過去⑯
バル暦889年 『大陸統一大戦』
それは、奇しくも初めて両国が戦った『ソーダル平原』で火蓋を切られた。
バル軍20万、ルバ軍23万、前代未聞の大数で始まった天下分け目の戦い。指揮を取るのは若き総指揮官、イノア・ショーミ。対するルバ軍は七将軍の1人、アューミ・バッタロ。七将軍の中でも、一番若いアューミ。この戦いの結果は自ずとどちらの国の芽が育っているのかがわかるだろう。
20万の大群の先頭に立つイノア。普段は本陣の奥から指揮を送り、要所で前に出る戦法を取っていた。今回は大戦の始まり自らが先頭に立ち士気を上げるようだ。イノアの後ろにずらりと並ぶ軍勢は激などなくとも、目を血まなこし、早く戦よと、気合十分だ。それもそのはず、天下まで残す敵は1つ。黒い軍服に並んだそれは黒い霧。対の白い霧が迫りくる。
白い軍服はルバ軍。正反対の色になった2国が最後まで生き残ったのは、偶然ではない。バルの王家、ズブラ、スフラの祖先は元々、ルバ王族であったと伝えられている。訳までは伝承されていないが国に反逆し放浪の旅の果てに今のバルに行きついた。黒の軍服は、決して白には染まらないという意思が込められている。
「いくぞ! スフラ」
隣に凛と立つスフラに声を掛ける。
「はい」
覇気のある声で受け応える。共に思いを通じ合った2人。決して失いたくない人。少し目が合うと少し微笑んだ。大丈夫、俺が、私が、こんな道半ばで死なないよ。言葉を交わさずとも会話をしたイノアは全軍に向かって指揮を飛ばした。
「第1陣、突撃!」
5万人が一斉に走り出す。ルバ軍も、こちらの動きに反応し兵を進める。目視では同数ぐらいだろうか。10万もの人の移動は砂埃を砂嵐に変化されるほど荒々しい。
同刻、大陸北部ルバ領内。薄い霧に囲まれる雲に突き刺さる山。ホワイトマウンテン。名のとおり白、一色。雪が積もっているわけではなく、この山の岩石が真っ白なためだ。
「よし、ここから入るぞ」
木々の影に隠れるズブラ、後ろにはレンの姿もあった。2人の視線の先には、白い山の麓に黒く怪しく輝く砦。もっとも、ここはルバ領土の中枢、ホワイトマウンテンの山頂付近には王都があるといわれ、ルバ軍の強さと天然の要塞も相まって一度も侵入を許したことがにない。山を下りた立地に建てられたこの砦は、防御面よりも、軍備の保管庫の意味合いのほうが強い。門には2人の衛兵。2階からは数人に衛兵が、勤勉に欠伸を掻きながら監視を行う。
「本当にここまでくるのが大変だったよ。なんせ、王様ともあろうものが敵国に潜入するとは。骨が折れる」
やれやれっといったようすのレン。国境線が1線になってからというもの。両国に人の行き交いはほぼなくかった。間所は閉ざされ、厚い壁が建築されている真っ最中。しかし、ズブラとレンはルバに侵入を果たした。海王の協力をおかげだ。海には国境はない。ミレェイ近海の海岸ではルバの監視が厳しい、そこで、大陸の海をくるっと半周、フローラの森をさらに北に上がり、ルバの海域に侵入を果たした。あとは、闇に溶け込み、上陸し、ただの民のごとく過ごしながら徐々にホワイトマウンテンを目指した。
「ほとんど、海王のおかげだけどな。それに、他の兵も大変だ。作戦失敗のときの脱走路を頼んでからな」
「あいつらなら、大丈夫だろ。信用してやれ、元隊長達だ。もしものときに頼れ、きちんと海まで俺らを送ってくれる。やばかったら迷わずに笛を吹け!」
「ああ……」
溜息混じりに息をつき、目を閉じる。時間が消えたかのような数秒のあと。開いた目、ルビー色の瞳が輝いていた。
「いくぞ! 相棒」
「おうよ!」
2人は木々の影から、姿を現し砦に向かって駆けていった。
砦の裏側に到着すると、城壁にべったりと体をくっつけて忍び足で門に近づく。ズブラとレンは互いの反対側から門を目指す。合図はない。1分後に衛兵を奇襲する、作戦はそれで充分。ズブラが壁から顔を覗かせ、衛兵の様子を伺うと面倒そうに遠くを見つめている。それもそのはず、砦と名打っているため監視を置いているが、本来なら必要はない。こんなところに敵兵がやってくるはずがないのだから。福祉が豊かな国なので盗賊もいない。発生しても、罪は即死刑であるルバで盗みを働く人はいない。よって、ぼんやりと風景を眺める衛兵も職務を果たすことができるのだ。普段ならば……。
