62話 集団訓練
ネビ族の集落に向かって出発する斥候部隊を見送ったあと、俺は村長の家の裏手に来ていた。
村長の家は広いが、裏庭はもっと広い。というか、柵がないのでそのまま畑に続いてしまっている。
ここで何をするかと言えば、決まっていますね。修行です。
といっても、残念ながら今日は俺の修行じゃない。
ネビ族、ゼクト族、それと無事合流できたカメリーオ族、最近気が緩んでいるエルカ族の若者達。彼らの修業だ。
ネビ族は洗脳事件に参加していた者が半分以上修行を希望していた。残りの半分は斥候部隊と一緒に集落に戻り、安全なようならそのまま復興作業に当たるとのことだ。
まったく、復興が必要なほどぶっ壊したのは何処のバカだよ。俺なんですけどね。
ちゃんと謝ったら許してくれました。
いずれしっかり詫びを入れに行こう。
少し気になったんだけど、ヤディカちゃんにぶっ飛ばされたというネビ族の三兄弟、ラガラ、リガラ、ルガラって奴等が急成長しているらしい。
ペントーサの予想だと、俺、もしくは俺が|地獄を見せた(鍛え上げた)エルカ族の戦士に指導された場合、亜人の進化の枷を取り払える可能性があるとのこと。
それって多分『指導者』スキルの効果だと思うんだけどね。
まぁ、強くなってくれるなら大歓迎です。
ゼクト族の修行希望者達はあまり熱心ではなかったんだけど、ネビ族の事件で力になれないことを痛感してからは様子が変わった。
それまでは何処かエルカ族を見下し気味だったんだけど、今は指導を受けるものとして礼を尽くしている。
この分なら彼らも強くなっていけるだろう。
驚いたのがカメリーオ族だ。
彼らの最大の特徴はカメレオンチックな外見ではない。指先の器用さと加工技術だ。
ネビ族のやたら細かい細工の入った家具なんかは、人間から手にいれたものとは別にカメリーオ族が作ったものもあるらしい。
打診してみた所、武器の製作などもできるらしい。特にカレオちゃんは槍術に優れていると言っていた。これはまた新しい楽しみができたわ。
ゼクト族なんかは枝族ごとに特徴が違いすぎて、どうしても教え方にばらつきが出てしまう。武器術と組み合わせれば、より彼らに合った動きを考案できるだろう。
ネビ族は魔法、ゼクト族は多様性、カメリーオ族は製作技術といろいろな才能があるんだね。
ちなみに、エルカ族は農耕に優れています。今では狩りの方が得意な気がするけど、農作業は疎かにしていないからね。ここの野菜は美味いのだ。
取り敢えず修行な訳だが、こうも沢山いる人たちをそれぞれ指導するという訳には行かない。というか出来ない。体が足りないわ。
ということで先ずは走り込みだね。
カサンドラ・ブートキャンプを乗り越えて初めて自分にあった戦術や立ち位置が分かるというものだよ。
ゼクト族とエルカ族は履修済みだがお復習だ。存分に走ってくれたまえ。
行う内容を全員に伝える。
反応はそれぞれ。
ネビ族は拍子抜けしたような顔。
ゼクト族は一度体験したからか表情が引き締まった。
カメリーオ族は戸惑っている。
問題はエルカ族の若者達だ。
彼らは何度もクリアしているから余裕なのか、雑談していた。
許さん。
これから心身ともに鍛えるという時に、教えてもらう身でありながら心疎かでいるなど無礼千万。
「エルカ族に関しては私も本気でやろう。せいぜい死なないように」
抑えていた魔力と『暗黒気』を放出し、『王の威圧』を乗せる。
黄泉之軍兵に進化し強力になった《ステータス》をフルに使って追い詰めてやろう。
ペントーサとヤディカちゃんを治療したペナルティはまだマイナス4000ほど残っているが、何も問題はないね。
“一回死んでみようか”では生ぬるい。“地獄を見てこい”モードでやってやるとしよう。
俺の本気を感じ取ってか、エルカ族の若者達の顔色がみるみる青ざめていった。
青ざめるだけとはまだまだ余裕があるな。
重傷のペントーサみたいになるくらいまでは攻めてやろうかしら?
