過去⑦
バル軍幹部候補選抜試験から2年後。バル国は戦支度に追われていた。大陸南部のバル国よりさらに南に位置するスズン国。元々、南部はスズン国が猛威を振るっていた。バル国を始め、北の小国は他強国からの蓋として長年攻めていなかったに過ぎない。情勢が大きく変化したのはズブラ王が即位後、破竹の勢いで勢力を拡げ南部の小国を次々と吸収。今では、スズン国と肩を並べるほどになりスズン国も無視はできない事態に。遂に、バル国に牙を向くことになった。
『ネザマスラ南部統一戦』、この戦いで勝利したものが、大陸南部を統べ大国の仲間入りを果たす。ルバを始め、各国は偵察部隊を送り逐一に情報を耳にするように命じた。軍力では大国でも手を焼く2国。剣王と新に加わった鬼神、対するは、兵士の数だけではルバに次ぐ軍事大国。約10万の兵を有するスズン。大陸南部の雌雄を決するこの戦。見立てでは1年を費やす予想であった。
しかし、それは完膚なきまで裏切られる。たった、3日で『ネザマスラ南部統一線』は終わった。バル国の圧勝で。
月明かりに照らされる森林。バル軍は戦いを終え、自国に帰還する予定。野営を張り、朝を迎える準備をしている中、いち早く設置された幕僚に座ったズブラ。温和な口調で口を開いた。
「見事な功績であった。イノア」
「ありがとうございます。しかし、まだまだ精進が足りません。このたびの戦いも至らない点が数多くありました」
ズブラの前で膝を付き、頭を下げる。
「おい、おい、敵の総大将の首を取りながら至らないところって。それじゃあ、俺は今回戦の功績は何もないな」
ズブラの隣に座っていたレンはケタケタと笑いながら口を挟む。顔が赤く染まって、足がふらつく。たいぶ酒が回っているようだ。
「レンさんの助けがあってのことです。たった、1人で敵を何千人と葬ってくれたのですから。それがなければ私の軍は本陣を奇襲できませんでしたよ」
爽やかな笑みを浮かべてそう返した。
「ふぅん、戦だけでなく、世渡りも上手ってわけか、おまけに顔も俺ぐらいイケてる。なぁ、スフラ!」
「えっ……、はい、何のはなしですか?」
ズブラの反対側に座っていた。スフラ、首が前後に軽く動き、瞼が重い。
「寝てやがるこいつ」
レンが目を細めていった。
「王女さまは初陣です。お疲れなのは仕方がないかと」
「それはお前もだろ」
「確かに私は戦では初陣ですが、実践は幾度となく経験していますから。ここ南部では特に盗賊にも頻繁に出くわしました。まぁ、それも今となっては旅の思い出です」
にっこりと笑うイノア。選抜試験で合格、補欠合格者たちを対象に身辺調査を命じた。さらも、出身、経歴、交友関係、人に関連する情報を徹底的に調べあげた。スパイがいないか確かめるためだ。不幸か幸いか、現時点ではスパイの容疑者はいない。しかし、スフラも始めズブラもレンも気になっていたショーミ兄弟の出身がわかった。あれほどの腕を持つものが何故世に名を轟かせていないのか。戦いに身を置いていなければ力は身に付かない。スフラのように教育されている人物ならどこかの貴族、名を聞かないはずがない。謎であったショーミ兄弟の正体。それは奇抜ながらどこか納得できるものであった。
「私達は大陸中を旅する旅人です」
それが、イノアの答えであった。平然と答えるが以上だ。今の戦乱の世で旅をするなど危険まかりない。敗走兵に狙われ元兵士の盗賊も頻繫に現れる。国を一歩外にでるときは大人の男であっても護衛兵をつけて出歩くのが世界の常識だ。そんな世で旅をしているのはシューミ兄弟だけであろう。強くなければ旅などできない。世界を旅する中、バル国の王の話を聞き、調べるうちにズブラ王の考えに賛同して試験を受けたという過程であった。
「それで、あのガキはどこにいった?」
レンがガキといったのはイリリのことだ。
「おそらく、手柄なくて落ち込んでいました。1人夜風にでも当っていると思います」
