過去②
『ソルーダ平原の戦い』から一夜、兵士達は城の謁見の間に呼ばれていた。といっても、兵士の総数は5万、国の中でも一番大きい建築物であるバル城。その中でも広い謁見の間でも入りきらない。そのため、指揮官のみ招集をかけている。その数100人ほどだ。
兵士達が膝を付き、頭を垂れる。王座に座っていたズブラは立ち上がり口を開いた。
「さきの戦争は大敗した。しかし、得るものは多大にあった。世界一の超大国、ルバ軍の力量を知れたこと。そして、なにより俺の理想に共感してくれる心強い仲間ができた。紹介しよう。レン・ダイソンだ」
右手を広げ右隣に立つレンを刺す。顔を上げた兵士達からは羨望の眼差しと歓声が飛ぶ。世界に名を轟かせる傭兵、鬼神のレン。今日から自分達と共に戦場に立つ仲間になった。王の前であるが笑って興奮を隠せない兵もいた。
本気で俺が軍に入ってことに喜んでやがる。傭兵のときでさえ、地位を奪われることから煙たがれることが殆どだった。貪欲さがないのか、いや、王の影響か。ズブラの説明が続くなか、レンはうわの空、バル国の空気を感じていた。
「以上で説明を終える、次の戦争は3か月後だ。みな、それまでに鍛錬に励むように、それでは解散」
兵士達は深々と頭を下げたあと踵を返し謁見の間を跡にした。先ほどまでの人口密度のためか、いまは部屋がより広く感じられる。謁見の間にはズブラとレンの2人が残った。
「どうだ、この国の兵士達は」
少し、穏やかな声で尋ねた。
狂気がレンの目に宿る。柔らかい表情は獰猛な猛獣、鬼の目に様変わりし、深いため息をついた。
「だめだな、これじゃあ天下統一は無理だな。お前の理想なんて夢のまた夢だ。まぁ、実際に演習を見なければわからないところが多い」
指揮官を集めたのはレンの紹介だけではない。レンの目からバル軍を見定めてもらうためだ。国という国を渡って傭兵をしていたレン。軍の強さを計るのには一瞥で十分だ。
「そうか。俺も同じ意見だ」
「自覚はあるのか、流石だな」
「いや、まったく褒められたものではない。兵士の数、密度とも足りないのは王の過失だ。急速な領土の拡大に耐えきれなくなっている。そこでだ、大規模な兵士の徴兵をかけようと思っている。それも、これまで唯を見ない方法で」
「それは興味深い、聞かせてもらおうか」
ギロリと目を鋭く、ニタニタと笑みを浮かべ、まるで戦闘時のような表情。ズブラの表情が少し引き攣る。案がとんでもなく、リスクが大きい。ズブラの迷いが見透かされた。
「さすが、鬼神のレン。洞察力も化け物クラスか、俺が考えてい――」
バタンッという大きな音が謁見の間に響いた。勢い良く、大扉を開けた音だ。小走りで近づいてくる少女。真っ赤なロングヘアーに、ルビーのような瞳。身に付けているのは高級感漂う白いドレス。一目見れば、少女がどういう身分なのかわかるだろう。
「お父さま! 稽古をつけて下さい!」
「スフラ! 今は大事な話し合いの最中だ。後にしなさい」
「昨日、戦争が終わったばかりですよね。だったら、手は空いているはずです。早く力をつけて私の兵士の一員になりたいです。そうすれば、お父さまの理想にも近づくはずです」
「気持ちは嬉しいが、いまは無理だ」
首を振って断るズブラ。頬を膨らまれ、むっとするスフラ。
「ズブラ、その子は」
「あぁ、紹介するよ。娘のスフラだ」
「始めまして、スフラ・バルといいます。このたびはバル軍に加入して頂いてありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、レンに挨拶をする。
さすが、王族の娘。この年でしっかりしている。
うんうんと感心しながらも、目を見開いき、背筋が凍る。
本当にズブラの娘だな。
「それで、レン。徴兵の方法だが――」
――1ヵ月後――
時刻は夜中、だが王都には人が溢れんばかりの人は集まっている。あるものは剣をあるものは槍を携え夜明けを待つ。
城の謁見の間、3人が談笑に花を咲かれていた。