「み、みんな、死にたくなければ逃げるんだ! 今すぐ! 早く!」
エルカ族の一人の若者の叫び声でゼクト族とエルカ族は脱兎の如く逃げ出した。
状況が良く分かっていないネビ族とカメリーオ族には改めて説明してあげよう。
「簡単に言えば鬼ごっこだ。私が追いかけ皆が逃げる。捕まったら軽く罰を与える。制限時間は日没まで。逃げきったら君達の勝ち。そういうゲームだ」
罰は軽くかるーくね。上にぽいっと投げるだけだから。
エルカ族のアホどもはそれだけじゃ済まさないけど。
「あの、罰とは、どういったもんでしょか?」
カメリーオ族の青年がおどおどと手を挙げた。
そう怯えなくてもいいのに、って、エルカ族とゼクト族が必死の形相で逃げ出したあとだから説得力がないな。
「高い高いだ。子供の頃やってもらったことがあるだろう」
そう言うとカメリーオ族とネビ族はポカンとしていた。
「あの、それだけ、なんですかい?」
「それだけだが?」
あからさまにホッとされると、それはそれでなんか不満を感じるな。
まぁ、真面目にやってるなら大丈夫よ。不真面目に取り組むなら起こるけどね。
「質問が以上なら早速始めよう。私は今から百数える。それまでこの森の中で逃げたり隠れたりするんだ。得意な方でいい。私と戦ってもいいぞ」
エルカ族は子供が逃げ、女衆が隠れ、男衆が立ち向かってきたけど、他の種族ではどうなるかね、ちょっと楽しみだ。
「では始める。いーち……。にーぃ……。さーん……」
最初はおっかなびっくり確認するように、次第に全員が走って森の中に消えた。
さて、亜人代表三種族+カメリーオ族を交えたサバイバルエクストラ鬼ごっこの始まりだ。
◆◆◆
「いいか、ただの鬼ごっこと侮るな。“濡れ銀”や“炎熊王”に匹敵する化け物から生き延びることを想定して動くんだ」
ネビ族の集団の中で、ラガラ・サリーラガが行動の指示を出していた。
ネビ族のなかでは唯一、三兄弟だけがこの鬼ごっこの経験者である。
その時はエルカ族の村長が相手であったが、今回の相手は黒いスケルトン、カサンドラだ。
実力は村長より上だと思った方がいいだろう。
怪我の療養中ということでペントーサも配下の三将も参加していないのが痛い。
手近な洞窟に潜り込むと、土魔法で入り口を塞ぎ、光魔法で明かりを生み出す。
これでしばらくは時間が稼げるだろう。
相手は疲れを知らないスケルトン。無目的に逃げ回ってもいずれは捕まる。
ならば早い内に全員で作戦と役割を決めて行動する方が生存率は上がるのだ。
「魔法で罠張れる奴はいるか? 威力はなくていいんだよ、妨害が目的だからよ」
「遠距離から狙うのが得意な奴は俺のとこに集まってー、動きと場所を決めっから」
リガラ、ルガラも的確に指示をだし、周囲を纏めていく。
どんな者にも役割を与え、作戦を組み上げていった。全員がゲームを生き延びるという目的の下に団結していたのである。
あのスケルトンと戦うのではなく、日没まで逃げきるならば可能性はある。
魔法ならば姿を見せず撹乱することも牽制することも容易。
てきぱきと行動方針を決めていく三兄弟の姿に、他のネビ族たちすっかり感心していた。
なんだ、修行と言っても簡単じゃないか、そんな安堵の声も漏れ始めていた。
しかし、彼らはカサンドラを知らない。
安心したり、勝利を確信したり、そういう時にこそどん底に突き落としたくなるような悪質な悪戯心に溢れた骨が、虎視眈々とタイミングを伺っていることに、彼らは気付いていない。
ここにヤディカがいれば、こういう時にこそカサンドラが色々ぶち壊しに現れると忠告し、警戒を促しただろう。
「行動方針は決まったかな?」
消していた気配を全開に、本人は茶目っ気のつもりの黒いオーラを纏いながら、樹上からカサンドラが現れる。
一瞬で凍りつく場の空気に、カサンドラは一人満足げに頷いていた。
「呆けるな! 散れ! 散れぇ!」
「戦おうと考えるんじゃねぇぞ! 身を潜めろ!」
「生き残った奴は指定されたポイントで落ち合うんだぜ!」
誰よりも早く立ち直ったサリーラガ三兄弟が大声で叫びながら逃走する。
その声で我に返ったネビ族達が一斉に走り出した。
「ほぅ。なかなか指揮官として動きが板についているな」
黒いスケルトンが逃げ去る兄弟の背中を見て、面白そうに呟いていた。
