レミアン・ナッザ
イリリは馬車に横になっているスフラから目を逸らせ、回想を終わらせると再び健一を睨んだ。
「王女様に怪我を負わせるなんて前代未聞です! いくら修行という盾があっても許されることではありませんよ」
目尻が上がりきったイリリの目、スフラは命に別状はないが今も馬車に横たわり大事を取っている。本人は次の戦いも参加するといっているが怪我の影響からか前回のような力を出せるかは不透明だ。
「いや、俺もわざとじゃないからさ。2人ともテンションが上がってついお互いに全力で。ほらさ、相手は世界一の『錬術』使いだから胸を借りるつもりで……」
「ごめんなさい」
足を止め深々と頭を下がる。ゆっくりと反応を伺いながら頭を上げた。
「謝って済まされることではありません。これでもしも王女様の参戦が難しいのであれば、怪我を背負ったまま戦い何があればどう責任を取るのですか! あなたは世界の救世主から世界の大罪人になりますよ」
数十mからなる軍の先頭から終わりまでに響き声、脇に並ぶ木々から小鳥が逃げ出すほどの迫力であった。
「本当にごめん。でも……それはないよ」
「どういうことですか?」
「そこまでにしてイリリ、私が悪いのです。自らを守れない戦士として恥じることです」
いつの間にか馬車から降りたスフラは先頭の2人まで追いついていた。
「そんな、王女様が心を痛めることはありません。悪いのは調子に乗っているケンイチさんです」
「まさか、王女様に勝ったつもりですか。王女様に手加減されていることもわからずに」
「それはまぁ、そのことは理解しているよ」
「ならいいです。いやよくありませんけど」
拗ねたようすでイリリは顔を背ける。
「そんなことより着きましたよ」
スフラの声で視線は遠くに移る。前方の圧迫する森林は終わりが見えない。その中に不釣り合いな黒い球体。フローラ地方の『厄気』の元凶、『厄気エリア』に到着した。
『厄気エリア』の手前にはおびただしい人の数、黒い軍服を身に纏い、1センチの乱れなく統率された集団が見えた。
「お待ちしておりました。王女様」
兵士の列を真っ二つに割りながらこちらに向かってくる1人の女性が声を掛けた。小さな顔に垂れ目、大きな涙袋が特徴的な顔付きに、ピンクの長髪。そして、何といっても目を奪われるのはそのプロ―ポーション。軍服を身に着けているが大きな胸が隠し切れてはいない。妖艶な雰囲気を漂わせる女性だ。
女性は深々と頭を下げ、王女が返事を返すと固い表情を一変させた。
「リリちゃん、久しぶり!」
ソプラノの音に天真爛漫な笑顔を見せ、両手をいっぱいに広げイリリに飛びついた。
そのままイリリの小さな胸に着地するかと思われたが。
イリリは素早く体を半身に変え、女性が胸に飛び込んでくる瞬間に上半身をギリギリ躱すように仰け反らせ残っている下半身を上半身の方向に少し飛ぶことで回避した。すると、当然女性は。痛々しい音を立て地面に衝突する。
「いった~い! いつからそんな子になっちゃったの? リリちゃん?」
「やめて下さい。その呼び方、もう子供じゃないので」
立ち上がりながら軍服を叩き、土汚れを払う女性。イリリを見つめる顔は頬を膨らませている。その怒り方は恋人に怒ってない怒りの口調だ。一方、イリリは大きな目を細め呆れ顔を隠そうともしない。
「反抗期だ! リリちゃんが反抗期だ!」
わざとらしく声を震わす女性、その声を聞いてもイリリの反応は変わらない。
「まったく、相変わらずレミアンさんはうっとうしいですね」
「ひどい……、やっぱり、反抗期だ。昔みたいにレミねぇちゃんっていってくれない。もう泣いてやる! うぇーん!」
体を屈ませ、顔を両手で隠し嘘泣きを開始するレミアン。
「イリリ、この人は……」
「そうですね。紹介がまだでした。こんなことをしていますがこの人はレミアン・ナッザ。フローラ軍隊長です」
「そうです! 私が隊長です!」
レミアンは立ち上がり、話に加わる。まったく目が潤っていたようすはない。
「そんなことより、リリちゃん。その子が例の子?」
「はい、異世界から来たケンイチ ホリキさんです」