「いよいよだな」
王座の隣の置かれた長椅子に背を持たれながらレンがいった。
「そうだな、心配のほうが大きい。たかが、兵士を集めることに命を危険にし王都を壊してもいいものかどうか」
右手の指先は細かく動き、左足は小さく貧乏ゆすりを繰り返す。王座に座り、そわそわしたようすのズブラ。
「いや、これは画期的で合理的だ。兵士の募集をバルに滞在している全ての人にし、開け口を広げ、このルールで総合力を計る。お前がそんな調子なのは、別の理由だろ。なぁ、スフラ」
謁見の間の壁にもたれかかり、目を閉じ集中力を高めるスフラ。レンの声は聞こえていないようすだ。
「愛娘も一緒にテストに参加させるとは、王族というだけで一生何不自由生活を送るのが一般的だといういのに、物好きなところは父親譲りだな」
「兵士になるのはスフラが望んだことだ。今回は年齢を問わず、赤ん坊でも参加は可能だ。スフラだけ、参加希望を棄却するわけにはいかない」
「はいはい、頑固オヤジ。それなら、足の震えと青ざめた顔を止めてもらおうか」
ニヤッと笑うレン。対して、ズブラはいまにも吐きそうなほど顔色が悪い。レンがかける言葉はズブラの緊張を和らげる意味もあった。もちろん、普段は見ないズブラの様子を面白がっているが。
夜は深まり続け、次第に薄くなる。
ゆっくりとスフラは目を開けた。ルビー色の目を窓辺の日光が輝かす。太陽が昇ってきた。
「お父さま、レンさん。いって参ります」
腰に剣を携え、頭を下げるスフラ。後ろを振り返り、ゆっくりと謁見の間を跡にするスフラをズブラは涙ながらに見送っていた。
心配なさらないでください。お父さまの願望に繋がる一日になりますから。
秘めた思いを宿し、スフラは階段を降りて行った。
バル軍幹部兵士・兵士候補試験。そう銘打って開催された今回の試験はその名のとおり、希望者の中から、将来軍を背負って立つ人材を発掘するために開かれ、試験に生き残った人は直接、鬼神のレンから指導を受けられるといった特典付き。そのために、元軍人や、傭兵、そのほかにも農家や漁師、さまざまな人が参加。バル国中、いや、国外からも移住して参加した人もいる。その数、10000人。試験は至って単純、戦場は王都全て、制限時間は丸一日。心臓部分に赤い花、軍のエンブレムにもなっているバル国の象徴だ。そのフェバルを安全ピンで胸に刺す。これが心臓の変わり、これを奪われれば負け。逆にフェバルを渡せば降参の合図。次に太陽が昇るまで、胸のフェバルを確保し、かつ、奪ったフェバルの数から合否を判断する。簡潔にいえば、24時間バトルロイヤルだ。
城を出たスフラは深呼吸を1つ付き、無理をいって貸してもらった宝剣を抜いた。
いよいよ、始まりましたか。ここで生き残れば遂に私も戦場に参加できます。お父さまにいっても一向に戦場に連れていってもらえる気配はなかったですから。私だって、わがままをいっているつもりはありません。幼いころから剣を振ってきました、実力は兵士に勝るとも劣らないと自負しています。実際に模擬戦でも勝っていますし、早く力になりたい。お父さまの理想に早く近づきたいだけ。
「私には力があるのに……」
トボトボと小言をいいながら、城から城下町に続く一本の大通りを歩くスフラ。両脇に木々が並び、白い煉瓦は汚れ1つなく、ピカピカに輝いている。鏡のように、スフラの赤髪も移り、その脇に2つの影が見えた。
「何者です!」
睨みを利かして両脇の木々を睨みつける。
「何者です、だってさ! 随分乱暴な娘だな~」
左の木に隠れていた男がそういった。
「本当に王女か~、可愛い娘だけどよ」
今度は右の木に隠れていた男。
両脇の木々から姿を現したのは大男。長い髪、黒いバンダナ、伸びた顎鬚。小汚い、白いシャツと革のズボン。両手に斧を持っている。ギラギラとした獣のような目、下品な笑い声を上げる。全てが2人ともペアルックだ。
「あなたたちは盗賊ですね。黒いバンダナ、最近、被害が拡大しているブラック団ですか」