ネビ族四将の空いてしまった一席に、三人で一人の戦士、“三ツ首”サリーラガ が加わるのは、少し先の話である。
◆◆◆
ゼクト族の集団は息を殺しながら森の中を進んでいた。
あの黒いスケルトンには一度痛い目を見せられている。地獄の鬼ごっこはこれで二回目、今度は醜態を晒すまいと皆気合いが入っていた。
ゼクト族はその枝族の数が多い。故にかつては枝族間の争いが絶えず、常にどこかしらが紛争状態にあるという何とも荒れた部族だった。
ジメナ族から巫女が生まれ、ゼクト族を統一するまでは、互いを同種とも思っていなかったのである。
その歴史から戦いに長けた枝族が多く、特に、腕に鎌を持つティスマ族、六の腕と八の目を持ち、粘糸を操るスパーダ族、恵まれた脚力を活かし武術を納めるライダ族、様々な毒粉を生み出すことの出来るモスミノス族などは自らの武威に高いプライドを持ち、最後まで統一に抵抗した枝族だ。
今回の修行希望者の中にはその四枝族から多くの参加者がいるが、当初彼らは強くなる目的で来たのではなかった。
多少の力を付けて強くなった気でいる生意気なエルカ族の鼻っ柱をへし折ってやろうとしていたのだった。
それがまさか逆に自分達の鼻を(物理的に)折られるとは思ってもみなかったのである。
「あのスケルトンに戦いを挑んで勝てるとは思えないが、このゲームに勝利し鼻を明かしてやることはできる」
「おうとも、絶対にギャフンと言わせてやるぜ!」
「バカ、声がでかい、奴に聞こえたらどうするつもりだ」
「囮作戦、というのもアリだと思うが……」
「おいおい、見捨ててくれるなよ……」
カサンドラに恐怖を感じているが、やはりどこか集中にかけるゼクト族の若者達だった。
今回は自分達だけでなく、他の種族チームも参加しているというのもあるだろう。
狙いが分散してくれれば、それだけ逃げやすくなるというものだ。
「ん……? おい、今あそこで何か動かなかったか?」
視力に優れたスパーダ族の若者が足を止め、注意を促した。
全体に緊張が走る。
「おい……」
「分かってる」
ティスマ族とライダ族がいつでも飛び出せるように構える。その背後ではモスミノス族が毒粉を取り出していた。
この森の脅威はカサンドラだけではない。エルカ族を狙ったモンスターも頻繁に現れる。
モンスター達は以前までの戦う力のないエルカ族を襲うつもりで来ているのだが、今のエルカ族は脳ミソの半分以上を筋肉に侵食された戦闘民族であるので、一匹の例外なく返り討ちにされ、美味しく頂かれている。
今のエルカ族の集落は巨大なモンスターホイホイと化しているのだ。
ゼクト族の若者達の動きは、そのモンスターを想定したものだった。
ガサガサと茂みが掻き分けられ、黒い甲殻に覆われた巨大な体が露となる。
「今だ!」
スパーダ族の合図で残りのメンバーが飛び出した。
ティスマ族の手刀、ライダ族の蹴り、モスミノス族の毒粉、それぞれの枝族の代名詞とも言える技が、モンスターを襲った。
だが、黒い甲殻に覆われたモンスターは、両腕を盾のように構え、あっさりと全て防ぎきってしまったのだった。
モンスターは構えを解くと、残念そうに溜め息を吐いた。
「弱すぎる……。話にならんわ」
その姿を見て、ゼクト族の若者達は凍り付いた。
ゼクト族の若い衆にとっては、ある意味カサンドラよりも恐ろしい存在。ビルカート・ゼクト・ウォリアーズがそこに居たのだ。
「び、ビルカート様、なぜこんな所に……」
「そうです、我々は今、カサンドラ殿と訓練中でして……」
「ま、まさかビルカート様、我らの助勢に来ていただいたのですか!」
「おお! そうならば百人力だ! あのスケルトンめを真っ向から倒すことも夢ではない!」
はしゃぎ出す若者達に、ビルカートはますます深い溜め息を吐く。
好意的とは言えないその態度に、ゼクトの若者達に不安と動揺が走った。
「あ、あの、ビルカート様……?」
「カサンドラ殿の言った通り、貴様ら少々性根が腐っておるようだな。直々にワシが鍛えてくれる、さぁ、覚悟せい!」
ゼクト族にとって、鬼はカサンドラ一人ではなかったのだ。
その事実にようやく気付き、若者達は悲鳴を上げた。
カサンドラの魔力によって進化した最初の亜人による手加減なしの特訓……という名の新たな地獄が幕を開けたのだった。




