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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
過去への召喚
58/89

過去⑪

 スフラとイリリがフローラ国に赴いた日と同日。バル国の東、港町傍ら一隻の小船が出港していた。木材の素材に、心もとない小さいマスト。定員人数は数人が限界、それ以上乗ると海水が小船を侵食し海の藻屑となる。小舟の海路は北へ、漁師なら目をひん剥く進路だろう。東の海で南から北へは流れる海流を逆行する。船が進むはずがない。


 しかし、なぜか小さな小船は海流に抗い、海を突っ切っていた。


「さすがだな、まさか船の操縦まで、一流とは」


 少し鼻につく言い方。マストの隣で胡坐を掻いて座るのはガルバ。黒い軍服は様になり、常に右手に携える相棒の槍はますます鋭利に尖る。しかし、今は気だるそうに府抜けた顔をしていた。


「まあね、この世界の7割以上は海だ。世界中を旅するなら航海術も必要さ」


 操縦桿を握るのはイノア、表情は柔らかだが、海面と空の動きを慌ただしく探る目は光る。


「それにしても、ただ旅をしただけでそんなに強くなるのか、俺も大陸中を旅していたのは同じだぞ」


 ガルバの視線は海の彼方。盗賊としてあらゆる死線を乗り越えたガルバ。互角の戦いを見せたイリリが副隊長だと知り、ひと安心と自信が沸々と。俺の力は軍でも通用する。その自信は最初の戦で木っ端微塵に砕けた。剣王と鬼神、お尋ねものだったガルバでも知っていた有名人に劣ることは納得がいった。彼らより実力があれば盗賊団など率いていない。だが、ガルバの目の前に故に高々と天までそびえ立つ2枚の大きな壁。特に、スフラの隊に組み込まれることが多々あった。見せつけられた圧倒的な力の差。そして、今、それよりも上だという怪物と一緒に乗船している。


「そんな悲観することはないよ。スフラもよく褒めていた。剣だけでなく戦術理解も優れている。ゆくゆくは、イリリと一緒に隊長になる器だって」


「あの小娘と一緒にされると不愉快だ、俺はあなたの妹よりも強い!」


「そんなにムキにならないで、もしかして、惚れたか? 我が妹ながらけっこう可愛いだろ」


「なにバカなことを! あんな、小娘、ブスですよ」


 少しガルバの頬が赤く染まった。しかし、今のイノアには聞こえていないようだ。


「ブス…………だと、天使の子を……ブス……だと」


 イノアの顔は豹変した。眉は吊り上がり、目玉が飛び出るほど大きく、なにやら、背景にドス黒いオーラの幻影。


 し……死神っ!


 ガルバがイノアの2つ名を思い出した頃。コンコンと音を立て、イノアが歩いてきた。


「あっ……あの~、イノアさん。ご冗談ですよ~」


「言い残すことはそれでいいのか?」


 観念したガルバはゆっくりと目を閉じた。


 

 海は次第に牙を向く。波は荒れ狂、空は曇天が広がる。小船では高波に襲わられると横転し、雷が落ちると黒焦げになるだろう。最悪の天候、もちろん周りに船はいない。それはミレェイ国に近づいていることを示していた。


 船の端から荒波に顔を出すガルバ。極寒の海に浸かったかのように顔は青ざめ、口は開いたまま、金髪の髪も不思議と明るさに影が映る。


 死神って、シスコンだったのか…………。もう、妹のことは禁句だな。


「ガルバ、いつまでそうしている。もう、そろそろこの流れも終わる。これからは手漕ぎだ。ほら!」


 イノアは手に持っていた。木製のオールをガルバに投げた。コォン、ゴィン、ガンっとコミカルな音を船に響かせ、嘔吐を続けるガルバの傍らで止まる。


 海流の流れを逆行できた理由は単純。大海原を流れる海流の中でも、逆行する海流が所々に隠れている。イノアは持前の観察眼から見破り流れに乗せていた。船が小舟なのも小さな流れでも乗れるため。しかし、それもここまで。イノア達に味方してくれる海流はなく、原始的に腕力で進むのみ。


