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80話 最悪のイレギュラー





 島の中心部、魔王の城の玉座の上で、少女は水晶に映し出される映像を食い入るように見ていた。

 その目は好奇心にキラキラと輝き、頬は興奮にうっすらと桃色に染まっている。

 少女の後ろに控えるのは、貴族風の衣服を身に纏う男だ。ただ、彼の肌は青白く半透明であり、時折ゼラチンのようにぷるぷると揺れている。彼はスライムなのだ。

 彼もまた、水晶の映像を楽しそうに眺めているのだった。


 水晶に映っているのは三人の亜人の少女と、彼女達と相対するモンスターだ。

 高い防御に身を任せ、呪いを振り撒く厄介な相手である筈だが、少女達は真っ向から立ち向かい、なんとモンスターの装甲を剥いでみせたのだ。


「ほぅ! 塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントをここまで追い詰めるとはな、ジョンよ、あの娘達、想像以上に頑張っているようだぞ?」

「あの常識はずれのスケルトンに鍛えられてるって言ってたからな、むしろ控えめだろ?」

「だが、ここで決めなかったのは痛いな、奴はまだ動けるだろう」

「それもどうやら分かっているみたいだぜ? 見ろよ、全然油断してねぇ」


 最初は多少の文句を言っていた少女も、今や映像水晶を楽しんでいるようである。

 彼女が楽しければ自分も嬉しい。

 スライムのジョンは、無駄に再現した歯をキラリと光らせて爽やかに笑った。


「ふむ。場数もそれなりに踏んでいるのかな?」

「修行の所為だと思うぜ……。きっと半端ねぇんだよ」


 島の全域を映すことも可能だが、少女は自分と殆ど背格好の変わらない亜人の少女達が戦っている場が最も気に入ったらしく、先程からスポーツ観戦でもしているかのような白熱した応援と、知ったかぶった解説をしている。

 ジョンも悪のりしてそれに付き合うのだった。


「ふふふ、私の見立てでは、あの銀髪とエルカ族はまだ隠し玉を持っているな。むぅ、ここからでは『覗き見』も通らないのだな」

「いや、ありゃ『スキル』ってよりも技だな。だから『覗き見』でも見れねぇよ」

「生殺しだな! 知りたいぞ!」

「おいおい、お嬢様の悪い癖だぜ? 『覗き見』に頼るんじゃなくて、自分の目で捉えてみなって」

「《ステータス》に表示されぬものなど信用できん」

「『スキル』を持って生まれた子ってのはこれだもんなぁ」

「ふん、何にせよ、ここからが――――」

「ん? どうした?」


 唐突に少女の言葉が切れる。

 その目は、塩の装甲が溶け落ち、中身が露になった塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントを凝視していた。


 棺桶の蓋が開き、中に入っていたモノがゆっくりとその姿を表す。


 それを見た途端、少女は大きく息を飲んだ。

 顔から血の気が引き、真っ青になっていく。

 動かないはずの体が驚愕に震え、玉座に崩れ落ちそうになる。

 慌ててジョンが後ろから支えるが、その事にも気がついていないようだった。


「おい、お嬢様!? どうした!」


 ジョンも水晶の映像を注意深く観察する。

 理由は明らかだ。トゥレントの中から出てきた棺桶、その中に入っていたモノが原因だろう。


 このモンスターの中にこんなモノが仕込まれているなど聞かされていなかった。恐らく、少女も同じだ。

 だが、ジョンの雇い主であり、少女の父でもある男は何処か得体の知れない所があった。秘密もまた多い。加えて言うなら、性格もあまり良くなかった。


 かつて賢者と呼ばれた男、その箱庭であるこの島には、管理者である少女やその従者であるジョンにも知り得ないことが沢山ある。

 それは、ジョンも少女も承知しているはずなのだ。


 だというのにここまで少女を驚愕させるモノ。

 その正体がジョンには分からない。


 焦りばかりが募る。

 少女の父であるはずの男の、にんまりとした顔が浮かんでくるかのようだ。

 きっと少女のこの反応も予想していたのだろう。或いは、棺桶の中身を知ったときの少女の反応が見たかったからやったのか?

