77話 タイムラグ
「ふむ。ふむふむふむ……」
土下座している俺に師匠の視線が突き刺さっていることが感じ取れる……。
もう、針でブスブスやられてるんじゃないかってくらい視線が痛いです……。
やっばいわ、怖いわ。体の震えが収まらんわ。
『覗き見』されている訳でもないのに、俺の《ステータス》いや、実力を計られている気がする。いや、きっと看破されている。
強くなるために厳伍郎さんの所に来た俺だが、この展開は予想していなかった。
師匠とはすごく綺麗に別れたじゃないですか、あの時の俺の涙を返して!
「なんだ、思ったほど強くなっていないな。我が弟子」
うぐッ、これでも、魔王に匹敵するとのお墨付きを貰ったんですが……。俺はどれだけ強くなっていれば合格ラインだったんだ……。
「あー……、テルヒコ君のお師匠さんのカサンドラ・ヴォルテッラさん、だよね?」
「そうだ。先程魂の世界でお会いしたな。この世界を管理しているということだが、貴方が神か」
「いやぁ、神様だなんて皆が思うほど大層なもんじゃあないですよ。あたしに務まるんですから」
「ふむ。クリスタニアの連中が聞いたら卒倒しそうな話だな」
「彼らはねぇ……。やっぱり、人間の思う神様なんていないってことだよねぇ」
「信じて救われている人々が居るのも事実だが」
よし、厳伍郎さんナイス!
そのまま師匠の気を逸らしておくんだ! 俺はこっそり帰るとしよう。
強くなるならどんな手段でもと思っていたが、何事にも例外はある。師匠との死んで普通の特訓という名のデスマッチを繰り広げるという方法以外にも強くなる方法はきっとある筈だ!
土下座したままじりじりと後退する俺。
ふふふ、これぞ土下座歩法! 正座した足に魔力を循環させキャタピラのように移動する隠密法だ! ちなみに今考えた。
どすん、という衝撃。
後ろを見ないまま動いていたから、誰かにぶつかったようだ。
師匠と厳伍郎さんはまだ話しているから、ぶつかる奴なんて一人しかいない。ベンダーだ。
「おい。そこを退いてくれ」
「テルヒコ様、逃げるのですか?」
「何? いや違う。私は短絡的過ぎたんだ。安易に強くなろうとした結果がこれだ。私はこれを戒めとして新たな修行を…………」
「はぁ、逃げるのですね。強くなれば、それだけ早く大切な人を守れるというのに」
なん……だと……。
ベンダーにそんなことを言われてしまうとは……!
い、いや、口車に乗るな! これは罠だ! 俺を嵌めようとする罠なんだ!
師匠を喚ぼうと提案した時のベンダーの悦に入った笑みを忘れるな! あれがこの女の本性なんだ!
「私の本性がどうであれ、貴方を案じ此処まで来てくれたカサンドラ様のお気持ちも無駄にするのですか? その怯懦を理由にして?」
うぐぅ! この女、的確に俺の良心とプライドを抉ってきやがる!
確かに逃げることは師匠の好意を踏みにじると同義、加えて今の強くなった俺の実力を師匠という強大な相手にぶつけてみたい、全身全霊全力全開で余すところなく。
「テルヒコ様、貴方は強くなりましたよ。私は貴方様を見てきました。その実力はお師匠様であるカサンドラ様に勝るとも劣りませんわ。今は、その染み着いた怯懦を殺すときなのです」
い、言われてみればそうかもしれない。
ベンダー、いや、ベンダーさん、貴女まさか、今回は本当に俺のことを案じてくれているのか?
「私だけではありません。笹熊様も、カサンドラ様も、ですよ。それに、この世界で貴方様を待っている子達だって」
そうか……、俺はそんなにも大勢の人たちに期待され、力になってもらっていたんだ。
逃げるなんてとんでもない。今この時に師匠と戦う。強くなるためには願ってもない機会じゃないか!
そうだ、例え敵わずとも全力でぶつからなければ強くなれない。戦わなければ生き残れない、そういう世界で生き抜いてきた師匠の技を再びこの身に思い出せるのだ!
俺は立ち上がり、ベンダーさんに軽く頭を下げた。
「疑って済まない。今この時に全力を尽くそう」
「いえ、頑張って下さいね……。くふ」
咳でも堪えたのか、ベンダーさんから変な声が出た。いやしかしそこに突っ込むのは紳士的じゃないからね、気づかなかった振りをしてあげよう。
「くふ、本当に、くふッ、チョロ、いえ、簡単な……んんっ、いえ、その、くふふ、カッコいいですわ」
んん? 前半が咳で聞こえなかったが、まぁ、ともかく応援してくれているんだろう。
さぁ覚悟を決めよう。
精神世界とはいえ俺を何度も物理的に地獄に落とし、トラウマを二重三重に刻み込んだ師匠を相手にするのだ。遺書は何枚あってもいい。
いや違うそうじゃあない。戦う前から負けてどうする!
今度は俺が師匠に地獄を見せてやるくらいの気持ちでやってやる!
「師匠。お待たせ致しました。覚悟が決まりました。一手ご指導の程、よろしくお願い致します」
気合い充分、魔力充填、闘志十全、さぁ、俺の全力をぶつけてやる!
と思ったんだが、師匠は拍子抜けしたような顔でこちらを見ていた。
「ちょっと見ないうちに腑抜けたか。私が来た時点で飛び掛かってくるものだと思っていた」
あぁ、修行後半のワケわかんなくなってた時期の俺ね。
もう途中、師匠に対する恐怖と殺意しかなくて、殺される前に殺さなきゃって思ってた時期もあったね。
トラウマだから封印してたけど。
なんだ、つまりもう始まってるってことなのね。
それじゃ遠慮なくやらせてもらおう!
