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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
過去への召喚
60/89

過去⑬

 バル暦887年


 禍々しいほどの森。もし、足を踏み入れようなら生きて帰られないと伝わる迷いの森。そこに隣接するカーレン国。広々とした荒野を自慢の騎馬隊で敵軍を葬る戦闘国家。赤い甲冑と黒い馬がカーレン騎士の証。南の国境線にずらっと並ぶ兵士達。境界線の左によっているのは、対峙する敵が何故かそちら側によっていたためである。その数約10万人。全4軍に分かれ、1軍に付き5千の騎馬兵が組み込まれている。


 カーレン軍に対するのはバル軍、伝統の黒い軍服に身を包み、1ミリのずれもなく隊列を組んでカーレン軍の一等一側を捕らえる。その数約5万人。


 カーレン軍の最後尾に陣取る男。黄金の甲冑、長い銀色の髪、中性的な顔立ちからは想像もできない、厚みのある胸に太い腕。金色騎士、ベッグは脇にきた伝令兵をギロリと睨んだ。


「本当にその伝令はあっているのか?」


 よく通る、透き通った優しい声。


「はい、他の伝令兵には何度も確認を何取りました。このたびのバル軍、東に伏兵の気配はなし。後続の軍もいません。よって、総数は5万。更には、軍を率いているのは鬼神レン、他に、剣王ズブラ、死神イノア、破壊姫スフラの姿は見渡りません」


「よくわかった。ならば、こちらの監視外から伏兵が潜んでいるかもしれない。見張りの兵を増やし、伏兵を対処するための兵を置け」


「はっ!」


 踵を返し全速力で馬を走らす伝令兵。背を見送るベックは眉を潜めていた。舐めているのか、それとも、何かこちらが想定していない策があるのか?


 これまでも幾度となく、奇襲を仕掛けてきたバル国に警戒心はぬぐえない。しかし、目の前で国を侵略しようとする敵を前にして待機できるはずもない。


「第一陣、突撃!」


 突風のごとき響き渡る号令に勇ましい声で応え騎馬兵がバル国に突撃する。大地が震動し、激しい金属音と血が流れる。本来なら先に騎馬兵で蹂躙し、後片付けを兵士で済ませる。だが、バル国は騎馬兵に対して、数で対抗一騎、一騎、落とす。一騎を落とすのは5の命は消えている。一方的な虐殺だが、バル軍は前線兵にまかせ応戦を呼ばない。このままでは前線が崩壊することは目に見えている。


 カーレン軍の圧倒的有利の戦場だが――――。


 ベックは奥歯で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 やはり、伏兵がいる。本軍で騎馬兵を倒し、後から現れた伏兵で本陣を討つ気か。そうはいかんぞ、鬼神。いや、死神。


 この策の練り方は正面からの戦闘を好む鬼神ではなく、死神の策だろうと感じていた。ここ最近のバル国を大国に押し上げた立役者。イノアに知恵比べでは適わないこともベックは自覚していた。


 だから、ここは単純明快、獣のごとき戦としましょうか。ベックの薄い唇が吊り上がり、軍全体に指示を飛ばす。


「第2陣、第3陣、共に突撃です!」


 野獣の唸り声のような声が響き渡り、大地が割れたかのような永遠と鳴る。第2陣、第3陣、計5万の軍が一斉にバル軍に襲い掛かった。


 何か策があるなら、それを実行されるまえに片をつければいい。


 目を細め、砂埃をかいくぐり敵陣の奥に視線を送る。自軍と同数の敵に追撃されるバル軍。今、その指揮を預かる鬼神、レンは鬼の形相を隠し、悠然と最後尾の陣から一歩も動かず、それどころか指示を与えているようすもない。


 なぜだ、数の劣勢。鬼神の武力で覆さなければどうする。


「金色騎士様!」


 称号を呼ばれ、首を曲げると伝令兵が息を乱しながらこちらに駆けつけてきた。


「やっと、伏兵が見つかったか?」


「いえ」


 伝令兵は首を激しい横に振った。


「ならば、なんの情報だ?」


「ギャック国に潜入しています。諜報部隊からの急報です。ギャック国、南国境付近にて、バル国とギャック国が交戦を開始したとのことです!」


「何だと!」


 ギャック国はカーレン国と肩を並べる大国、その2つの国と同時に戦を起こすのは、最強といわれるルバ国でも無理な話しだ。


「誤報ってことはないのだろうが」


 誤報ならもう少し真実味がある情報を流す。


「両国の陣営は判明しているか?」


「ギャック国が10万、バル国が5万。ギャック軍は歴戦の戦士を放ち、バル軍は剣王が指揮を取っています。しかし、剣王のみです。この戦争に参加している鬼神は除いても死神や破壊姫は軍に姿を見せていません」


「なんだそれ……いったい、バル軍は何を考えている!」


 もはや、理解の範疇を超えている。ギャック国にも5万の数を送っていれば、もう伏兵の数はたかが知れている。つまり、伏兵は存在しない。そして、大事は柱を2本も消えている。


 死神や破壊姫だけではない、まだ、副隊長だが、死神の妹。元、雷鳴盗賊の頭。バル国が怖いのは剣王でも鬼神でもない、その下の世代が破格の力をつけていることだ。それこそ、あと何十年もそれば大陸を飲み込むほどに。


