過去①
今の暦でいうとバル暦877年。帝国ネザマスラの分裂により始まった。大陸全土を巻き込む戦争は877年の歳月を過ぎても治まる気配はない。国は割れ、滅び、誕生し、幾多も世界地図は変わる。
しかし、大陸南下の小国、バルに世界を変える王が誕生する。ズブラ・バル、僅か、15で即位した王は自ら戦の指示を取りそれが神がかりな采を振るい。剣を取れば誰よりも強かった。
バル暦882年。世界地図から見れば米粒だったバル軍は破竹の勢いで領土を広げ続け、遂に、大陸一の大国。前帝国ネザマスラ、ルバ帝国と刃を交えることになった。
広がる草原、豊かな緑が生い茂るがすぐに血に塗られていく。
草原一帯に人の群れ、一斉の乱れなく、縦、横の列に並ぶ。総数は万にも及び、みな黒い服を着て、胸には赤い紋章を。集団から一歩、前に立つ男。高身長に広い背肩。赤い髪に赤い瞳。凛々しい顔つき、威圧感を漂わせるが、赤い瞳の奥に温かさを滲ませる。
「みな、ここが正念場だ。もし、この戦を勝利で終わらせれば、我が国は大国の仲間入り、いや、私の見立てでは世界を統一する見通しが輝く。しかし、無理はするな、命を捨てる真似は許さん!」
低い落ち着いた声を徐々に声を張り上げて兵士達を鼓舞する。国王にして、軍総司令官、ズブラ・バル。1人1人、兵士と目を合わしたあと、ゆっくりと笑った。
「さあ、いこうか!」
散歩にいこうか! そのぐらいの気軽さで開戦の合図をし、軍が進軍する。兵士達の肩の力を抜くためだ。バル軍1万対ルバ軍2万、『ソーダルの戦い』のちに世界を革新させるきっかけになった戦争。
兵士の数にして2倍の差があった合戦だが、ズブラの見事な采配により、戦況は5分といったところ。
「左陣に固めて大楯で敵の攻撃を防ぎながら、矢で敵を削れ、右陣は下がりながら、乱れている兵士を吸収、数が1000を超えたら再び突撃だ。俺は中央を率いて先に突撃する。みな、ついてこい!」
攻め込んでいる左陣側を逆にペースダウンさえ、押されている右陣が下がりながら体制を整える。敵が左陣に集中しないように中央が突撃する。それも、ズブラが先頭に立って、確実に中央を押し込む。そこから左右に展開する作戦だった。
乱れる足音。兵士達は剣や槍を構え、いまにもぶつかる敵に鋭い眼光を送る。
激しい怒号、耳が痛い金属音。血泥の戦いが開始された。
バル軍の狙いはひたすら目の前の敵を倒し、中央を推し進める。それに対して、ルバの作戦は明白、敵の総大将が目の前にいるのだ。三千にもおよぶルバ軍の標的はズブラに集中する。当然、バル軍もズブラを守るように敵とはち合うが、数はルバのほうが上、あっという間にズブラは敵兵に囲まれた。
「1、2、3、4、5人か……」
ズブラは囲まれた敵の数を確認するとルビーの瞳をより輝かせ、正面に対する敵に斬りかかる。剣の形は独特、細い刀身ですぐに折れそうだ。しかし、突き出された敵の剣を軽くはじくと敵の剣は両手から離れ宙に跳んだ。結果、目の前の敵は無防備。あとは斬るだけ。
「剣王、打ち取ったー!」
背後に迫った兵が後ろから槍を突き出した。しかし、槍の突きは空を押す。ズブラは跳躍し、槍を蹴りはらう。着地後、素早く剣の振るい、正面の敵を斬ると振り返りざまに剣を振い槍使いをも斬る。
一連の攻防を見守るルバ軍ではない、残りの3人は一斉に駆け出し、前から剣、右と左から槍が突き出させる。
「連携がバラバラだ」
ズブラの指摘は僅か、コンマ何秒のこと。囲いでは同時攻撃は有効だが、それを揃えるのは難しい、3人の連携は悪いものではなかった。ただ、ズブラのレベルが異常。ほんの少し早かった右手の槍にわざと近づき、横蹴りで軌道を逸らす。ズレた槍の先。鈍い金属音が響く、前から振り下ろした剣を突き、剣は左に逸れる。それを見守ることなくズブラは左を向くと、楽々と左からの槍を躱し、一撃で仕留めた。すぐさま剣を翻し、同じく剣で受け止めようとするルバの兵士を剣ごと斬った。
