07話 強敵との遭遇
慎重に、一本一本に『集中』が発動するように筋繊維を縒り上げていく。
縒り上げた魔力は束ね、骨に纏わせて動きを確認する。
本来の人間の筋肉がどんな風に付いているかなんて覚えてないからね。
そこら辺は試行錯誤でやっていくしかないだろう。
付ける場所を間違うとまんま大リー○養成ギプスになってしまう。
一度、全身がバラバラになるかと思った。
胴体から肩、腕、手、指、と末端に向かって少しずつ少しずつ張り合わせる。
焦らず、無駄なく。
魔力で筋肉を作りはじめて、どれだけ時間が経ったか。
ようやく納得がいくように全身に魔力筋(俺の命名)を纏うことができた。
全身に、といっても、使用した魔力の殆どは両腕と両足に注いでいる。
魔力筋はかなり燃費が悪い。
『魔力自在』で消費を軽減しているはずなのに、どんどんMPが減っていく。
なので、全身に理想的な筋肉を纏うのには無理があったのだった。
少しの修業で纏うまでの時間はかなり短縮できたけど、消費まではどうしようもなかった。
ここらへんは要改善だなぁ。
さて、魔力筋を着込んだ状態での《ステータス》は、と。
《ステータス》
名前:カサンドラ・ヴォルテッラ/菅野 照彦
種族:スケルトン
Lv.9
HP:34/34 + 50
MP:50/150
SP:25/34 + 50
攻撃力:50+5 + 100
防御力:13 + 30
素早さ:13 + 30
◇スキル
『不死属性』『魔力自在』『無手の才』『足掻く』『下級鑑定』『言語理解』『幸運』
『根性』『無茶』『跳躍』『集中』『瞑想』
『毒無効』『麻痺無効』『睡眠無効』
◇称号
【転生者】【修行中毒】
おお! かなりの強化になってるな。
攻撃力は+100かぁ、これは多少消費がでかくてもやる価値はあるな。
デメリット帳消しでメリットがかなり大きい。
よし! 次の課題も見えたし、何だか恐いくらいに順調だな!
うぉ、立ち眩み……。
うーむ、修業が一段落したら、一気に疲労と空腹が来た。
修業と魔力筋精製でMPとSPを大分消費してしまったようだ。
死なないとは言ってもMPやSPが低減している状態はそれなりに辛い。
出来ることなら回復しておきたい。
『瞑想』で回復できるけど。多少は何か食べたいね。
でないとその内眠ることも止めて延々と修業するマシーンのようになってしまう。
一日三十時間の鍛練ッ! とかね。
それはそれで魅力的だが、人として生きる気持ちも忘れたくないのだ。
そういえば、だいたい2日ほど修業し続けてしまったのだが、その間に魔物に襲われることは無かった。
俺が居る島は定期的に駆除が必要なほど魔物が多いはずなのだが……。
運が良かったんだろうか?
いや、運はあまり宛に出来ないな。『幸運』にも過信は禁物ってあったし。
そろそろこの場から移動してみよう。
魔力筋を使えば並みの魔物には引けを取らないだろうし。
上手いこと魔物が狩れたら食べてみよう。
修業にもなるし、食材調達にもなる。
おぉ! 一石二鳥だ! 素晴らしい!
歩けども歩けども森。
俺は森の奥に来たと思っていたけどそんなことは無かったぜ!
俺が修業していた場所はむしろ森の入り口に近かったようだ。
あれでもかなり歩いたつもりだったんだけどな……。
食材については、最初に見付けたイチゴカズラとやらが、やたら生っていたので苦労もなく採取できた。
おかげでSPは回復したし、MPも『魔力自在』の効果で回復し切っている。
だけど、そろそろ違う味が欲しい。
人間、すぐに欲が出るのです。
目前、鬱蒼とした木々。
右手、鬱蒼とした木々。
左手、鬱蒼とした木々。
もはや真っ直ぐ進んでいるのかどうかも自信がなくなってくる。
くそ、何で俺は木にマークを刻むとかそういう目印を付けることを思い付かなかったんだ!