「それなのに……なぜ。いない!」


 絶叫を空に放ち、頭に上った血を沈める。冷静さを取り戻し、思考は深く潜る。


 おかしい、おかしい、どう考えても無謀。この戦はおかしい。やはり、伏兵か、もし、何らかの手段で兵を徴収できたならば、この策も納得する。やはり、東に潜ませたか。


 そのとき、ベックの視界がクリアに。眼光が遠くにいた人物に注がれる。


 やっと、前に出てきたか鬼神。確信した伏兵だ。ならば、先に討つ。馬で詮索し続ければ流石に見つかる。鬼神はそのあとに料理すればいい。


「バル軍と交戦中の騎馬隊は一度戻れ、標的を変更する。兵士はそこで鬼神の足止めだ」


 透き通った声に反応し、バル軍を襲っていた騎馬隊が踵を変える。鬼神がそれを追うが、兵士達に足止めされてしまった。


「よし、第4陣の騎馬隊も続け、合流したのち東に潜む伏兵を寝屋刺しにする」


「「うっおー!」」


 大歓声ののち、砂煙が舞う。ベックは満足そうに見送ったが。馬の蹄は合唱のように鳴り響く、そのため音がかき消された音で耳に入らない。迷いの森からきた伏兵の足音に。


 ざわめく声が沸く。すぐにベックが振り返る。


「だっだれだ。お前達は!」


 カーレン本軍の後ろ、ふいに緑の集団が現れ、兵を瞬殺していく。


 まず、どこから。いや、1カ所しかない…………。ベックの視線は深い森に。


 森の守り人がバルに協力したというのか! 


 今まで、歴史を繙いてもフローラが大陸の戦争に参戦したことはない。森の奥に密かに暮らしている認識。ベックを責めることはできない。


 混乱する頭を急速に冷やし、本陣を立てなおすと同時に騎馬隊を呼び戻すため伝令兵を飛ばす。東に伏兵がいないのは明白。早くこちらに助力しなければ本陣は壊滅する。


 だが、それをあざ笑うかのように。今度はベックの耳にもはっきりと聞こえた。本陣の前と、バル軍の間。そこから、森の木々が激しく揺れる音。この葉がひらひら落ちる弾幕から、疾風と緑と黒の兵士が現れた。手に持つのは弓。騎馬隊に対して遠距離から有効な手立て。これまで温存していたとベックは思っていたが。


「弓手は他の兵に、くっそ!」


 歯ぎしりを立てるベック。もう手遅れなのは理解していた。


 空を舞う。幾千もの矢。背後から広範囲に放たれた矢は、次々と倒し、落馬させる。


「この戦は負けだ。敗走の準備をする」


 ベックの判断は迅速だった。バル軍と交戦中の兵士は鬼神がいる軍に蹂躙される。騎馬隊は矢に襲われ再起不能。本陣は後ろから奇襲を受けている。


「敗走の進路は東だ。途中で動ける騎馬隊をなるべく救うぞ、はやく準備をし――――」


「そうはさせません。金色騎士、ベック。ここで、討ち取らせてもらいます」


 ベックは声に反応して振り返る。目を開き馬から降りると耽美な声で指示をした。


「殿は俺が務める。みなは早く東に逃げてこの戦場から離脱しろ。俺は首を賭けて、破壊姫の首を取る。敗退の将の汚名は少し緩和されるだろ。殉職と合わせれば虹色騎士まで昇格するのじゃないか?」


 薄い笑みを浮かべ、鼻で笑う。目に涙を溜まっていた。周りの兵士も涙を流し、最後の指示に唇を噛みしめながら頷く。馬蹄が響き続ける。兵士達は東に走り去った。


「礼をいうよ。破壊姫、いや、スフラ王女。追撃を止めてくれて」


 ベックは軽く礼をした。カーレン軍が敗走する間、バル軍とフローラ軍は追撃の気配はなかった。


「当然のことです。負けを認めた兵の命を奪う必要はもうありません。あなたもそのはずです。剣の納めて下さい。カーレン軍総大将、ベック王子」


「それはできないよ。王族でありながら、軍に身を置くスフラ王女にも気持ちはわかるはずだ。この時代、政治だけでは王家の威厳は示せない。剣を持ち戦場で成果をあげなければ、民は賞賛されない。この戦の失態、あなたの首があれば帳消しにできる。ご覚悟を!」


 ベックは全速で駆け出した。僅かに残ったカーレン軍はフローラ軍を相手にする。スフラと一騎打ちをするためだが、数はフローラ軍の方が断然上、そう長くは持たない。


「残念です。あなたとは分かり合えそうにない。私もお父さまも、バル家のことはことに足らないものです」


「なんだと!」


 初めて、清らかなベックの顔が崩れた。奥歯を食いしばり、剣を振う。


「でも、あなたは素晴らしい王族です。王国みんなに愛されているのは兵士達の顔を見ればわかりました。だからこそ非常に残念です………………」


 鞘に収まっていた。宝刀を音速の速さで抜かれる。スフラの目からポツリと落ちる綺麗な涙は王子ベックが最後に見た景色だった。




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