過去③
王都の街は5つのエリアに区分されている。城の南、城下町。城下町のさらに南、中街。中街の東、東街。中街の西。西街。中街の南、南街。
スフラが走るのは城下町から、中街を結ぶ巨大な橋。全長は500m白い煉瓦は、城と同じ素材で、爆発物が弾けようとびくともしない。カンカンとリズミカルな足音、人が隠れるスペースなどなく敵を警戒する必要はない。スフラは一度、宝剣を鞘に納め胸に止めたフェバルの数を数える。
16、17、18、19輪ですか。できるだけ、対峙したものとは戦闘を始めたのですが、逃げられますね。追いかけるのは鬼みたいでいやですが、我慢して追い詰めても戦闘とはならずに相手は降参。無償でフェバルを手にしてしまいます。これでは見つけられない……。結局、しっかりとした戦闘をしたのは広場のみ。私と一対一で勝負したのは、あの弓使いだけですか。一体、どこですか?
少し俯いた顔を上げ、登ってくる太陽を見つめた。太陽の位置は頂上を過ぎ、時刻は午後1時過ぎ、試験の残り時間はおよそ15時間。
幹部候補には私1人では足りません。ルールとしてはまるで、最後の1人のみがレンさんの修行を受けられるように書いていたしたが、決してそうではありません。お父さまとレンさんは英傑です。世界に、歴史に名を轟かせるぐらいの。でも、2人だけではお父さまの理想を叶えられません。もしも、私が加わっても無理でしょう。少なくてもあと1人。お父さまや、レンさんクラスの怪物が軍に入れば……って。そんな人、いたらとっくに名が知れ渡っていますね。本当にいるのでしょうか――――。
いえ、間違っていたことはなかった。きっと、いるはず…………。
「はぁ~」
深い溜息をつき再び俯きになる。白い煉瓦が、今の心情と反し過ぎて鬱陶しい。どこかにいないの! 私に真っ向から向かってくる人は。
内心に沸々と怒りと悲しさがこみ上げるが。試験者にとっては当然の選択だろう。すでに、王都中に広まるスフラの腕前。生き残りのルールなら、基本的に強い者と当たらないほうが生き残る確率が高まる。ズブラもこうなることはある程度想定内だ。試験度外視で、スフラに挑むものを求めている。ズブラが試験前、気まずそうなのは自分の娘を餌にするような試験だからだ。そのこともスフラはお見通し、だからこそ、現状に溜息がでる。
残り、4つの街に期待しましょう。
そう心を切り替え、小走りなって橋を架けると、橋の奥に人影がみえた。
歩みを進めるとスフラより年下であろう少女が目についた。12歳のスフラより背は低く黒髪のショートヘアーにクリクリとした大きな目。白いワンピース、革の短パンはまだ新品のように新しい。腰には何本もの剣が携えて。なにより、目に付くのは胸から、腹の辺りにまで刺してあるフェバル。ぱっとみても100輪は超えている。
「あなたも、受験者? 相当な腕のようですけど――」
少し疑問が募る。もちろん、フェバルの圧倒的な数について。スフラも人のことがいえないが、この幼さでここまでのフェバルを集めるのは不可思議だ。いや、スフラでもこの時間にこの数のフェバルを集めるのは無理だろう。
「王女さま。僭越ながら、発言を許して下さい。まず、このフェバルの数ですが、私1人で集めてものではありません。これはルールには触れていないと解釈いたしました」
丁寧な口調だが、子供の名残はまだ残る。精神年齢と実年齢が伴っていない。その違和感が少し面白い。
「いえ、チームを作るのはむしろ、正しいですよ。実際の戦闘では大勢で戦うのですから、集団を正しく導けるかそれも優秀な兵士の要素です。ですから、試験会場を1つにし、同郷などで集まれるようにしているのです」
「そうですか。少し違うところもありますが、本題のほうをよろしいですか?」
少し違う…………。
「本題とは?」
スフラが聞き返すと少女は腰に携えた剣の一本を引き抜いた。少女の丈に合わないロングソード、両手で持ち構える。
「私はイリリ・ショーミと申します。王女さまよろしければお手合わせをお願いします!」
空間の隅から隅まで届く声。待ちに待った言葉。天使のような微笑みを浮かべて宝剣を抜いた。
「スフラ・バル。喜んで決闘の申し立てお受けします!」
スフラは勢いよく、地を蹴った。少女とは思えない脚力で距離を詰める。ロングソードのリーチの長さを一気にゼロ距離にすることで消す一手だ。
すかさず、イリリはバックステップ。その間にロングソードを上から振り下ろす。銀と銀が重なり鼓膜を刺す音が鳴る。イリリのロングソードはスフラの宝刀にいとも簡単に受け止められたが、距離はまだ詰められていない。
ロングソードが跳ね上げられる。不利な体勢だったのはスフラだが、鍔迫り合いを軽々と制し、ロングソードは宙を舞う。その隙に、宝刀を振るおうとしたがイリリは次の手を用意していた。
腰から剣を抜いた。先ほどの長さはない、短剣だ。
それはバツ。ここは素早くロングソードを構えて牽制の突きなどをしながら後方に距離を取る。まだ、私のリーチ内では討ち合えない。いい筋ですけど、まだまだっ!