「わかりました。イノアさん」


 ダルそうにオールを拾って立ち上がる。顔はいまだ青ざめたようすで、準備を始める。


「疲れているのはわかるが、もうちょっとがんばれ。前方に見えているあの島がミレェイ国だ」


 いや、疲れているのはあんたのせいだから。そう思いながらも、ガルバは「はい」と返事をした。


 船の先端の先、500mほど向こう。丘を拡げたような小さな島。小屋のようなものがぽつぽつと。あれが目的地、ミレェイ国。9つの島の内の1つ。


 2人のオールは海をぐんぐんと進ませる。まるで、モーターを搭載したかのように急激な海流の流れを逆行する小船。島の辿り着くのはあっという間であった。



 水面を潜る錨。これで船が流されることはない。ガルバは錨を沈め、島に上陸した。海の中の森。一面に草木が生え、奥の方には田んぼもいくつか並ぶ。あとは小屋のような家が数軒。ここだけ切り取れば田舎町のようだ。虫のさえずりが心を癒す。


「さて、帰っているかな?」


「帰っている?」


 ガルバが首を傾げた。


「あぁ、ここの海王は漁が好きだから、いつも家族と一緒に漁に出ている」


「海王? 随分と大袈裟な名前ですね。祖先は海の魔物でも倒したのですか?」


「いや、レェイは実力社会だ。海王になるのにただ一つ、海を自由自在に渡れる力があればいい」


「自由自在に? 単に航海術が優れているってことですか?」


 イノアはクスッと表情を崩した。


「あの人はもう我々の航海術とは一線を返しているよ。あれはもう人の力ではない」



 草木が刈られ人ひとりがやっと通れる一本道。両脇に建つ小屋のような家を通り過ぎると思わず驚きの声が漏れた。この島の中では唯一煉瓦で造られた赤い建物。二階建て窓の淵が貝殻で飾られ、壁にはサンゴの模様をあしらう。


「ここが、海王って人の家?」


「そうだね。ただ、城でもいったとおりミレェイの人にとって家は船だ。島の家はそんなに重要ではないから、トップの人間でもこれで十分だ」


「へぇ~」


 ガルバは小さく頷いた。この程度の家なら王都に行けば一般的な大きさだ。


「やっぱり、門が閉まっているか。仕方がないな、帰るのを――」


 イノアの視線が上がり、ガルバが体を引きつかす。島を揺らす地響きと轟音が体を刺激する。発生源は煉瓦の家の奥。2階建ての家よりも高い大型船が突如として現れた。


「あれはなんですか?」


 口を大きく開けてガルバは叫んだ。


「海王が乗る船。8274号だ。いくぞ、あそこに海王がいる」


 急ぎ赤い煉瓦の家を周り込み、大型船に向かう。


 景色はガラリと変わり、こちらの海は晴天、波も静寂に包まれ、小鳥のさえずりが耳を和ませる。鮮やかな蒼い海面に停泊する大型船。純白の大きなマストに管板には網で捕らえられた魚が大量。まだ、生きようと尾ひれをばたつかせ抵抗する。しかし、弱肉強食、食物連鎖。船に乗っていた大男達は網を担ぎ船から降りていく。乗船していたのは数十人、服装は簡易こと以外バラバラだが、皆、青いバンダナを頭に巻いて朱色でバツ印を描いている。


「おう! イノアじゃないか! 久しぶりだな~」


 こちらまで悠々と聞こえてきる大声を発したのは船を降りる乗員の先頭。他の大男よりも一回り大きい巨人のような男。トレードマーク?の青いバンダナから少しはみ出る青い髪。太い眉、細い目。大きな鼻。分厚い口、その周りにどっしりとした髭。暑苦しさを感じさせる男。


「誰ですか。あのむさ苦しい男」


 ガルバが若干顔をひきつかせる。


「あの人が海王。ライザ・デザラです」


「あいつが!」


 ガルバの眉はピクリと上げ、口がぽかんと開いたが。直ぐに異様な雰囲気に気づいた。


 よくよくライザを観察すると、体格といい独特な風貌といい、見方を変えるとオーラも見えてくる。


 ガルバがそんな顔をしているうちに、ライザは大股で地を踏みこちらに向かう。後ろに4人の人影。一番左には、ライザとほぼ同じサイズの巨人。その隣には、中肉中背の男。また横に頭1つ小さいが横に広い男。そして、一番左には背は高いが細い男。他の3人はライザによく似ているが、この男は違う。野蛮な風貌はなく、眼鏡を大人しい印象を受ける。唯一、同じ特徴なのは青い髪ぐらいだ。