「手柄って、あいつはお前の隊の副将だろ。だったら、総大将の首もイリリの手柄のうちだ」
「そういったのですが納得しないでしょう。頑固な妹ですから」
苦笑いを浮かべるイノア。
「負けず嫌いなのはいいことだ。本来なら、この短期間で副将を任されること事態、異例中の異例だ。イノアは隊長というのは本来なら、暴政に近い」
軽く笑うズブラ。もちろん、実力が評価されての任命だ。スフラの隊長就任には余り反発の声はなかった。スフラの強さも周知の事実で、反対の声も王女さまの身が心配といった声であった。それに対して、イノアの隊長、イリリの副将就任には批判が紛糾した。試験でスフラに傷をつけ打ち破った。と主張しても、どうせ王女さまが手緩めたとか、数で押したなどといった噂があった。しかし、戦が始まれば評価は一変、剣王、鬼神と引けを取らない武力。敵の戦略を読んだうえでの戦略。即座に本陣の背後に周り総大将を討った。『ネザマスラ南部統一戦』では鬼神の参戦よりも、剣王の娘が戦場に降り立ったことよりも、ショーミ兄弟の名が広まり、イノアの名は初陣にして大陸全土に広まった。
「本当にありがとうございました。入隊して日も浅いにもかかわらず、兵を預けて貰えるとは思ってもみませんでした」
「いいや、実力からすれば適正だよ。本当はイリリも隊長にするが迷ったが、イノアの傍のほうが力を発揮できると判断した。それより大丈夫か、強いといっても10才の少女だ。夜中で1人というのは」
「それは心配いりません。ここまでに敗走兵、盗賊の出没といった話は聞きませんし、危機管理は自分でできる子です」
「そうか、そうだな。なんといっても、うちの副将。これからのバル国を担う子なのだから」
明かりと談話が絶えない野営から東に離れて5分の森の中。小さな池に映るのはまだ幼い少女の姿。
「はぁー」
イリリの大きな溜息はゆっくりと森の中に響いた。
だめだ。だめ、だめ。まだまだ、私は弱い。まずに、戦略を全てイノア兄さんに頼り過ぎている。これじゃあ、自分が指揮官になったときに的確な判断を下せない。それに、武力もバル軍の怪物達ならまだしもスズン国にも何人か適わない人がいた。総大将はその最たる例。私はまだまだ弱い。
このストイックな性格が今のイリリの礎である。僅か10才で、軍のトップクラスにいても決して慢心することはなくより高みを目指す。大きな瞳の裏に兄であるイノアの姿を浮かぶ。イリリにとって自慢の兄でありいつかは超えたい壁である。イノアが総大将を討ったことにみな驚嘆したがイリリには動揺はなかった。それぐらい兄はやる。なぜこれぐらいで驚いているのかと。まだまだ、兄は底を見せていないのだから。
イリリは奥歯を噛みしめ腰からロングソードを引き抜いた。空を斬る音が断続的に森に響く。静寂に包まれていた森にどこまでも響くようだ。
早く追いつかないと。
そう思いながら素振りと型を繰り返す。夜が深まり空を斬る音が何万回と鳴ったころ。ピタリとイリリの手が止まった。
「そこにいるのはだれです! 出てきなさい!」
大きな瞳から放たれる鋭い眼光は森の奥に突き刺さる。
「ほぉ、俺の気配を悟とはなかなかだぜ!」
木影から現れたのはイリリと同じくらいの少年だった。金髪の髪に、ギラギラした目。簡素な緑の上着とズボン。奇妙なのは右手には身の丈の2倍ほどの槍と首飾りや指輪などの装飾品が輝いていること。子供だが、大人でさえもたじろぐ荒々しい雰囲気。
「質問に答えて下さい。あなたは誰ですか。バル軍ではないことは明白ですが」
「ちっ! ムカつくな。まぁ、いいさ。俺様の名前はガルバ・ジェムス、ここらで名をはしている雷鳴盗賊団のリーダーだ」
両手を腰に置き仁王立ちになりながら叫ぶ。目はどうだ、みたかと訴えているようだ。
雷鳴盗賊団、大陸中部を広く拠点とする盗賊団。被害は各国が頭を悩ますほど甚大。行商人以外にも、軍の兵士を襲ったという報告も上がっている。まだ、軍に入って日が浅いイリリでさえも名は耳に入っていた。