師匠、その筋肉しかない胸をお借りするぜぇ!
ご期待に応えようと俺は魔力筋を瞬時に纏い、弾丸のような速度で飛び掛かった。
と見せ掛けて低空タックル!
身長が無駄に高い師匠には低い位置からの攻撃が有効であるはずよ!
「貰った!」
師匠の足を捉えた!
俺を挑発するように無防備だった足を刈り取る。誘いのつもりだったんでしょうが、俺だって強く早くなってるんだ――――
どぐしゃぁ、と強烈な音が頭蓋の中で割れんばかりに反響した。
いやこれ割れてる。頭蓋骨割れてる、踏み砕かれてる。
「何度も注意した悪い癖だ。攻撃する前に無駄な思考が多い。改善されてないな」
踵落としでのカウンター。
俺が師匠の足を捉えて動きが止まった一瞬の隙に合わせて、パイルバンカーみたいな一撃が降ってきた。
いやぁ、懐かしき痛みですわ……。封印してたトラウマが倒壊した本棚の中身みたいに溢れてくる。
いや、今の俺の《ステータス》どれだけあると思ってるのよ?
スキル効果合わせて攻撃力三万超え、素早さだって二万近くあるんですけど、こうもあっさりカウンター取られるとかおかしくない?
その場を慌てて跳び去り、追撃を避ける。
師匠はやはり拍子抜けしたような顔で立っていた。
ぬぐぅ、師匠にそんな顔をさせてしまっている不甲斐ない弟子でごめんなさい。
でも《ステータス》なら俺の方が勝ってる筈じゃないのか?
ちょっと『覗き見』させて下さい。
「《ステータス》を見る気か? はっきり言って《ステータス》や『スキル』に頼っているようでは今より強くなれんぞ」
「え? そうなの?」
師匠の言葉に真っ先に食い付いたのは厳伍郎さんだった。
おい、管理者。アンタが把握してなくてどうする。
ベンダーさんも呆れたようにため息を吐いていた。
「例えば亜人だが、彼らは『スキル』に無くても生まれつき出来ることが多い」
ふむ。エルカ族の吸盤や、ゼクト族の昆虫めいた能力のことかね。ネビ族も『毒牙』や『巻き付き』を習得していなくても元々の牙や巻き付きなんかは普通に使えたしね。
「戦っていて気付か無かったか? 元々ある能力と『スキル』の能力では使うまでに時間差があることに」
すいません、気付いてないです。
ていうか、そんなもんあるの?
厳伍郎さんを見るが、管理者のオッサンはごく自然に目を逸らした。
おいコラ。
「魔力や魔法も同様だ。つまり『スキル』を使うお前と使っていない私では初動に決定的な差があるのだ」
おいマジかよ。そんなこと言われたら『スキル』なんて全部意味ないじゃない。
いや、世界の殆どが『スキル』ありきで成り立ってるんだから、そうでもないのか。
「……やはり気付いていなかったな。しかし教え忘れた私の責任でもある」
……師匠、あんたそれ自分で言ってて気付きませんか? 教え忘れてることもっといっぱいあるし、そもそもアンタが知らないことも多すぎるのよ。
魔法とか、モンスターについてとか、人間の国の情報とかね!
乗り移るタイプの転生であった意味がまるで無かったんだぞ!
もうコレただのスケルトン転生じゃんって何度思ったか知ってるのかコラァ!
なんか思い出したらすごくイライラしてきましたよ……。
そうだ。いい機会である理由が一つ増えた。この脳筋師匠に今まで苦労した分を熨し付けて返さなきゃあ!
「そしてスケルトンになったお前に魔力を使わないということは有り得ない。いやまさかスケルトンになっているとは思わなかったが……。私の骨格はそんな形をしていたのだな」
「師匠。話がずれている」
「うむ。そうだな……。ならば簡単だ。『スキル』の初動の差を埋め、私に『スキル』を当てて見せろ。そうすればお前は今よりさらに強くなれるだろう」
なるほどな、強くなる=レベルアップ、『スキル』の習得、進化と考えてしまっていたが、本来の強くなる方法ってこういう技術の話だよな。
師匠、さすがです!
魔法を使えないのは知っていたけど、まさか『スキル』も使えなかったとは!
あれ、いや、使えるのか? 以前『闘気』とか話してたもんね。今は俺にこの事を教えるために敢えて使ってなかったのか。
え、じゃあ師匠って、タイムラグなしでの『スキル』発動を身に付けてるってこと!?
マジかよこの人どんだけバケモノなんだよ……。
この人を倒せる存在ってのが想像できねぇ……。
あ、もう師匠は死んでるんだったわ。確か、貝の生食による中毒で。
師匠……。なんて残念なんだ……。
ちなみに、懇願して師匠に一回だけタイムラグ無しの『スキル』発動を見せて貰ったのですが、本当に必要な一瞬しか発動していないらしく、まったく確認が出来ませんでした。
『千思万考』の集中効果でようやく『スキル』の余韻らしきものが見れた程度。どれだけ精密なコントロールをしているのか、今の僕には理解できない。
厳伍郎さんに至っては開いた口が塞がらないようだった。
自分が製作したゲームを自分の想像以上に極められたクリエイターみたいな気分だろうな。何それそんな発想あったの!? みたいな。
この修行でそこまで到達できるんだろうか……。
先は果てしなく長い……。




