消えた『厄気』
森を駆ける3つの姿。健一たちは全力疾走で走り抜き、兵士達の姿を発見した。独立部隊が次々と倒れている。精鋭揃いの兵たちが敵の姿も把握せずに。推測される状況は最悪だ、もしかすると色花以上の『厄気』が現れていても不思議ではない。
森を走り続けると木々が見開いて見えた。よくよく見るといたるところの木々が倒れ、切り株に注目すると綺麗な水平をつくっている。おそらく独立部隊が視界を確保するために木々を斬ったのだろう。それはここが戦場になったことを意味している。
「ケンイチ、レミアン。戦闘の準備を至急に」
倒れている兵士達に近づくことなく指示を飛ばすスフラ。スフラ本人も宝刀を抜き、いつでも『聖剣』を抜ける構えをする。
「どういうこと? それよりも兵士達の手当を『厄気』ならこいつらが倒してくれたはずじゃあ?」
健一の視線は倒れている兵士達の先頭。黒い光の粒になって今にも天に昇りそうだが、細く長い線がいくつも伸びているその造形はつるくらげの成れの果てだ。つるくらげは独立部隊が対処した。健一はこの光景を目にしてそう判断したが。
「うんうん、ケンちゃん。独立部隊はそんなに弱くないよ。それにいくら強い『厄気』と対峙してもこんな結果にはならない」
疑問を浮かべる健一にレミアンが説明を加える。
「こんな結果?」
「うん、兵士達が全滅ってほとんどありえないの。常に退路を確保してから前進、敗走のときも殿を誰かに任せるから」
健一はレミアンの説明に前回の戦いを思いだす。確かにあのときは退路を真っ先に確保していたな、イリリも最後、門番戦では殿をしますって、そう考えればこの状況って……。
「そんな時間も与えられないほどの強さをもった『厄気』がいるってことか!」
「それも違うかな」
勢い良く発した健一の意見にレミアンは柔らかく否定する。
「いくら強くても1人や2人は逃げられる。それが出来たのは連絡にきた兵士のみ。おそらくこれまでにない異能な力をもった『厄気』よ」
レミアンが話を終え、頷くスフラ、息を飲む健一。レミアンも表情を引き締める。3人の視線は踊る。不意打ちを防ぐのはもちろん、早く『厄気』を倒し兵士達を治療した気持ちが目の動きを早める。
しかし、それは無駄な努力であった。
「きゃっ!」
スフラの悲鳴があがった。
すぐにスフラに顔を向けた健一であったが何ら変化はみられない。
「どうした?何かあったのか?」
突然の悲鳴とスフラの容姿に隔たりがあり過ぎる。状況がさっぱりつかめない健一であった。首を横に振るとレミアンが深刻な表情を浮かべる。
「そういうことですか。でも……」
か細いレミアンの声。戦場でも明るく振る舞う彼女が低い声で呟く。
「私の特技ともいいましょうか。私はとても敏感肌なのです」
「敏感肌? それがどうしたの?」
「そうですね、例えば目も音も聞こえない、遥か遠くで森が燃やされていても私は感じとれます。風の流れに乗った灰は肌に嫌悪感を与えます」
「何それ、『錬術』とかじゃあなく?」
「そっか、知らないだね。『錬術』の起源」
レミアンが抑揚のない声で続ける。
「時間がないから簡単にいうと、5感、特に感覚に優れていたバル一族、前国王様はフェバルの花から悪寒を感じた。それが『錬術』の元となるエネルギーだったの。その血は王女様にも色濃く受け継がれています」
説明を聞き健一は頷く。なるほど、いや、よくわからないけど王族に受け継がれた力ってことか。ってあれ?
