ユタバ・デザラ
「『銀飛魚』が姿を見せました。みな、隊列と『錬術』の準備を整えなさい」
ユタバの指示に従い、兵士達が動く。百人近く一斉に移動を開始しているにも関わらず、兵士の動きはシンクロし、隊列を組むショーのようだ。
銀の線は5本。2船までの距離はおよそ500m。1つは『ファースト』に直進、左右に1本ずつ回り込もうとしている。残り2本は『セカンド』に線を引く。
「急げ、あっちの2本も仕留める」
振り向きながら急かす声を掛ける。それはこの隊に取って確認動作に過ぎない。声を掛けて数秒。ミレェイ軍は隊列を整えた。船の先端近く、そこから両脇の縦の列。淵をなぞるように1人ずつ等間隔に並ぶ。寸分狂わず隊列が組まれたことを確認すると、右手を上げ。
「『天災螺旋海流』開始」
いつも通り、いや、僅かに張り上げた声とともに右手を振り下ろした。
兵士達は弓を構えている。引く矢には、刃や錘といった。殺傷能力があるものではない。矢の先端には小さな青い水晶のようなものが括り付けてあった。一心不乱に矢を放つ。しかし、銀の線、『銀飛魚』にはかすりもしていない。1人2人ならわかるが、百本近くの矢、全てだ。直接狙っていないのは明白だが。
「おい! 大丈夫なのか。こっちも戦闘体制を整えたほうが」
戦いが進まない、なおも銀の線はこちらに進む。痺れを切らした健一はスフラらに意見を出した。
「その必要はありません。既に作戦の8割は完遂しています」
「本当か?」
返ってきたスフラの返事に信じられないといった声を漏らす。眉間に皺を寄せ、広がる海を食い入るようにみると。海に変化が。予兆など全く見せずに海が荒れた。波がうねり始め船が激しく揺れる。健一はとっさにしゃがみ込んだ。
「何だ!」
揺れの元を探ろうと再び海に視線を遣ると。一変した景色を捕らえる。
直径1mほどの渦が発生していた。その数百。渦巻きの発生は銀の線を停滞させさらに渦巻きは拡大を続ける。範囲はおよそ500m、その中に全ての渦は収まっている。渦巻きと渦巻きがぶつかり合うことは必然だ。交わる渦巻きは互いに左周り、飲み込み合いやがて、大きな渦巻きになった。一つが交わるとほぼ同時、他の渦巻きも交り大きな渦巻きになる。そして、また拡大を続けぶつかり合うとさらに大きな渦巻きになる。周りも呼吸するように、ぶつかり合い拡大する。さらに、拡大、衝突、合体、拡大、衝突、合体。
渦巻きの数自体は徐々に減っていき、巨大な渦巻きが形成されていく。海を泳いでいる銀飛魚は躱す隙間などなく渦巻きに巻き込まれている。銀の線は渦の中で円状に描かれていた。
「これで最後だ」
ユタバは弓を構え2つになった渦巻きを観察していた。直径はおよそ200m、その規模の渦巻きどうしがぶつかり合い。船は今まで以上に激しく揺れていた。何かに掴まらなければ大海原に放り出されるほどだ。そんな嵐のような揺れでさえもユタバは眉一つ動かさない。2つの渦巻きは互いを食い合い、遂に1つに生き残った瞬間。ユタバの視線は左右に動く。
銀飛魚を最も効率的に倒す方法は遠距離で倒すこと。Levelは3だが、スピード、跳躍力、そして、人など一口で噛みちぎる歯と顎は油断ならない。まともにやり合えば兵士の何人かは失うかもしれない。それは馬鹿がすることだ。かといって、悠長に遠距離攻撃を続けると詰められる。まずは、銀飛魚の足を奪うことが先決、この方法なら最善目標を達成するだけだはなく最終目標も達することができる。
超巨大な渦巻きに飲み込まれた銀飛魚。彼らは必死に背びれ、尾びれを動かし抗うが激しい流れに逆らえない。多くは終着点である渦の中央に流れついた。船の上から見ると銀色の月が映っているようだ。
それを確認するとユタバは矢を放った。ひときは大きい青い宝石を積んで矢は黒い空を目指した。上昇を続けた矢は勢いを無くし下降する。ゆったりと落下する矢、落下点は銀の月。青い宝石は光った。その瞬間、矢が豹変する。およそ直径10m、規格外の氷の塊が銀の月を破壊した。
「すっげー、あの数の『厄気』を一網打尽に」
「ユタバは戦術面では軍随一ですから、もう少し愛嬌があればいいのですが」
高波がファースト、セカンドを襲う。スフラの綺麗な赤髪がなびく。強風は健一の後ろから吹き、高波を相殺される。
「るっせーな、昼寝もできないぞ」
トボトボと足取りを進めるのはレン。目を擦り欠伸をかます。
「おい、おっさん。ふざけんなよ」
健一は口元を噛みしめ、レンに歩み寄る。
「すぐ隣では仲間が命賭けで戦っているんだぞ! 戦場で寝て、目が覚めたらうるさいだと、おっさんが強くてもな。その態度はないだろ!」
「戦場………。ここがか」
低い響く声だった。弛みきった目尻が上がり鋭い眼光に変わる。鬼面にたじろぐ健一は一歩後ろに下がるが、逆にレンが一歩詰めた。
「そうだろ。『厄気エリア』の中だぞ」
