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お昼休みは異世界で  作者: 未羅ねらと
飛躍の召喚
20/89

『ポーション』

ぐったりと地べたに倒れ込む黒髪の少女。茂る美しい緑は血に染められていた。


「おいっ! しっかりしろ!」


「起きて! 目を開けてリリちゃん!」


 喚く2つの声に鈍く反応したイリリは、うっすらと目を開け。口を僅かに開き。


「大丈夫です。軍に戻りましょう」


 そう言うとさっきまで倒れたいたのが嘘のように立ち上がり、何時もとなにひとつ変わらない足取りで進軍を逆走する。


 健一とレミアンが色花を下し、イリリの元に戻ったのはほぼ同時刻だった。血まみれのイリリの姿を見てレミアンは木に止まっていた小鳥が驚き飛び立つほどの絶叫を上げ。名前を呼びながら手当を施した。健一も指示を仰ぎ手助けをする。こうして、イリリは意識を取り戻した。


「ちょっと、動いたらダメ。リリちゃんはここに残って、軍に合流したら後方支援に下がってこの戦場ではもう戦うことは許しません」


 手当は施したが所詮、応急手当。イリリが負った傷はとても応急手当などで済まされるものではない。両腕に巻かれた包帯はすでに赤く染まり、血も零れ落ちる。


 妖艶な表情は見る影もない、レミアンがイリリを諭す目は子を思う母のような溺愛にあふれている。だが、イリリの表情は変わることはない。大きな目を吊り上げ、緩む頬などない。命を懸けて戦う戦士、ただそれだけだ。


「いえ、私はまだ戦えます。敵に接近する足もあり、敵を殴る手もあり、敵を定める目もある。こんな血、私が戦いから引く理由ではありません」


「どうしちゃったのよ!」


 レミアンは叫んだ。さっきよりも遥かに響く声で、人から発せられる限界の声で。


「昔はそうじゃなかった。へんだよ。最近のリリちゃん……」


「何を言われようと、同じ位のあなたに命令される義理はありません。1秒でも早く戻りますよ」


 2人に背を向け、足を進めるイリリ。もう、私が何をいっても変わらないそう確信したそのときだった。


「おい、待て! その傷。治せるかもしれない」


 健一の一言でイリリは足を止めた。


「本当ですか!」


「ああ、しかし。時間が掛かる、一時期の戦線離脱は仕方ないからな」


 少し目尻が動き、顎を引く。思考を巡らしたというよりは気持ちは整理をつけたといったようすだ。その証拠に目尻が下がり表情が柔らかくなる。


「わかりました。お願いします」


 イリリが頭を下げたことに健一の目が見開く。それは初めて召喚されたとき以来だった。


「よし、時間がもったいないから軍に戻りながらするぞ」


「戻りながらとは……」


 ポケットから小さな緑の小瓶のようなものを取り出し何時ものように『錬術』を発動する。しかし、緑の小瓶に何ら変化は訪れない。


「失敗ですか……」


「いいや、これでいい。この錬術の名前は『ポーション』。これは元々俺のいた世界の傷薬で、試しに『錬術』をかけたら、効果が数十倍になった。大体の切り傷はこれで治るよ。少し、時間は掛かるけど」


 緑の小瓶から透明な液体をイリリの無数の傷口に塗り付ける。傷にしみる痛みをイリリは全く顔には出さず傷口が塞がっていくのを目にすると、もう一度健一に頭を下げた。


「では、早く戻りますよ。王女様の身も心配です」


 イリリはいつもの覇気のある声に戻り、足並みを早めるようせがんだ。


 色花を隊長達に任せるかたちとなり、今はただ待つことしかできない軍はスフラ王女の指示の元、迫りくる『厄気』の対処に追われていた。


「右から、つるくらげが5体。独立部隊が向かいなさい。独立部隊の脇にはフローラ隊が数十名。見張り役になりますが気を引き締めて。左からくる木偶小人は私が先頭に立ちます。残りのフローラ隊はついて来て下さい」


 この進軍では初めてになるスフラ王女の指揮。王族かつ、世界一の『錬術』使いの声は兵士達の心を瞬間的に沸騰される。皆、一斉に動きだし『厄気』に立ち向かおうとしていた。そんな兵士達の動向を確認すると頷き駆け足に。バルと火炎石を両手に数個持ち、木偶小人に視線を合わせる。