「それで何を感じた?」
「毒です」
「毒?」
「はい、そしてそれはこの状況の説明も付きます」
「でもおかしいよ」
「そうでうすね、早くそっちを先に見つけなければなりません」
同意する2人だが、健一は蚊帳の外だ。
「なぁ、どういう意味。毒で攻撃する『厄気』を早く見つけないと」
「この『フローラエリア』で毒を有する『厄気』は有名です。名を毒花、紫と黒の斑の大きな花に細い茎、ムカデの足のような数の根。その体長は30㎝程。Levelは5、高levelの『厄気』ですが独立部隊が負けることは考えにくいです」
説明を終えたスフラは表情を引き締める。
「つまり、毒花を助力する『厄気』がいるということ。そして、見謝れば私達も毒に侵されます」
「毒の感覚があるってことは近くにいるっていうことか?」
健一の疑問にスフラが返答した。
「ええ、近くどころか目の前にいるはずです。毒花の毒攻撃は遠距離まで飛ばせません」
しかし、姿が見えない。敵がどこから向かってくるのかわからない状況だ。対して『厄気』側は既に毒を放っている。こちらの存在し気づいているというのが妥当だろう。
健一は『フリースモーク』を発動された。モクモクと煙が立ち健一達の頭上で雲のように膨張しながら停滞する。さながら雲の傘のようだ。
「なるほど、ケンちゃん考えたね。どこかから微量の毒を飛ばしているから煙で防ぐのか」
感心したようすのレミアン、その声は元のソプラノに少し戻っている。
「しかし、ケンイチ。これを続けると」
「うん、想像どおり。煙は増え続けてもうちょっとで俺らも包み込まれる」
平然と答える健一にレミアンは目を丸くする。
「想像どおりって! ヤバいじゃんそれ。どうするのよ」
口を早め、焦りの表情を浮かべる。
「レミアン、健一を信じなさい。何か考えがあるのでしょう」
にこやかな笑顔、直接毒を感じているにもかかわらず口調は柔らかで表情は和やかだ。
「そう、ここで新技登場」
そう言うと『フリースモーク』を消し、ポケットから手のひら緑色の立方体を手にした。特徴的なのは面に全て網目があること。
「それは何?」
レミアンは素直に疑問をぶつける。
「俺が元のいた世界で虫かごっていう。名前のとおりここに捕まえた虫を捕まえておく」
「虫を捕まえておく……キモッ!」
眉をひそめるレミアンとスフラ。
「いや、元の世界では子供時代はだれでも経験することだから、男はとくに」
2人とも目が細くなる。この世界ではそういった習慣はないようだ。
「そんなことよりも『錬術』を発動されるよ」
そういいながらフェバルを翳し、緑色の虫かごは赤く染まる。
「『インセクトハウス』」
赤い虫かごは一瞬光を発するともとから何もなかったかもように消滅した。だがそれも一瞬。健一の周りには緑色の柵がいくつにも立ちそびえ、正方形をつくる。緑色の柵は牢屋の鉄豪のようだ。それは天井まで覆いつくし、健一たちは緑の牢屋に閉じ込められた。
「ちょっと、だからなにこれ!」
レミアンが突然閉じ込められ戸惑いの表情をつくる。
「あそこ見て」
健一が指を指したのは牢屋の天井。『フリースモーク』の煙が勢いを失い下降しつつある。そこで不可思議な光景が映る。隙間から煙が蔓延するはずだったが、『インセクトハウス』の中には侵入せずに面を這いずるよいに下降を続ける。数秒のうち、『インセクトハウス』は白い煙に包まれた。
「『インセクトハウス』はlevel7。それ以下や威力の低い攻撃なら防げる。どんな些細な攻撃でも」
健一が説明を終えてもレミアンは曇った表情に変化はない。
「でも、それって。こっちから攻撃できなくない?」
「うん。できないよ」
平然と答える健一。
「それはまずいでしょう。このままじゃあ、状況維持のままだよ」
「そうならないために先に『フリースモーク』を発動させた。これで『厄気』側からはこっちがどうわからない。痺れを切らして姿を現すって」
