89話 ナチュラルボーントラブルメイカー
「どわはァッ!」
頭蓋骨の欠損を修復した瞬間、変な声が出たわ。
あぁ、でも頭があるって素敵!
くはぁ、空気がうめェ! 息してないけど!
いやぁ、ヤディカちゃんの爆発攻撃、想像以上だね、マジで死を覚悟したわ。
まぁ、俺のミスも大分あったけど。
防御に全力を注いじゃったからね。
『骨融合』と『魔力自在』で防壁を作ったのは良かったんだけど……。
爆発する直前で気付きました。
師匠から贈られたデメリットしか見えない称号『武神の右腕』。これによって俺の『スキル』の効力が殆どカットされていることに。
どこかの養成ギプスみたいに、負担をかけることで強くする、という師匠のありがたい心遣いだったんだけど、この状況ではかなり厄介だった。
効力の落ちていた防壁を作り直す暇もなく、爆弾の威力が殆どそのまま俺に襲いかかってきた。
幸い、骨は『スキル』を使わず強化したままだったので俺自身の防御力は高いままだった。だけど、それで安心はできない。
何より、『骨融合』と『魔力自在』で守っているヤディカちゃんが危ない。
爆発する瞬間の僅かな時間で出来たことは、もこもこを払い除けてヤディカちゃんに覆い被さることだけだった。
結果、俺は全身粉々になり、盛大に吹き飛ばされた。
転生して半年くらい経つけども、一番俺をボロボロにした攻撃は、恐らくこのヤディカちゃんの爆弾だろうな。
実は、ヤディカちゃんの作ったモコモコを手刀や足刀で切り裂いたり力付くで千切ったりして、さっさと出ることも出来たんだけどねぇ。
やらない、というより、出来ませんでした。
暴走してしまったヤディカちゃんの前で、明らかに俺対策が為された秘密の技を仕掛けられて、それをアッサリ破ったら、なんだかより不味いことになる気がしたのだよ。
まぁ、しぶとさに定評のあるアンデッドの私です。
どれだけ凄い爆弾攻撃でも、それ一撃くらいならば耐える自信があります。
師匠の攻撃はもっと恐ろしいのだから。
とは言っても、すぐには動けないくらいバラバラにされて、地面に転がっていたんだけどね。
空中に散った魔力をコツコツ集めて数時間、漸く動くのに最低限必要な骨を再生できた。
アメリカンコミックの青光りするヒーローだって、原子分解された状態から神経、骨、筋肉と自分で編み上げて再生してみせたしね、骨くらいなら俺もやってやれないことはない。
ぶっちゃけ、アメコミヒーローと同じシチュエーションに若干わくわくしたくらいだ。
しかし、再生できたのは本当に最低限だけなので、出来ればモンスターの骨とか転がっていたらとてもありがたいです。
見渡す限り塩まみれの湿地帯では、あんまり期待できそうに無いけど。
よろけながら歩いていると、一際高い魔力を放っている物が落ちていた。
近寄ってみれば、それは木屑だった。それも半分朽ちかけており、塩で固められて形を保っているような状態だ。
「ふーむ……」
ヤディカちゃん達が戦っていた敵は、塩枯死樹人といったっけな。その中から黄色い女が出てきたとかなんとか。
ならばこれはソイツの破片かな? 魔力もそれなりに残っているようだし、ここは吸収させてもらうとするか。
「むぅ……」
広い集めて、腕に押し付けてみる。
変化なし。
『骨融合』を使って吸収しようと思ったんだけど、上手くいかないな。
まぁ、これは骨じゃなくて朽ち木だしな、スケルトンの範囲外ということだろう。
しかし、この魔力を放置するのは勿体ない。只でさえここには他のモンスターの姿が見えないのだ、この木の破片を使えないと、体の修復が面倒になる。
いつもなら面倒くらいあまり気にしないけどね。さっさとヤディカちゃん達と合流したいし、出来ればこの木の破片を利用したいところだ。
うん、思うに、これを骨と認識できないのがいけないのかもな。
『骨融合』の能力も落ちているみたいだし、力業では上手くいかないかもしれない。
よし、ここは頭を使うとしよう。頭突きのことではない。たまには殴る蹴る以外にも頭を回していかないとな!
そんな訳で考えたのが付いたのが、食えばいいんじゃない? という方法。
口に入れるのはバッチィから嫌。なので、骨の一部を『骨融合』で柔らかくして、木片を包み込む。そして力を込めて破砕、細かくしたものを全身に行き渡らせるのだ。
どうだろ……?