イリリの右手に持った短剣。すっと手から離れた。剣先の標的はスフラの右足太もも付近。とっさに、スフラは反応し、宝刀で短剣を払う。その隙にイリリはスフラに向かって飛んだ、手には既にロングソード、短剣を投げたと同時に抜いたのだ。
これって……
目つきが険しく、スフラは奥歯で苦味を噛む。
再び、銀と銀がぶつかり合い、激しい金属音がこだまする。違うところは鍔迫り合いなどせず、宝刀はすぐさま、ロングソードから引き。スフラは後方に2、3歩下がった。
スフラが丁度下がる直前の位置。白い煉瓦が短剣に刺さった。
冷や汗を掻き、鼓動が早くなる。スフラが見つめる先、イリリは右手にロングソード、左手に短剣を構えていた。
「一刀一投流、とでもいいますか。素晴らしいです」
笑みを浮かべ心からの賞賛を述べる。
「ありがとうございます。できれば、王女さまも本気を出して下さると嬉しいのですが……」
「誤解しないでください。決して手を緩めたつもりはありません。ただ、私の全力は数振りしかもたないので、それまでに相手の力量を計らなければなりません。もっとも、今までは計っているうちに倒してしまいましたが」
再び笑みを浮かべる。それは王女の顔というよりは子供っぽい無邪気な笑みだ。対峙するイリリも笑みが漏れる。わくわくを抑えきれない園児のように。
「「いきます!!」」
2人は同時に橋を駆ける。すかさず、イリリの投擲。短剣は回転しながら、スフラの心臓付近を狙う。瞬時にスフラも反応する。体を半身にし、短剣を避け、宝刀で突きを繰り出す。
俊敏さと破壊力を兼ね備えた突き。イリリはロングソードで盾のように守るが、金属の轟音が響く。銀色の破片がイリリの足元に、ロングソードはスフラの宝刀に貫かれた。剣先はイリリの胸まであと数センチ。フェバルを傷つけたところで止まったのは幸運か。
声も出ないほど、驚くイリリをよそ眼に、スフラが宝刀を引くと。割れたロングソードが地に落ちる。鈍い金属音にイリリは我を取り戻し、腰から剣を引き抜こうとしたが、既に剣先は目の前。頭よりも早く体が反応し、後ろにバックする。
空を斬る宝刀、しかし、スフラは動揺するそぶりもなく、宝刀を振り上げ追撃を加える。ギィンと鳴る音。何とか、短剣で迎え撃ったが。木っ端微塵に折れた。
手に伝わる。圧倒的な重さ。イリリはそれを感じた瞬間、バックステップを数歩。荒れる呼吸を整えながら、スフラを見つめる。
やはり、強いですね。王女さま、同じ剣でこちらはガード不可とは。しかし、数振りしか本気の剣はできないと。ならば、時間を稼ぎます。
イリリは下がりながら、両手に短剣を持つ。走り出していたスフラは一瞬、足を止めた。
この距離では2本の投擲に反応できない可能性がある。逆に1本でも躱せば一気に詰めて勝利を得られます。
宝刀の位置は腰辺りにどこを狙って弾ける位置に留める。じっと、赤い瞳でイリリの出方を伺った。
大きな黒い瞳。見つめていると吸い込まれる瞳。それが、僅かに揺れた。
刹那、目にも止まらぬ動き。右手に持った短剣は投げられた。これまでもどれよりも早く、洗練されたフォームで。しかし、スフラが反応できない速さではない。宝刀を当て、どこかに弾く。それと同時、いや、若干イリリの2投目が早い。今度は目の高さに標準を合わせた。ルビーの瞳が見開くが、何とか宝刀を振り上げ弾く。
ルビーの瞳に映る先にスフラは戦慄を覚える。2投目を投げたまでのインターバルは僅か1秒足らず。その時間に、どこに隠し持っていたのか、ワンピースから刃渡り5センチほどの小型ナイフを右手に持ち投擲を繰り出す。明らかに人ならざる動き。ナイフを取り出し、投げるまで秒すら掛かっていない。
迫るナイフを寸前で避けながら、スフラの脳裏に悪い予感が走る。
しかも、投げてからナイフが届くまで、2秒は掛かっているのね。
