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82話 ねばねばふわふわ



「“スキル一極化実験”?」


 自分が仕える相手である少女、シェラザードの言った聞きなれない言葉に、ジョンは首を傾げた。

 シェラザードは相変わらず水晶に映る、黄色く濁った女性を見詰めている。

 その女は、シェラザードの姉なのだという。

 ジョンが聞いたのはその姉についてだったのだが、愛するお嬢様が返した答えがこの言葉だった。


「そうだ。我が父の行った実験の一つ。そして成功しなかった実験の一つだ」

「……該当件数が多すぎるな。俺が此処に来る前の話かい?」

「そうなるな。概要は名前の通りだ。その者が持つエネルギーを一つのスキルに集約させるという試みだった」

「一つのスキルだけに力を注ぐって? そんなの別にやろうと思えば何時でも出来るだろ?」

「父上はもっと極めたのだ。体力、魔力、精神力、心力、思考力……その他、およそ“力”と認識できるものは全て『スキル』のエネルギーとなるように調整した」


 仲間である筈のジョンにもまったく意味の分からない話だった。

 そんなことをして何になるというのか?

 考える力や生きる力までスキルに向かえば、スキルを使う本人が死ぬだけだ。

 どれだけ凄まじいエネルギーがあろうとも、一回も放つことが出来なければ無いのと同じだろう。


「お前の疑問も分かる。だからこれは、成功しなかった実験なのだよ」

「……自分の娘を実験台にしたってのか」

「今さら何を言う? お前の目の前でふんぞり返っているのも実験台の一つだぞ?」

「知ってるけどよ……」

「アレはもう姉ではない、姉の形をしたスキル……『穢塩黄炎あいえんきえん』なのだ。モラルもルールも理性もなく、スキルの持つ純粋な暴力性のみが残った怪物だ」

「それで割り切れるのかい?」

「もう割り切った話だった」

「……そうかい」


 ジョンはやりきれない表情で水晶に視線を落とした。

 愛するお嬢様がこう・・なっていたかもしれないと思うと、何とも嫌な気分になる。

 自分の姉の壊れた姿を見ているシェラザードの悔しさは、悲しさは如何程か。


 もしも、ヤディカが勝てなかったら……。

 ジョンは密かに覚悟を固めた。

 もしも、ヤディカが勝てなかったら、自分がコレを殺しにいこう。

 それで愛するお嬢様が悲しむことになろうとも、今心を抉り続けるモノを存在させ続けているよりはマシだ。

 分体は瞬殺されたが、それで必要な相手の情報は得た。本体じぶんであれば勝てるだろう。


「お前の為なら、神を殺したっていい」


 小さく呟いた言葉は、シェラザードには届かない。

 届かせるつもりもない。

 この子が心安らかであれるなら、何だってする。

 ジョンは体の魔力回路をゆっくりと回転させ始めるのだった。




◆◆◆




 じとり、と濡れるように、ヤディカこ手から毒液が滴る。

 その色は彼女の青と赤を混ぜたような紫。僅かに虹色を含んだ、猛毒を思わせる濁った色。

 指で輪を作り勢いよく振ると、小さなシャボンが幾つも宙を舞った。

 その数は尋常ではない。

 視界を覆うほどのシャボンが、辺りを埋め尽くす。


猛毒風船ベノムバルーン……」

「わー、すごい! きれい! どうやってるのぉ?」

「ほら……、よく、見てて……」

「わはぁ!」 


(目的は、時間稼ぎ……。でも、ベストは、勝つ、こと……!)


