海のエリア
潮風が頬に触る。どこまででも広がる青い海は健一に地球を連想させた。『ミレェイエリア』、元々はこの島々は小さな部族が住んでいた。前時代戦争時代でも隣の大国はその地理の悪さに無視を決め込んでいたが、そこに目を着けたのが前国王。ミレェイと異例の同盟を組み大国の背後を取った。それらの縁からこの島々をミレェイと呼ぶ。
進むのは3隻の大型船。先頭に2隻、船1つ分の距離を空け、最後に1隻が進む。純白のマスト、木造の船体、管板のど真ん中に備え付けられた取り舵は触りたい衝動に駆られる。健一は先頭の1隻に乗船していた。船の名はセカンド。右手に見える船体がファースト。後ろに追走する船体はサードと随分単純な名称が名付けられていた。セカンドに乗船したのは健一を始め、スフラ、イリリ、レミアン、フローラ軍。戦力の多数はセカンドに集中した。サードは戦闘可能な独立部隊、数は20程。今回は予備の船を守護する役割、予定では激しい戦闘にはならないはずだ。ファーストにはミレェイ軍が乗船している。最も海の戦闘になれており、海上では独立部隊より力は上との噂だ。そのトップは今、セカンドに乗り移り、作戦の最終確認を説明する。
健一が見上げるほどの高身長、青い短髪に一重の俯きがちな目。黒ぶちの眼鏡が醸す空気の重さを引き立たせる。何とも頼りない男と見た目で判断されがちだ。しかし、肩書きは一流。ミレェイ海軍、隊長ユタバ・デダラ、バルの海を守ってきた男だ。
「王女さまの前で指揮を取るなど、失礼極まりないですが。この海では私が一番熟知しているという自負があります。どうか、お許し下さい」
ユタバは頭を下げた。スフラはそれに笑みで返した。この侵攻の指揮をユタバに託したのはスフラだ。それ程、この『ミレェイエリア』は特異な『厄気』、地形が待ち構えている。
「相変わらず律儀ですね。海ではあなた以外にタクトは振れませんよ」
「ありがとうございます。では作戦の説明をします」
ユタバが淡々とした声で話しを始めた。
「まずは、『ミレェイエリア』の確認です。ご存知のようにエリアは海上にあります。その中には9か所の小島。一番陸に近い小島を1の島、そこから海流が二手に分かれ右手を2の島、左手が3の島、この小島も海流は2つ。2の島から右手を4の島、2の島の左手と3の島を右に進むと5の島に着きます。3の島を左手には6の島に到着。4の島からは海流は1つ、進むと7の島。6の島もルートは1つ、進むと8の島。そして、5の島、7の島、8の島からはエリア最深部、9の島。つまり、門番がいる島に到着します」
9つの島はダイヤ型を模している。入口となる1の島が一列目。2の島、3の島の2つが2列目。4の島、5の島、6の島、計3つが3列目。7の島、8の島、2つが4列目、最深部、9の島が5列目。各島を俯瞰し、海流を線で結ぶと綺麗なひし形のダイヤとなる。
「そして、これが最も厄介な点です。船では海流や風に従ってのみ移動できますが、ここの『厄気』は違います。海を縦横無尽に駆け巡る、その速度は陸の比ではありません。つまり、固まって移動すると袋の鼠です」
「1の島は2隻で侵略しその後2手に分かれます。ファーストの経路は2の島、4の島、7の島、9の島。セカンドの経路は3の島、5の島、9の島。理想的には9の島で合流ですが、臨機応変に対応して下さい」
セカンドの経路が少ないのは海上戦に慣れていないため、5の島には門番級の『厄気』が住み着いているため。そのために百人力の人物を呼んだのだが。
「あのさ、話変わるけどレンって人はまだ?」
この海上戦に呼ばれた助っ人、世界ナンバー2の錬術使いレン・ダイソンはまだ到着していない。
「それが………まだ。ルバから川を下り合流すると伝鳥では聞いていますが。手間が掛かっているかもしれません。バルは『厄気』の数も桁違いですから、外にでることさえ一苦労します」
