イノアは何も聞こえない。そして、次に口を開くときには、絶対の正道を述べるのだ。
「少し『錬術』について、調べてみるよ。ここは任せたよ」
そういうと足早に謁見の間をあとにし、大扉を開ける。
「待って! 大事な話しがあるの」
「何?」
イノアが足を止め振り返る。いつもは見せない、緊張した顔で、震える声で、力を振り絞り。
「私と結婚して下さい」
心臓の鼓動を収めるために俯くが、返事はすぐに返ってきた。
「もちろんだよ。スフラ、これから一生よろしくお願いします」
笑顔で、一礼して。ゆっくりとスフラに近づく。涙を流し、まだ、放心状態のスフラの肩にやさしく手を乗せると口づけを交わし。
「ずっと、大切にする。一緒に願いを叶えよう」
コクリとスフラが頷いたことをしっかりと確認すると。
「じゃあ、いくね。いろいろな話しはまた、今度」
そういうと足早に出口に向かった。
扉が締められる虚しい音がこだまし、スフラの胸に突き刺さる。
「大丈夫、大丈夫。私が戦って終わらせればいい。それで全てが終わる。天下統一のあとの戦いも――――」




