隊長
お日様は起きたばかり、朝日が昇ってほどなく空気はまだ肌寒い。早朝、人々がまだ寝静まるころ。雄大な草原に何百という黒服が集まり、機械で並べられたように綺麗に列で並んでいた。その隊列に離れて前に出る2人の姿。健一とイリリだ。
「みなさん、こんな朝早くから集合をかけ、申し訳ございません」
隊の前に立ったイリリが話始めた。これが仮ではあるが総指揮官としての初めての号令。そんな緊張感などまるでない。いつものように、大きな瞳で兵士達を見据え、覇気のある声で伝える。立派な長の姿であった。
「もちろん、これも作戦のうちです。1つは『厄気』側の警戒が薄い可能性があること。しかし、余り期待はしていません。夜襲ならぬ、朝襲で隙が付けるほど甘い相手ではありません。一番の理由は戦闘時間を長時間確保するためです。今、急務なのはフローラ軍とミレェイ軍との孤立を解くこと、しかし、それが『厄気』が阻みます。なので、今日は軍を二手に分け、それぞれの軍と合流します」
イリリから作戦の全貌を聞くと軍がぶつぶつと話し声が聞こえた。健一にも、1つの疑問が浮かぶ。
「二手にって。王都に攻めてくる『厄気』はどうする気? 少人数で守るってこと? 結構な数がくるんじゃあ……」
「王都は捨てます。民も2つのエリアに避難してもらいます」
いつもの覇気溢れる声でとんでもないことを言い切った。
「おっ……王都を捨てる!!!!」
驚嘆の声を上げたのは健一だけではない。もう軍はぶつぶつとではなく、がやがやと騒いでいる。それもそのはず、世界を制する前から、この王都はバルの土地。振り向けば見上げる白は数千年の歴史がある。
「イリリ! 本気か?」
「私が冗談をいう性格ですか、ケンイチさん?」
「いや、違うけど…………。王都だぞ!」
違う世界からきた健一にもある程度、王都の重要性は理解しているつもりだ。王都はバル国の歴史そのもの。もし、『厄気』に襲われ壊滅させれば、国が潰れたといっても過言ではない。
「もちろん。大切です。ですが、今はそんなものを重要視している場合ではありません。劣勢の状況、全てを救うことはできません。王女様もきっとそうします」
そう言い切るイリリ。目には灯が宿る。
揺るがない目力を感じ、ふと息を漏らした。
「イリリらしいな。臨時の役職でそんな大胆なことを。わかったよ。まぁ、まかせろ。なんだって、救世主がついているからな!」
そういい、右手で親指を立てる。顔は笑顔だ。健一につられたのか、イリリも頬が少し上がった。
「はい、では頼りに。ケンイチさんにはミレェイ進軍の指揮をお願いします」
「へぇ?」
笑顔は凍り、間抜けな声が隊列全体に響いた。
王都の北東側、ミレェイ。北東側には7つの島を中心とする海が広がり、南西には湖が大小を含め、5つある。水の源。ミレェイの別名だ。王都とミレェイの境目、緑が鮮やかな草原。健一達はそこまで移動してきた。早朝の肌寒さはなくなり、日差しが強くなってきたころだ。
「ぜっ全軍……進軍」
震える大声。腹から声が出し切れていない。声は響き渡ってはいないが、後ろの百という兵は頷いてきた。
うぅ、最悪。声が上擦った。生まれてこの方、リーダーポジションなんてしたことない。学級委員なんて、誰か早く手を挙げろよ! なんて、思っていたちだ。バイトの副リーダーが俺の最高ポジション。仕事なんて、店長になれるのは何十年先か、いや、50半ばでも無理な気が。はぁ~あ、そんな俺が120人の命を預かる隊長か。不思議なはなし、でも、なんだか力が沸く。
今、異世界の危機だ。いくぞ!