2人の衛兵は両端から、微かに聞こえた音に顔を横に向けた。
「ごぉっ!」
ズブラとレンは一瞬にして距離と詰め、喉仏に手刀を放ち、声を奪う。衛兵は朦朧とする意識の中、剣を抜こうとしたが今後は後頭部に衝撃が走り意識が完全に途絶えた。
「第一段階、クリア」
いたずらっ子のように微笑むズブラ。
「なんか、お前。顔が腑抜けになったな」
「はぁ?」
少し眉間に皺を寄せ、レンを直視。聞き捨てならない言葉だ。
「いや、いい意味でだよ。肩に入っていた力が抜けた感じだ」
「褒めているのか?」
「そうそう、だいぶ喋りやすくなった。重役を降りたからかな。王ぽっくない」
「それ褒めてないだろ!」
互いに笑う、2人。
「さぁ、第2段階開始だ」
ニヤリとした顔は引き締まり鋭い目つきに変わる。鋭利な視線の先は砦の扉。2人は足音を立てないように進みズブラがドアノブに手をかけると。
勢いよく、扉を開けた。
幾多の視線が2人に集まる。狭い通路の奥、広々とした部屋には大きな円卓テーブルに腰を変えるルバ兵達。机の上には豪華な料理と高級そうな酒の数々。甘い匂いが充満し、兵士達の顔も赤い。ルバ兵が事態を飲み込めない前にズブラは剣を抜いて、威圧的に発した。
「まずは騒がないでくれ、できれば抵抗も。正直何人いようが、俺達にはかわない。死人がでるだけだ。要求は簡潔、この砦を破壊する。全員、外に出ろ!」
ズブラの声、一瞬の間の内に砦の大広間で休息を取っていたルバ兵達もようやく事態を飲み込めた。剣王と鬼神、バルの中核を担う2人が敵陣ど真ん中に出現。なぜ、この2人がこんなところにと考えるのはあとにしたようだ。腰に携えてあった剣を抜き、ズブラとレンに襲い掛かる。
「わかってないな。詰んでいるよ。お前ら」
ルバ兵を鼻で笑い飛ばし、短剣を手にズブラの横に立つ。これで通路は塞がれた。あとは永続的に突撃してきる敵を倒すのみ。一閃が重なり輝き合う。憩いの場となっていた大広間には血が舞い上がる。何十人といたルバ兵は糸が切れた人形のように倒れびくとも動かない。
「さぁ、第2段階。完了だ。ここからは時間がない。とっと、燃やそう」
ズブラはポケットからマッチを取り出し、火をつける。
「ちょうど、酒もある。半端に焼け残ることはなさそうだ」
レンは机の上に残ってあった瓶を持ち上げ、床に投げつける。甲高い音と、ガラスの破片。ブドウ色の液体が木目の間を流れる。それを見たズブラは灯したマッチを放り投げ。瞬間に火の波が広がった。
「第3段階、スタート!」
ズブラの宣言ののち。2人はすぐさま振り返り砦をあとにする。今度は木影に隠れることはしない、ひたすら走り出す。後ろから熱風が吹く。だが、熱風など可愛いもの。すぐさま、大群の軍が2人を追いかけるだろう。
砦が炎上に黒い煙が空を漂う。これだけ目立っていれば異変に気付き砦に向かい、何が起こったのか推測できるだろう。そして、大規模な捜索網が張られる。
ズブラ達の猶予は約10時間。それまでに約100キロの険しい道のりを抜けて、西の海に到着しなければならない、ルバ軍に捕まればいくら2人といっても命はない。額に汗を掻きながら、脇の森林に入り込み駆け抜けた。
同刻、迷いの森改めフローラの森。大木の上に文化を築いたフローラ国、バルとの同盟のあと、未開だった国も、現在は様々な人々が行き交う国となっていた。しかし、戦争が始まった今、人の姿はない。森の人々は王都に避難し、戦闘員は砦に集結した。
森の砦、フローラの森の中に建てられた砦だ。大木に隠れ、外見からはどこにあるにか検討もつかないが、実勢はルバの国境付近のすぐ傍。内部には何万の兵士達。規則正しく整列する姿はもう祖国の区別も軋轢もない。先頭で指揮を取るレミアンは妖艶に微笑みながら甘い声で指示を下す。
