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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
飛躍の召喚
28/89

『人鮫』

 巨大鋏が黒いチリになったところを確認すると健一は肩を落とし、呼吸を整えた。『錬術』の連発で体力的なとこよりも、連携を取るプレッシャー、精神的な負担が大きかったようだ。


「そっちも終わったみたいだねー」


 陽気な声がそばで聞こえた。息を整えることに気を取られ、レミアンが隣に来ていることに気づかなかったようだ。


「フローラ軍は無事か?」


 右側の海面、黒いチリが集まり天に昇る。反対側から攻めて来た電貝は全て片づけたのだろう。


「うん、大丈夫だよ。怪我人もなし。何回か海上戦を経験しているからね。このくらいのlevelならお茶の子さいさい!」


「そうか、よかった」


 そうそっけなく返事を返し、振り返り速足で管板を進む。


「ちょい、コツとかねぇの。教えてくれよ!」


 レンに詰め寄り、口元を細め、悔しそうな表情をみせる健一。成果は全く出ていない。今の『精術』は火炎石をマッチの火と同等だ。


「コツって、救世主様ならそんなこと教えなくても余裕じゃあないのか」


「あぁ、正直舐めていたよ。全く進歩がない、頼む」


 頭を下げ、必死に教えをこう。その姿に胸を打たれたかどうか、分からないがレンは口を開く。


「お前は『精術』に捕らわれすぎだ。『精術』といっても『錬術』と同じだ。始めに『錬術』を発動したときを思いだせ」


「始めに……」


 目線をレンから外す。何か考えが見つかったのか、誰もいない船の端へ向かった。


 振り返った健一の背中を見送るレン。目を細め、顔は俯きに、唇をぎゅっと締めた。


 これでよかったのか………。『精術』を俺程度に収められればいい。あいつの思惑の範囲内だろう。だが、もし『精術』を完全に使えこなされば、あいつクラスの錬術使いになってしまったら。俺は救世主を殺さなくてはならない。この世界を救うために。


 相変わらず、海は機嫌が悪い。奥に進むにつれ、さらに怒りを買っているかのようだ。波が激しく荒れる。そんな海でも大型船はもろともせず突き進む。


「あれが第5の島です」


 地形は同じだが、外観は今までと一線を引いていた。綺麗な砂浜はなく、藍色に染められている。小屋はあったのだろう。無残に木材が散乱している。草木はほぼなく、僅かに生えている草も枯れかけている。しかし、島の惨状よりも目に着くのは奥にいる島よりも巨大な厄気だ。それこそ黒い島と勘違いするほどに。


「あれは………なんだ」


「このエリアに生息する。門番クラスの厄気。Level8、呪鯨です」


「level8!」


 イリリの説明に思わず声が上がる。Level8は門番しか遭遇していない。


「そしてこの厄気は――」


「俺のターゲットだ」


 イリリの言葉にレンが被せた。振り返ると頭を掻きなだら、精気のない顔でこちらに向かう。



 曇天が覆い、波がさらに激しく船を打ち込む。どんよりとした海だ。しかし、この隊には快晴だろうが、大雨だろうが、士気は上がりも下がりもしない。隊長の冷静沈着さは風土として伝染している。


「この海を越えれば、あとは門番を残すのみ。最後の戦闘の前に力尽きては意味がない。もちろん、ここで負けても意味がない。適切な判断を下しなさい。戦闘開始です」


 ミレェイ軍船体『ファースト』は2の島、4の島を超え、7の島にたどり着いていた。7の島を抜ければあとは門番の庭、9の島に到着する。もちろん、7の島も一筋縄ではいかない。


 全長約2mの胴長で灰色の体、鬼のような眼と何もかも噛み砕く大きな口、鋭利な歯、狂人な顎。エラの下に長く発達した両ひれ、尾ひれは2ひれに分かれ、長く伸びる。俯瞰の視点ではひれが手足に見えること、元々の特徴からこの名が付けられた。人鮫、level6の厄気が『ファースト』の周りを囲む。それぞれ前方右、前方左、後方右、後方左に1匹ずつ配置している。


「数は全部で4匹、船の周りに『渦矢』を引け」


 ユタバの指示より早く、船の両脇には10人程の兵士が並び、弓を引く。人鮫がひと口噛めばこの船は沈む。まずは、船を守ることが先決だ。


 放たれた矢、海面に刺さると渦が発生する。人鮫は進路を変え、一時船から遠ざかる。


「渦が弱まると接近を許す。途絶えなく『渦矢』を。そして、敵を分散させる。前方右、後方左『氷礫』を連射しなさい」


 兵の約半分、40名が即座に動く。前方右、後方左、2手に別れ『錬術』を発動。40名が水色の直径10㎝程度の丸石は氷の塊に変化し、海面に投げつける。高い水しぶきが上がり、海は激しさを増す。前方右、後方左には人鮫が1匹ずつ、巨大な体を俊敏に動かし氷の落下を回避した。


