60話 サクッと治療
勝った! 第三部、完!
と言いたくなるようなヤディカちゃんの凄まじいラッシュをくらったネビ族の族長さんが倒れたことにより、この勝負の決着が着いたようだった。
既にネビ族で戦っているのは族長さんだけだったしね、奴がKOされれば戦いは終了という訳です。
しかし、ヤディカちゃんは強くなったなぁ、お父さんなんだか感動しちゃって目の前が涙で霞んでしまったよ。
涙でないけど。骸骨だしね。
しかしよくもまぁ殴りも殴ったりって感じだな。
ヤディカちゃんの腕はぼろぼろのぐちゃぐちゃだし、ネビの族長さんは内臓破裂を起こして死ぬ寸前だ。
これ、魔法で治ったとしても後遺症残ったり満足に動かせなくなったりするんじゃないの?
まったく、後先考えずに自爆技なんて放つんじゃないよ。
俺は骨を再生したり継いだりできるからいいけど。
あれ、これってもしかして俺の真似の結果こうなっちゃってるの?
は、はは、いや、まさかね。ヤディカちゃんは賢い子だから、あからさまな自爆技使ったりしないでしょ。
つまりこれは事故。うん、俺は悪くねぇ。
やれやれ、馬鹿言ってないでヤディカちゃんとネビの族長さんを治すかね。
いやー、ビルカートのおっさんで予めやっといて良かったわ。いい経験になったもん。
おかげでヤディカちゃんの治療がぶっつけ本番にならずに済んだ。
「通して下され、道を開けるのじゃ……、おのれら、邪魔だというのが分からんのか!」
オオガマのおばばが息を切らして跳んできた。
もう年なんだから無理すんなばぁちゃん。
ヤディカちゃん達の状態を見ようってことならもう終わったぜ。これから治療するぞ。
「おばば殿、離れていてくれ」
「カサンドラ殿、早く処置をせねばヤディカの命に関わりますぞ! ペントーサ殿は残念であるが、もう助かるまい。ヤディカも、その腕は切り落とさねばならんでしょうな……」
「何だとォ!?」
おばばの言葉にインユゥちゃんが激昂した。
何だか二人は一緒に戦ってからすごく仲良くなったようだ。ふふふ、俺は嬉しいぜ。
「ばぁさん、馬鹿いってるんじゃねぇよ! ヤディカが勝ったのに、なんで腕切らなきゃなんないんだよ! おかしいだろうが!」
「腕が潰れて縫合が出来ん、回復魔法も万能ではないのじゃ、切らねばヤディカが死ぬのじゃぞ!」
「……んだよ、それ、ッざっけんな! ふざけんなよ!」
盛り上がっている所悪いが、実際本当に時間がないから治療を進めておくよ。
説明は、終わってからでいいよね?