 木偶小人の数は30程。反対側にはつるくらげが接近しているとしても独立部隊、フローラ隊共に苦戦する数ではないが、隊長達がいないこの状況で高levelの『厄気』が出現した場合にはスフラが仕留めなければ全滅もあり得る事態だ。いつまでも病み上がりだからといって戦闘に参加しないわけにはいかない。


 まだ、気を使って貰っているだけで、体は至って万全です。そろそろ『厄気エリア』も奥に近いでしょう。悪いですが準備体操に利用させてもらいます。


 左手バルを右手の火炎石にかざし『錬術』が発動。スフラの頭上には大きさにして直径3メートル程の巨大な火の玉。一度の『錬術』に媒体を複数にして性能を高めている。


 木偶小人の前に広がるのは太陽のような惑星。思わず、歩みを止めその場に立ち尽くす。何も反応がなく人間を襲う様子がない木偶小人は森の妖精のようだ。


「かわいそうですが……しかたがないことです」


 細い腕を振り上げ、ゆっくりと下す。巨大な火の玉は木偶小人に放たれ、周りの木々と共に黒焦げに。どれが木で、どれが木偶小人であったかは知る術はない。


 ふぅ、ケンイチと試合をした影響は全くありませんね。これなら、この先の門番も。


「王女様!」


 兵士の危機感煽る声がスフラの耳に入った。振り向くと、スフラの後ろについてきた兵士ではなく、つるくらげと戦闘していた兵士の1人のようだ。急いで走ってきたのだろう肩で息をしている。


「何かありましたか?」


「兵士達が次々と倒れていきます」


「倒れる? つるくらげの押されているのですか?」


「いえ、わかりませんが。つるくらげと戦闘中に次々と兵士が倒れていき、独立部隊は壊滅。戦闘に加わっていないフローラ軍も損害を受けています」


「なっ……」


 知らされた情報は敗走を考えなければならないほど。しかも、聞くかぎり原因もはっきりしていない。


 フローラ軍からの報告ではつるくらげにそのような能力はあがっていない。能力の見誤りや、上位のつるくらげの可能性はありますが一番可能性が高いのは新種の『厄気』


 健一が召喚されるまで、『厄気エリア』の進軍における主な任務は『厄気エリア』の捜索だ。門番や『コア』の場所、地形の変化なども含まれるが捜索の意図として大部分を占めているのは『厄気』の詳細だ。どんな『厄気』で、どのような能力で、どこにいて、どのくらいいるか。敵を詳細に把握することが『厄気』に抗う人間がまず始めにするべきことであった。スフラ王女の指揮の元。一部を除いて、どの『厄気エリア』もおおよその情報はすでに把握している。しかし、森林という最も視界、足場の悪いこのエリアではまだ不完全な部分もあるのではないかという意見もあった。


「私は左へ、つるくらげに向かった独立部隊及びフローラ軍の援軍に回ります。みなは周りに注意し待機場所まで戻りさない」


「そんな、王女様1人では危険です。私達もついていきます」


 フローラ軍のだれかがいった。女性の声だが兵士の中には数十人いる。到底誰かいったのはわからない。その声に兵士は1人残さず頷き肯定を占めした。


「いえ、連れていけません。すこし残酷な話になりますが、独立部隊が手も足もでない。それが意味することは厄気』のlevelは5以上と推測されます。今の貴方達では何もできないでしょう。だから今は生き残りなさい」


 いつもの気品のある声ではない。スフラは早口で捲し立てた。そして、兵士達の返答も聞かず1人で森の中を駆けていこうとしたその時。


「少し焦り過ぎだろ。スフラ」


 森の中から、健一にイリリ、レミアンは姿を現した。


「いえ、緊急時における迅速な処置は必要です」


 健一に肩を貸してもらいながらおぼつかない足取りのイリリが言った。


「ここは私に任せて下さい。この怪我でも誘導程度なら問題なく遂行できます」


 スフラの目線はイリリの軍靴から大きな目まで撫でまわすかのように見上げると表情が少し曇る。視線を送るだけで何か起こったのかは把握済みのようだ。


「余り無理を……。 あなたにいっても無駄骨ですね」


 そういうと寂しげな目でイリリを見つめる。それに返すイリリの瞳は強く輝く。


「当然です。私は王女様と共に世界を救うことにこの身を捧げています。誰よりも」


「わかっていますよ。あなたがいればここにいる兵は安心です。ケンイチ、レミアンは私に着いて下さい。独立部隊の援軍に回ります」


「「はい」」


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