 つまり、残りの2匹は全く手が付けてられていない。前方左の人鮫は、大きな尾ひれを動かし船に飛び込んできた。それは、跳躍というよりも飛行といっていい。


「『水龍』」


 ユタバは矢を放った。矢の尾に括り付けられた青い鱗。水色に光輝き、矢も覆う。次第に青い光は姿を変え、龍を形成した。


 人鮫は大きな口を開け、龍を食おうとする。鋭利な歯に水龍がぶつかる。龍は潰れ輝く水は四方八方に錯乱した。人鮫は勢いを失くしあらぬ方向に不時着した。


「それらは『アイスキューブ』で防げる」


 指示の対象は後方右側に待機した兵士達、残りの40名が『錬術』の準備を開始する。そのあと直ぐに後方右の海を漂う人鮫も尾ひれを動かし空を走った。


 兵士達が手に持っているのは一辺5㎝程の白い立方体だ。特徴として白い煙を放っている。それに隊列が今までとは違う。横に5人、それを8列で並ぶ。そして、一番先頭の兵士達から順番に投げた。白い立方体の落下点は海、場所は船の近くだ。落ちる寸前、白い立方体は厚い氷の塊となる。そして、次の白い立方体も厚い氷の塊に、巨大な立方体同士が積み上がる。それを繰り返し、巨大な氷の防御壁が完成した。


 既に飛び立った人鮫が止まれるはずもない。鈍い音が海に響く、氷の防御壁は亀裂が入り、粉々に砕けた。


 兵士達は海を覗き見ると、人鮫は何不自由なく泳いでいた。それは次の狩の準備を整えるハンターのようだ。そらに、左側から人鮫が合流した。氷の雨を避けた人鮫だ。


「『氷礫』はこのまま維持、『渦矢』は前方左、後方右は中止。つまり、『氷礫』を放っている前方右、後方左は続けてくれ」


 勢いを失くした渦潮。すると、後方右の人鮫は船を潜り込み前方左に移動する。これで、前方左に全ての人鮫が終結することになった。


「持ち場を離れられる兵は集まれ、最短ルートで仕留める。要になっている兵は心をつけて」


 ユタバの指示に周りにいる数10名の兵の反応は様々。瞬きを繰り返す者、手を血が流れるほど強く握りしめる者、叫ぶ者、喘ぐ者。共通するのは狂気のしぐさだ。


 ユタバはそんな兵達は気にしていないのか、思考の海に沈む。


 人鮫の脅威はあの強靭は歯ではない。高い知性に加え、人には感じられない電気信号により広範囲の仲間とコミュニケーションを取ることにある。しかし、それはこちらが適切に処理をすれば、こちらの予想通りに行動を取ってくれる。


 噛み砕く、強力な一撃だが、攻撃範囲の狭さが仇となる。一撃を加えれば沈む船で四方から攻撃する。合理的な手段といえよう。しかし、それは妨害されその隙の攻撃から恐らく情報交換をしただろう。一番の狙い目はどこだと。結論は前方左、攻撃を一面的にしのいだ俺の持ち場は複数ならばやれると判断したのだろう。


 ユタバの狙い通り、人鮫4匹は一斉にこちらに襲い掛かった。対してユタバは水色の鱗で出来た刀身。フェバルを当て『錬術』を発動される。


「『氷剣』」


 氷の剣を携えると。勢いよく走り出し、船からジャンプした。


 戦術家をあいてに一番効果的な方法は予想外の戦略を取ることだ。こんな魚を戦術家と呼ぶのは不釣り合いだがな。


 海面に向けて氷の刃を振る。瞬間的に海が凍る。ユタバは氷の陸と化した海に着陸した。人鮫は突然海に降り立ったユタバに反応ができない。空を飛び船に噛みつこうとしたばかりだ。今さら進路は変更できない。ユタバを無視するかのように通過し、突き進む。その間も氷の刃は海に触れ続け、氷の世界を広げる。


 賢い人鮫だ。これでもいいと思ったに違いない。敵の狙いは海を凍らせ、こちらの足を奪うことだろう。しかし、『厄気』である人鮫は自らの命など構いはしない。人間を殺せればそれでいい。そして、この場では船を傷つければそれが遂行されると。


「のんきに思っているだろう」


 人鮫の思考を推測したユタバはそう呟いた。そして、もう一言。


「命を懸けるのはお前らだけじゃないぞ」


 鈍く肉が切れる音。耳を塞ぎたくなるとても耐えがたい音だ。血が噴き出し、船が赤色に染まる。人鮫の巨大な口の中には人がいる。鋭利な歯は人を貫き離さない。青い顔、動かない目、流れた血は水溜まりになった。その事実の1つ1つが生きていない証明。目も覆いたくなる光景、それも4つ。


「かかれ!」


 ユタバは振り向きざまに大声を叫ぶ。その声に呼吸し、後ろに控えた兵士が一斉に襲い掛かる。ある兵は剣を、ある兵は弓を、ある兵は拳を。武器は違えで共通しているのは頬に流れる涙だ。それを力に変え絶え間なく攻撃を続ける。いくらlevel6の厄気といえど、水中専門。陸で交戦すればタコ殴りだ。


 鉛が落ちたような音が響いた。相次ぐ攻撃の末、人鮫は氷の海に落ちた。それを見た兵士達もすぐさま船を下りた。


「うっりいやー!」


 誰かの叫び声が聞こえた。


「「っらっやー!」」


 それに共鳴した兵士達の叫び声、喚き声がこだました。


「みなよくやった。作戦の一寸の隙間なく遂行された」


 数分後。氷の海、横たわる人鮫は徐々に黒い塵となる。


「もし、今回の犠牲がなければ甚大な被害ででただろう。それは、この先の侵攻の妨げになる。俺の判断は間違っていない。ただ俺を指標にするな、仲間の命を守れないような弱い指揮官に。皆は絶対になるな」


 いつものように冷静で抑揚のない声。それでも兵士達の涙は止まらなかった。


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