淡々と話すスフラに、眉を吊り上げる。
「ほう、俺らもことを知っているとは、流石王女だ。だったら、こっちがいいたいことはわかるだろうな!」
左の男が威圧的に睨む。
「早くさっさと、その宝剣を渡せ! そうすれば、乱暴はしない。あいにく俺達はロリコンじゃあないからな。まぁ、うちの盗賊団には物好きがいるがなぁ」
右の男がそういうと、左の男とほぼ同時にケタケタとあざ笑う。
「悪いですが、あなたたちの話を聞く時間はありませんので、もう、終わらせます」
「「はぁ?」」
2人の声が共鳴した、その一瞬だった。
「「ぐわっ」」
口から汚物を吐き、前のめりに倒れる2人。スフラは素早く移動し、腹に一太刀ずつ浴びせた。そのまま俯きに倒れ白目を向く。
「ごめんなさい、綺麗な道を汚してしまいました」
スフラは道に頭を下げ、まだ、明かりが届ききれない城下町へと駆け出した。盗賊もフェバルをつけていた。この試験に紛れ込み、受験者から武器や、人が引き蛻の殻になった家に盗みに入る予定だったためだ。しかし、スフラはフェバルを取らなかった。この2人から奪う価値はない。バル兵の一員になりたい、心からそう願う者から奪わなれければ意味はない。
城下町、普段は露店や店が賑わい、人の声で溢れている。今は人はいるがいつものような喉かな雰囲気ではない。睨み合う人と人。殺伐とした空気が一体を支配していた。城下町の中心部、噴水が目印の広場、円形に広がっており、所々に花壇が設置させている。しかし、肝心の花はない、元々咲いていたフェバルは試験のために抜かれた。噴水から流れる水の音だけがいつもの広場と認識できる。
紛れ込んだ一輪の花。スフラの姿を確認した受験者は一斉にスフラから距離を取った。
剣王、ズブラ・バルの血を受け継ぎ唯一の子。幼い頃より、剣術を授かり、血を滲む努力をした。模擬戦では現役の兵が一本を取られた。当然手加減をしたと思われたが、多くの兵の目撃や王がそういったことを毛嫌いする性格、なりより、負けた兵士本人の証言が街を駆け巡った。「俺は本気でやった。そして、負けた。でも、恥じることとは思わない。あの子より強い敵に戦場でも出会ったことはない」と。その後も模擬戦は頻繁におこなわれ、全てにスフラは勝利し、現在のところ100連勝。その噂は王都、いや、バル国全体で有名になった。剣王の娘も既に剣の達人だと。この試験で生き残るのは誰か、目下候補は僅か12歳の天才女剣士だ。
スフラがゆっくりと足を進め、広場の中央にある噴水の前まで立ち止まると遠のく足音がいくつか聞こえた。
さて、残ったのは3人ですか。
左右に広がった敵を見定めながら宝剣を抜いた。それぞれ剣を持った男がゆっくりと距離を縮める。
空を切る音が耳に響いた。スフラの前方、斜め上から矢が飛んでくる。露店の屋根から矢を放ったのだ。
ギィンと、宝剣を当てガードする。しかし、第2矢がすぐさま放たれた。左足を狙った矢。宝剣を素早く盾代わりにする。響く、金属音。一瞬の間に人影が迫り、右側から剣が振り下ろされていた。
ここに残ることを選んだ3人の受験者の認識は一致。まず、スフラを狙うこと。流れる噂が確かであることは漂うオーラで強制的に理解させられた。沈黙が共闘の証だ。
剣を振り下ろした男、2mは超える身の丈で、筋は滅茶苦茶だが、自慢であろう太い腕で大剣を振るう。スフラも即座に宝剣を切り返し、振り上げる。
広場を包む一瞬の静寂。宝剣と大剣のぶつかり合いは宝剣が地面に押し返される結果となった。男の顔が緩む。俺の力は通用する、そう思ったのであろう。しかし、それも一瞬。剣戟の最中、スフラは男の腕を掴んだ。先ほどの打ち合いは片手一本で行われた。そのまま、大剣の勢いを利用し腕を引き、男のバランスを崩す。
まずは、1人。
男が倒れる寸前、柄で男の頭を殴り気絶させた。
スフラは視線を左に移す。迫っていたもう1人の男は、驚愕の顔を浮かべて背を向けると全速疾走で逃げ出した。
あと1人。まずは、近距離戦に――!
