助け
ガッヤヤヤ!
炎龍は絶叫を上げた。刃の波は火炎を飲み込み、刃は炎を消し、確実に侵食し始める。このままでは火は鎮火され、刃の波は自分を飲み込むだろう。不味いと思ったのだろうか。頭を大きく反り、炎を吐き出した。繰り出させたのは炎の風、橙色の炎が広範囲に放たれる。刃の波に対して、大きな攻撃を放った。
熱気は先ほどの火炎玉ほどではない。次々と刃の波に飲み込まれていく。炎龍の悪手、レミアンや兵士達はそう感じたとき。
異変は起こった。橙色の風は刃に飲み込まれつつも、その僅かな間を潜り抜け、刃の奥に迫る。行き付く先は刃の波の源、7人になったイリリだ。
ヤバい! このままじゃあリリちゃんが!
目の前で気付いたレミアンは反射的に足が動く、炎龍の攻撃を防ぐ考えも、イリリをあの状態から元に戻す考えもない。でも、体は自然と動いた。なんとしても助ける。刃に埋もれているイリリ達を見て、そう決意したが。
きっや!
右手から体全体を衝撃が走った。横に吹っ飛び、空中で体制を整え着地する。直ぐに視線を見合わせる。そこには小さな青い花。嫉妬を覚えるぐらいにきれいに舞う。
確かに、青花はまだ倒れていない。一番左端からここまで回り込んできたっていうことか――。もう! 最低! どうしよう。どう見ても、今の私に相手にできるはずもない…………。
レミアンは『マジック・ミラー』の反動を受け、高levelの『錬術』が発動できない。今できるとしたら『蔓鞭』のみ。しかし、level3の『錬術』では勝負にならない。
でも、やるしかないよね。リリちゃんを、世界を救わないと!
「『蔓鞭』」
左右両手にも装備した、変幻自在の鞭。『蔓鞭』を構え、青花に向かって走り出した。
一見すると刃は身体中に刺さしている。もし、彼女が目を開いても、景色は冷たい銀色だけだろう。
ドクン、ドクン、ドクン。
まだ、心臓は動いている。いちよう、生きているってことですね。自称気味にイリリは笑った。体中から生える刃。その一本一本から感触が伝わる。何かを斬っている。熱いから炎かな、さっきよりは熱くないし斬りやすいみたい。刃の空間を縫ってこっちにきている。炎龍の狙いは刃ではなく私自身。攻撃をくらったら躱すすべはない。
絶体絶命か――――。
一応、命賭けのつもりだったけど。ダメだな、私。罪を犯してでも、王女様と一緒に世界を平和に導くって誓ったのに。今は最悪の状態になって、私も役立たず。こんなことなら、私が変わればよかった。今回も前回も始めも……。
熱気が伝わってきた。刃を伝ってではない。直接、イリリの皮膚に熱が伝わっている。橙色の炎はすぐ前まで迫る。
ここまでか……、あとはケンイチさん。頼みます。
ゆっくりと、目を閉じる。ふと頭の中で声が聞こえてきた。
「でも、俺はスフラと誓った。スフラの理想を一緒に叶えるって。俺の理想も叶える」
「ケンイチさんの理想? 王女様を戦わないようにすることですか?」
「う~ん。正解で不正解。理想の中にそれがあるかな」
「教えて貰ってもいいですか?」
「それは……」
出陣前夜の会話が何故か頭の中に流れた。
どうして、今あの夜のこと。ケンイチさんの理想。今まで考えもしなかった。王女様の理想とまた違うことだけで、異世界人特有の奇抜な理想だけど。私のあの理想を叶えてみたい!
橙色の炎は刃の波を包んだ。いくら飲み込もうとも、炎龍から永続的に放出され、刃の隙間を突き進む。それは全てのイリリを飲み込んだということになる。
「刃を集まれ!」
分身体は本体の指示にしたがう。従って、刃の波が逆流し始めたのは分身が健在という証拠だ。逆流した刃。当然、綺麗に戻らず刃どうしが擦れあう。しかし、結果として、隙間に入った橙色の炎を切り刻んだ形となった。だが、引き換えにしたものは。
グサッ、刃物で人を刺す音。周りの刃が音を塞ぐ。その後も帰ってきた刃はイリリを刺す。圧縮された刃は行き場をなくし、イリリの体を刺し殺した。
さらに、追い打ちを掛ける熱気。体感する温度からして灼熱の炎。火炎玉に間違いない。
血を流しながら、イリリは顔を歪ます。が、ひと言謝った。私達、ごめんと。
「うっりゃ――!」
既に手のひらから生えている両手で、刃を掴む。銀色が赤色に染まる。それでも両手が緩めず、力を全て預ける。
金属がぶつかり合う音。イリリを中心に集まった刃はまるで巨大なハリネズミのよう。それが宙に浮かんだ。別に『錬術』で浮かしているのではない。ただ、イリリが分身のイリを持ち上げている。
次に刃から伝わる熱に神経を集中させる。
火炎玉は左!