 猛毒風船ベノムバルーンには様々な毒を仕込んだ。一つ一つ成分を変え、効果を変え、毒性を変えた。

 どのシャボンが女性に一番効果的なのか、ヤディカは猛毒風船ベノムバルーンを射ち出し続けながらジッと観察する。

 まずは相手を知る。

 どんな力を持ち、何が得意で何が苦手か。攻撃の癖、性格、有効距離。足運び、目線、思考、およそ読み取れるもの全て。

 それらを如何に短時間で把握できるかが勝敗を決める。

 地獄のカサンドラ・ブートキャンプでは読みが遅れた者、間違った者は容赦なくその代償を払わされることになる。具体的には、カサンドラの拳骨で。

 文字通り体で覚えた観察法に、全神経を集中させた。


 淀んだ黄色一色の瞳の女性は、外見に似合わない幼い仕草で手を叩いて喜んでいる。口調も舌ったらずで、幼さに拍車をかけている。まるで、本当の子供のようだ。

 その様子を見て、ヤディカは確信した。

 この女性は本当に遊びたいだけなのだ、と。

 遊び方が問題なのだ。或いは、女性が遊びだと思っているものが間違っている、ということが。

 無邪気に振るう力は凶悪の一言。ジョンを目にも止まらぬ内に爆砕した攻撃の正体は未だに知れない。

 ヤディカ一人では勝てない相手。

 その力は無邪気に行使されて良いものではない。誰かが止めなければ、いずれまたジョンのような犠牲者が出るだろう。 


「あはぁ、ワれるときれい! もっとワりたい!」


 ぱちん、ぱちん、とシャボンが割られていく。その速度はどんどん上がる。

 ヤディカの中に僅かに焦りが生まれた。

 シャボンが追い付かなくなれば女性はヤディカとの遊びに興味を無くし、攻撃してくるかもしれない。最悪、ヤディカを無視して逃げや二人を追う可能性もある。

 

風船操作バルーンアート連結ストリングス……」


 残ったシャボンを数珠玉のように繋いで、何本ものシャボンロープを作り出す。シャボンロープはヤディカの周囲を回転しながら放射状に広がり、女性を取り囲んだ。


「ふわぁぁ……、きれいだね! きれいだね!」


 ただ綺麗なだけではない。連結したシャボンは毒性を共有し、化学変化を起こし、より強力な猛毒となる。

 例え『毒無効』のスキルを持っていようとも、秒単位で変化し強力になる毒を無効にし続けることは不可能だ。


 だが、並のモンスターであれば十回以上死に至らしめても尚余りある毒気の中で、女性は楽しそうに走り回っていた。


(……毒が、効いた様子が、ない……)


 相手は『毒無効』のスキルよりも更に強化されたスキルを持っているのか? それとも種族の特性で毒が効かないのか? それともヤディカの知らない何かの作用があるのだろうか?


