告白
――1日後――
フローラ軍の宿舎、木造建築の3階建ては森で囲まれた外観とぴったりマッチしている。1階にある食堂、4つある円卓その周りを囲む椅子に兵士達が腰を下ろす。人数は数十人、部屋は圧迫される。しかし、余り暑苦しさを感じないのは宝石の存在のためだ。健一はそう確信していた。
「では、今後の指示をします」
円卓の上座に席を置くスフラが口を開く。
「皆さんのご活用により、無事『フローラエリア』を取り戻すことができました。しかも、今回は1人の死者も出ていません」
スフラが笑顔で話す。独立部隊はあのあと、病院に運ばれ消毒を施した。直ぐにまた、戦闘にとはいかないが、数日経ては戦線にも復帰できるそうだ。他のフローラ軍の負傷者も大小あれど命に別状はない。もちろん、これは『厄気』との闘いが始まって以来の快挙だ。
「そして、救世主である。ケンイチ、今回の侵攻でも命を張って全力をつくしてくれました」
「いや、いや、それほどでも」
スフラの傍に座っている健一、その右隣はイリリ、前はレミアンの重役席だ。しかし、兵達に恨み妬みの表情は見受けられない。前回に続き今回の侵攻でも決定的な役割を果たし救世主の名を名実ともに獲得した。よって、スフラに褒められ鼻の下を伸ばしていても特に軋轢を生むことなく、そういったキャラということで理解される。
「しかも、ケンイチがこの世界に来てまだ、4日。あと3日残された時間があります。急ではありますが、今から『ミレェイエリア』に移動し侵攻を開始します」
ざわざわと兵士達が小声で話す。決して連戦に対しての不満ではない。多くは気合みなぎる顔を浮かべる。『厄気エリア』は全4つ。『王都エリア』、『フローラエリア』と攻略し残すところあと2つ。この勢いを力に変え『ミレェイエリア』も攻略すれば、『厄気エリア』はあと1つ。世界の平和はまで目前だ。
「あと、3日って、間に合うの?」
談笑に咲く兵士達をよそに健一はスフラに尋ねる。健一自身、まだこの世界の地理を把握していない。
「大丈夫です。ここから船に乗り東に川を下ると半日で着きます」
「川を?」
「ミレェイは港町、『厄気エリア』は海にあります」
スフラが一連の流れを伝えたあと、兵士達は戦支度をするため宿舎を出る。ここからそう離れていないところに兵舎がある。媒体やバルを調達するようだ。
「イリリ、ちょっと待ってくれ、話がある」
部屋を出ようとしたイリリは止まり、健一を見る。
「話って? 何ですか? 忙しいのですけど」
健一はそう言うイリリに耳打ちをする。
「スフラには聞かれたくない、まず場所を変えたい」
イリリは眉間に皺を寄せるが、真剣は健一の顔を確認するとゆっくり頷いた。
兵舎は宿舎と同じ木造建築。大きさは1階しかなく、それ程のスペースもない。巨大な倉庫のようだ。中に入ると武器が大量に並ぶ、ここで、戦支度を整えるようだ。その奥には扉があり健一はその部屋に連れて来られた。
部屋の広さは六畳程、椅子が2つ、机が1つ。本棚にはびっしりと本が収納されている。どれも埃などはなく頻繁に利用されていることが伺われる。
「それで話とは? わかっていると思いますが時間はありません、手短に」
イリリは腰を掛け、早口でいった。それと同時に健一も椅子に座り口を開く。
「もっと強くなりたい」
「それは私も同じです。話がそれだけならでは」
「いっや! ちょい待ち!」
立ち上がろうとしたイリリの手を掴み必死で止める。感情がこもり声を荒げた。
「スフラのことが好きだ! スフラを戦わせたくない、傷つかせたくない。でも『厄気』は倒さないとだめだ。だから、両方の願いを叶えるためには俺がもっと強くならないと、スフラを超えるくらいに! そうすれば、スフラと俺の理想も……」
「なっ……何を言って」
突然の告白にイリリの目に動揺が映る。1拍呼吸置き、鋭い目眼差しを向けた。
「どこの世界からきた俺が、出会って間もない俺が、世界の王女に恋心を抱くなんて、失礼なことだということはわかっている。でも、惚れてしまったよ」