迫真の表情に健一は声がぎこちなくなる。迫力に圧倒されているのは目に見て明らかだ。しかし、健一がビビりというわけではない。レンのオーラが以上なのだ。小動物なら毛を立て即座に背を向け逃げるだろう。
「ふぅん、救世主様のいっていることがもっともだな。俺が悪かったよ」
軽い返答に鼻で笑う。全く反省の色が見えないレンは船の先端に向かった。
「今はどの島だ?」
「今目の前にある島が1の島です。ここから2の島までは1時間弱かかります」
ぶっきら棒な質問に答えるのはスフラ。
「まだまだじゃねーか。うぅーん、暇だな」
「暇だったら修行をつけてくれよ」
レンは振り返った。手を握りしめ、声を張り上げる健一の姿は滑稽にみえる。
ほんとはこんな奴に修行をつけてもらうどころか、話しかけるのも嫌だけど強くなるためだ。
「修行? 救世主様がいきなり何言い出す。お前はすでに十分強い。これ以上どうやって力を伸ばす?」
おどけた表情で聞き返す。答えは知っている顔だ。健一もそれを感じ取り、こめかみがピクりと動く。
「『精術』を究める。それを1番使えるのはおっさんだろ。教えてくれよ」
『精術』、『錬術』を元々のlevelを超える技を指す。健一や他の隊長も『精術』を扱うが、レンの足元にも及ばない。Levelを3ランク、4ランク上げる。兵士では最低限の力といわれているlevel3のみを操り隊長も位までのし上がった。
「『精術』か……。もし、お前が『精術』をマスターしたら。元々高levelな『錬術』がさらにlevelを上げられるって話か」
「そうだ。わかっているなら、お願い………お願いします」
深々と頭を下げる健一。レンの返答はまだない。その目に浮かぶのは何か。鬼の目は曇っているが、鋭く光っている。
「いいぞ」
「本当か!」
勢い良く頭を上げ、見開く目でレンに返事をする健一。スフラも目を丸くし、イリリは口を開け、レミアンは絶句する。レンのYesの回答は3人も予想外だった。
「まぁ、島と島との船路だけなら。お前は『厄気』の相手もするんだろ。生真面目によ」
「ああ、だから時間がない。早く教えてくれ!」
「ふぅん、いいぞ。まずはこれだ」
だるだるなズボンのポケットに手を突っ込み、何かを握った。それを健一の目の前で広げる。健一の目に映ったのは赤い小石。米粒ほどの大きなの赤い小石が数10個見える。
「これは?」
「火炎石のカスだ。これを媒体にしたところで『錬術』はlevel1,2程度だ。『精術』の基礎として複数の『錬術』を合わせる。まずは火炎石のカスを媒体に普段のファイヤーボールと変わらない『錬術』を創り出す」
「ほらよ!」
振子のように腕を動かし反動で火炎石のカスが飛び交う。一瞬、戸惑う健一だが、まずまずの反応を見せ見事キャッチする。
「おう、一瞬で終わらせてやるよ!」
口角を上げ、レンに負けない眼光で言い放った。
「ケンちゃん、そろそろ着くよ」
「まっ、待って! あと5分」
船の隅で『錬術』を発動させる健一、右手に灯る火は蝋燭のようだ。
『精術』の修行をしてから約1時間が経過。一行に成果は出ず、レンからの課題をクリアしていない。
「待ってって、風で動いているから、待てないよ……」
「確かにな……」
形はそれほど1の島と変わりない。縦と横に伸びる小島だ。
小島の両脇から『厄気』が泳いでくる。右側には赤い体に不釣り合いな巨大なハサミ、2本の触覚に黒い眼玉。健一の記憶に合致するのは蟹だ。左手には白い貝が浮かんでいる。正し海はパチパチと音を立てる。どちらとも数は100といったところだろう。
「右から、巨鋏蟹。左から電貝が迫ってきています」
「イリリ、ケンイチは右手を、フローラ軍は左手をお願いします」
揺れる船を気にも留めず、ひた走る兵士達。健一は船の左側に移動し、『厄気』の姿をまじまじと伺った。巨鋏蟹の数は20前後。海面から黒い目、大きな鋏が飛び出している。浮かんでいるのか、泳いでいるのかわからないがこちらにせまって来るのは確実だ。
「あの巨大な鋏で挟まれるとこの船は一瞬で沈みます。巨大な穴が開きますから。こちらに接近される前に肩をつけますよ」
船の先からイリリの声が響く。
「『無限刃』」
花吹雪のごとく刃の群れが海を走る。迫る刃に巨鋏蟹は自慢の巨大鋏でガードを取った。金属がぶつかったような金属音が響く。刃は弾かれ、海に沈む。
「いまです。ケンイチさん!」
「おう! まかせとけ!」
健一の周りに漂う。5本の電気棒。1mほどの細い電気の塊はビリビリと痺れさす音を立てている。
「『超電磁砲』」
雷が黄色い航路を描く。着地点は巨鋏蟹ではない。等間隔に海に刺さった。もちろん、外した訳ではない。狙いは感電死だ。落ちた雷は海に染み込む。雷は無数の線となり海に散らばり、海中を一瞬で泳ぐ。海中に身を置きこれを逃れるすべはない。幾多の散らばった雷が再び集まる。終着点は巨鋏蟹だ。
稲妻が落ちた音がした。海から天への雷だ。海面から昇った雷に打たれた巨鋏蟹はそのおおきな鋏の先まで黒焦げになっていた。