「じゃぁ、出発ね~。ルバはカーレン砦を攻めている真っ最中だから、横から突入しちゃおう。相手は七将軍のうちの1人だけど私に続いてね。無理はしなくていいから!」
変わらぬ笑顔、とても一軍を率いるのに値したに女にみえないが、かつて、フローラ警備兵副長。迷いの森の侵入者を始末していたのはレミアンだ。武力は戦場で明らかになった。彼女を侮る兵などいない。砦の門は勢いよく、開かれ大勢の兵が森に降り立つ。多少足音を立てようと、森が隠してくれる。レミアン率いるフローラ軍は、全速で戦場に向かった。
同刻、大陸東部。かつて、少数民族が住んでいただけと伝えられていたミレェイ諸国は、深海を泳ぐ鮫。浅瀬に引き込んだバルによって牙の鋭さを大陸中が痛感していた。海を征するミレェイの航海術は実質的にどこからでも攻め込まれることを意味していた。いち早くミレェイを潰さなくてはならない。それが、ルバの立てた戦略だった。北の海から南下し、ミレェイ諸島に襲い掛かる。航海船の数々、総勢10隻、総乗客員10万人、海上戦にでは異例の大群を率いるのは七将軍の1人、ルルン。
対するバル軍は、7隻。隊を預かるのは若き隊長、ユタバ。
「三日月状に船を配置してください。それで海流が乱れます。そこを大砲で牽制のうち、両端の船を敵船につけてください。7千対1万になりますが、相手は白兵戦を想定していない。バル兵なら余裕でしょう。その間に兄さんたちは素潜りで、船の底を銛で突いて下さい。沈みはしませんが、舵は取れなくなります。あとは、大砲で料理をするだけです」
饒舌に作戦を説明するユタバ。海王の息子の内、バル軍で地位を確立したユタバ。腕力は兄たちに遅れるが、海を読む力と優れた頭脳、海上戦ではイノアを凌ぐともいわれている。実際に、この作戦の立案もユタバだ。海の子のブレ―インにより、ミレェイ諸島の戦いは一方的なものになる。
時刻は夕暮れどき、戦場では夜に備え、一時退却の準備をしなければならないのだが、その必要はないようだ。
「覚悟! 死神! お前らにこの大陸は渡さん」
七将軍のアューミ・バッタロが大矛を振り回しイノアを牽制する。だが、イノアは何食わぬ顔で刀を振るい大矛を受け止めた。
「ほう、なかなかやるな」
巨体から放たれた一撃を一回り小さい体で受け止めたイノアに感心した声を上げたアューミ将軍。白い歯を覗かせて余裕を見せる。
「お前にそんな暇はないぞ」
「あっ?」
不機嫌な顔を浮かべた直後。足元に転がった火薬玉が爆発し巨体を丸焦げに。ルバが誇る、七将軍の1人、最後の姿は実にあっけないものだった。
「イノア、伝令兵から連絡がありました。カーレン砦、ミレェイ諸島の防御も成功。そして、先ほど、お父さま達も例の作戦を成功され脱出も完了されました」
スフアのもたらした情報を聞くと、イノアは安堵の表情を浮かべた。
「そうか、まさか、全ての作戦が首尾よくいくとは思ってもいなかった。さすが、みんな頼りになるよ。これで、俺達の優勢だ。今日はもう退却するよ。ルバも将を失ってこれ以上攻めることはしないだろう」
全軍に指示を送り撤退の準備を、ルバ軍も七将軍が討たれた怒りのまま、無鉄砲に突撃していく兵もいたが、それは少数。多くの兵はこれ以上の戦は困難として、撤退の色を浮かべ代理の将もその判断を下したようだ。
天下を賭けた戦いの初日。討たれた兵の数はバル軍8万に対し、ルバ軍6万。数ではルバ優勢であったが、砦と諸島は侵略できずに帰り討ちに、平原の戦いでは七将軍の1人を失った。なんといっても、剣王と鬼神に王都膝元である砦を襲われた。軍事的には損失な少ないが、国の中核まで侵入され、みすみす逃がした影響は大きい。警備を増員しなくてならないのはもちろん。ルバにいても、不意に襲われても不思議ではない相手は剣王と死神、武力は大陸トップクラスだ。国中が恐れをなす、これもイノアの計画の内。
イノアが吹かせたこの風は、天下決戦において1年間吹くことになる。