その時、風が吹いた。髪が乱れ、マストが揺れ、海が荒れる。突発的な嵐が襲いかかってきた。
「おい、何だこの風。いや、嵐!『厄気』か!」
健一は強風に目を細めながら声を上げるが、スフラ始め他の兵は微動だにしない。それどころか笑みを溢す兵もいた。
次に雷撃で管板に走った。幸いそこには誰もいなかったが健一はタバコを構える。雷は管板に暫く留まり、やがて人のシルエットが浮かんだ。
「まったく、俺をこき使うとは。さずが女王様だ」
黒髪に彫の深い顔。端正な顔を台無しにする大きな欠伸をかます。
「誰だ? 軍人ということはわかるが?」
「お前こそ誰だ?」
2人とも初対面。服装と場所から軍人だということは推測される。
「この方こそレン・ダイソンさんですよ」
「おお、イリリ! 大きくなったな、いや、背は伸びてないけどな。いろいろ大きくなった。うん、いい感じだ」
レンの視線はイリリを舐めまわす。
「視線がいやらしいです」
軽蔑に近い目で言い返す。レンはそんな言葉を気にも留めず。船の脇に移動した。
「じゃあ、ターゲットが見えたら起こしてくれ」
腰を下ろし船の背に体重を預け、目を閉じた。
「って! 寝るのかよ! 俺が誰か気になってなかったのかよ!」
怒り心頭な健一、それにもほとんど反応はなく半目でいかにも煩わしそうに口を小さく開いた。
「あぁ、始めは誰って。思ったけど、冷静に見ると話題の救世主様に違いないな。初めまして、お休みなさい」
そういうと完全に目を閉じた。
「スフラ、イリリ、レミアンあんなのが隊長なのか! レミアンよりぽくないぞ!」
「ちょっとそれ! どういう意味!」
「レンさんは面倒くさがりなとこがありますが、実力、指揮力ともに私を遥かに超えます」
「本当なのかそれ!」
戦いを前にして余り気のない態度、健一が役職に首を傾げた。
「本当です。心配いりません。それより、そろそろ、見えてくましたよ」
スフラは船の先端から声を掛けた。視線の奥、雄大な海。汚す黒い半球体。『ミレェイエリア』が地平線の向こうに映る。
『ミレェイエリア』が半球なのは残り半分が海中に埋まっているからだ。つまり、深い海中、突然に『厄気』が発生する。Levelの低い『厄気』でも不意打ちで殺されることもただあり、『ミレェイエリア』が死海と呼ばれる由縁でもある。
「マスト全開! これより、『ミレェイエリア』に侵攻する。みな心して望め、以上」
隣の船、ファーストに戻ったユタバが開戦宣言をする。抑揚はなく、淡々と。覇気のある声ではなく、冷淡な口調で。それは消して心が高揚し士気が高まるようなものではないが、落ち着く冷静な思考、行動に移れるような指揮。最も危険なこのエリアではユタバのような指揮官が最適なのかもしれない。3つの大型船は黒い半球に飲み込まれた。
「あれが、1の島か?」
エリアに侵入してすぐ、健一の目に飛び込んできたのは小島だ。小さな草が生え、木々が連なる。簡易的な小屋がいくつか並ぶ。島の全長は100mほど。例え厄気がいなくでも人が住める環境ではない。
「そのとおりです。そして、1の島周辺には」
海が朝日を受けたかのように光輝いた。よくよく光を観察すると銀に色づいている。さらに、銀は線を描きながらこちらに近づきやがてその姿を見せる。銀の正体は魚だ。丸焼きにして食べるには丁度よい大きな、その群れがいくつもの銀線を作り出していた。
「たしか、level3。銀飛魚だっけ」
侵攻するまえに、教えてもらった情報と目の前の『厄気』を照合する。銀の鱗を身に付け、鉄壁の防御。小さな体を活かして驚愕的な跳躍、指が入るほどの小さな口には岩をも砕く歯を持つ。
「そうです。指示も覚えていますか」
珍しくいったことを覚えていた健一に、感心したようすのイリリ。
「うん、確か全部ミレェイ軍が倒すっていってたな」




