新たな力
音速で撃たれる黒い弾丸。それにスフラは限界の反応速度で腕を振る。白い線光は黒い弾丸を斬り塵にする。だが、弾丸は1つではない。左足を狙われた弾丸は剣を翻し防ぐが、同時に放たれた頭部と胸部の弾丸は人の反応速度では防げない。
胸部の弾丸は剣を盾に防ぐ。頭部の弾丸は首を右に曲げ、避けようとするが。
ぐっちゃ。
生々しい音が響く。ルビー色の目がさらに真っ赤に塗られる。スフラの顔は弾丸に撃たれ、血に染まりその場に倒れた。それを踏む人影。スフラたちは唇を噛んだ。
これであと5人。距離は残り50mといったところ。届くかどうか……。
縦の列で進む、スフラ5人。始めは自慢の剣さばきで弾丸を払っていたがそれを見過ごすクラーケンではない。錯乱していた弾丸をスフラに集中し弾丸の嵐はより険しくなる。
ぐっちゃ。
残り30m、また1人倒れていく。
ここで勝負に出ます!
目を開き、赤い瞳が見栄える。後列のスフラたちが勢いよく飛び出し、横一列に並び変える。放たれた弾丸は3発。頭、腹、左足。いずれも先頭のスフラを狙ったものだ。左右のスフラと3人でケアをすれば防ぐことは難しくない。
同時に3つの金属音が鳴る。『聖剣』に弾かれた3つの弾丸はどこかに飛んだ。
残り20m。次はおそらく。
クラーケンは再び音速の弾丸を発砲する。今度の狙いは2カ所集中。列の並ぶスフラの両端を狙う。ケアが薄いところを確実に討つ安全策。
浅はか過ぎますよ。
4つの弾丸は突き進む。脳天を撃つ連射だ。しかし、先ほどいたはずのスフラの姿はない。両端のスフラはクラーケンの行動を読み、跳躍して躱した。
あと10m。あと少しで剣戟範囲。思考はクラーケンを斬る剣筋に移っていたが、左右上下から襲う白い柱に剣を構える。
黒い弾丸は平行に広がり、触手と同時攻撃となる。
「舐めないで!」
迫るのは黒い弾丸2発と、打ち落とされる巨大な触手。『聖剣』を下から振り上げ触手を斬ると、弾丸2発はスフラの心臓を撃ち抜こうとする。『聖剣』を切り替える時間は当然ない。瞬間的にスフラは『聖剣』を落とした。揺れることなく、垂直に落とさせた『聖剣』。黒い銃弾が重なる。人が振らなくてもその切れ味は健在だ。黒い弾丸を無人で斬り真っ二つに。そして、当然のごとく『聖剣』を受け止めるスフラ。その動きは4人でシンクロしていた。
あと5m。数歩で剣振るえる。
足掻きか、勝算があるのか。クラーケンは残り6本全ての触手でスフラを薙ぎ払う。巨大な6本もの触手が横に払われたのでスフラの視界は白い触手、一色になる。
スフラの目が険しくなった。
これはおかしい。こんな攻撃は一瞬で片付けられる。そうなるともうクラーケンの懐に入ります。何も防御手段もないのに……。それに、何こと不気味な感覚。
戸惑いながらも剣を上段に構える。迫る触手に何も討たないわけもいかない。戦いの最中だからか、鳥肌を立て、何か警告を示していることに気付かなかった。
振り下ろされる白光。触手が真っ二つになるのは明らかだ。
触手は破壊された。まだ、『聖剣』は届いていない。でが、触手は消えていた。触手は黒い弾丸によって破壊されたのだ。これまでの経緯から分かるように軟弱な触手だ。黒い弾丸は触手を貫き、そして、そのままスフラにも命中した。
カラン。『聖剣』が地面に落ちた。右から2番目のスフラが血を流しながら膝を付く。血の流血は脇腹からだ。残りのスフラも弾丸が体にめり込み、維持が困難になったのか黒い光の粒となり消えた。
クラーケンの赤く鋭い目はスフラを捉える。余裕があるのか、他の敵に備えているのか。弾丸で止めを刺すことはせず、触手の再生を待っている。
スフラは血を吐きながらもクラーケンを見る。その目は女王の気品など皆無で、戦士のような気高さもない。ただ、殺気立つ獰猛な獣の目だ。