スフラの表情がハッっとする。気絶した男。よろけ倒れた影から矢が飛んできた。
嘘! そこには男がいたはず、この男の背を討った? いえ、それは違いますね。さきほどの矢も正確でした。ミスではない、私の行動を読んでいた。
柄で男を殴った直後にスフラには剣を切り返す時間はない、握った柄の人差し指と中指の間を少し空け、そこに矢を当てた。数ミリの攻防である。
弾かれ宙を舞う矢。相手も驚いた様子で口を開ける。その隙にスフラは脚力を飛ばし、弓使いが登った露店の傍に着くと、アスレチックのように、柱や窓に手と足を掛け昇り始めた。
敵の姿が見えないのはお互いさま、近づけば矢を射ることもできるが、それはないとスフラは踏んでいた。そして、そうスフラを読むことも弓使いは呼んでいた。
弓使い、カルン・ハーンは屋根の反対斜面に移っていた。坊主頭に、ボロボロの布で作られた服。貧しい農村地出身で大金持ちになりたいと今回の試験に参加した。何も、無鉄砲なことではない。10人兄弟の末っ子、畑仕事は回ってこなかった。そうすれば、あとは木の実採集か動物の狩り。カルンは狩りを選んだ。ちまちまもの拾いなどカルンの性に合わなかったのだ。始めは獲物も取れず、家族の視線も厳しいものだったが。カルンはめげなかった。ひたすら、観察、考察を繰り返した。そして、ある時聞こえてきたのだ。獲物の声が。そこからは獲物を逃がしたことはない。絶死の狩人、バルの田舎では名の知れた名だ。
カルンの思考は進む。接近すると、王女さまのリーチ内になる。それなれば、一巻の終わりだ。まずは距離を取る、王女さまは駆け上って、一気に距離を詰めるつもりだけど。これは予想しなかっただろう。
カルンは弓を引く、指先に何本もの矢を摘みながら。狩りが容易になった頃、カルンは効率を求めた。集団で動く小動物を同時に狩るためにこの技を編み出した。
ふわりと空に放たれる何本もの矢、山なりになり、丁度露店の端、スフラが登ってくる壁際に落下した。
「終わった! 俺、王女さまに勝っちゃったー!」
大声で喜びを爆発させる。カルン、両手を空に突き上げ、雄叫びを上げる。
「まだ、ですよ」
スフラは何事もなかったかのように、先ほど矢が降った壁からよじ登った。
「何で……?」
カルンの疑問は最も矢を受けながら、血を流しなら、登ってきたなら理解できる。しかし、スフラには傷ひとつないのだ。
「少し、攻撃が遅すぎること。それと降ってきた矢、それぞれにタイムラグがあり過ぎます。0.5秒ほど」
カルンは放った矢全てを右指で射った。当然、力の掛け方は分散する。それでも、カルンは同時に放ちコントロールとマスターした。いや、マスターしたと思っていた。放たれた矢の僅かな力加減による、微々たる速度の違いなど野生動物を狩るのは気にも留めなかった。
「もしかして、0.5秒で全ての矢を振り払ったのか!」
「ご名答」
自慢するようすもなく、さも、当たり前のように話すスフラ。カルンは表情を崩してを捨て屋根に腰を下ろした。
「はぁ~ぁ、これが軍のレベルか~。くっそ、俺もいい線いっていると思ったのにな」
緊張感のない声でそういいながら、胸に止めてあるフェバルを取りスフラに渡す。
「あげる、さすが、王女さまだ。かなわないや」
「いえいえ、あなたはきっと合格しますよ」
笑顔でそういうスフラにカルンは首を傾げた。
バトルロイヤル、確かに強い者が生き残る可能性が高いが絶対にそうとは限らない、時の運などもある。そのため、所々に兵士を配置して受験者を見ている。不正防止や盗賊から街を守る役目も同時に果たしている。そもそもこの試験には穴があった。最後まで生き残った人はレンの指導が受けられる。どこにも、最後まで生き残った人が受からないとは書かれていない。
「つまり、幹部候補兵士は最後まで生き残った人。兵士はバトルロイヤルの総評で決まるのでしょう。私の目からみて、あなたは十分に力があります。まず、合格でしょう」
「マジっで!」
屋根の上で大の字になって、寝転がるカルン。大きな声は朝によく響く。
「間違いないでしょう。それでは私はこのあたりで。手合わせありがとうございました」
笑顔でそういって踵を返し、屋根の上から降り、街中に駆け出した。
「ふふぅ、俺も兵士。これで、家族は俺一人で養えるぞ。みたか!」
喜びを隠そうともせず、笑みを溢す。カルンのにやけは朝日とよく似合った。




