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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
真実の召喚
37/89

再会

「…………どうして、……ですか?」


 上擦った声。頬がピクピクと動き、『聖剣』が小刻みに揺れる。スフラの体の震えは止まる様子がなく、目には涙が溢れていた。


「それは何に対しての疑問かな?」


 人型の『厄気』は低い声で尋ねた。


「なぜ、『厄気』になったあなたと話ができているのですか?」


 震える声、溜まった涙は頬を伝う。


「わからない。単純に考えるなら、元の知能を引き継いだということになる。でも、僕は違う意味を感じられずにはいられない。元の記憶も残っている。これは、スフラを止めるため。僕の理想、みんなを笑顔にするためだ」


 人型の『厄気』はゆっくりと歩を進めた。2人の距離は握手が可能なほど接近している。人型の『厄気』はゆっくりと右手を挙げた。右手には黒いオーラを纏うままに。直視し続ければ嘔吐しそうになるほど禍々しいオーラ。


 スフラは急いで流れる涙を拭ったが、涙は淀みなく流れる。再びクシャクシャな泣き顔の完成。もう諦めたのか、『聖剣』を腰辺りまで引き。


「させない。私には世界を平和にする責務がある。傷つく人がいるなら笑顔は生まれない。理想を叶えられるのは私!」


 白い細剣は、疾風のように速さで。雷撃のように鋭く。炎のように激しい一撃を浴びせた。『聖剣』の突きは人型の『厄気』を貫く。黒い塊に一筋の光。確かに『聖剣』は貫いていた。


 しかし、人型の『厄気』は微動だにしない。獣のように雄たけびをあげず、人のように叫び声もない。黒いオーラが更に薄くなった。顔を隠す黒いオーラは完全に消え甘いマスクは丸見えだ。その顔は目尻が下がり、表情は悲しみに暮れている。


「間違っているよ。スフラは」


 挙げていた右手を振り下ろした。格別スピードがあるわけではない、だが、スフラは何故か動けない。僅かに自由が利くのは首のみ。顎を上げ人型の『厄気』と目を合わせる。スフラの涙は止まらない。人型の『厄気』も涙を溢す。


 黒いオーラを纏った右手がスフラの頭に触れた。


「イノア…………」


微か声が精一杯だった。そう呟いたあと潤うルビー色の瞳は輝きを失う。体から力が抜ける。糸が切れた人形のように、その場で倒れた。そのまま地面に叩きつけられようかとしたとき。


 スフラを覆う黒い影。人型の『厄気』がスフラを受け止めた。


「ごめんな、できるだけ早く終わらせるから」


 ゆっくりとスフラを地面に横に寝かせる。黒いオーラを全身に纏わせるとその場から姿を消した。それに、続くように『厄気』達も黒いオーラに包まれ姿を消す。



「はっ?」


 荒い息が漏れる。左腕、片手で持った『フリースモーク』の先を地面に着けた。先ほどまで片手で『フリースモーク』を振い、爆破を続けていた。白ゴブリンは次々と木っ端微塵になり、黒い塵と化す。戦場の広範囲に渡って白い煙幕が漂い、それは霧に近かった。焦げ臭い匂いが充満する。健一が暴れに暴れた証拠だ。


 突然の『厄気』軍の撤退に首を傾げる。


 戦場は人側の優勢、『厄気』側が押し込まれていた。しかし、数では勝る。この戦場を捨てるには時期早々。決断が早過ぎる。


 白騎士が消滅したからか、いや、それなら遅すぎる。まず、根本的に退却の指示は誰がだした? フェアリーか?


「ケンイチさん!」


 思考はイリリの声で中断する。踵を返すとイリリが息を切らして駆け寄ってきた。


「イリリ無事か。黒騎士も消えたか?」


「はい、黒騎士も恐らく引きました。こちらも押していたので被害は少ないです。それより、王女様はどちらに?」


「スフラ? 見てないけど」


 イリリは目を細め、険しい顔を浮かべた。


「先ほど『瞬間移動』で前線に移動しました。フェアリーを討つ算段だったはずです。殲滅し、『厄気』を倒したならこちらに戻ってきているはず。違和感があります。早く行ってみましょう」


 そう言うと煙の道を駆け足で進む。表情は更にこわばり焦りの色を隠せない。


「おい! 何をそんなに」


 思わず聞きながら健一も駆け足に。しかし、聞こえてないのか、答えるつもりがないのか、足を速めるばかりだ。


 どうしてそんなに焦る? 白騎士を倒したし、フェアリーだったら複数でもスフラなら手を煩わせない。その強さを一番近くで感じているのはイリリじゃないのか?