たかが、鉛の1つや、2つで。私が止まるか! 私の身にもっと大きな咎が打ち込まれている。
血滲む手で『聖剣』を握る。脇腹からの血は止まっていない。しかし、そんなものは関係ないと立ち上がり。目の前の敵を睨む。
コンマ何秒か。クラーケンが臆した。Level9の『厄気』がだ。その隙を逃すはずもない。
振り払われた剣。『聖剣』はクラーケンを横から斬り、胴体を真っ二つにした。
「終わった……」
倒れそうな体を『聖剣』を杖変わりにして、辛うじて立つ。呼吸は荒く、頭は下を向く。
「スフラっ!」
鬼気迫る声で呼ばれたスフラは今にも眠りそうな顔を向けた。振り返ると健一が必死の形相をしながら、全力でこちらに向かってくる。
「何でそんな顔を、もうクラーケンは……」
そのときになって、ようやくスフラは気づき目を見開く。脳裏に最悪の事態が展開される。スフラの周囲、空や周囲の黒い霧は晴れていない。急いで顔を正面に向ける。
「そんな……」
2つに割れた体の下半身、10本の触手は動かす枯れた枝のようになっている。綺麗に水平に切れた部分から、小さな気泡が溢れ出している。スフラがそれを振り返ったときには既に赤い目は復活。クラーケンの大部分は再生していた。
どうする……。
だが、思考は進まない。血は止まらず立っているのもやっと、逃げることなどできない。
振りかざされる。白く巨大な処刑、目を瞑って受け入れた。
「スモークショット」
スフラの後ろから届いた声。目を開くと白い煙の輪は触手に触れ、爆発音とともに触手を散らす。
「大丈夫か、スフラ!」
「ケンイチ、どうしてここに?」
ルビーの瞳を輝かすスフラ。弾丸の狙いがスフラに集中したとしても、流れ玉は溢れる。だが、健一には銃弾のかすり傷もない。
「話はあと、スフラは下がって!」
「いや、下がれません。ここは一緒に――」
「黙れって! 女の子がそんな傷ついているのにもう戦うなよ!」
「戦うな?………。ふざけないで! 私はこの世界の――――ゴッホ、ゴッホ、ゴッホ」
いきなりの叫び声はスフラの体に触った。血泥を吐き、膝を着く。『聖剣』で体を支えなければ、倒れているだろう。しかし、その目は死んでいない。ルビーの瞳は鮮やかに輝き健続け一を睨む。
「背負いすぎだよ。確かに世界を統べる国の王女として生まれ、王亡き後も『厄気』と戦い続けた。ほんと立派だよ。でも、正直俺から見たらただの絶世も美女だ。わがままをいったらかすり傷つけたくない」
「何を……。私がそんなこと許させるわけがない!」
スフラの叫び。か細いが心に染みる声。目には涙が溢れる。
「うん、俺もそんなに馬鹿じゃないからさ。スフラの強さがこの世界でどれだけ大事がわかっているつもり。だから、考えたと。スフラが戦わなくてもいい方法。そして、手に入れた。もう、スフラが必要ないぐらいの圧倒的強さを」
健一はフリースモークを天に掲げる。クラーケンも悠長に見守るはずもなく、触手を放つ。しかし、健一に気にするようすもなく、ポケットをまさぐり、フェバルを取り出すと『フリースモーク』にかざした。
赤い光は『フリースモーク』を包み次第に白に変わりやがて消えていく。形は変わらない。細長い棒状に、先端に無数の穴の空いた球体。変化が生じたのは色だ。白い細長い棒状は黒に。黒い無数の穴が空いた球体は白に。それぞれの色を反転させた『フリースモーク』だ。
新な『フリースモーク』を両手で持ち、クラーケンを睨み付ける。先ほどの戦士の顔だ。
向かいくる触手に向かい、新たな『フリースモーク』を横に振り回すと先端の白い球体から黒い煙が噴き出した。
「『ブラックホール』」