「ばっ……化け物!」
震える声でそういった残りの兵士は槍を投げ捨て、腰を抜かしながら逃げていった。ズブラはそれを追うことなく、再び敵の海に飛び込む。
バル軍の快進撃のもう一つの理由、敵にとって最も欲しい首が、先頭に立つにもかかわらず、最も遠いからだ。
「へぇ~、あいつか。おもしろい」
白い軍服の集団の奥。ひと際目立つ白い軍服を身に付けた男は鬼のような目でズブラを見つけていた。
「ズブラさま! あいつは!」
突撃を進める中央の軍勢、先頭に立ち、剣を振い続けるズブラの側、兵士は赤い軍服を身に付けた敵兵を指さした。ボサボサの黒髪に彫の深い顔、何より目立つのはその目。鋭く吊り上がり、瞳孔が開く、ギラギラした瞳は目線を避けたくなるような鬼の目、あれはそう呼ばれている。
「あぁ、鬼神のレンだ」
戦乱の世、日々戦が絶えないこの時代、一番稼げる仕事は傭兵であった。もちろん、それ相応のリスク、死が常に寄り添う。しかし、功績を上げ続ければ大国のお抱えになる。中にはそこから軍に入る傭兵も。レン・ダンソン、数多の国からの勧誘を断ること数百回。大陸全土に広がる最強の傭兵、鬼神のレン。それがいま、ズブラの目の前に、鬼の目をしてじっと視線をぶつけられる。
確かに、飯よりも戦好きで、強い相手と殺し合うのが生きがい。数えきれない功績により、やつを雇う金は高騰。金の山が必要とか。まだ、バル国では無理だな。まぁ、雇う気もないが、それにしても奴の目。
ズブラのルビーの目は接近する鬼の目を離さない。
意外だな……。
「鬼神は俺が倒す、みなは周りの兵士を狙ってくれ」
兵士達が少し困惑の表情を浮かべたがすぐに指示の元、左右に広がった。ルバ軍も作戦は同じ単身突撃するレンに合わせ左右に広がる。
一国の王でありながら、戦場で剣を振い無双する姿から付いた呼び名は剣王、ズブラ。
世界屈指の高カードが実現した。
ギィン! 甲高い金属音。短剣は空に舞った。
「さすがは剣王、俺の剣を飛ばすとは……」
剣を弾き飛ばされたレンはにやりと笑みを浮かべ、腰に携えてあった予備の短剣を取り空を突くような独特な構え。
「殺人刃 ―――」
幾度と鳴る金属音、目にも止まらない剣捌き、この両者の戦いを理解できるものは世界で何人いるだろうか。一瞬が、一時間に感じられるほどの2人の動き、決着まで掛かった時間は、短いのか。長かったのかもわからない。両者とも軍服は斬れ、血が零れだす。しかし、結果は明白。再び空に舞った短剣がそれを示していた。
「はぁはぁはぁ、負けたかっ!」
腰を下ろし、草花を踏んづけるレン。喉仏に細い剣先が当てられる。
「殺せよ! お前にみたいな強者に殺されるなら本望だ」
死を覚悟したレン、だが笑みが残る。
「それは必要ない」
「はぁっ!」
鋭い眼をズブラに向けた。意味が分からないといったようすだ。
「この戦争は俺達の負けだ」
ズブラは首を左に向ける。レンは振り返ると、バル軍の左陣が大きく攻め込まれている。
「はぁっ! あれだけで撤退だと。この中央軍の半分をお前が率いたら、左陣は盛り返す。残りは中央に残る。俺が抜けたから、十分に互角以上になるだろ。それが何故撤退だ? 噂では頭の方もカリスマ軍師並みと聞いたが、ガセか?」
「ああ、それなら戦いは勝てるだろう。しかし、それでは死者が多すぎる。おそらく、1万は死ぬだろう」
「おいおい、1万が死んだらお前らは全滅だぞ! 大丈夫か、俺の計算では死ぬのは精々、5千だ」
「それは、バル軍の話だろ。俺がいっているのは両軍合わせて1万の死者が出るということだ」
ズブラの発言に目を丸くするレン。
「お前何をいっている。敵がいくら死んだって、いや、死んだほうがいいに決まっているだろ!」
「だめだ、それでは俺の理想が遠くなる」