 空気と一緒に煙を吸い込む。焦げ臭いが肺に入った。不可思議なものに体が困惑しているのが伝わる。今の心理と重なっていた。


 煙幕で形成された霧、それを抜けると、雄大な草原。それを侵食する『厄気』の姿はどこにも見渡らない。だが、赤髪の女性が横たわっていた。


「スフラ!!」


「王女様!!」


 2人が叫び声を上げたのはほぼ同時だ。急いで走りだした。


「スフラ! スフラ!」


 スフラの体を揺する健一。反応する様子はなく、目は閉じたままだ。イリリは首筋に手を当てた。ふと息を漏らす。脈は動いているようだ。


「どうやら気絶しているだけみたいです。ケンイチさん、運んでもらえますか?」


「運んでもらえますかって、どうしそんなに冷静になれる! スフラが負けたんだぞ! フェアリーではこんなことにはならない。レンだって、もう不意打ちは使えない。だったら、あの人型の『厄気』しかないぞ。世界一の『錬術』使いが勝てない『厄気』ということだ!」


 健一は大声で喚く。スフラが離れた時間から換算して、余り時間は経っていない。瞬殺された可能性が高いのだ。


「取り乱してもしかたがないということです。あの人型の『厄気』は恐らく私でも手も足もでない。王女様でもこれです。あなた1人でもやられるでしょう。ならば道は王女様とケンイチさんの共闘です。もう、王女様を戦わせたくないなど言わないでください」


「そんな!」


「本当に王女様のことが好きなら、好きな人の声も聞くべきです。って、この話はあとでいいですね。早く戻りましょう」


「くっ……そうだな」


 反論は奥歯を噛みしめて堪え、スフラを抱きかかえる。右腕には相変わらず激痛が走るが、女1人を抱きかかえられないほどではない。元の世界では仕事の合間を見つめ、筋トレに惜しんでいた。今では、胸板は厚く、腹筋は割れ、二の腕はこぶが盛り上がる。


 先頭はイリリ、『厄気』の残党がいないか慎重に進む。健一はその後ろを少し俯きながら歩く。


人型の『厄気』、一度対峙したことはある。その禍々しいオーラは他の『門番』とは一線を介している。そしていまは、『厄気』を統率し、高度は戦術を展開、神出鬼没でスフラをも軽くあしらう実力をも兼ねている。


 しかし、健一には疑問の種が募る。


 『厄気』の退却もそうだが、どうして、止めを刺さなかった?

 

 イリリに聞こうと思ったが、知る由もないと質問はしなかった。今はただ帰路を急ごうと足を早めた。


 陣営に到着したイリリと健一。前線で戦っていた兵も、後方に戻り体を休めていた。嫌でも目に付く抱き抱えられたスフラ。兵士達も流石に混乱したようすで、質問を投げかける。


 できるだけゆっくりとした声で説明する。いつものイリリのように覇気はある声ではないが兵達の耳には届く。スフラの身に何が起こったか説明したのち、見回りの兵を残して一度王都に帰ることになった。スフラの回復のために、他のエリアからの連絡を待つためだ。


 日が沈みかけ、夕日が窓辺を照らす。並ぶベットに横たわる健一には、綺麗な夕暮れはむしろ虚しい。


 視線を逆に返した。隣のベットにはスフラが寝ている。王都に戻りできる限りの治療は施したが、完治する気配はない。ルビー色の瞳は閉じたままだ。


 そして、フローラ軍、ユタバ軍とも連絡が取ることができない。『厄気』軍にしてやられたのか。最悪の想像ばかりが頭を過ぎる。フローラ、ユタバに入る経路にはずらっと『厄気』が待ち構えていた。流石に白騎士はいなかったが、数は今回の進軍とたいして変わらない。少数の連絡兵での突破は不可能。少数精鋭か、数百の兵を起こさなければ超えられないだろう。


 どちらにしろ、夜に作戦の決行はできない。明日、これからの指標を決めなければならないが、スフラはこの通り。今、王都の兵達を指揮できるのは。


「ケンイチさん。ちょっといいですか」


 聞き覚えのある声だが、声音がいつもと違うため戸惑いを覚える。


「どうした? イリリ」


 扉を開き、少し俯きながら入ってくる。


「右腕のほうは大丈夫ですか?」


「ああ、もう万全。なんなら今から訓練するか!」


 暗い顔を浮かべるイリリを気遣ったのか、無理に笑顔をつくり高い声で返した。


「そうですか、よかった。ケンイチさんまでって考えると……」


「まぁ、俺は本当にヤバかったら。元の世界に強制送還されるけど」


「……そうですね」


「元気を出せ……って。きついか。俺も正直、メンタルやばい。前のクラーケンみたいに、嵌められた可能性は薄い。スフラが手も足もでない『厄気』。しかも、人なみの戦術家で。実際に姿も人みたいで。まさに窮地だ」


「はい……。その通りです」


 小鳥のさえずりのようなか細い声。


「でも、俺はスフラと誓った。スフラの理想を一緒に叶えるって。それに、俺の理想も叶える」


「ケンイチさんの理想? 王女様を戦わないようにすることですか?」


「う~ん。正解で不正解。理想の中にそれがあるかな」


「教えて貰ってもいいですか?」


「えっと、俺の理想は―――――」


 健一はスフラをもう一度見た。目はぴったりと閉じたままだ。


「それは…………」


 健一の言葉を聞いたあと。イリリの目は見開き、口は開けたまま。返す言葉のない。


 ケンイチさん。兄さんと同じことを。


「だから、明日は頼むぞ。臨時軍総指揮官」


「はい、任せてください。」


 イリリからの返答は、いつもと同じ覇気のある威厳のある声。しかし、何故か。健一の胸にはしこりが残った。


 やがて夕日は沈み、暗闇が昇ってくる。


 明日に備え健一は早めに眠りに着いた。健一が異世界にいれるのはあと6日。


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