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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
飛躍の召喚
29/89

『呪鯨』

 視界に収まり切れない大きな生物。一見すると巨大な島と勘違いするほど巨大な厄気、呪鯨。特に動く様子はなく、成人男性ほどの巨大な片目が瞬きをしなければ、本当に島と勘違いして上陸しそうだ。黒のフォルムに、目玉が1つ。それがますます恐怖を植え付ける。大きなものは怖い、動物の本能だろう。


「しかし、本当にデカいな」


 健一達は5の島に上陸していた。刺激臭が鼻を突き、荒れた木々が歩みを煩わせる。散乱した木々を払いのけ先頭を走るのはレン。ターゲットといっていたのは呪鯨のようだ。今までのやる気のなさが嘘のようにきびきび動く。


「なんだよ、急にやる気だしちゃって。自分の担当らしいけど人が変わり過ぎだろ」


 健一が愚痴を溢すとイリリが反応した。


「レンさんは前時代戦争から兵士として戦っていました。バル軍に所属する前は傭兵でしたので今でも仕事の概念があるそうです」


「前時代戦争って、国と国が争っていた時代か」


「そうです」


「人と人との争いか、それは御免かな。そうするとまだましな時代に召喚されたってことか。ってちょっと無神経か」


 スフラも前時代戦争から戦っていたことを思い出し自分の失言に気が付く。


「いえ、前時代戦争も今の厄気戦争もどちらも人を苦しめていることに違いはありません。戦争が、争いが無くならない限り、本当に人が平和な時代を歩めません」


「スフラ、その考えは素晴らしいよ。でも、何だか1人で背負い過ぎてない」


「いえ、私は王女です。この十字架を背負うことは至極当たり前ですよ」


 笑顔を浮かべるスフラ、その笑顔はどこか儚い。女神の背後に黒い影が近づいているかのように。


「じゃあ、約束してくれないか。このエリアでもし門番を俺1人で倒せれば、その十字架を俺も背負わせてくれ!」


「どうしてですか………。ケンイチはただ召喚させただけ、この世界に何ら関わりのない人じゃあないですか。どうして、そんなことを思えるのですか!」


 いつものような、凛としたようすはない。気持ちのまま声を荒げる。ルビー色の輝くスフラの瞳。うっすらと涙が浮かんでいた。


「それは………。俺が正真正銘の救世主になったらいうよ」


「正真正銘の救世主?」


「ああ、もちろん。この世界から厄気を消滅させ、この世界を平和にしたときだ」


「ケンイチ…………」


 スフラはゆっくりと健一から視線を外し俯くと、唇を噛みしめた。


「お前ら来るぞ!」


 その空気を割ったのはレンの低い声だ。既にレンの上空にはファイヤーボールが浮かんでいる。


 警戒の言葉を受け、視線を呪鯨に移すと高さ2mほどの津波が7の島を飲み込もうとしていた。


「いつのまに!」


 人でも厄気でも攻撃するときにはそれなりの殺気がするものだ、それは健一さえ感じられるが呪鯨の津波には全くそれが感じられない。


 レンは避難するようすもなく、悠然と立ち尽くし右手を前に伸ばした。指示を受け、ファイヤーボールが津波に向かう。


「それは無理だろ! ファイヤーボールで津波を止めるなんて」


「いいから見ていろ、救世主」


 そう注意するレンは笑っていた。


 津波はファイヤーボールを飲み込む。当然、火は消え津波は止まらない健一はそう思い込んでいた。確かに津波はファイヤーボールを飲み込んだ。そして、消滅はしなかった。荒波に包まれても燈火が無くなるどころか、より一層増す。さらに、炎の容量事体も増していく。巨大化していくファイヤーボールに健一は普通の『錬術』ではないことにようやく気が付いた。蒸気が発生する。ファイヤーボールが急速に津波を蒸発させていき、纏わりつく水を消していく。ファイヤーボールの直径は5mで打ち止め。それは後ろの健一達から津波を守るのに十分な大きさだ。


「あれも『精術』か」


「というより、レンさんの使う『錬術』は全てが『精術』です」


 イリリは水しぶきで塗れた顔を袖で拭いながら説明を加えた。


「レンさんは余り血に恵まれていないようです。前戦争時代、元々はlevelの低い『錬術』でも戦えました。戦闘技術で抜き出ていましたので。しかし、相手が『厄気』になってならは壁にぶち当たったそうです。どんなに技術で優れていても、攻撃が通じないのでは意味がありません。一時は軍も辞めたそうですが、先王が説得したそうです」


「先王、確かスフラの父親の。『錬術』を発見して前時代戦争を終わらせた英雄王だっけ」


「そう……です。ケンイチさんも先王の偉大さがわかりましたか。レンさんを傭兵から軍にスカウトしたのも先王の功績です」


「そうなのか」


「おい、また移動するぞ」


 前方からレンの指示が飛んだ。呪鯨は島のような体を動かす。健一達から見て真横になっている体制から正面に移動する。そのさいに発生する呪鯨にとってはささ波だが人間からすると強大な波。再び津波が襲いかかる。