「本当に久しぶりだな。イノア」


 大きな口を開け、黄ばんだ歯を覗かせながら右手を差し出す。イノアは笑顔で右手を取り、がっちりと握手を交わした。


「おめぇの噂はこの島国まで届いている。まぁ、話もあるだろうが、今日は大漁だ。家でもてなすぞ。拒否権なんてねぇからな、そこの金魚の糞も付いてこい」


 いつもなら金魚の糞などいいわれればこめかみがピクピクするガルバだが、ライザの圧迫感に押しつぶされ首を立てに振るだけだった。



 赤煉瓦の家の中、通されて応接間には少しばかり豪華な装飾品が並べられていた。貝殻の電灯がシャンデリアのようにぶら下がり、コバルトブルーの壁には海岸の絵画。壁沿いに珊瑚を模ったモニュメント、人魚姫の銅像が並ぶ。中央には円状の白い石を削ったような大きなテーブル、貝殻が埋め込まれ彩る。テーブルの周囲には木製の椅子が並べられ、イノアとガルバは腰を下ろした。テーブルの上には、酒と刺身に、焼き魚、煮汁。香りたつ絶品料理に涎が垂れる。


「遠慮せずにどんどん飲め!食え!俺みたいな大男になれんぞ!」


 イノアの隣にどっしりと構えるライザは銀コップに注がれた酒を一気に飲み干してからいった。他にこの場に座っているのはライザの面影がある4人。ライザの息子達だ。


「では、遠慮なくといいたいところですけど、先に要件を済ませておきましょう。王から預かりものがあります」


 イノアは、軍服の内部から書簡を取り出しライザに手渡す。ライザを受け取り封を開き黙読すると、表情を1つ変えないで、今度は箸を手に持ち焼き魚を頭から口に入れた。


「まぁ、大体予想どおりだな。ギャック国を討つためにわしらと同盟を組めってか。ゆくゆくはルバとの大陸の覇権を賭ける戦いを見据えてな。で、ここには同盟を組むために両国を軍事提供しか書いていないがそれだけではないだろう。なぁ、バル軍隊長どの」


 ニヤッと卑しい目でイノアを睨む。


 それを見てガルバは声をあげそうなほど驚く。


 本当に、本当にイノアさんがいったとおりだ。内心には、出港前のイノアの言葉が反復された。


「ガルバ、ミレェイ国との同盟は正直難航すると思う」


 小舟に荷物を運んでいたガルバはピタリと動きを止め、振り向く。


「同盟なんて考えてない国ってことか?」


「それは違う。まず、体制が非常に独特なためだ」


「独特?」


「いわば、独裁商業国家とでもいおうかな。海王の称号を持つ、王が独裁で政治をしている」


「へぇ、そんな国。民衆の反感がヤバそうだけど」


 ガルバの言葉にイノアは首を振った。


「いや、政治といってもミレェイ国は殆どなにもない。法も税もない、あの国の人は僅かな土地と雄大な海で個々に自給自足の生活を送る。だから、政はミレェイ国に関わってくる外部の人間。つまり、外交のみが海王の仕事だ」


「それでやっていけるのか?」


 自給自足の大変さは、歪な形だがガルバもつい最近まで身をもって体感している。


「いや、殆どの人はやっていけないよ。多くは餓死するか、海で事故に遭い亡くなる。それが絶妙なバランスとなって小さな諸島でも十分な人口で留められる。大陸の人間からしたら冷たいかもしれないがそれが彼らの風習だ。そして、生き残っている人々はみな卓越した航海術、巨大な海王生物から守る術を持ち、海賊から襲われても帰り討ちにする武力を有する。精鋭の海兵だ」


 ゴクリっと息を飲んだ。


「だからこそ、目の前の利益で動く。今回の同盟はどれだけ、海王にバルと同盟を結ぶことがミレェイ国の利益になるか示す必要もある。交渉の中で、それなりの条件を提示する必要もあると覚悟してくれ」


「話術の戦いか、俺は完全に蚊帳の外だな」


「そんなことはない。ガルバにも交渉のテーブルに座ってもらう」


「はぁ?」


 ガルバが驚嘆の声を上げた。ついこないだまで、盗賊の頭だった自分が外交の真似事などできるわけがない。


「さっきもいった通り、ミレェイ国は現実主義。反対にフローラは人情に厚い国だ。だから、人の感性に訴えかけられる。スフラとイリリを行かせた。でも、ミレェイなら、ガルバの盗賊時代の交渉術が活きるはずさ。期待しているよ」




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