後悔と焦りから、歩調が早まる。
かなり動揺していたのだろう、俺はその影に気が付かなかった。
「ギュウゥイ!」
草むらから、1つの影が跳び出てきた。
「うぉっ!?」
驚きながらも軽く迎撃する。
その影は、どうやらウサギのようだった。
もっとしっかり分かればいいんだけど、『下級鑑定』は動物や魔物には効かないみたいなんだよね。
鑑定のレベルを上げる必要があるのだろう。
このウサギ? は大きさと長い耳こそウサギみたいだが、毛はオレンジ色だし、頭に一本の鋭い角、長い爪、ギザギザの歯をもった魔物だ。
その歯、明らかに肉食系でしょう。
出汁が出るかどうかも定かではない骨を襲うなよ。
まぁ、襲ってくるなら倒すけど。
転生してからこっち、甘酸っぱい木の実しか食ってないんだよ。それが不味いとは言わないが、飽きるわ。
ギブミー肉。肉!
「ギギギュウ!」
たかが小動物一匹、殺気を剥き出しにして突っ込んできても恐ろしくも何ともない。
カサンドラ・ブートキャンプを乗り越えた俺に動物の殺気などそよ風みたいなもんだ。
魔物よりも、俺はもしかしたら迷子になっているのかもしれないという不安と戦っていた。
戻る道さえ分からないという事実の方がよっぽど恐ろしい。
突き出された角を片手で掴み取り、へし折る。
うむ。魔力筋をごく僅かに発生させてみたけど、悪くないな。
この程度の相手なら充分すぎる。
俺の余裕を見てとったのか、一角ウサギが後ろに跳び去り、憎々しげにこちらを睨み付けた。
「ギュルギュル……ギュギチチチチチチ!」
喉の奥を鳴らして叫ぶ。
なんだろう、すごく“ 仲間を呼ぶ ”っぽい。
ふふふ、良いだろう。呼ぶが良い。
全てお肉に変えてくれるわ!
一角ウサギの鳴き声が木々の合間に消えるか消えないかの内に、がさがさと辺りの茂みが揺れ始めた。
おぉ、やっぱりか!
地面が揺れる。
規則的に、ずしん、ずしん、と。
ん? なんか大きくない?
音が凄いんだけど……。
ウサギの真横の木が無理矢理折られ、倒れていく。
森の暗がりからのっそりと体を出したのは、見上げるほど巨大な、角をもった熊だった。
なるほど、この一角ウサギは子供だったのね。
親御さんはウサギじゃなくて、熊なんだね。グリズリー級だね。
お父さんなのかお母さんなのか分からないけど、大変機嫌が悪そうです。
その容貌は子供と違い、攻撃的だ。
全身を覆う獣毛は針金のようで、剣で切りつけても軽々と弾き返しそうだ。
丸太のような腕にサーベルの如き爪がずらりと生え、額の角は三本。魔力を蓄えているのか、赤熱している。
巨大な体を支える後ろ足は太く重厚で、踏みつけられたら一溜まりもないだろう。
吹き付けてくる威圧と覇気。
戦わずとも分かる実力差。
もう食うなんて言ってられない。
むしろ食われることを覚悟するレベル。
体が震える。
カサンドラ師匠と戦ったときのような恐怖を感じている。
これは親どころではない。王だ。
この森の主だ。
ちょっと肉が食べたいだけの軽い気持ちだったのに、どうしてこうなった!?
ここはRPGの最初のダンジョンみたいな場所じゃないのか!?
いきなりボスクラスがエンカウントするなんて反則だろうが!
心の中で喚いてみたが、現状が覆ることなど有り得ない。
巨大な角熊は角が折れた我が子を見て、唸り声を上げた。
骨が軋むほどの力を込めて拳を作る。
あぁ、ちくしょう、勝てるわけがない。
細く脆いスケルトンが、強靭な野生の王にどう立ち向かえというのか?