健一の瞳は何かのオーラを纏っているような、吸い込まれる目をしていた。
「わかりました。強くなる方法を授けます」
「本当か!」
「その変わりお願いがあります」
「何? 何でも聞くよ!」
「その気持ちを王女様には伝えないでください」
鋭い目は細く、顔は俯きがち、イリリのそんな表情を見たのは初めてだった。
「そうだよな、お姫さまに告るとかありえないからな。わかったそれは約束する」
少し声を上擦っているが、できるだけ平穏を保つ。
「そして、強いなる方法ですが……」
「うん、何? 俺はどうしては高みにいける?」
「ケンイチさんの『錬術』は世界最高峰です。これ以上の効果は薄いでしょう。戦闘技術も一夜で身につくものではありません。そもそも、私やスフラが教えることがあるなら、頼まれる前に教えているでしょう」
「それもそうか、じゃあ、強くなれる方法はもうないってこと?」
「いえ、私と王女様にはもうないでしょう。しかし、あの方ならば何か得るものがあるかもしれません」
「あの方?」
「ケンイチさんも使っています。『錬術』のlevelを引き上げる技」
ケンイチでは『スモークエンド』がある。イリリは『刀化』などだ。
「その技を極めた人です。使う『錬術』はlevel3。しかし、その実力は王女に次ぐ世界ナンバー2。ルバ軍隊長、レン・ダイソン。今回の侵攻には応援に呼ばれています」
その日は雨も降っていないが連日、この場所を好むのは幽霊か悪魔ぐらいだろう。曇天が空を覆う。人もいなく、動物どころか草木さえ生えていない。廃墟となった城。黒い壁は薄気味悪いく、さらに窓はなく、床は随所に破損している。到底、人が住める環境ではなく、まず、寄り付かない。
そんな今は名もない城に2人の男が地べたに腰を下ろす。
「レンさん、いいのですか。呼ばれているみたいですが」
その男はやさしい目でレンを見つめた。短髪の黒髪、彫の深い顔に細めな目、しっかりとした顎。ボロボロの軍服なのも相まってワイルドな雰囲気を醸し出す。
「別にまだ間に合う、小娘の命令だ。犬のように従わなくてもいいだろ。それにその情報はどこから聞き出した?」
レンの目が鋭くなる。獣の目だ。瞳に映る姿は、男でも目を奪われる。綺麗な短髪の黒髪、小さな顔、優しい二重の目。高い鼻。爽やかな印象を抱かせる。ただ、この男もボロボロの軍服を身に付けていた。
「新しい仲間からです。そんなに怖い顔をせずに、何も危害を加えていませんよ。レンさんだったわかっているでしょう。今はその時ではないと」
相変わらず優しい目で見つめたままだ。アイドルのような瞳、しかし、どこか悲しさも漂わせる。
「まだ…………。そうなっても諦めていないのか。裏切られてもまだ………」
「これが正しいか、僕にもはっきりと自信はありません。それでも、今はこの方法しか浮かばないのです。どうか出来損ないの弟子をお許し下さい」
「お前が出来損ないか、なら他の人はどうなるって話だ。まぁ、お前の信念にも共感するが。もし、お前がそれらの意志になったときは容赦しないぞ」
ギラギラ光る獣の目。男は変わらず草食動物のような優しい目で見る。
「ええ」
男は小さく、しかし、ゆっくり頷いた。返事を聞いたレンは鋭い目を緩め、肩を落とした。
「そうか、俺は暫く傍観させてもらうぜ。今さら何か言えるような立場じゃないからな」
「それは違います! これはバル国、世界中の全ての人の問題です。レンさんだけが責任を感じることはありません!」
気迫の迫った声、人を引き寄せる声だ。薄汚れた廃墟ではいっそう響き渡る。
「相変わらずだな、イノア」
「名前で呼ばれたのは久しぶりです。では、そろそろ時間なので」
イノアと呼ばれた男はそういって立ち上がった。
「そうだな、まぁ。そっちもミレェイにいくのだろ……って、もういないか」
先ほどまでイノアが座っていた場所を虚ろな目で見つめる。
俺のせいだ…………。俺の強欲でこの世界は。