うーん、思ったほどの変化はない。量が少なすぎるのかな?
もう少し多目にやってみようかな?
なに、もしも害があるいうなら出してしまえばいいのだ。細かく砕こうとも、その存在は異物感として感知出来ているぞ。
いや、まて、これが“異物”扱いだからいかんのじゃないか?
骨同様、自然なものとして捉えることが出来れば『骨融合』も適応されるかもしれない。
うん、少しぶっ飛んだ考えかもしれないが、モンスターは生き物や物質が魔力に置き換わったもの、つまりは根っこは魔力、皆同じなのだ。
俺の骨もこの木片も、魔力であることは変わらないはず。
一時間ほど『千思万考』にて瞑想して、この状態を自然であるように考えてみようか。
ゆっくりと消化するイメージ。
木片が俺の体内で溶け、骨と混ざりあっていくことろを頭の中で描く。
じんわり沁みるように骨に浸透していく。
広がりながら、沈みながら。
瞑想の中で、段々と異物感が無くなっていくことが分かった。
木片が溶けて混じり、俺の一部になっていく。
この感覚、いける!
瞑想から意識を浮上させれば、時間は10分と経っていない。
うむ、理想以上に素早く出来たな!
周囲を見渡して、まだ木片が落ちていないか確認する。
見れば、有るわ有るわ。
大きな物だけでも十個近い、細かいものは数えきれんな!
これはもう全部取り込むのだという師匠の有り難い思し召しに違いない。
師匠、貴女の思い、受けとりました。俺は食うぜぇ、超食うぜぇ!
テンションを上げても作業は凄く地味なんだけどね。
いちいち取り込むのも面倒なので、一ヶ所に広い集めています。お陰で目の前にはこれからキャンプファイアーでもするのかなってくらいの枯れ木の山が。
火を着けるのも面白そうだけど、それはまた今度。ヤディカちゃん達がいる時にやろう。
キャンプファイアーするなら、お祭りを企画するのもいいかもね。
いや、それも食料状況が安定してからだな。
忘れかけてたが、俺たちが此所にいるのは、インユゥちゃんがエルカ族の食料庫を空っぽにしてしまったからなのだ。
いや本当、お祭りとか行ってる場合じゃ無かったわ、加えて、ここでのんびり強いやつと殴りあってる場合でも無かったんだわ。塩の採取にどれだけ時間かけてんだって話。
実は、地理的に塩を集めやすいのがエルカ族だから、他種族との間でうまいこと交易みたいに出来たら、という目論みもあった。
まだ族長達には伝えてないけど。
今は俺が修行を手解きするという名目で他種族との交流が出来ているけど、亜人の中で武術が広がっていけば各々の流派もきっと出来るだろうし、より自分達の種族にあった動きを研鑽していくはずだ。そうなったらエルカ族に他種族が訪れるメリットが弱くなってしまう。
だから、他種族間で半永久的にやりとりする為に、その種族独特の特産品というものが欲しい。
ネビ族には人間とやり取りすることによって手に入る交易品が有ったし、ゼクト族はその多様性から様々な商品を産み出せる下地がある。カメリーオ族に至っては、ネビ族とだけであったが、原材料を輸入して加工品を輸出するという貿易の形が出来上がっていた。
そういう意味では、エルカ族は遅れていたのだ。
個人的には、インユゥちゃんがエルカ族の食料庫を空っぽにしてくれたのは、いい機会だと思っている。
おかげでこうやって他種族と品物をやりとりするチャンスが生まれたのだから。
エルカ族の今後のためにも、遊んでばかりはいられないのだ。
目的を再確認して気合いを入れ直した所で、早速枯れ木の山にダイブしましょう。
そーれぃ! と『骨融合』を発動させながら飛び込めば、枯れ木が骨に吸い付いて来るような感覚。
いいね、魔力がガンガン補充されていくね!
枯れ木の山ももりもり小さくなっていく。
〈 行動経験が一定の値を越えました
スキル『穢塩黄炎』を獲得しました 〉
おぉ、このインフォも久しぶりな気がするな。
『穢塩黄炎』? 聞いたこと無いスキルだけど、穢れた塩の黄色い炎?
それってスライム達を襲った呪いのことかね?
塩って入ってるし、たぶんそうなんだろうな。
困ったら『上級鑑定』をすればいいのです。
『穢塩黄炎』
上位スキル
MPを消費し、廃滅の炎を召喚する。
この炎は制御を誤ると自分、または周囲の者を巻き込む恐れがある。
熱と混じることで変化を引き起こす、現象としての炎である。
Hmmm...
