聖夜に銃声は鳴り響く
薬莢が宙に放られ、飛び出した弾丸が対象の頭を吹き飛ばす。それをスコープ越しにひどく冷静に眺めながら、たかしは通信機に向かって成果を報告する。
「こちらアルファ。目標の破壊を確認。次の目標の捜索を開始する」
『こちらブラボー。担当地区の一掃まで後少しか。今年も冷えるな』
「こちらアルファ、無駄口を叩くな。今年の連中は少し荒い。気を付けろよ。オーバー」
『問題ない。オーバー』
通信が途切れると街の喧噪が耳に入ってくる。それからたかしは味のしなくなったガムを噛みながら、空を見上げた。街のネオンに照らされて、もう夜だというのに白い雲が確認できた。
「雪雲……か。嫌な空だ。奴らの動きが活発になる。神様ってのは、まったくもって不平等だ。こんな日に、あんな連中を祝福する。いや、ここでこんなことをしている俺をあざ笑っているのかもしれないな」
白い息を吐きながら、たかしが目を細める。
長年の勘が告げていた。この夜は今まで以上に辛い聖夜になるだろうと。いつもに比べてどこか騒がしい。赤服たちの動きも妙だった。
「まあ、どうであれ……俺はただ連中を狩るだけだ。まったく、虫のように湧いてきやがる」
それからたかしはスコープをのぞき込み、新たに現れたソレへと照準を定める。スコープの先にあるのは煙突だ。昨今の連中は煙突から入ることも少なくなっているが、だが実際に置いてあれば、そこに向かわざるを得ない。それが本能というものだった。
その作戦はここ近年に置いて多大な成果を挙げていた。
「その頭、綺麗に吹き飛びな」
そして銃声が響き、黒い影が屋根から転げて落ちていくのが見えた。恐らくは断末魔の声も発したのだろうが、離れた位置からではそれは聞こえない。直接聞ければどれだけ心地よいかとたかしは思ったが、接近戦を犯すのは愚の骨頂だ。相手も接近されれば、自衛という名目で反撃して来ることもある。見た目以上の身体能力を持つ彼らは、決して侮れない存在でもあった。
だからこそ、こうして狙撃銃で遠くから狙って駆除するのが一番安全なのだ。それから次に迫ってくる標的を見ながらたかしが笑う。
今日はすでに五人目。であるにも関わらず、彼らはまるで無防備に煙突へと向かっていく。
「日本なら狙撃の心配はないと思ったか? 軍がお前たちを衛星から追跡してる時代だぞ。国が正式に活動できなくとも、抜け道なんていくらでもあるのさ。こんな風にな」
まるで害虫を仕留めるかのようにたかしはトリガーを引いた。
たかしにとって、赤い服を着たあの老人たちは害虫そのもの、深く心の奥底に刺さった棘のようなものだった。
それからたかしが次の標的を探そうとしたとき、さきほどのブラボーから急に通信が入る。
『聞こえるかアルファ』
「こちら、アルファ。ブラボー、どうした?」
『不味いぞ。連中、今年は……俺の目の前で仲間が次々と……くそっ、デルタ以下は殲滅。もう俺も』
「なんだ? どうしたブラボー?」
『チックショウ。こちらも……うわぁああ』
それから、銃声が響き渡り、すぐにプツンと通信が途切れた。
後に残るのは静寂だけ。街からはクリスマスソングがわずかに響き、車の排気音が時折聞こえる。そんな中でたかしは、もう音の出ない通信機を見ながら白い息を吐いた。
「ブラボー……アイツもたかしだったか。こんなところで死んだか。バカなやつだ」
それは覚悟していたことのはずだった。だが、たかしの中にある黒い怒りは収まらない。また、それを解消する手段もひとつしか知らない。
「まあ、いい。俺は俺の役割を全うするだけだ」
「それが何になるというのかね?」
フッと背後からの殺気を感じ、たかしは身を逸らす。
振り下ろされた斧がたかしの服わずかに裂いたが、掠り傷であった。そのままたかしが舌打ちをしながら腰の拳銃を抜くと、相手の次の言葉も聞かずに連続で背後にいた老人を撃った。
