『聖剣』
その気品のある風格は天使の名を名乗るに何一つ違和感はない。向かい合った健一は思わず息を飲む。これまでの『厄気』とは周りを囲う空気が違う、ただそこで立っているだけで殺気を感じるのだ。
「こいつがボスか、正直かなり怖いですけど……」
「何ビビっているのですか? 救世主になるチャンスですよ」
イリリは遠目からでも体が震えているのが分かる健一に奮起を促す。その右手にはすでに幾多に分かれた刃が生えたナイフを握る。その隣にはガルバが青い光を放つ槍を構える。2人とも戦闘体制は整え、じっと天使の動向に目を光らせる。
「そうだな、俺は何のために異世界に来たと思っている」
「ケンイチさん……」
「糞みたいな元の世界から脱出、チート能力で異世界を無双して楽しみまくるためだろ!」
熱が篭った清々しいまでの自分本位な理由にイリリでだけなくその場の健一以外の全員が呆れ顔になっていると素早くポケットからフェバルを取り出し『フリースモーク』を発動した。
「まぁ……やる気を出したということでしょう」
スフラも半ば呆れながらそう呟き、腰に携えた剣を抜いた。その刀身は1m程、剣の先から柄まで白一色。その色よりも特徴的なのは細く刀身、まるで白いチョーク伸ばしたような剣だ。その剣にフェバルをかざし『練術』を発動させた。
「それがお嬢様の武器?小石が当たれば折れそうだけど」
「はぁ! お前『聖剣』が小石で折れる訳がないだろ」
ガルバがギロりと健一を睨みつけ声を荒らげる。
「『聖剣』ってゲームとかでも絶対強い奴じゃん。まったくそうは見えねぇけど」
「興味深いですね。『聖剣』が他の世界にもあるというのは」
イリリが話しに加わる。
「うん、一番強い剣ということが多いな」
「そうですか、そこも一緒みたいですね。Level9『聖剣』全ての斬ること許された剣。今、この世界で一番の『練術』と言われています」
「level9だと! だったら天使なんて余裕じゃねぇの?」
「いえいえ、私の『練術』はそんな大層なものではありません。実際はlevelでは勝る天使を打ち破ることは出来ませんでしたから」
スフラが話しに横槍を入れる。何時も通り、凛とした佇まいだが瞳がかすかに震えている。
「ですから、貴方の力が必要なのです。ケンイチさん」
スフラの心の篭った声に健一は口を閉じる。緩んでいた頬の筋肉が引き締まり覇気の無い目を大きく開く。
「わかったよ。口先だけでもこの世界を救うために戦うよ」
健一の返事に少し安堵したスフラ。瞳に力強さが戻り、覇気のある声で作戦を指示した。
このやり取りの間も天使は目の前までに敵の侵入を許しているにも関わらす微動だにしない。自分自身の強さに絶対の自負があるのか、または『コア』の傍を片時の離れないつもりなのか。その両方か、どれにしろ健一達にとっては時間が十分にあった。天使を倒す策を練る時間が。
ゆっくりと一歩前に踏み出すイリリ。『無限刃』を持った右手を前に突き出す。
「ではいきます。『無限刃』舞いなさい!」
無数の刃が空に舞う。その一本一本が高速回転を続け天使目掛け飛び散る。
「########」
機械のような声、天使の声だ。天使はゆっくりと4つの黄金の翼を羽ばたかせた。
あれは風? いや、風がどうして目に見える。
羽ばたかせた羽から4本の白い線のようなものが何本も見える。それは次第に拡大していき健一の脳裏はあるものと一致させる。
あれはフェアリーが使っていた白いカーテン、しかも4つも。話しが違うと言わんばかりにスフラに目線を送る。天使は主に、放出系の攻撃を使う。その威力は当たれば塵となるがそちらに力を注いでいるためか、防御の手段は余りないと。
健一の予想通り白いカーテンは天使を包み込み無数の刃を弾き飛ばす。イリリ達と3人であれだけくろうした白いカーテンが今度は4つもある。その現実に肩を落とす。
目が合ったスフラは頭を下がる。それを見てはっとする。軍が天使と接触した回数は一度、王都進行軍が奥まで進んだのみだ。当然に情報は殆どない。その時は天使の攻撃によって大半の兵が殉職した。王都進行軍の軍に似合わない個人戦に重視する傾向は単純に組織として戦いうのには新しい兵が殆どの隊では練度が足りないためだ。