「ふうーん」
レミアンは一歩、一歩、健一に近づき2人の距離は息が感じられるほどに。その距離には健一は戸惑っていたがレミアンは気にする素振りはなく頭の天辺からつま先まで観察する。その眼光は決して鋭いものではないがどこか威圧を感じられ健一はただその場に立ち尽くす。2人をイリリが見守り数十秒。
レミアンが上下左右に動かしていた目を止め、上目遣いで健一の目を見つめる。
「いい男じゃん。 抱かれてもいいかも」
「はい?」
今、抱かれてもいいっていったよな。こんな美女が、マジか? いや、元の世界では考えられないがここは異世界。俺は王都を救った英雄だ。つまり、モテるもの至極当然。
健一の表情が明るくなり頬も緩む、レミアンを見つめる。レミアンも健一の視線を受け、笑みを浮かべる。
「ケンイチさん、レミアンさんは大抵の男には手をだす。尻軽女ですよ」
「えっ?」
「酷いな~、リリちゃん。尻軽女だなんて。沢山の男に体を許せる器の大きい女だよ」
右手を大きな胸に当て、声高らかに宣言するレミアン。隣の健一は肩を落とし表情も暗くなる。
「なんだ、ただの痴女か。一瞬、モテ期が来たと思ったよ」
「痴女って、酷い。ケンちゃん」
「ケンちゃんって」
「戯れるのはそこまでです。進軍前ですよ」
スフラの澄み切った声に健一、レミアンとも表情を兵士の顔に戻す。
「少々、戯れが過ぎました。王女様が失望されたのなら位を降格されても仕方ありません」
レミアンがスフラを前に跪く。平伏す顔の目は澄み、頬の吊り上がりもない。先ほどまでの緩んだ顔は微塵もなく。その真剣な顔はスフラ王女に忠誠を誓う騎士の1人だ。
「何を言っていますか。あなたの他にフローラ軍の指揮を取れる人はいません。この進軍でも期待していますよ」
「有り難いお言葉です。期待に応えられる尽力させていただきます」
「それでは、【厄気エリア】侵攻作戦の概要を伝えます」
フローラ軍、独立部隊は総勢194名。うちフローラ軍が124名、独立部隊が70名といった割合となっている。作戦といっても、至極単純。所属部隊は関係せず5列に並ぶ。並び方は『錬術』が低い人が前、より高くなるに連れて後ろに並ぶ隊列だ。普段、連携が取れている隊や隊列をばらしてしまうが、『錬術』のlevelにより並ぶために自然に前方がフローラ軍の兵士、後方が独立部隊の兵士となりさほど連携に影響はない。また、この【厄気エリア】は『厄気』の強弱が明確にある。厄気エリア前方のlevelが低い『厄気』をフローラ軍に任せ、残り高levelを独立部隊に任せたい考えだ。流石に隊長や健一、スフラは列には並ばず列の間に入る。状況に対応し縦横無尽に戦場を走る作戦だ。
「以上です。では速やかに隊列を組みなさい」
軍靴の足音が合唱のように響き渡る。兵士達は素早く隊列を成した。この隊列は自分の『錬術』を申告しなければならない、兵士の力関係がはっきりとして目に見えてしまう。だが、兵士達は嫌な顔一つせずに並ぶ。兵士としての信念はそんなことで傷つけられることではない。
この隊列は兵士達のプライドを傷つけるかもしれないと躊躇しましたがいらぬ心配でしたね。でも、無駄になるかもしれません。
兵士達を誇った顔で見つめるスフラは少し笑っていた。
すでに隊列を整えた兵士達から1人の少女のような兵士がスフラに歩み寄る。
「王女様、お体の方は大丈夫ですか。もし、優れないのであれば休んでいて下さい。自分が王女様の分まで働けるなど驕った気などさらさらありません。しかし、王女様の身に何かあればこの世界は終焉を迎えます。どうか、慎重なご判断を」
「大丈夫ですよ。イリリ、私もいち兵士です。自分の体のことは自分が一番わかります。自分の立場も、宿命も。それにイリリが心配しているようなこと不要です。きっと」
「それはどういうことですか?」
「すぐわかりますよ。戦いが始まれば。さぁ、始めましょう」
深い森を我が物顔で圧迫する黒い球体、近くで見ると黒い霧が視界を覆い尽くす。その前に並ぶ黒い軍服の集団。最後尾に立つ女性の指示の元、軍はゆっくりと、力強く黒い霧の中に入っていく。