 ヤディカは小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。

 毒で攻めるのは効果が薄い。だがヤディカの攻撃手段はそれだけではない。それに毒も、ただ体力を減らすだけが能ではない。やり方はいくらでもあるのだ。


「ねぇ、もっときれいなの、だして!」


 女性が手を伸ばす。浮かんでいたシャボンが風圧で一斉に割れた。

 脳裏によぎるのは砕け散ったジョンの姿。

 ヤディカの全身が総毛立った。

 地を蹴り、女性の手、その射線上から全力で逃れる。

 一瞬遅れて、不可視のエネルギーがヤディカの真横を通過した。

 避けきれなかった衝撃波がヤディカの足を薙ぎ払い、吹き飛ばす。


「…………ッ!?」


 戯れに蹴られた石ころのようにヤディカは転がり、泥の中に倒れた。

 衝撃に巻き込まれた右足に激痛が走る。

 泥に含まれた濃厚な塩が、じくじくと肌を焼いた。


 ただの一度、攻撃と思えないような動き。それも掠っただけでこのダメージ。大きすぎる戦力差に、笑いが込み上げて来るほどの気分だった。


「あれ? おわり? もうねるの? あそべない?」


 女性はこてん、と首を傾げる。

 その動きに、先程の恐ろしいエネルギーは付随していない。何か条件があるはず、なのだが、ヤディカにはそれが分からない。


「じゃあ、ほかのあそんでくれる人をさがそっと!」

「……ッ待って!」

「えー、いやだ」


 どうやら、ヤディカは興味を失われてしまったらしかった。恐らく足は折れている。動けなくなった以上、遊び相手としては失格ということだろう。

 女性の目線はインユゥとカレオが潜った洞窟に向いている。ヤディカの焦りが強くなる。


驚異のねばねばワンダーグルー……!」


 ヤディカの振るわれた腕から、透明の粘液がほとばしった。

 それはべとりと女性に貼り付き、名前の通りの驚異の粘着性を発揮する。


「なにこれ! きもちわるい!」

「そっちは、行っちゃ、ダメ……!」


 女性が無理矢理引き千切ろうと腕を振り回すが、粘液は伸び縮みを繰り返すだけで、剥がすことができない。むしろ練られることで、その粘性はより強化されていくようだった。


 インユゥやカレオがそうであるように、ヤディカもまたカサンドラを打倒する為に日夜『スキル』を磨いている。

 毒どころか状態異常を殆ど無効化するカサンドラに対抗する為に編み出されたのがこの驚異のねばねばワンダーグルーだ。

 今の時点において、この『スキル』は間違いなくヤディカの切り札であった。

 カサンドラの膂力を想定して作られた粘液、いくら常識外れの力を持っている相手であろうとも、瞬時に破ることは出来ないだろう。

 そして、この『スキル』はこれで終わりではない。


「うー! きもちわるい! いやだぁ!」


 暴れる女性を拘束する粘着剤に向けて、次なる一手を放つ。

 作り慣れている猛毒とはまた違った調合、化学変化のみを突き詰めた薬剤を。

 薬剤が着弾した粘液は白くきめ細かい泡に変化し、爆発的に膨張していく。


「うわっ!? うぷ……っ!」

膨らむふわふわファンシーケーキ……」


 あっという間に女性はもこもこふわふわした泡に飲み込まれ、姿が見えなくなった。

 時おり泡の隙間から黄色い炎が漏れる。女性が泡を吹き飛ばそうと暴れているのだろう。


「無理、だよ……。膨らむふわふわファンシーケーキは、魔力を、通さない、から……」


 魔力を通さないということは魔力が引き起こす変化に対しても高い抵抗力を持つということである。

 女性の放つ攻撃が何であれ、魔力を利用した攻撃であればこの泡の拘束を破ることは出来ない。脱出するにはヤディカが調合する中和剤が必要なのだ。

 これこそ、ヤディカの持つ本当の対カサンドラ用の切り札だ。魔力で体が作られ、また、魔力を糧にするモンスターに対して、これほど有効な攻撃はない。


 更に加えて言うならば、粘着剤から泡に変化する過程において、高熱を加えられると大爆発を引き起こすという特性が加えられている。つまり膨らむふわふわファンシーケーキは高性能の爆薬でもあるのだ。

 これはヤディカが意図した変化ではなかったのだが、非常に有効な攻撃になるため、切り札のコンボの締めとして取ってあるのだった。


 敢えて弱点を挙げるとすれば、ヤディカが中の様子を確認できないことだろう。一度、村長の息子であるルマダに試した時は、窒息死させてしまう所だった。


「これで……、時間は、稼げる……」


 塩で焼けた肌に薬液を塗りつつ、ヤディカはホッと溜め息を吐いた。

 折れた足には鎮痛剤を塗っておく。カサンドラが来たら治してくれるだろう。


 こんなにあっさり切り札を使わされる羽目になるとは思わなかった。まだまだ自分は力不足だ。冷静さも足りない。

 毒が効かない相手に遭遇すると、次の手を打つまでに時間がかかってしまう。もっと素早く判断をしなければ……。調合の速度もまだまだ上げられる。

 ヤディカはまだ強くなれる。そして何時かは、強敵相手に時間稼ぎではなく、正面から立ち合って打ち倒すのだ。


「ヤディカァあ!」

「……えっ?」


 絶叫が聞こえた。

 いつも一緒にいる友達の、慣れ親しんだ声。

 咄嗟に背後を振り向くが、毒煙はまだ滞留している。突破は無理なはずだ。


「インユゥ……? どこ……?」


 周囲を見渡してもインユゥの姿は見えない。

 まさか、と上を見上げるが、そこにもいない。

 多分、今はすごく怒っているだろうから、できれば会いたくない。いっそ隠れてしまおうか……。


「ごめんね……」


 小さく呟いた時、足元の泥沼が爆ぜた。そして、小さな影が飛び出して来る。

 泥を撒き散らしながらも、全身を回転する魔力に覆われた体には一切汚れが付いていない。

 荒々しくも美しい銀色の輝き。

 激怒に染まった金の目が、ヤディカを捉えた。


「この……ッ、馬鹿野郎がァ!」


 飛び出した勢い、回転する勢いそのままにヤディカの頬が殴り飛ばされる。

 首ごと持っていかれそうな衝撃の中、ヤディカは何処かぼんやりと、しょうがないかなぁ……、と思っていた。

 自分がインユゥの立場だったら、きっと物凄く怒るだろうから。



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