 あの男は少女よりも、好奇心とそれを満たそうとする熱意が強かった。

 いや、強かった、などと言う言葉では収まらない。あれはもう好奇心による狂奔だった。


「そんな馬鹿な……、私は知らされていない、これは知らされていません、父上!」

「しっかりしろ! 正気にもどれ!」

「こんなの、あんまりです、あぁ、父上、父上!」

「シェラザード!」


 ジョンは大声で少女の名を呼んだ。

 声に反応し、その瞳に僅かに生気が戻る。


「ちィっ……」


 尋常ではないその様子に、ジョンは少女を抱き締め、気付け代わりに自分の魔力を流し込んだ。

 魔力が温かさのように、体の奥までじんわりと広がっていく。

 少女の顔に血の気が戻り、桜色の唇から小さくほぅ、と息が漏れた。


「……ぬ、ジョン、か……」

「正気に戻ったかい?」

「うむ……、すまんな」

「本当にどうしたんだ? まるで死んだはずのヒトを見たような顔をしてるぜ?」


 冗談めかして言ったジョンだったが、少女……シェラザードは暗く、自嘲するように笑った。


「あぁ、その通りだアレは……、死んだはずのモノだ。いや、殺されたはずのモノ、か。父上の手によって」

「……お嬢様がそう言うんだから、そうなんだろうが……、見ていて辛いモノかい?」

「そうだな、気分が良いものではないな……」


 シェラザードは深くため息を吐いた。

 目の前の事実を噛み締めるように、認めたくないが、認めなくてはいけないものとして受け入れるように。

 もう一度水晶に映った映像を見る。

 今度は混乱することはなかった。だが、頭を抱えて叫びだしたいような気持ちは変わらない。

 二度と、見たくなかったのに。


「――――自らの姉の、あのような姿など」




◆◆◆




 ヤディカ、インユゥ、カレオの目の前で、塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントの中から現れた棺桶が、ゆっくりと開いていく。


「さァて、本命のお出ましだ」

「油断、しないで……」

「何処まで戦えるか分からないけんども、頑張るべよ!」


 三人は思い思いに戦う構えを取った。

 何が現れても何が起きてもすぐに動けるように。


 開ききった蓋が外れ、地面に落ちる。

 そこに立っていたのは、ヤディカ達の予想とは外れたモノだった。


 それを一言で表すならば、“人間”が一番近かったかもしれない。少なくとも、亜人のような人間とは違った部位や特徴など見当たらなかった。

 女性か男性かは分からないが、恐らく女性だろう。年の頃は二十に届かない程であるように見える。少なくとも、ヤディカ達よりは上だ。

 長い金色の髪、すらりとした手足、整った顔立ち、そのどれもが美しいと称するに充分だが、ただ一つ、その瞳だけが濁り混ざった黄色に塗りつぶされていた。

 しばらくぼんやりと佇んでいた女性は、いきなり糸が切れたように、かくん、と上半身だけ力を抜き、その状態で三人を見上げた。

 白も黒もない、ただただ濁った黄色い瞳で。

 

「へ、へん、なんだか、気持ち悪ィ奴だな、さっさとぶっちめてやらァ!」

「インユゥ、先走らない、で……!」


 飛び掛かろうとしたインユゥの足をヤディカが掴み、引き戻す。

 勢いのままインユゥは盛大に転んだ。

 その頭上を何か・・が過ぎ去る。

 その場にいた誰もが認識できなかった。


「おいコラ邪魔すんな!」

「危な、過ぎる……。考えて、動いて、バカ」

「あァん? 誰がバカだ! 根暗陰険毒蛙!」

「考え無しの、バカ」

「二人とも、今言い合うことじゃないべよ!」


「あー……、おい、ちょっといいかい?」


 このまま喧嘩に発展してしまいそうな彼女達に水を注してしまうタイミングで、横合いから何者かの声がかかった。

 カレオのリュックから顔を覗かせているジョン(の分体)であった。

 何故こんな所に? と訝しげに首をかしげるヤディカとカレオ。インユゥは手出しするなとうなっている。


「疑問や不満は取り敢えず置いとけ、で、話を聞きな、嬢ちゃん達。良いかい?」


 ジョンの目は三人を見ていない。

 不気味な黄色い目の女性から目を離さないように、慎重に動いていた。


「アイツは……、いや、あの人はイレギュラーだ。予想外の事態。完全な事故。なんでもいいが、とにかく、逃げろ。最悪な人の最悪なサプライズだ、子犬がドラゴンに挑むような真似したくないなら直ぐにカサンドラの姐さんとこに走れ」