刃の巨大な塊、左に少しズレると火炎玉とぶつかり合う。
火の粉が大量に舞って、火炎玉は刃の塊に消滅させられた。
今の火炎玉の位置。外れれば終わり、いまさらなにを躊躇しようか。元々、賭けた結果。全ては無謀な咎から始まったのだから。
イリリの視界は刃のみ。目を開いても閉じてもさほど変わらない。頼りは『刃化』する前の炎龍の位置。火炎玉を放った方向。これまでの歴戦で培った感覚。
今、全てを賭ける。
目を見開き、奥歯まで噛みしめる。大きく深呼吸を終えると。刃の塊を持ち上げ、両手から生える刃を折って、投げつけた。
「『キル・ワールド』」
投げられた刃の塊、ハリネズミが宙に投げられたようだ。大きさは尋常ではないが姿を変える。一斉に刃が伸びた。一方向に刃は刃と密接に連なり、刀剣を模する。しかし、それは刃というよりも、ただ空間を刃で埋め尽くされる。
その塗られた空間の先に――――。
炎龍がいた。
何万本もの刃が刺さる。天の先にも響くような喚き声は続いたが。
イリリが遠のく意識の中、僅かに目を開くと。埋め尽くされた刃のなか、蛇のように長い黒い塵が舞っていた。それを確認すると。
バタン、意識をなくし倒れた。安心したのか、どこか表情は和やかだ。
所変わって後方、水花と戦闘を繰り広げる、レミアンはピンクの髪を濡らしていた。
「やっぁ!」
『棘鞭』を撓らせ、振う。蔓はのび、棘が水花に襲い掛かる。しかし、水花は優雅に頭から垂れる、花の花弁をひらひらと動かした。
すると、周りから水が沸き、小さな水の球がいくつも浮かぶ。そのひとつを『棘鞭』にぶつけて、勢いを削ぐ。続いて、もう一撃を追撃。『棘鞭』を押し返した。それと同時に残りの水の球をレミアンに放つ。
迫る、水の球。透明な水に映る、レミアンの顔は酷い。髪は濡れ、目尻は下がり、妖艶な顔は見るかげもない。そんな状態でも、横目でイリリを見る。倒れているイリリに何人かの兵士達が向かう。
リリちゃん。すごい、炎龍を倒しちゃうなんて。お願いだから生きてね。兵士達は私が逃がすから。
レミアンは右手を下げた。『棘鞭』は地面に伸びる。その目はどこか満足そうだ。抵抗を止め、水弾を受け止めようとしていた。
『光聖波』
光の斬撃が放たれた。水花は視線を横に、発射させた閃光に反応できるのはそれだけであった。
光の斬撃は水花を斬る。瞬間に光が飛ぶ。その中に黒い塵も混ざっていた。一瞬にして、水花は消滅した。もちろん、それができるのは1人。
「王女様!」
レミアンの高いソプラノ。光の斬撃の元に視線を送るとスフラの姿が見えた。
スフラはイリリの元に駆け寄る。膝を付き、耳を顔の近くに、息をあることを確認すると。『聖剣』を光らす。そこからは瞬殺、残りのつるくらげを全て葬りさった。
『厄気』は全滅、結果的にはフローラ軍の戦いは勝利という形になった。しかし、被害は甚大。フローラ軍、イリリ率いる兵士達は半数を失った。そして、この戦場の最大の功績者であるイリリ、生き残った兵士達が見守り中。ゆっくりと目を開けた。
「王女様……どうして、ここに……」
第一声はそれだった。
「あなたは全く、こんな状態になっても他人のことを」
スフラはクスッと笑っていた。
数時間休んだあと、イリリは治療を施し、肩を借りれば立ち上がり歩く程度には回復。一同は王都に帰還を始めた。隊列はフローラ軍、後ろはイリリ軍。中央にスフラ、イリリ、レミアンと並んでいた。
「王女様、王都は大丈夫ですか?」
イリリはレミアンに肩を借り、トボトボと森を進む。そのスピードに王女様も兵士達も合わせていた。
「ええ、問題ありません。あなたの読み通り、王都に『厄気』は攻め込まれていません。私は昼過ぎに目を覚ましました。残った兵から、軍の状況を聞き、急いでこちらにきましたよ」
「そうでしたか。危機一髪のところありがとうございました」
レミアンはペコリと頭を下げた。
「いえ、元々は私が負けたのが全てですから」
「人型の『厄気』、いったいどんな『厄気』なのですか?」
レミアンは疑問を口にした。百戦錬磨のスフラが負けたなど信じられないようすだ。
「それは……」
スフラの瞳がぐらつく。
「やめましょうよ。まだ、王女様の傷も癒えていないのですよ」
「そうですね。失礼しました」
会話はイリリにせき止められた形だ。だが、不自然さは残る。漂うピリピリとした雰囲気をレミアンはただ受け止めていた。
森はもう少しで抜ける。夕焼けが大地を照らし、草花が夕日の色に染まっていた。森の入り口、フローラと王都の境にある丘。ポツリと人が立っていた。
兵士……。いや、1人はおかしい。
イリリは未だはっきりしない視界で食い入るように見る。近づくにつれ、シルエットがはっきりとする。身長から男性。さらに近づく、顔もしっかり把握できる。彫の深い顔、少し老けた顔。
「なぁみんな。少し、話をしないか」
丘の上に立つ。レン・ダイソンがそういった。
「レンは操られています。みなさんはここで待機を。私がやります!『虹瞬』」
虹のオーラに包まれ、スフラは姿を消す。一瞬にして、丘の上。レンの傍に移動した。
「レンさん……」
「俺は話をしようといった。物騒なものは消してくれないか」
スフラは既に『聖剣』を握っていた。
「話ですか。もうする必要はないかと。あのときレンさんがケンイチを刺したということはあちら側についたということです」
「恨んでいるか……」
「いえ、レンさんがその道を選んだだけです。あの人のように」
「…………」
「ただ、私も私の道を。私の理想を叶えるため。ここに退けません」
「そうか、仕方がない。いや、これも俺の責任か。けじめをつけよう。もう、俺とお前だけがのうのうと生きているのは許させないからな」
そういい、レンはフェバルを取り出した。
「そうですね」
2人はお互いの視線を合わせる。黄昏時の光は2人を儚く照らしていた。