自信満々にドヤ顔を披露する健一。自らの策を自画自賛する表情だ。
「痺れを切らすって。そんなことわかんないでしょ!」
部隊に指示をするときよりも大きな声。目が吊り上がり唇を噛む顔は元の妖艶な顔を台無しにさせる。
「えっ! ダメ?」
「不確定要素が多すぎますし、独立部隊の生存が低くなります。じゃんけんのような戦術は危険過ぎます。毒花が遠くにいるのか、近くにいるのか。それ以外の場合でも毒花が近くに姿に現さない限り成立しません」
「マジかっ! ってこの状況やばい?」
健一も防御の手、この場合の最大の欠点。独立部隊の動向がわからないことの重要性に気が付いたようだ。
「そうじゃあ、直ぐに『インセクトハウス』を消滅されて――」
「いえ、その必要はありません」
「どういうこと?」
健一が尋ねる。不確定要素の強いこの作戦は一刻も早く中止しなければならない。
「今回はケンイチがじゃんけんに勝ちました」
スフラは虹色の石と細い剣を両手に持つ。2つともすでに赤く染まりつつある。
「気配がします。煙の外に『厄気』がいます。おそらく毒花でしょう。5秒待っていてくださいね」
聖女のような笑顔。スフラは一瞬にして『インセクトハウス』から姿を消した。
「5秒って……」
「王女様の強さは知っているでしょう」
「まぁなぁ」
修行の間、健一はスフラよりも強いかもと幾度も頭をよぎった。それ程、元の世界から持ち込んだものは最高の媒体になった。それでも、level5を数秒で片づけるのは難しい。スフラが手加減してくれていたことを感じ奥歯を噛みしめる。
だめだ……。もっと強く、強くならないとスフラを戦いから離れられない。もっと…………。
煙の近辺から剣を何かが斬られる音が数回。音がしたのはそれのみ、周囲には静寂が広がる。
「もういいですよ」
スフラの言葉に『インセクトハウス』を消滅させると煙が襲いかかる。目を襲う自分の攻撃の一端に、深く目を瞑りながら煙から脱出を図る。
「ちょっと、勝ってに」
レミアンの呼び掛けも無視し、煙を抜けると視界には来た道が広がった。
逆に出てしまったか。そう思いすぐに体を反転しようとしたが。
何だ! いや、誰だ?
森林の奥、僅かに見えるそのシルエットは人のようだ。しかし、兵士ではないことは断言できる。軍服はおろか服さえも着ていない。黒い霧がシルエットの全身を包んでいた。
あれは『厄気』なのか?
「どこに出ているの。こっちだよ。早く独立部隊を手当しないと」
背からレミアンの声に反応して振り向くと、毒花だろうか、紫の花が5匹ほど倒れており、今にも黒い粒となって消滅するだろう。その奥には既にスフラが独立部隊の傍に駆け寄り、手当を施し始めている。
「なぁ、人型の『厄気』っているか?」
さきほどのシルエット、考えた結果。人型の『厄気』だろうという結論に至った。
「人型? 聞いたことないけど」
首を捻り答えるレミアン。
「スフラはある?」
少し遠いため声量を増した。手当に夢中なのか、スフラの返答はなくテキパキと手を動かす。
「なぁ、スフラ。人型の『厄気』っているか?」
スフラの元に駆け寄りレミアンと同じ質問をする。
「えっ………人型ですか………」
「うんそう、遠いから見間違いかもしれないけど」
「でしたら見間違いでしょう。新種という可能性もありますが『厄気』は人に降り掛かる厄災です。それが人の姿になることは考え憎いでしょう」
「そっか、見間違えか~」
「ええ、きっと煙から出たあとでまだ目が慣れていなかったのではありませんか?」
笑顔を浮かべながら推測を話すスフラ。
「なるほど。それだな」
頷き納得する健一。
「俺も治療するか、治癒効果がある『錬術』があるんだ」
そういい独立部隊の治療に専念する健一、レミアンも同じだ。そのためだれも気が付かなかった。スフラの目に一瞬、涙が浮かんだことを。