「はい? あなたみたいなガキが雷鳴盗賊団のリーダー? おふざけに付き合っている暇はありません。修行の邪魔です。さっさとママのところに帰りなさい。きっと心配していますよ」
イリリのまるで子供をあやすかのような口調に、ガルバの目尻は吊り上がり瞳は怒りを宿す。
「てめぇ、ふざけているのか! その目玉ひん剝いてやる!」
怒りの声を上げたガルバが地を蹴った。瞬間、イリリの瞳孔が開く。ガルバが一瞬にしてイリリの目の前にまで迫ってきた。さらに、空を突く音。音速の突き。槍の先はイリリの顔を狙っていた。長いリーチは大きな瞳を突くのには十分だ。
ニヤッと、ガルバが笑う。もう、殺した。確信していたのだろう。だから、耳を打った鈍い音と右手の衝撃が何なのか、一瞬は理解が追いつかない。
イリリは即座に小型ナイフを投げた。槍に当たり、速度と軌道を鈍らせるとロングソードを振り上げ、槍を弾いた。不利な体勢に陥ったガルバは素早く後ろに距離を取った。その顔は狼狽をみせる。
「てめぇ、こそ何者だ!」
今まで、ガルバのスピードに対応できる獲物などいなかった。脅すか一突きで終わらせる。それがガルバの狩り方であった。しかし、今度の獲物は脅しにも屈せず、突きも防がれた。初めての屈辱的な経験であった。
「盗人ごときに、名を語れません。あなたはここで捕らえます」
真っ直ぐとガルバを睨む。強い瞳は熱気を静かに上げているようだった。
「一回防いだぐらいで調子に乗るなよ。今度こそ、その目玉取ってやるからな!」
荒々しい眼でイリリを睨む、だが、黒く瞳は揺れることなく真っすぐに視線を返す。早くかかってこいといわんばかりに。
地を蹴ったのはほぼ同時。夜空に響く、金属音。飛び交う血。そして、2人の乱れる呼吸は明け方まで続いた。
「イリリ、イリリ、大丈夫ですか!」
凛とした声が微かに脳内に響く。しだい、意識を蘇りはぁっと目を覚ます。直ぐ隣にはスフラの心配そうに座っていた。
自分のようすを確認すると、手当を施され、毛布の上に寝かされていた。
「すみません。王女さま」
すぐさま、スフラに迷惑をかけたと判断し頭を下げる。
「そんなことはいいです。それより、一体何が。修行にしては行き過ぎですし、まさか、盗賊にやられたのですか?」
盗賊にやられた……。そういうことだろう。記録は月明かり沈む明け方にイリリとガルバの一戦は互いに拮抗、小型ナイフの投擲はガルバのスピードには通じず、ガルバが接近すると、イリリの剣戟によっていなされる。そこでイリリが仕留めようとすればガルバが距離を取る。互いに決定打がないまま夜が明け、両者とも満身創痍、次の一手で決まるころ。一振りを最後に記憶がない。
私は負けた。あの盗賊の少年に…………。
「はい、昨晩盗賊に襲われました。しかも取り逃してしまいました。申し訳ありません」
再び頭を下げるイリリ。そんなイリリをスフラは満面の笑みで返した。
「謝る必要などありません。元々は警備不足が原因なのですから。命があるだけで十分です」
イリリはまた頭を下げた。少し、目をうるませながら。
「それと、この少年はだれですか?」
「えっ…………」
スフラが指を差したのは、イリリの後ろ、振り返ると自分と同じように寝ていたガルバの姿が目に入った。
本来なら森を抜けている時間だが軍は未だ足を進めていない。幾多ある幕僚の中でもひときわ大きい幕僚にその原因の2人が呼ばれていた。
中にいるのはズブラ、レン、イノア、そして、イリリと手を後ろに縄で縛られたガルバだ。4人は木造の椅子に腰かけ、ガルバは地面に座らせた。
「ほう、お前が雷鳴盗賊団のリーダーか」
ズブラが口を開いた。鋭い目つきでじっとガルバを睨む。
「そうだ。本当だ、盗賊は実力主義だ。俺が一番強くて頭も回った」
「まぁ、それは本当だろう。うちの副将と互角だったのだろ」
レンは横目でイリリを見る。イリリは小さく頷いた。