「俺はこれから呪鯨に近づく、お前らは避難していろ!」


「おい、level8だぞ。1人じゃ無理だろ」


 健一が止めるとレンは素早く振り向き、一言呟いた。


「教えてやる。本物の戦士ってやつを」


 レンは素早く『錬術』ファイヤーボールを発動、津波に放ち。呪鯨への道筋をつくる。


 一度、腰を折り高く跳躍すると、緑の羽を何羽か取り出すと。一切無駄のない動きで『錬術』を発動後。緑の羽を手から離した。空中で揺らめく羽、塵切りに緑の粒に変化。すると上昇気流を発生させた。体を前後に動かしバランスを保ちながら上昇気流に乗りその間も媒体を取り出す。右手に持ったのは短剣。兵士達にも配られている一般的な短剣だ。普通なら媒体にしても切れ味が鋭くなるのみ。しかし、『精術』を加えることで劇的に変わる。


 右腕を振り抜き呪鯨に目がけ投げる。これほど大きい的は他にないだろう。呪鯨の頭部辺りに突き刺さった。


「伸びろ『如意棒』」


 レンの呼びかけに短剣は刀身を伸ばす。内部の肉が固いからだろうか、内部には突き進むことは余りできない。その代わり空を突き進むように刀身が伸びた。


「着地っと」


 空に舞うレンの目の前に短剣だった柄が出現、そこにあるのが当然のように片足で柄に着地した。さらに、両手には黄色い宝石。


「『雷懐拳』」


 ビリビリと両手に電気を纏い、膝を折るとその場で一回転。両手で柄を持ち、電流が短剣を走る。そして、電流が呪鯨にたどり着く。黄色い閃光が巨大な体全体に感電し、一瞬視界が黄金色に染まる。


「やったのか?」


 蚊帳の外にされた健一はそう溢した。


「いえ、これくらいで倒せるのなら、あのユタバが討伐不可能と判断しません。これからが本番です」


 健一の甘い判断をイリリが一瞥する。自分の判断がいかに検討違いなのかはすぐに実感することになった。


ゴォォォォォンン


 低い唸り声だ。どこからともなく聞こえてくる声は世界が鳴いている。実際に地は小刻みに揺れ、海はさらに荒れくねる。


「これは! 呪鯨の攻撃か!」


「おそらくは、しかし、こんな攻撃は聞いていません」


「2人とも。これはただ息を吐いているだけです」


 2人の間違いを指摘したスフラは足を進め、呪鯨に近づく。


「息! これが」


「そして、この後。吐いた分以上を吸い込む可能性が……」


 ギィィィィイ


 甲高い豪音と共に、海がしける。今度は健一にも何が起きているのが明白だ。呪鯨が巨大な口を開き、海水を飲み込んでいた。いや、スフラのいうとおり空気を吸い込む過程で海水も飲み込んでいるようだ。海の揺れに比例して、呪鯨も揺れている。長い短剣に掴まっているレンは振子のように振り回され。ついに手を放した。


「結局やられているじゃないか、あいつ!」


 吹っ飛ばされこちらに戻ってくるレン。


「いえ、計算の内ですよ。ほら」


 空中を舞いながらも『錬術』を発動。緑の羽で空を制し、ファイヤーボールを放つ。火の玉は大きな横腹に直撃し、巨大化を続ける。しかし、燃えるようすや苦しんでいるようすなど全くなく。なにも起きていないと言わんばりに大きな口を閉じた。


「ヤバイのがくる。準備を急げ!」


 健一の数m先に着地したレンが喚起する。呪鯨の背中から大量の水が噴き出す。健一は目を丸くする。大量の水が降ってきたからではない。噴き出された水は濃い藍色をしていたからだ。直ぐに理解する。7の島の惨状はこれが元だと。


「ケンイチ」


「わかっている。触れたらゲームオーバーだ」


「まぁ、自分の命は自分で守れ」


 そう言い残し再び走り出すレン。健一の舌打ちは聞こえているかは分からない。


「まぁ、アイツはいいか。『インセクトハウス』」


 緑の巨大な檻、レンを除く3人を守る盾だ。


「発動した後からいってもあれだけど、あの攻撃は耐えられるのか?」


「いえ、厳しいです。『無限刃』」


 イリリの発動させた無数の刃、檻の隙間をくぐり檻のすぐ傍で高速回転する。間もなく、呪いの雨が降って来た。


 直進を続けるレン。雨が降る直前、振り返り3人のようすを見守る。


 スフラとイリリがいる。あの2人がいれば心配ない、このくらいの事体はどうにかなる。しかし、それは防御面だ。時間を掛ければあの3人でも呪鯨を倒せるだろう。しかし、このエリアでは時間がない。ならば、俺を呼んだユタバの戦術眼は正しい。前戦争時代なら大将の地位に就けただろう。不幸か幸いか今の戦争に身を委ねてしまった。しかし、今回は前提が全く違う。本来俺はいなくていい、つまり、こいつを倒さなくてもいいが。