 ヤディカ達は思わず言葉を失った。

 まったく強そうに思えなかったスライムのジョンが、強者の如き魔力を放ち、人型に変化していく。

 感じる魔力の強さは、ヤディカ達よりも上だ。

 それなのに、目の前の謎の女性に怯えているようであるのだ。


「カサンドラならまだ何とか出来るかも知れん。嬢ちゃん達は死なせないと約束してるんでな。逃げるだけの時間は稼ぐ、だから、行きな」

「ちょ、ちょっと待てよ! いったい何が起きてるんだよ! 事故とかサプライズとか、訳が分かんないぞ!」

「説明してる時間も惜しいんだよ! いいから――――」


 パァン、と何かが弾けるような音が響いた。


 その瞬間。


 何が起きたのか分からなかった。

 ヤディカにも、インユゥにも、カレオにも、何が起きたのか見ることさえ出来なかった。

 何が起きているのか理解できたのは、それ・・が終わった後。

 恐らく、女性の攻撃。


 そして、バラバラになって落ちてきた、ジョンの手足。

 三人にジョンの体だったものが、シャワーのように降り注いだ。


「あ、な、何だよ、これ……」

「…………ッ、ッ!?」

「嘘……だべ……?」


 女性が、振り抜いていた腕・・・・・・・・をだらり、と弛緩させる。

 そしてふたたび光を宿さない瞳で三人を見た。

 口角がつり上がり、ぱくりと裂けた傷口のような笑みが広がる。


 ヤディカ、インユゥ、カレオ。三人にとって、本当の死地が始まった。


 最初に動いたのはヤディカだった。

 背筋に走るおぞ気。今まで経験したことのない種類の殺気。それでもいち早く動けたのは、戦いの経験を積んでいるからだった。


「トンネルまで、退避……ッ!」


 咄嗟に猛毒煙幕ベノムスモークを張りながら、走り出す。

 周囲を確認する余裕はなかったが、気配で二人が動いているのも感じられた。

 心配していたのはインユゥだが、彼女も素直に退避することにしてくれたようで、煙幕の中に銀髪がちらりと光り、トンネルに向かって駈けていくのが見えた。

 煙幕があれば隠密が得意なカレオは逃げ切れるだろう。インユゥの行動も素早い、心配はしなくて良い。だが、トンネルに入ったところで追い付かれたら終わりだ。逃げ場のない一直線。強化されたジョンを瞬殺した相手に逃げ切れるとは思えない。


「足止めも、しなきゃ……」


 全滅を防ぐためにはこうするしかない、とヤディカは覚悟を決めた。

 インユゥとカレオが逃げ切る時間を稼ぐ。そして、二人がカサンドラを連れてきてくれるまで耐える。

 勝てるとは思えない、でも死なないことなら……。


「かくれんぼ、下手っぴぃ」


 喜悦を隠しきれない声音。虫の羽根を千切って楽しむような無邪気さに満ちた幼い声だった。

 毒煙を裂いて女性の腕が伸びてくる。


「捕まえた」


 考えるよりも先に横っ飛びに跳ぶ。

 見てから、聞いてから、感じてからでは遅い、予測してもまだ足りない。

 ジョンを吹き飛ばした攻撃の正体は分からない。だが、手を振り抜いていた動きから直接攻撃、或いは何かを飛ばしているのだと仮定。

 女性の直線上に立たなければ、いきなり吹き飛ばされることだけは避けられるはず。


「あれぇ? 鬼ごっこなの?」


 腕の一振りで煙が散らされた。ぞわり、と冷や汗が溢れる。

 毒はまったく通用していないようだった。

 それはヤディカの戦力の半減を意味する。

 ヤディカの基本的な戦術は隠密と毒。カサンドラと特訓している格闘技は、接近された場合の自衛手段の意味合いが強い。


「ヤディカちゃん! 早くこっちに来るべ!」

「ヤディカ! この馬鹿! 何トロトロしてんだ!」


 トンネルにたどり着いたカレオとインユゥの二人が、ヤディカがいないことに気が付いて慌てて引き返してきた。

 ヤディカの心に焦りが生まれる。それでは意味がないのだ。


「来ないで!」


 ヤディカは黄色い目の女性から目を離さずに大声をあげた。

 奇しくもジョンが吹き飛ばされた時と同じ構図だった。


「こいつは、あたしが、引き付ける……。だから、カサンドラを、呼んできて……!」

「あァ? 一人でやる気か!?」

「そんな、無茶だべ!」


 二人がこっちに来てしまう。

 ヤディカは歯を食い縛ると、無言で自分の後ろに猛毒煙幕ベノムスモークを広げた。

 先程のようにインユゥとカレオが毒に侵されないように調整したものではない。正真正銘の猛毒だ。


「ッ馬鹿野郎がァ!」

「ヤディカちゃん!」


 二人の絶叫が聞こえる。

 だがもうこの煙幕を越えてくることはできない。

 ならばきっと引き返すことを決断してくれるだろう。二人とも馬鹿ではない。今何をするのが最善なのか分かっているはずだ。


「あれれ、お友達減っちゃうの? 遊ぶ人減っちゃうの? つまんなーい」


 女性は、まるで子供のような言い種で体をかくん、かくん、と揺らしていた。

 こいつに二人を追わせるわけにはいかない。

 それが、三人の中で唯一、戦士を仕事としているヤディカの役割だ。


「零れるまで、したたるまで、たっぷりと、遊んであげる……」



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