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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
過去への召喚
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過去⑤

 時は数時間が過ぎ、雲が綺麗な夕暮れに染まる。スフラはイリリから受けた傷を癒すため、橋の上で休憩を取っていた。煉瓦の橋は座り心地のいいものではないが、城下町と中街の中間時点。左右は水路で、高い外壁に囲まれたこの場所に侵入するなら出入りの門が妥当。受験者から不意打ちをくらうことはない。


 橋の背に体を預け、怪我と体力の回復を待つスフラ。眉間に皺を寄せ、困惑の表情を浮かべる。隣の立つ少女が原因だ。


「どうして、イリリさんもここに留まるのです? 脱落はしましたけど、何も私を看病する必要もなかったのですよ」


「いえ、これは私の役目です。きっと、お兄さんも万全の状態で戦いたいと思うので。それに少し私の野次馬根性もあります。果たしてどちらが強いのか」


「それなら、構いませんが。楽しみにしているのは私も同じです。イリリさん」


 スフラはイリリの言葉を思い出す。語られた事実はどれも信じられないもの。それでも内心、心を躍らせていた。話が事実なら、合格は決定。イリリも含めて心強い仲間ができる。スフラ自身も渇望していた。自らと肩を並べられる敵を、一般兵では相手にならず、お父さまやレンさんでは実力が離れすぎている。イリリとの一戦、実はこれまでのどれよりも拮抗したものであった。しかし、一定の差はあった。スフラにとってその差がもどかしい。もっと、ギリギリの体が震える勝負がしたい。鍛錬に日々をつぎ込むスフラにとって、当然の願望であった。


「あの~、そのイリリさんっていうは止めてください。王女さまにさん付けで呼ばれるなど、それ以前に王女さまは年上ですので」


「そうですか。初対面なので。別の国から参加されているケースなどもありますので。そうですね、ではイリリと呼んでよろしいですか?」


「ぜひ、お願いします」


 イリリは頭を下げた。顔を上げると頬が少し緩み、少し照れているようすだ。


「ではイリリ、気になっていましたが何才ですか?」


 初めて会ったときからの疑問。この小さな少女はいくつなのか。年齢不問、玄関を広める意味で中には老兵などもいたが、もちろん、若ければ若いほうがいい。きっと、イリリは上層部からダイヤの原石、いや、既に輝く光沢を放っている。軍の宝として重宝されるだろう。ここにきて、きっすいの詐欺ロリでなければ。


「今年で10才になります」


 ふぅっとスフラは胸を下ろす。


「そうですか。年齢を評価するつもりはありませんけど、事実として若いに越したことはないですからね。ちなみに、そのお兄さんは?」


「今年で12才ですね。王女さまと同じ年です」


「そうですか――」


 スフラは口角を吊り上げた。イリリの見立てでは、実力が上回る受験者がスフラと同級生。ズブラもスフラ自身も恐らく、1対1ではスフラが頭を抜けていると思っていた。しかし、イリリとの一戦でその考えにヒビが入り、今も脆く崩れ去る。それに臆することはない力が漲るのは王の血筋。


「そろそろいきましょうか。楽しみですよ。あなたのお兄さんと会えるのは」


 立ち上がり、どこか嬉しそうに足を進め、門に手を掛けた。木の擦れる音、扉を開いた先にある光景にスフラは目を見開く。


「なっ! なんなのですかこれは!」


 中街、通称住宅街。王都に暮らす多くの人はここに住居を構える。赤い煉瓦で建てられた家が碁盤の目のように規則しく並び、中央には住民の憩いの場である広場がある。この試験をするにあたって、住人には一時的は避難をしてもらい、住居が破損した場合には修繕に掛かる2倍の金額を払う条約が制定された。


 スフラが目にした光景はその面影もない。煉瓦の家が全壊、半壊がほとんど。おかげで視界は広がり、中央の広場まで見える。それだけならまだわかる。巨大な鈍器や爆薬など使用すれば、煉瓦の家を壊すことなど動作もなくルール違反でもない。スフラが驚いたのは何故か多くの人がテキパキと動いていたからだ。


 砕けた瓦礫を中央の広場に集め、崩れそうな家は応急措置を施す。数はざっとみても100人は超えていた。視線を中央に集中すると。どこからもってきたのか、寝袋や布団の上に人が横たわり両脇の2人が看護をしている。そこには戦意など欠片もない。


「なぜ、こんなことを……まだ、試験は続いているのですよ…………」


 驚くのも当然、まるで試験が終了し後始末しているみたいだ。あと、半日後にあるべき光景。それが試験中の夕方に行われていた。


 どういうことです。働いている人は受験者? 見たところフェバルは持っていないようすです。イリリのいったことは正しかった。少なくとも、中街での戦闘はもう終了している。受験者の脱落後の行動は自由です。ほかの受験者の妨げにならなければ。イリリの治療はグレーゾーンってところ。しかし、それにしてもこの人数を誰か仕切っているのでしょう? 大工の棟梁でもいましたか? 医者もいるのでしょうか?