くそ、なんて……。
なんて――――
なんて魅力的なんだ……!
「くぅ」
我慢できず、口から息が漏れた。
「く、くかカカ」
この角熊は紛れもない強敵。
今の自分では相手になら無いほどの。
もしかしたらカサンドラ師匠でも勝てないかもしれない。
脇目も振らず逃げ出すのが当然。それでもきっと助かりはしない絶望感。
出会うことがそのまま死に繋がる絶対的存在。
それが目の前にいる!
だというのに、この身に沸き上がる興奮!
戦闘狂いのカサンドラ師匠の体であるせいか?
それともこれが俺のもって生まれた性格だったのか?
修業を繰返し、鍛えに鍛えた俺の実力。
試したい。
ぶつけたい。
蹴って殴って投げて捻って突いて切って……
何でも出来る。幾らでも試せる。
師匠には通じなかったあれはどうだろう?
見せる間もなかった技もある。
どれを使おうか?
どうやって繰り出そうか?
「クカカカカカカカカカカ!」
顎骨の隙間から空気が漏れ、擦れた骨が鳴る。
これが今の俺の笑い声か。
まるで化け物のようだ。
良いだろう。今は化け物になってやる。
戦いの狂気に身を溶かし、狂気そのものになってやる。
ただし頭の芯だけは氷のように冷静に。
角熊は俺のことをムシケラでも見るように見下ろしていた。
奴にとっては俺はただの雑魚スケルトン。
対峙するのも億劫であるのだろう。
いいさ、そうやって余裕こいてろ。吠え面かかせてやるぜ。
カサンドラ師匠との修業の成果、初めて外で試せる。
存分にやってやる!!
「かぁあッ!!」
魔力筋を全身に纏う。
まだ角熊は興味も見せないか。
よし、まずは基本に忠実にいこう。
体幹をずらさないよう、素早く摺り足で移動。
一呼吸も終わらない間に角熊の懐に潜り込む。
「シッ!」
裂帛の気合いを体内に込め、一本に全身全霊を乗せて打ち出す。
正 拳 突 き !
金属がぶつかり合うような音が響いた。
俺の魔力と角熊の魔力が衝突したのか。
角熊は衝撃に押され、僅かに後退した。
森の王者の如き威風堂々たる角熊が、俺のたったの一撃で。
「カカッ!」
笑いが漏れるのも仕方がないだろう。
今の今まで俺を侮りきっていた絶対強者の怪物が、俺に殴られて目を白黒させてるんだから。
間髪入れず、よろめいている足に下段蹴りをぶちかます。
狙いは膝だ。砕いてやる。
再び激しい衝突音。
一発だけじゃ流石に無理か。
魔力を鎧のように纏ってやがる。俺の魔力筋ほど繊細じゃないが、頑丈さではあっちの方が上だな。
だが、魔力を使っているなら、俺の『魔力自在』で干渉出来るんだよ。
片足を振り上げる。
軸足と蹴り足が一直線になるように、ピシリ、と。
『魔力自在』により蹴り足の踵にスパイクを形成。性質付与、硬化。
狙いは変わらず膝だ。
「じゃッ!!」
渾身の力を込めて降り下ろす!
スパイクの先端と角熊の魔力がぶつかり合う瞬間に、角熊の魔力に向けて『魔力支配』性質付与、軟化。
ぞぶり、と肉を貫く感触。
スパイクが角熊の膝の骨に食い込み、粉々に砕く。
「ごがぁああ!!」
角熊は苦痛の悲鳴を上げて片膝をついた。
素早く離脱。
後ろに跳び、油断なく構える。
よし! よし!
俺の攻撃は巨大なモンスターにも通じている。
修業が確実に力になっていることを実感する。
カサンドラ師匠の徹底的に相手の利点を潰し、弱点を攻める戦い方も有効だ。
勝てるぞこの戦い!