こんな美女を悲しい顔にさせて何になる。王女様が悪いわけじゃない、すべては『厄気』のせいだ。
自身の気の小ささを咎め、肩に力を入れ直し前を向く。
「『ギガンテス』伸びなさい」
イリリは力いっぱいに『ギガンテス』を振り下ろす。
白いカーテンに包まれて天使はまるで蛹の繭のようだ。天使に傷一つ与えまいとカードの役割を十分に果たしている。実にして刀身の長さは5m、幅も刀身の長さに比例し大きくなり1mを超える。よって、『ギガンテス』は斬ること以上に打撃の威力は大きい。山をも押しつぶす。圧倒的な重量で押しつぶす『練術』だ。当然、今までこれを受け無事であった『厄気』はいない。
「覚悟はしていましたけど、ショックですね」
イリリは顔を然ませる。
巨大な刃物はその効力を一切発揮できない。巨大なナイフはただ何も危害が無いように白い繭の上に乗かっていた。
すると、繭の中から光が灯る。次の瞬間……。
光の光線がイリリに向かい放出される。『ギガンテス』は小枝のようにポッキっと折れ音速を超えイリリを襲う。
イリリは目を瞑ってしまっていた。当然だろう、太陽の間近で目を開けることなど出来ない。そのぐらいの光の量だ。待ち受けるのは死、目を瞑ってしまったイリリは即座にそう判断した。
「『青瞬』」
白い光と交差する形で青い光が流れ星のように発光した。
私は何を……。
「何やっている、雑魚が」
イリリはガルバに抱きかかえられ、白い放出は2人の横を過ぎ去った。自分が助けられたことを理解したイリリ、それもライバルであるガルバに。イリリは顔を赤くしながら降りた。
「何しているのですか……」
その口振りは何時もの大きな鋭い声でなく、没そっとした照れ屋さんの少女であった。
イリリの無事を確認したスフラは健一に指示を飛ばす。
「天使の前情報は不備が見当たりますが、作戦を続けます。ケンイチさん」
「おう! 任せろ!」
健一は『フリースモーク』を両手に持ち替え、深く息を吸い込んだ。
「うっりゃー!」
体から精一杯の声を出し『フリースモーク』を頭上に持ち上げる。一見、穴も空いていて軽そうに見えるが重さは40キロ以上だ。健一はそれを持ち上げた後、更に左右手を器用に入れ替え回転させる。
『フリースモーク』の先端からは白い煙が放出される。それが回転しているため渦を巻く。そして、また煙を撒き回転する。白い渦は徐々に広がりを続け、健一を飲み込むと、隣にいたスフラをも飲み込んだ。イリリとガルバも作戦通りに煙の中に入り込む。
『スモークフィールド』煙を広範囲に展開することで敵から姿をくらまし、反対に煙の中からは視界が悪くはなっているが敵を捉えられないことはない。あちらは見えてなくこちらは見えている。視覚敵に絶対の有利を作りだす『練術』だ。
天使の赤い目が細くなる。倒すべき敵を見失ったと同意義だ。だが、あの煙の中にいるのは間違いない。そう考えたのだろうか。天使は赤い目を開き、銀色の両手を前に向けると白い光が両手に集まっていく。
「あれは、さっきの光の放出だ。『白光砲』と呼ばれている。この煙ごと吹っ飛ぶぞ!」
煙の中、ガルバが声をかけた。額から汗が落ちる。瞬間移動を可能とする『青瞬』では持ち運ぶ人数はせいぜい1人、この人数を助けることなど出来ない。
「大丈夫、俺が向かえ撃つ」
健一は『フリースモーク』を下ろすと、前方に真っ直ぐ両手を伸ばし『フリースモーク』を突き出した。先端の球体から煙が吹き出す。周囲にある煙よりも遥かに濃く重い印象がある。煙は錯乱せず先端の球体に纏わり着く。
天使は光を集め終えたのだろう。赤く怪しげな目を光らせ太陽の光が集まったような光を放出される。
濃く集まった煙は普段目にしている煙からは想像出来ない。そのため煙にとは思わない。何か白い塊、それが高速回転している。『フリースモーク』の中で最大の攻撃力を誇る攻撃。
「『煙回砲』」
健一の叫びと同時に白い塊は『白光砲』に放出される。
白い光と白い煙の衝突、ぶつかり合ったのはコンマ数秒だったが、その衝突はひどく長く感じた。光は煙を飲み込もうと煙は光を突き破ろうと。互いに対等した力は光の塵となって消滅した。