健一は走り出した。駆け出すのは健一だけではない、後ろの兵士達も付いて行く。進軍対象はミレェイへの進路を防ぐ『厄気』達。黒騎士の後ろに2匹の白ウルフ。王都で配置された『厄気』とよく似ている。それがずらっと、横一列に並ぶ。総数は50以上にも及ぶ。
「『スモークショット』」
両手で携えた『フリースモーク』。右腕の痛みは和らいで、『フリースモーク』は何とか振れた。顔を歪ませながらも左右満遍なく白い煙を発射し続ける。
黒騎士に襲い掛かる白い煙。バスケットボールほどの大きさで各所を狙う。すると、黒騎士は後ずさりで距離を取った。
花火大会のように爆発音が幾多も鳴った。だが、白い煙と比較すると、音の数は少ない。届かず、前で爆発。避けて、後ろで爆発。大多数の黒騎士は爆風を微かに受けるだけだった。
くっそ、今までは無鉄砲に煙を撒けば、被弾してくれたのに。対策か。でも……。
健一は首を左右に、黒騎士の列を一瞥する。
爆破が成功したのは4カ所。方向は右3カ所と、左1カ所。隊列が乱れているのは左側、3カ所。それぞれ、隣の黒騎士と距離が開く。
「右側を狙え! 数は余りない、お前達ならやれる!」
健一の指示に大歓声で応え、兵士達は右側に方向転換する。それを確認したあと、健一は脚力を飛ばし、左に詰めた。
健一がまずターゲットにしたのは左というよりも中央に位置する黒騎士と白ウルフ。どちらかと問われれば、左より。そんなところにいた。先ほどの爆破は避け、無傷。黒騎士と2匹の白ウルフは何一つ傷ついてはいない。
『フリースモーク』を左手で持ち、白い煙を纏わせた。
遠距離では攻撃を避けられるから。だったら、少しずつでも近距離戦で数を削る。
健一が中央の『厄気』から狙ったのは右側を攻める兵士達のところへ『厄気』達が侵入しないためだ。
煙たい一閃。黒い剣を触れた瞬間燃やし、その隙に両サイドから白ウルフが牙を剥くが、健一は素早く剣と化した『フリースモーク』を切り返し、平行に斬りはらう。白い羽毛から出火した炎は、たちまち大火になり白ウルフを灰に変えた。
よし、これなら。十分やれる。
少し口角を緩ませ、辺りを伺うと、黒騎士たちは一斉に退いた。それも、後ずさりではなく、完全に背を見せて逃げる。
はぁ!退いている? いや、どうみても逃げているぞ。あれは、ここは『厄気』側の防衛線じゃあ、ここを抜けるとミレェイ軍と合流される。それをわかっていないはずはない。
首を傾げながら、ならばと右を向く。兵士達と黒騎士、白ウルフの壮絶な戦い、互いに腕がちぎれ、足が折れ、しかし、血を吹かすのは人間。力は互角だ。だが、人は血を流し弱っていく。『厄気』は黒い塵になるが、それまでは動き回る。死ぬ寸前まで弱らない。実力が拮抗するなかではこの差は大きい。
やばい! どんどんやられる。作戦が間違っていたか、焦らず、遠距離で攻撃を続けたほうが……。いや、今はそんなこと思っている時間はない。この陣形の隙を付いて。
『フリースモーク』を両手で持ち上げた。右腕に走る痛みを堪え、頭上で回す。
「『煙回砲』」
縦横、50㎝程度の正方形に近い煙。横に高速回転、螺旋状に煙を撒き散らせながら加速する。健一が放った位置は先ほどまで、『厄気』がいたところ。真横には『厄気』と兵士達が命を削り合う。そして、『煙回砲』はすぐそばの黒騎士、白ウルフに命中。回転に巻きこんだまま、隣の黒騎士に、順にまた隣の『厄気』を巻き込む。横に並んだ陣形。それは真横からみれば一直線。『煙回砲』は次々に『厄気』を巻き込み、そのたびに煙は広範囲に広がる。そして、一番右側の黒騎士をも巻き込み。しばらく直進したあと。
地ならしが起こり、足が震える。耳がキィーンと鳴り、両手で抑える。爆風に髪が揺れ、爆炎に目を塞ぐ。天を轟かせる大爆発が起こった。
とりあえず、半分は一掃と。それより……。
健一の視線は兵士達だ。膝を付く兵、腕がない兵、倒れている兵までいる。言葉を失う。声帯が消えたように。
「負傷兵はどれくらいだ? まだ、戦える兵は手を挙げろ」
喉に力を込めそういった。挙がった手の数はざっと80名。戦えるという意味に盾にはなれるといった兵も含まれているだろう。
「わかった。負傷兵は退却。残りはこれよりミレェイに入るぞ!」
歓声が響く、声の大きさは出撃前と変わらないのに、どこか乾いたように聞こえた。
頭を振り回し、思考を排除させる。
今は先のことだけを考えよう。気になるのは退却したこと。普通に考えたつもり、マイナス思考になったつもりはない。でも、退却は防衛線の破棄と同じ。それは『厄気』側は防衛線の必要がなくなったということか。つまり、ミレェイ軍はもう…………。
頭の中をグルグルと回る最悪な想像を無理やり唾と混ぜ、飲み込んだ。
考えてもしかたない、今は進むぞ。健一は意を決して、走り出す。それに続き、兵士達も駆け抜けた。