 レンは目尻を上げ目の前の敵を鬼のような目で睨む。背筋が震えるのを感じた。頬が緩み心拍数が上がる。


 不謹慎だ。俺にはもうこんなことを思う資格はない。それに元々前時代戦争でもない、俺のせいで始まったこのくだらない戦いに気持ちを入れるには間違いだ。でも、止まらない。あいつらのお膳立てのお陰で昔みたいに戦いに喜びを感じられる。


 レンの瞳は輝きを増す、口角が上がり、握った剣にもう一度力を込めた。その瞬間、レンが一瞬消えた。『錬術』、『精術』ではない、鍛え抜かれた脚力で一気に距離を詰める。レンの前に白い壁がそびえ立つ。呪鯨の藍色に似使わない白い歯が並んでいた。


「まずは一発!」


 目にも止まらないスピードで剣を横に薙ぎ払う。鐘の音のように響き渡る金属音、巨大な呪鯨からすれば、爪楊枝が触れたようなもの。しかし、呪鯨は口を大きく開き。


 ゴオォォォン


 雄たけびを上げた。


「どうして、あれが効いている?」


 健一が真っ当な疑問を口にした。呪鯨の体積からすれば極々小さな剣戟。先ほどの雷が効かず、これがダメージを与えていることが理解出来ない。


「あれこそが、レンさんの『精術』の結晶。『封厄剣』です」


 スフラがどこか笑顔で答えた。


「『封厄剣』?」


「あの剣の前ではlevelの制限を受けません」


「どういうこと?」


「つまり、大袈裟にいえばlevel1の『錬術』でもlevel10に通じます」


 スフラの説明に健一がゆっくりと頷いた。『封厄剣』の効果とその能力の特異性を理解したようだ。


「なるほどね、それで普通の剣でも通じる。って、あの剣事体は特別じゃあないってことか」


  健一の視線はレンに釘付けになる。剣の連撃は淀みなく続き、呪鯨に確実に血を舞い上がる。しかし、呪鯨も黙っていない。隕石のような頭を突き出した。頭の突き出しに先行し、津波がレンに降り掛かる。


 絶対絶命、だがレンは笑っていた。剣を頭上に振り上げ、目を閉じ波がくるときを待つ。


「殺人刃 一の型『背殺』」


 音は聞こえない。音速ではその剣は捉えなれない。波を切った、全ての水流が勢いを失くし、雨のように地に落ちた。だが、まだ頭突きが残っている。頭突きは7の島をえぐりながらレンを襲う。しかし、それをあざ笑うかのように高く跳躍した。レンは呪鯨の頭部に上陸、悪魔のような顔でひたすら剣を振り続け、そのたびに血の雨が降る。


「すっげ、level8を1人で圧倒している」


 健一は素直に驚嘆の声を漏らした。


「しかし、このままでは終わりません」


 イリリの感想、彼女の経験則からのそれは予言に近かった。


 呪鯨の潮吹きが小規模に噴射された。触れれば即死の液体。小規模な噴射は360°広範囲に散らばらず、90°。レンの正面に全て降り掛かった。


 素早くレンは軍服の上着を脱いだ。頭巾のように被り、進む。正面に襲いかかる液体は。


「殺人刃 二の型『拳潰し』」」


 風車のように剣を回転せれる。その風圧は凄まじく。およそ人が立っていれない。煉瓦の家も吹き飛んでいるだろう。突風は液体を押しのけ消し去る。呪鯨の巨大な目が揺らぐ。信じられないといったようすだ。対して、レンは悪戯な微笑みをつくり。走り出した。


 呪鯨の上で跳躍、頭上に右足で着地するとそのまま足を曲げ、さらに跳躍した。空中に飛ぶレンの真下には呪鯨の浅い傷が残る。短剣を刺したところだ。


「殺人刃 三の型『脳突き』」


 剣を伸ばし、体も一直線に伸ばし落下する。身体一体の刃と化したレンが呪鯨を貫く。


 グッサ


 小さな肉を斬る音だが、何故か海全体に響く。それは、刃が巨大な島を割っているからだろう。レンの剣は呪鯨を貫いた。体を割かれた呪鯨は黒い塵となる。


「強すぎないか……」


 健一は素直な感想をいった。Level8、門番とクラスの厄気を1人で、しかも、圧倒的強さで消し去ったのだ。


「私が世界一なんて、いわれているのは所詮『錬術』のlevelのはなしです。実際にレンさんと手合わせをしたことはありませんよ」


「それって!」


「その話は暫し世界中で話題になることです。王女様とレンさん。強いのはどっちかって。まぁ、くだらないですけど」


 イリリはそういいながらどこかそわそわしたようすだ。


 健一は黒い塵に囲まれたレンを見た。これほどの力なのか、『精術』は。俺が習得すれば全ての厄気』を倒せる。そう健一は確信した



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