予想通り、今度は左手からナイフが投げられた。今度は右手。ギィンと音がした。1投目を弾いたときには左足に目掛けて投げられた2投目のナイフを跳躍することで躱す。頭目がけて投げられた3投目が腰付近に、宝刀で弾き着地すると4投目と5投目が心臓と右足目がけ放たれていた。
少しスフラは視線を遠くに移す。
6本、今まだ放たれたナイフの本数。カルンの矢のようにナイフは簡単に弾けるようなものではありませんし、そもそもスピードと威力が違います。あのときのように剣捌きで 対処するのは無理。なら……。
ギィン、ギィンと宝刀はナイフを2本弾いた。しかし、体を射る寸前のナイフは4本。頭上、右肩、左脇腹、右太ももと狙いも完璧。到底、1本の刀では捌ききれるものではない。スフラの頭の中の結論も同じところに行きついた。
スフラは唇を嚙みしめて、前に進んだ。
「何ですって!」
イリリは思わず声を荒げた。それもそのはず、スフラが自らナイフの魚群に突っ込んでいったからだ。頭に狙ったナイフは避けられたが、それ以外は命中。右肩、左脇腹、右太ももには深々とナイフが刺さり、血が吹きだす。だが、スフラの表情は一切変わらない。疾風のごとく、イリリに迫る。
効いてないの! いや、人がナイフで刺され、血を流して痛みを感じないはずがない。おそらく、ただ我慢しているだけ。なんて人…………。
あと数歩でスフラは宝刀を振りかざしてくるだろう。
イリリは一瞬、瞬きのように目を閉じ小さく息を吸い込んだ。腰に携えてあった最後の2本。ロングソードを両手に持ち走り出した。
駆け出す両者、一方は血だらけだが自信に満ち溢れた表情。一方は傷1つないが、焦りの色を隠せない。先にリーチ内範囲内に入ったのはイリリだがそもそも俊敏性はスフラの方が優る。剣の違いのよるリーチの差などすぐに埋まった。イリリもそれは分かっていたようすで振り上げられた宝刀に対してロングソードを交差させて受け入れた。
鼓膜の奥まで響く音。剣どうしが激しくぶつかり合い火花が大きく散った。
私の宝刀を受けきる人が受験者の、いえ、お父さまとレンさんの他にいるとは。
「お見事です。しかし、これで終わりじゃありません」
ルビーの瞳の輝きが増すと。宝刀に掛かる圧が強くなる。ミシミシと鈍い音は徐々にはっきりと。ついには、バッキと音を立て2本のロングソードは砕け散った。
「わかっていました。王女さまがこれぐらいやるってこと。そして、追い詰められているのはあなたです!」
そう叫ぶとイリリは右手をパンチのように放った。しかし、よく見るとその手には小型ナイフを持っている。
なるほど、ロングソードを持つ傍ら、小型ナイフを隠し持っていましたか。
耳に手を当てたくなる音に血が宙を舞う。
小型ナイフからは確かに肉を刺した感触。イリリの瞳孔が開く。刺したのは左手だけ、スフラは小型ナイフを左手一本で受け入れた。刃渡り5㎝といっても、深々と刺さり、貫通している。
「だから、どうして! そんなに涼しい顔をしていられるのです」
計4カ所から血を流す。通常なら喚き倒れてもなんらおかしくないのだ。
「私がお父さまに修行をつけてもらったとき、まず初めにしたのはひたすら攻撃を受けることでした。私も戦場にでることを、しかも、指揮官を希望していましたから。傷を負っても気丈に振る舞い冷静に判断を下せるように、ときには命の灯が消えそうなときでも戦えるようにと。そういう訓練を受けてきました」
ゆったりと口調。同じようにゆっくりと宝刀をイリリの首元にかざした。
「私の勝ちですね」
少し微笑みながら、変わらず血を流しながらいった。
「参りました」
両手を上げて、苦笑いを浮かべるイリリ。
とっても強い。でも、この人じゃない。あの方がいっていた人はこの程度の強さではない。ルビー色の瞳が侘しさを増していた。