「王女さま、兄さんはあそこです。いきましょう」


 イリリはスフラを案内に従い中央の広場に向かった。


「始めまして、王女さま。イノア・シューミといいます。」


 清潔な短髪にパッチリとした二重、高い鼻筋に、厚い顎。爽やかな雰囲気を醸し出す、誰がどう見ても男前。服装は簡易な革ジャケットに、布製の黒いズボン。解れた糸から、どちらも年季が伺える。深々と礼をすると続いてイリリに目を遣った。


「負けたか、イリリ」


「はい、ボコボコに」


 イリリはそう笑いながら、どこなく清々しい様子だ。


「あなたがこれを全てやったのですか?」


 疑惑の目線を送りながら、質問する。イノアは平然と問に答えた。


「そうですね。この中街を始め、他の3つの街にももう私のほかに受験者はいませんから、試験が終わったあとすべき行動をと」


「本当に他にいないのですか? あなたが街中の隅から隅まで探したのですか?」


 どう考えても、4つの街をこの時間で全て探し回るなんて不可能、この人は嘘をついている。ルビーの目が鋭く光。イノアの僅かな機敏も見逃さないように。スフラの中でイリリのことはある程度信頼しているが、イノアは別だ。兄だからといいて、むやみに信用することはしない。スフラは自らの目で判断する。


 しかし、イノアは全く焦るようすはなく、ゆっくりとやさしい声で弁解をした。


「疑問をもたれるのは当然です。ですが、相手を呼び出す方法などいくらでもあります。それに僕は結構足が速いですから」


 スフラは納得していないのか目を細めるが、イノアの表情が変わらないのをみると諦めたのか。別の質問を投げかけた。


「大量のフェバルはどうしたのですか? イリリの話だと3000輪ほどあると思われますが?」


 イノアには胸に1つフェバルがあるのみ。イリリのように、胸に溢れんばかりに飾ってはいない。


「あぁ、これは1つで十分だと判断いたしました。他の受験者からのフェバルは南街の広場に集めています」


「無防備では? 脱落者に盗まれれば、もう一度復活してしまうのでは?」


「それは監視のものが止めるでしょう」


 あっけらんとそういった。監視に潜っていた兵士に気づいている。


「そうですか、では一番聞きたいことをイリリは教えてくれなかったので。どうやって、4つもの街全ての受験者からフェバルを奪ったのですか?」


 治療に当たった数時間、イリリに幾度も尋ねたが、答えは返ってこなかった。「お兄さんに聞いてみてください。作戦は全部お兄さんが考案したので」という返事だった。


「うぅ~ん、そうですね。簡単にいうと、追い込み漁のように、追い詰めて一網打尽ですかね。いろいろ仕掛けも使ってですけど。知りたいのなら、僕と戦ってみるのが一番だと思いますよ」


 イノアは笑顔で挑発的にいった。


「ええ、元よりそのつもりです」


 働き蟻のように働いていた人々は広場に集まり、スフラとイノアを囲うように円をつくった。直径、10mほどの人工リングの完成だ。何百人もの目は2人に集中、それもそのはず、かたや大陸中に広がる剣王の娘、かたや自分達をたった2人で一望打尽にしたダークホース。そんな好機の目なの気にする素振りなど一斉見せず、2人神経を尖らせていた。


スフラは宝刀を両手で握り剣先をイノアに向ける。対してイノアの武器もスフラを同じ刀だった。刀身全てが黒く染まった黒刀。黒光りはイノアの端正な顔を映した。その表情は相変わらず柔らかくスフラとしては癇に障る。


 若干の苛立ちが募りながらも、スフラは走り出した。


「はぁっ!」


 振り上げられた宝刀、イノアの脳天を裂く一撃。それをいとも簡単に、黒刀で受けると、瞬時に斬り返し、スフラに斬りかかった。


 金属音が響く、スフラは何とか宝刀で受けるが体制は不利、上から下ろされた黒刀に対して、宝刀は振り上げた状態。黒刀にはイノアの体重が乗せられる。本来なら、直ぐに鍔迫り合いを解くべき、こうして均衡を保っていることすら難しいはずだ。


 しかし、スフラの行動に観客と化した受験者から歓声があがる。ただ、普通に鍔迫り合いを押し返し始めた。これには、涼しい顔をしていたイノアの表情も変わる。お互いに子供とはいえ、男子が女子に力勝負で圧倒的に負けているということ如実に表している。