「理想? あぁ、天下統一のことか。おい、まさか侵略したあとに兵を利用するつもりか。さすが、王様。考えが甘い、少し前まで敵だった軍に加わるほどの情者は少ないぜ、しかもルバは天下統一に最も近い国だ。例えバルがこれから領土を広げたとして、最後のピースはルバになるだろうよ」
ニタニタと笑うレン。喉に剣を突き付けられているとはとても思えない態度だ。
「お前はなにいっている。俺は言葉のまま、こんな戦争に1万の人が死ぬことはないといっている」
「はぁ……っ」
口をあんぐりと開け、言葉を失う。
待てよ、確か出回っている情報では。バル軍の戦いは早期決着が全て。どれも、剣王の采配と剣戟で勝ったという。圧倒的な速さの進軍で敵は早々と降伏すると。まさか、これも……。
「まさか、お前は敵国の被害も頭において戦争しているのか! 全体の戦死者を減らすために……」
「あぁ、そういうことだ」
ズブラの返答は素っ気ないものだ。眉は動かず、瞳も真っすぐズブラを見つめたまま。言葉すらこれまでと変わらない。まるで、自分のいっていることがさぞ、平凡なことであるかのように。
「はぁっ! はぁはぁはぁ!」
「何がおかしい?」
「いやいや、マジでいっているからな! そんなバカな考えは始めて聞いたからな。 それで、どうしてそんなバカな考えを持つ? その理想とやらに関係しているのか?」
「そのとおりだ。俺の理想、全ての人が笑顔でいられる世界にするために」
今度の返答はこれまで一線を画す。ルビーの瞳は輝きを増し、声には覇気を帯びる。骨の隅まで震える声だ。
「なんだ……それ……」
乱世の時代、小国は自らの国を存続するため、あれこれ手を回し。大国は領土の拡大を模索する。そして、ルバを始め超大国は世界の統一を目指す。どの国も自分の国のことで精一杯で、他の国は国を蝕む害虫。それが国、それが人。傭兵として長きに渡り様々な国に雇われたレンにとって世界の価値観はそうだ。
違う。こいつは違う……。人が笑顔を求める王など。それも自国でもない、全ての人を含める王など。これまでの王とは違う。
「その理想のために、敗戦にするのか。戦死者はそれで報われるのか、敵国の兵士を守るために、自国の兵士は死んでいくことになるぞ」
『ソーダルの戦い』の戦いが始まって、一刻過ぎ、倒れているバル軍は500人を超えている。このまま敗走、それも続ければ勝者となれる戦で。
「仕方がない、そんな軽い言葉を使うつもりはない。これは俺の力不足だ。能力がないばかりに、こんなくだらないものに人の命を捨てている。本来、私の王の資格はもうない。それでも、俺の理想を叶えたい。矛盾しているが、なるべく、死者を出さないように、世界を1つにしたいよ」
「理想論だな」
「そうさ、俺の理想だからな。でも全てはそこからさ」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべるズブラ。それを見て、レンの表情も移った。
「はっ、はぁぁぁぁぁ! 面白れぇ、やはり、お前は面白いよ。いいぜ! 協力してやる」
「協力? 何のだ?」
「お前のバカな理想に付き合ってやるって、いってんだ」
目を丸くするズブラ。レンは喉元に剣がいるにもかかわらず、立ち上がった。
「俺じゃ、役不足か?」
そういいながら、右手を差し出す。
「いや、なにより心強い」
ズブラも剣を納め、右手を差し出し、2人はがっちりと握手を交わした。
バル暦882年。『ソーダルの戦い』。のちに、世界を2分する2国。バル国とルバ国の初めての戦争は、開始一時間余り、早々とバル軍の撤退、敗戦というかたちでは終わった。しかし、そんなことは小さな平原の小競り合い。世界に広まったのは、戦争の勝敗よりも、世界一の傭兵、鬼神のレン。彼がバル軍に所属したということであった。