「あの『白光砲』と互角とは」
ガルバが賞賛の声を掛ける。前回の戦いで侵攻軍を壊滅に追い込まれたのはあの『白光砲』だ。
「いやぁ~。もうちょい、いけると思ったけどな」
「気を落とすことはありません。作戦は上手くいきましたから」
「ああ、これで終わりだ」
ガルバの言葉に賛同するように2人は頷く。
自分の攻撃が防がせるとは予期してはいなかったのだろう。ましてや、同じ放出系の攻撃で互角であったのだ。人間ならば冷汗をかくのではないか。そう思う程、天使は呆然と佇んだ。しかし、それも一瞬。再度両手を前に向け『白光砲』を放とうとする。あの相手は危険だ。早く処理しなければと。
周囲の警戒などは皆無であった。
「終わりです!」
白い棒切れ、子供の玩具にもならないような剣だが。この世界ではこのひと振りよりも危険なものはない。
突如、真横に現れた敵。既に降り下ろされている白い刃は天使が白いカーテンで防ぐまえにその銀色を切り裂いた。血は流れない。ただ細い刃に従い身体が裂けていく。
「#######」
言葉は通じなくとも意味は推測できる。耳を抑えたくなる声を荒らげ、尚も追撃を加えようとするスフラに対し白いカーテンを囲い防御する。
「舐めないで下さい。私はこの世界を平和にすると誓っています」
『聖剣』を振り下ろす。白いカーテンは紙切れの様に破けた。防御を失った天使。赤い目には微かに揺れている。しかし、動揺する時間は掛けず素早く対応に移す。羽を大きく広げスフラに対峙したその時。
「『無限刃』」
「『青雷』」
無限に近い刃と青い雷が天使を襲う。繭がなくなった天使はさながら自衛する手段がない幼虫のようだ。
スフラは『聖剣』を今一度強く握り直し止めを刺すべく振りかぶる。
「止めです!」
だが、刃は銀の体の寸前で静止する。スフラの手が止まったのだ。耳に何か違和感が生じた。
「##~########~」
悲鳴な怒号といったものではない、言葉ではない。全く何を言っているのかは理解できないが。天使の口からは綺麗な音が聞こえる。リズムを刻んでいる。明らかに歌であった。それも何処か悲壮感漂う歌だ。
これはフェアリーと同じ回復する歌か。なら前のダメージが残っている内に追撃しなければ。健一は『フリースモーク』を発動させようとするが。
「今、ケンイチさんの『練術』が発動すれば王女が爆発に巻き込まれます」
イリリの指摘を受け、手を止める。
「くっそっ! なら、どうする」
「ここは王女に任せましょう。『聖剣』を振るう時間は余りないですがあの方は世界一の『練術』使い。この世界を闇から救うお方です」
『聖剣』を振るえるのは残り2回といった所でしょうか。
『聖剣』、この世界の全てを斬れる剣。太古から王家に伝わる国宝の剣。王家の血を受け継ぐスフラの『練術』でのみ『聖剣』へ姿を変え、『錬術』を解いてもその姿を失うことはない。その強大な力は多大のリスクを負う、ひと振りする度にスフラの精神を喰う。大戦のあった時代、スフラはどんな敵をも斬ったが誰よりも戦場にいる時間は短い。世界最強の名をほしいままにしているスフラの唯一の弱点と言われている。
スフラは両目を細かく動かし天使の動きを探る。
今はあの白いカーテンを発動していない。その変わり傷口がとんでもないスピードで塞がっている。悠長に回復される時間を与えることはない。
地を力強く踏み込み、『聖剣』を振りかぶる。既に半分以上塞がっている銀色の斬り口をもう一度開かせようと振り下ろす。
その時だった。天使の翼が全て折れたのは。
戸惑いながらも『聖剣』は止まらない。一瞬、事態が飲み込めなかったスフラだったが恐らく体力の限界だろうと推測した。事実、とく『聖剣』に影響はなく一撃目よりも深々と白い細剣は天使を深く斬った。
倒した!
スフラは思わず笑みを浮かべ、天使の顔を見上げるが。その顔は何一つ変わらず。本当に斬ったのか疑問を抱くほど淡白なものであった。
その顔にスフラの本能が反応する。戦いは終わっていないと。いや、これからだと。