 小さく舌打ちをしたあと、黒刀は宝刀から解放し、イノアからスフラから距離を取った。


「どうしました? 力比べで負けたのは初めてですか?」


「ご名答」


 イノアは苦笑いを浮かべながら答えた。


「悔しかったですか、舌打ちなんかして」


「あっ! 聞かれていましたが。失礼いたしました。自分にムカついて、力では勝てるなど、全く軽率な判断です。もし、先ほどが全力なら負けていました」


 にっこりと笑いながらいったが、その目は鋭い。


 見破られましたか。ますます、この兄弟は何者なのでしょうか。この齢でこれだけの実力、大陸中に有名になっていてもおかしくない。


「ここは僕が一番自信のある能力で勝負しましょう」


 イノアが口にした瞬間、スフラに緊張が走る。宝刀を構え、赤い瞳でイノアの頭からつま先まで凝視する。


 イノアはまた、爽やかな笑顔を浮かべた。ゆっくりと黒刀を天に掲げる。


瞬間、スフラはイノアの姿を見失った。


 嘘っ! どこにっ!


 混乱のさなか、背後に気配を感じたあとの行動は迅速だった。腰を回し宝刀を水平に振るう。重なる白と黒、響き渡る金属音。イノアは背後に周り、黒刀を振り下ろした。寸前のところでスフラは反応し宝刀で受け止める。


「さすがです。受け止めるとは」


 一歩下がったイノアは爽やかな顔を崩さすに飄々と言い放つ。反対にスフラは顔を曇らせた。スフラがイノアの姿を見失ったのは確かである。


 まさに、神速のスピード。レンさん並みの速さです。受け入れましょう。スピード勝負では適わない、ならば。


 再び天に掲げる黒刀ののち、一瞬にして姿を消す。いくら目を凝らしても、イノアの姿は確認できない。


 問題はどこからくるかわからない黒刀。さっきみたいに背後を取る保証はない。なら、全方位に対応すればいい。


 スフラも宝刀を突き出すと、その場で回転をした。


 ギィンとどこからか、音がなった。スフラはイノアの剣に全く反応していない。不格好だが、回転のスピードで、イノアの一振りを無効化したのだ。


「なるほど、大胆な王女さまです」


 スフラの前方で声がした。回転を止め、イノアを見返す。


「これで、あなたの神速のスピードは無効化されます」


 お返しと言わんばかりに、爽やかな笑みを浮かべた。12才ながら、妖艶な雰囲気を醸し出す。


「本当に綺麗なお方だ。できれば傷つけたくないが、そうはいかないですね。その受け方には致命的な欠点がありますよ」


 三度消えたイノア、もう、イノアの姿を確認することもなく、その場で回転をするスフラ。周りの受験者は子供ながら次元の違う攻防を見せる2人を、固唾を飲んで見守る。誰かが息を飲み込んだ。そのとき、黒光りの閃光が目を奪った。


 瞬間的に現れたイノアは屈んで、突きを繰り出した。回転しながら、刃で身を守るスフラだが穴がある。宝刀が届かない膝より下。端的にいえば靴に、最大速度がでる突きを繰り出す。


 取ったっ――!


 イノアに自然な笑みが浮かべる。しかし、それは一瞬。直ぐに全身に戦慄が走った。渾身の突きが躱された。スフラは突きを読んでいたかのように軽く跳んで躱した。事実として、突きの前に跳ぶ動作をしていなければ、躱せないだろう。


 読まれたのか!


 焦りを浮かべるイノア、深く考える暇はない。跳躍とほぼ同時、スフラが宝刀を振り下ろした。


 間に合わない!


 素早く、バックステップを取り、躱そうとするが……


「くっう!」


 宝刀の先がイノアの左足をかすった。噴き出した血が、足から地を濡らす。


「どうして、わかったのですか。僕の攻撃が」


 斬られた左足を抑えながら尋ねた。


「あなたなら、回転の弱点である。宝刀が届かない箇所をついてくると予想していました。頭とつま先です。それとあなたのやさしい性格なら、頭ではなく、つま先を狙うだろうと仮説を立てました。信じていましたよ、イノアさん」


 イノアは苛立ちながらも、素早く、腰のポーチから包帯を取り出し、出血部分に巻く。その間、スフラはじっと見守った。実際の戦争ではない、こういった場面は一旦、剣を納めるのが通例だ。包帯を巻きあがるとイノアは素早く立ち上がった。


「お時間を掛けました。王女さまの本気の一撃もみられたことをよしとして、スピードは諦めましょう」


 神速のスピード、傷を負いながら維持するのは不可能だろう。捉えることはできなかったが大きな一撃だった。そのせいか、スフラの表情は軽く、余裕すら見える。


「ならば、僕のもう1つの手段を使うほかありませんね」


 屈託のない笑顔。スフラの表情は真顔に戻り、背筋は悪寒を感じていた。


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