ガルバによれば、イリリの最後の一振りにガルバも残った力全てを託した突きを繰り出した。剣と槍はぶつかり合い、拮抗したが、そこで互いに意識を失ったらしい。
「それなら、帰った牢獄に入れるだけだ。さっそと、出発しよう。スフラは監視を頼む」
イリリと互角の手練れ、監視になるのはズブラ、レン、イノアぐらいだ。
「ちょっと、待ってください。お父さまらしくない。本当はわかっているでしょう。この人は雷鳴盗賊団のリーダーではありません」
スフラの発言にイリリは目を開き驚くさらにイリリを混乱させたのは誰も困惑の表情をしていない。みな、当然とばかりといった顔だ。今、この状況を理解していないのはイリリだけである。
「イリリ、まず、思い出して。おかしいだろ。雷鳴盗賊団のリーダーが1人でイリリを襲うなんて」
「あっ、確かに盗賊なら集団で襲うはず。やっぱり、リーダーは別の人物? でも、それではなぜわざわざ雷鳴盗賊団のリーダーなどと嘘を?」
「それは過去を受け入れられないのだろう。くだらない、はなしだがな」
「なんだと! おっさん!」
ズブラに向かって獣のような目を向ける。縄がミシミシと鳴り、今にも解いて襲いかかりそうだ。
「どうみてもそうだろ。雷鳴盗賊団、元リーダーさん」
ズブラにして珍しく少しからかうような口調でいった。
「元リーダー?」
「これは、軍の中核の話ですが、先日、雷鳴盗賊団が解体しました」
「解体? どこかの軍が滅ぼしたのですか?」
通常では盗賊を相手に軍が動くことなどあり得ないが雷鳴盗賊団は別格、その被害を考えれば国が動いてもなんら不思議ではない。
しかし、スフラは首を横に振った。
「滅ぼしてなどいません。ルバ軍が買ったのです」
「はい?」
「簡単な話だ。ルバ軍に入ってください。戦場に出なくてもいいです。代わりにこれまでの情報をくださいっていう具合に。それで一生を遊べる金が手に入る。俺以外は全員、ルバにいってしまった」
大陸中部を拠点とする雷鳴盗賊団、情報は幾多の国の秘密情報を握っている。これから中部を抑えようとするルバ軍にとって喉から手が出るほどほしい情報だ。
「でも、俺は嘘をついてはいない。たった一人でも雷鳴盗賊団。俺はリーダーだ!」
ガルバの叫び声は幕僚の外まで漏れるほどその顔は目尻が上がりきり獣と変わりない。
「哀れですね」
スフラはひと言、そういった。
「なんだと」
「仲間に裏切られ、それでもまだリーダーだと吠える。まるで、狼みたい」
「ためぇ、いいたい放題いやがって、王女に俺の気持ちがわかるか! 赤ん坊から戦争孤児。引き取った親からも虐待の日々、耐えられず7才で家から飛び出した。それから死にもの狂いで生き、ここまで盗賊団を大きくさせた。なのに、なのに! 全てを奪われた、ルバ国に、また奪われてしまった。俺の親を殺したのはルバ軍だった」
獣のような鋭い眼から、闘気が消え、唇を強く噛み締め、視線が嫌だったのか。伏し目がちになった。目は死んだ魚のように精気がない。
「わかりませんよ。私に、両親からも愛され何不自由なく生きてきましたから。でも、あなたはこれでいいのですか。悔しくないのですか? 復讐したくありませんか?」
復讐とおよそ一国の王女から想像もできない言葉に吸い付くように目線を上げる。
「復讐?」
「勘違いしないでください。復讐などろくなものではありません。でも、きっとそれをしないと何も前に進めない人だっている。例えばあなたのように。だから、私の元で、バル国のために剣を振いなさい。生き残ればいつかルバ軍を壊滅させられます。私達はネザマスラ統一を目指していますから」
椅子から降りて膝を付く、視線をガルバに合わせると、右手を差し出した。
「共に歩みませんか。ガルバ」
視線はスフラから離れない。そのときガルバにはそのルビー色の瞳が、この世のどんな宝石よりも輝いてみえた。吸い込まれるように視線と右手を差し出した。




