シャッフルたい焼き
スーパーの前にたい焼き屋が出店していた。からくさ模様のテントの下で、太った男が型に種を流し込んで焼いている。
珍しいいちご餡とかぼちゃ餡のたい焼きがあったので、りん子は一つずつ買うことにした。
「シャッフルたい焼き、いちごとかぼちゃッスね」
「シャッフルたい焼き? それってまさか、中身が入れ替わっちゃうってこと?」
「困りますか?」
男は肉厚の手でたい焼きを袋に入れ、右と左を入れ替え、また入れ替え、さらに入れ替えてから差し出した。
「ちょっと、何するのよ」
りん子は袋をのぞき込んだ。片方のたい焼きは目のところが薄いピンクで、もう片方はうろこにかぼちゃの種がついている。これなら間違えようがない。そして男の言う通り、わからなくなっても困ることはない。
「毎度あり」
男は頬肉を持ち上げ、白目がちな目で笑った。
この冬一番の寒さが到来していたが、たい焼きの包みを持っているとそれだけで温かい。りん子は大通りを渡り、商店街を抜けて歩いていった。
どちらから食べようか、甘めのかぼちゃを食べてから酸味のあるいちごに行くか、いちごのつぶつぶ感を楽しんでからかぼちゃの香ばしさを味わうか、そんなことを考えていると、電信柱からサルが下りてきた。
「こんなところにサル……? きゃっ」
頭を踏まれ、りん子はバランスを崩した。サルは細い手を伸ばし、りん子の腕からたい焼きの包みをもぎ取った。
「こら! 待ちなさい」
サルは体が小さく、とても素早い。柔らかそうな黄色い毛が、日の光を受けて流れ星のようにきらめいている。
りん子はサルのしっぽをつかんだが、あまりにも毛並みが良かったので、するっと抜けてしまった。
サルは塀の上に飛び乗り、歯を見せてキキキッと笑った。りん子がよじ登ろうとしている間に、さっと走って逃げていく。
「もう! 絶対つかまえてやる!」
頬がほてってきて、りん子はマフラーを外した。サルの尻を追いかけて走っていくと、子どもたちが驚いて道を空け、それから笑った。干しいもやバナナチップを投げる子もいる。
「餌付けなんかするから、どんどん図々しくなるんだわ」
坂を上って下り、公園をぐるりと回って川沿いの道を走る。
こんな時、友達のカワウソがいたら先回りをしてサルをつかまえてくれるのに、とりん子は思った。
「でもだめね。あいつに任せたら、たい焼きどころかサルまで食べられちゃう」
自分の獲物は自分で取り返さなければ。
あと少しで、また下り坂に差しかかる。これ以上走って体力を消耗する前に、一気に勝負をつけるしかない。
サルは小さな頭を動かし、挑発するように振り返りながら走っていく。りん子は片目を閉じた。
「行くわよ!」
荷物の中から、スーパーのビニール袋を取り出した。エコバッグを持っているのに、レジで断るのを忘れてしまったのだ。おかげでエコポイントをもらえなかったが、早くも役に立つ時が来た。
りん子は袋を足下に敷き、そのまま坂を滑り降りた。片足で道路を蹴り、勢いをつけると、あとは自然に動いてくれた。風を切り、椿の生け垣すれすれを通り、急勾配を走り抜ける。またたく間にスピードを増した。家と家の境目もわからないほどになった時、りん子はサルの背中をとらえた。
「今だわ!」
りん子はサルのしっぽに手を伸ばした。そのまま袋から飛び降りる。
勢いのままに前転し、もう一回転すると塀にぶつかった。突き当たりまで下りきったらしい。
「いたた……逃がしたかしら」
身を起こすと、背中と壁の間から何かがもぞもぞと出てきた。それは赤みがかった金色の、たいそう立派な鯛だった。
鯛はりん子を見ると口を大きく開け、尾びれを振った。そして宙を泳ぎ、塀を飛び越えてどこかへ行ってしまった。
りん子の手の中には、和菓子屋の包みがあった。開けてみると、サルの顔の形をしたおやきが二つ入っている。片方は薄いピンク、もう片方は黄色で眉間にかぼちゃの種がついている。どちらもできたてで、湯気が上がっている。
「シャッフルたい焼きって、こういうことだったのね」
二つのたい焼き、ではなくサル焼きを眺め、りん子は大変なことに気づいた。
こうしている間にも、いつシャッフルが起きるかわからない。早く食べなければ、自分がおやきにされてしまう。
「いちごとかぼちゃ……うーん、どっちから食べようかしら」
坂を上りながら、りん子は考えた。両手に持ったサル焼きが、制限時間が過ぎるのを今か今かと待っていた。