不思議な説明文だな、内容からして若干『煉獄火炎』と似かよってる? 変化を引き起こすってのがよく分からないな。
どんな効果かは使ってみないと判明しないってことか。
取り敢えず、骨から失われた魔力は殆ど補充できたかな。
新スキルの確認は後だ、まずはヤディカちゃんに吹き飛ばされた所まで戻らないとな。
◆◆◆
「さて、あとはこの入れ墨をちょこっと刻めば処置は終わりだ」
ジョンは指先を細く鋭く変化させ、黄色い女の肌を丁寧に吟味する。
一応は女性、服を着れば隠れる場所に刻んでやるのがせめてもの情けだろう。
女は石を切り出して作られた大雑把な台の上に乗せられているだけだが、抵抗らしい抵抗はしていない。
手足も拘束されておらず、そのままだ。
ただ黄色一色の目で、ジョンを見詰めるだけだった。
やり辛い、とジョンは小さく舌打ちをする。
愛する主人の姉であったというこの女、確かに主人と似かよっている所はある。主人がこのまま大きくなることがあれば、このような顔立ちになるのではないかと思わせるような。
だからこそ、濁った瞳を見ていられない。
いや、単純に見たくないだけだ、シェラザードの似姿が壊れている様を。
入れ墨を刻むのは腹部でいいだろう。痛みもなく、一瞬で終わる。それに、大して大きくもない。
これはただの発信機のようなものだ。結界の要を監視しておくための目印に過ぎない。手間を掛けないくらいで丁度いいのだ。
「あ……」
いざ入れ墨を刻み込もうとした時、女が声を上げた。
「あん? どうした? 今さら嫌だって言っても通じねぇぞ?」
「ちがうよ、なんだか、ちからがぬけてきた……」
「おい、どういうことだ?」
要の処置にそんな効果はない。むしろ一時的な増幅効果さえあるくらいだ。
力が抜けるなどあり得ない。
嫌な予感を感じて女の魔力を感知する。
その魔力の総量を確認し、青白いスライムのジョンの顔が、一層白くなった。
魔力が減っている。それも物凄い勢いで、まるで穴の空いた桶のように魔力がどこかへ流れていくのだ。
「な、んだこれは!? おいコラ、何が起こってるんだ!」
「あたしにはわからないよ、あたしが、なくなっていく、みたい」
「アンタが無くなる、だぁ?」
ジョンは魔力の流出を防ぐために女の体を変化させた自身の腕で包み込む。寝袋のように体を覆い、穴ができないように慎重に切り離した。
余裕を無くしつつも、その頭脳は事態を理解しようと高速で稼働していた。
黄色い女。彼女は『スキル一極化実験』という荒唐無稽な所業の犠牲者だ。その結果、持っているスキルはただ一つ『穢塩黄炎』のみ。
これこそが彼女を生かしているただ一つのもの。
それこそが彼女を殺すただ一つの方法。
彼女から『穢塩黄炎』が失われるということは、彼女が消滅することに等しい。
誰かが『穢塩黄炎』を彼女から奪い取っているのだ。恐らくスキルを発動させる為の魔力ごと。
信じられないことだ。
つまり、その何者かは彼女の存在ごと魔力に無理矢理分解し、吸い取っているのだから。
こんなことされたら、如何なるモンスターであろうとも存在を食い潰されてしまうだろう。
何より最悪なことは、それをやりかねない化け物に心当たりがある、ということだった。
「クソッ、いいか、そこで寝てろ! 俺は何が起こってるのか確認してくる、勝手に動くなよ!」
ジョンは叫ぶように命令すると、そのまま部屋を飛び出していった。
散っていた分体に非常招集命令をかけ、塩害湿地帯をうろうろしている黒いスケルトンを補足する。
「あーもーッ! なんでこうなっちゃうかね! 結局こうなっちゃうのかね!」
魔王城のテラスに転がるように出ると、体をぐぐい、と縮め、反動で矢のように跳び出した。
衝撃で魔力で補強された石造りのテラスが砕け落ちた。
あとでシェラザードに嫌味と小言と修理の仕事を仰せつかるだろうが、今は気にしていられない。
方向はこのまま一直線。調整も何も必要ではない。ブレーキ代わりに憎らしい骨にぶつかってやればいいのだから。
「姐さんもなぁ! いちいちいちいち俺の邪魔ァしてるんじゃあねぇや!」
怒りの咆哮、そして、青い閃光と化したジョンがカサンドラに着弾した。