五発撃って相手が倒れたのを見て、そのまま蹴り飛ばして再度残りの弾丸を頭部に撃ち込む。
「背後から狙ってくるとはな。闇夜に紛れて動くあんたらにふさわしい卑怯なやり口だ」
それから物言わぬ死骸に唾を吐きかけて空を見上げた。
連中はまるで虫けらのように毎年現れる。何度も何度も仕留めてもあの赤い服とともにやってくる。それは子供の数だけ存在する。理不尽な世界の律そのものだった。
『SKT(サンタ殺し隊/サンタキルチーム)。応答せよ。ただいま、我が隊は壊滅的な被害を受けている』
たかしが息を整えていると、通信が入った。今年五十一になる熟練のたかしさんの声だ。この地域一帯を取りまとめている手練れだが、その声は荒く、興奮しているようだった。
『今年の連中は凶暴だ。哀れな小虫ではない。連中は、我らを阻む悪魔と化した。ついに本性を現したのだ』
『だが恐れるな。連中が我らにしたことを思い出せ』
『我々が受けた屈辱を今こそッ』
合間に銃声を挟みながらの隊長の言葉はやがて消える。それから通信機から『メ……クリ……ス』という老人の掠れた声が聞こえて、続けてガリッという恐らくは何かに踏みつぶされた音が聞こえて通信機からは再び音が消えた。
「隊長っ」
たかしが叫ぶ。だが、相手のことを気にかけている余裕は今のたかしにはなかった。気が付けば周囲が赤い服の髭の長い老人たちに覆い尽くされていた。
「こんなところに。くそっ」
たかしは持っていた拳銃のマガジンを差し替えると近付いてくる老人に向かって撃ち続ける。スナイパーライフルの照準も合わせずただ前に向けてトリガーを引く。
だが老人たちはバタバタと倒れてはいくものの、次々とやってくる。
何しろプレゼントを待ち続ける子供の数だけ、彼らは存在するのだ。それを駆除しようとするなど所詮無理な話だった。その老人たちの群を見てたかしが叫ぶ。
「くそっ、そんだけいるならなんで俺には与えなかった。俺はただ待っていただけなのに……それをお前たちはッ」
叫びながら、泣きながら撃ち続けた。やがて赤い服なのか体液なのかも分からない状態の老人たちがたかしの元へと辿り着くと、一斉に持っていた白い袋を叩き付け始める。それは子供たちの期待が詰まった袋だ。希望の重みだ。
それに叩かれながら、たかしは考える。何故こうなってしまったのかと。
たかしは許せなかった。ただ真夜中眠らずに過ごしただけの自分がプレゼントをもらえなかったことに憎悪していた。
悪い子供にはプレゼントは届かない。そんなことは分かっていた。だが、ただ待っていただけで、何故にそのような仕打ちを受けねばならぬのか……
叩かれた体は鬱血し、骨は折れ、意識も遠ざかっていく。世界が赤く染まっていく。
「くそったれ」
たかしはそう吐き捨てて、最後に銃口をくわえ込んでトリガーを引いた。そして、ドサリと倒れた音ともに老人たちの動きが止まった。
音は消え、ただシンシンと雪が降り続いている。老人のひとりが前に出て、その亡骸の前に腰を下ろした。
「メリークリスマス。たかし」
それから白い袋から大きな靴下に包まれた箱を取り出して、もう動かなくなったたかしのそばにソッと置いた。
それは十二年前、たかしがサンタを見ようと起き続けた結果、ついにはサンタが手渡せなかったプレゼントだ。三世代前のコンピューターゲーム。世界的に人気なひげのおじさんが活躍するゲームソフトも一緒に入っている。
去年までとは違う。今年のたかしはもう静かな良い子になっていた。悪い子のたかしはいなかった。たかしはもう待ち続けることはない。悪夢は終わったのだ。
そうサンタたちは理解して頷きあうと、建物の影から出てきたトナカイの牽くソリに乗ってゆっくりと空へ向かって駆けていく。
トナカイの赤い鼻の輝きが空に赤い光の軌跡を描いていく。その下でたかしの身体はゆっくりと雪に包まれていく。プレゼントともに。ゆっくりと白く……