王都の危機
脇腹から零れる血を片手で抑え、真っ青な顔。さすがのスフラもレンのとも死闘のあとでは気品に振る舞うのは無理がある。傷だらけの身体と血の気のない顔はイリリを含め、兵士達に動揺が走ったが、これ以上負担を掛けてはならないという気持ちのほうが強まった。
スフラ、イリリ、レミアン、フローラ軍は引き続き王都に戻ることに。疲労困憊なのはみな同じ、特に、スフラとレミアンは今にも永遠の眠りにつきそうだ。帰路は停滞を繰り返しながらゆっくりと進む。フローラエリアの戦場は勝利となったが、代償は大きい。スフラ、イリリを失えば、敗戦は必至だ。スフラは「ミレェイエリアのようすが気になります。急いで戻りましょう」といったが、レミアンを始め兵士達が反論した。スフラに意見をするなど、兵士どころか、隊長でも滅多にない。唇を噛んだが、しばらくして首を縦に振った。イリリはというと既に意識はなく、兵士の背に担がれていた。
こうして夜を過ぎ朝日が昇り太陽がまた、欠ける。夕日が城を褐色に染める。一同は王都に帰還した。
スフラを含む負傷兵は病室に運ばれ本格的な治療を施らせたが、既に手遅れになった兵も多くいた。その数87名。救いといえば、スフラとイリリが無事だということだ。
戦況はまずい、まずはミレェイ側の状況が掴めていない。今すぐにでも出発したいとことだが、スフラとイリリもしばらく出動はできない。そのため、レミアンの指示の元、ミレェイエリアに進軍しようとした矢先。大群の兵士達が帰ってきた。
「ご報告いまします」
広々とした病室、2つの大きなベッド。横たわるのはルビーの目と大きな瞳の持ち主。スフラとイリリが入院していた。
膝を付き、頭を垂れる眼鏡を掛けた男。ミレェイ軍隊長、ユタバ。このたびの戦況報告を報告中だ。
「氷龍を倒したのち……。イノア総司令官、いや、元総司令官に襲われ軍は壊滅。ケンイチさんが連れ去られました」
ユタバが報告すると、病室が静寂に包まれた。イリリは目を俯き、口元を締める。スフラは赤い双眼でユタバを真っ直ぐに見つめる。
「そうですか…………」
声は弱々しく、幼い少女のよう。か細い耳にしたユタバはひと呼吸を置いて、慎重に次の言葉を選んだ。
「出来るだけ早くケンイチさんを奪還しなければ、戦場は不利なままです。おそらくは『厄気』の本拠地。ルバ城に捕らわれているかと。それには……、敵の情報が不可欠です。教えて貰えませんか。なぜ、『厄気』の中にイノアさんがいるのですか。それも『厄気』を指揮して……」
ガランとドアが引かれる音がした。ピンクの髪に丸い顔。レミアンが病室に入ってきた。
「私にも教えて貰えませんか。レンさんが王女さまと戦ったことも関係があるのではないのでしょうか?」
神妙な面持ちでスフラの返事を待つ。スフラはユタバ、レミアン両者をゆっくりと交互に見据え口を開いた。
「わかりました。しかし、もう少し待って下さい。王都に危機が迫っています」
ベッドから起き上がるとスフラは頭を下げた。2人とも驚きの声を上げ、しばらく声が出ないが、レミアンがその空気をぶち壊した。
「王都に危機とは……。戦争は継続中ですが、一時、停滞の形になっていませんか?」
『厄気』軍はフローラに炎龍、ミレェイに氷龍を。強力な『厄気』で攻め込むが、軍も援軍を呼び消滅させた。だが、消耗しきった軍の前にレンと人型の『厄気』が直接追い討ちを掛ける。レンはスフラが返り討ち、人型の『厄気』は軍を壊滅させたが、奇跡的に死者はゼロ。気絶させられただけであった。健一が連れ去られるのはユタバの遠のく意識の中、目撃した。
戦況的には両者とも対峙することもなく、『厄気』もルバに戻っているというのが大方のみかだ。しかし、スフラは首を振った。
「いえ、フローラに行くまえから感じていました。レミアン覚えていますか。かつてのフローラエリアで毒花に独立部隊が壊滅させられたことを――」
レミアンの記憶は遡る。フローラエリアで独立部隊が倒れ、原因もわからない。スフラの敏感肌によって姿が見えていないということが判明した。その後、スフラが瞬殺したのが。根本的に誰が毒花の姿を消したのかは分かっていない。
「あっ!」
そこでレミアンは思い出す。健一が人型の『厄気』を目撃したということに。
「そう、姿を消す能力はあの人型の『厄気』の能力でしょう。そして、今、その能力を使って王都に『厄気』を放っています」
「どの『厄気』ですか!」
横からユタバが声をかけた。
「ルバエリアの門番、level10『黒龍』です」
スフラの言葉は病室にずっしりと重く染み渡った