漂う黒い煙。クラーケンの触手が振れたそのとき。黒い煙の中央に渦が出現した。次第に渦は周りの煙を飲み込み、白い触手も飲み込む。それは触れた触手だけでなく、触手全体に及んだ。黒い煙に巨大な触手全体が吸い込まれようとしている。
「これ……は……?」
そと風のような声でスフラが呟く。
「これが俺の『精術』。『フリースモークモア』だ」
――数時間前――
『セカンド』は呪鯨を倒し、5の島から先に進もうと波を切っていた。先頭に立ち、厄気を見張るスフラとイリリ。兵士達と談笑するレミアン。柱に寄りかかり座り瞼を閉じるレン。そして、健一は船の端で手に握ったフェバルを見つめていた。
「『精術』といっても、『錬術』と同じだ」。レンに言われた言葉を頭で繰り返す。
俺は間違っていたかもしれない。『錬術』は願望を成熟させる力。一番の願いが『錬術』となって具現化される。俺は『精術』を発動しようとしたとき、スフラを救いたいと思った。確かにそれは俺の願いだ。でも、俺が初めて『錬術』を発動させたときは、イリリの話を無視して『フリースモーク』を発動させたときは。願いは違っていた、思いは違っていた。心持ちが変わっていた。当たり前だ、異世界に召喚された時点と、この世界を知り、実際に戦いに身を投じて感じる心情は大きく違う。感情に変化があって当たり前だ。だから、忘れていた。初めて『錬術』を発動させたときの気持ちを、初めて異世界にきた高揚感を。
そして、俺が異世界に来て望んだことは。
「忘れていたよ。スフラ、俺がこの異世界で何をしたかったのか」
「…………」
スフラに返答する余裕はなく、首を上げ視線を送る。それを認識しているのかは分からないが、前を向いたまま健一はいった。
「救世主になりたいとも思ったよ。でも、一番は……。本当にくだらないこと」
「せっかく、ファンタジーの世界にきたからには、不思議な力を使いたい、見たこともない生物とふれあいたい。この世界はただの毎日にしたくない。ただ、異世界で楽しみたい!」
「…………」
「だから、『厄気』の存在は邪魔だ。俺の異世界ライフを邪魔するな!」
モクモクと溢れ出す黒い煙、噴き出しては触手を吸い込んでは消え。それを繰り返す。
巨大な体を持つクラーケンも黒い煙に次第に引っ張られる。吸い込まれている触手は2本。他の触手でも応戦したいところだが、それではあの黒い煙に吸い込まれる。なら、クラーケンの攻撃手段は1つだ。口から黒い弾丸を発砲する。放たれた4つの弾丸は全て健一が標的だ。
健一の目には今にも迫る4つの弾丸がくっきり映っているだろう。しかし、口角が上がり余裕の笑みを浮かべている。
「まだ、わかってないのか」
振り回す『フリースモークモア』、黒い煙は先端の球体から噴き出し大きな球体を模ると、突如に推進力が働き、クラーケン目がけ進む。進路先には4つの弾丸、しかし、何もなかったかのように弾丸を飲み込み進んでいく。
一瞬にして、黒い煙の球体はクラーケンの目の前に。
「『ブラックホール』」
ドォンっと地面を叩く音がした。『フリースモークモア』で地を殴ったからだ。それに呼吸するように、黒い煙の球体は宙に停止した。中央が黒味を増し漆黒の闇となる。そして、周りの空間ごと吸い込まれる。
すぐさまクラーケンは海中に逃げようにとした。しかし、捻じれている空間の中では上手く身動きがとれない。巨大な触手も、胴体も、空間の捻じれに抗うことはできず。あらぬ方向にねじ曲がりながら吸い込まれた。ただ、残った黒い煙の球体から黒い塵が舞う。
「終わったよ。スフラ」
笑顔で報告する健一に、一瞬でクラーケンを片付けたことに信じられないようすだが、ここは救世主の思い応えなければならないと感じたのだろう。もう、感覚も薄い皮膚を動かし。
「ありがとうごさいます」
つくれるだけの精一杯の笑顔で答えた。