『千変万化』で体と魔力の一部を霧状&糸状に変化。二人の体を繭のように包み込む。
進化したこともあって、ビルカートのおっさんの時よりもかなり楽だな。魔力自体が動き方を覚えているみたいだ。
魔造臓器による疑似神経、血管、骨、肉、皮膚を構。損傷箇所、修復。欠損箇所、魔造品による補完。損耗した魔力と体力を、俺の魔力で補填。
忘れちゃいけないのが、俺の魔力をそのまま使うのではなく、ヤディカちゃんや族長さんの魔力に馴染ませて浸透させていくこと。
でないと、ビルカートさんみたいに俺の倦族化しちゃうからね。
進化・強化・成長は推奨しますが、その時に俺の影響があまりにも強いってのは、なんか違う気がする。
特に色が変わる恐れがあるのが嫌です。
ヤディカちゃん、せっかく赤と青の綺麗な肌をしているのに、そこに俺の黒が混ざって濁るとか耐えられん。
さくさく治しているように思えるが、実際は繊細な作業で、内心冷や汗だらだらである。
治療中の僅かな気の緩みでどんな障害を引き起こしてしまうか分からない。
ましてや俺は本職の人じゃないしね。気を付けすぎて悪いということはあるまいよ。
最後の神経を繋ぎ終え、二人の波長に合わせた魔力でコーティングしておく。
これがしっかり馴染めばオッケーかな。
人体を破壊するために格闘家は解剖学を学ぶって聞いたことがあるけど、これもまたそういうことだよな。
特に亜人は種族によって体の構造も大分違うし。うむ、よい経験となった。
他の人たちは……、魔力不足や打ち身、擦り傷程度だな。
それくらいなら自力で治せるね。
「ペントーサ様は、我らの族長は、助からないのか……!」
「頼むのであーる、せめて、せめて回復魔法だけでも……」
「我らの今までの行い全てを謝罪する! 今後ネビ族はエルカ族の奴隷になっても構わない! なんとか族長を助けて、助けて下さい!」
ネビ族たちがおばばにすがり付いていた。
魔力の多いはずの三将の方々は族長さんとの戦闘で魔力を使いきってしまったようだな。
もともと回復魔法とかそんなに得意じゃないっぽいし。
そう考えると、やっぱおばばって回復魔法の使い手として優れているんだなぁ。
「えぇい、無理なものは無理じゃ! どう足掻いても助けられん命はある、それが、どう、して……」
叫んでいたおばばがこちらを振り替えってゆっくりと固まっていく。
まるで有り得ないものでも見たかのように。
「カ、カサンドラ殿、いったい、何をしておるのじゃ……?」
「治療だ。もう終わった」
「なぬ……?」
オオガマのおばばのヒキガエルを思わせる黄色い目が、ぐりん、と見開かれた。
が、すぐに諦めたように目を閉じ、大きなため息を吐いた。
「……そうですな。カサンドラ殿に自分の常識を当て嵌めようとした儂が馬鹿でしたわ」
なかなか失敬なことを言ってるな。
俺が常識無いんじゃなくて、師匠が常識持ってなかったから俺も道連れで常識を持てなかったんだよ。
「カサンドラ、つまり、ヤディカは腕切らなくてもいいのか!?」
「あぁ。大丈夫だ。しばらくは安静だが」
インユゥちゃんが嬉しそうに飛び付いてきた。
おっと、以前骨が痛いと言われたからな。『千変万化』で腕を低反発素材のような感触に変えとこう。
「凄いな! カサンドラ! アタシ、またヤディカと遊べるんだよな!?」
「勿論だ。ただし、腕の包帯が外れるまで待つんだぞ?」
俺みたいに大怪我してるのに修行とかしないよう、ヤディカちゃんと族長さんは俺の魔力で作った包帯とギプスでばっちり固定しています。
ヤディカちゃんなんか両腕だからね。不便だけど仕方がない、まぁ一週間は我慢してもらおうかね。
「おう! それくらい待てるって! アタシ、待つのは得意なんだ!」
インユゥちゃんが嬉しそうで何よりだ。
その笑顔で治療の疲労もぶっ飛ぶね!
「カサンドラ殿……、我らの族長も、助かったのだろうか?」
ネビ族の三将を代表してウォマさんが俺のところに来た。
他の二人は俺に怯えているようだ。
どうもこの全身から漏れている『暗黒気』には相手を恐慌状態に陥れる効果があるみたい。
抑えても抑えても微量に出てしまうのよ、すまないね、御二人さん。
「あぁ。助けた。約束だからな」
「ふっ、約束か……。感謝する、言葉では言い表せない程に」
「いずれまた拳を交えてくれれば、それでいい」
ウォマさんは俺の言葉にキョトンとしていた。
でも、それが最初の約束じゃない。
その為に頑張ったようなものだよ、俺は。
俺もまだまだ強くなる。
十把一絡げで扱われる種族に進化しましたが、その中でも最強と呼ばれるくらいには強くなりたい。
うーむ、足りないな。修行がまだまだ足りない。
ヤディカちゃん、インユゥちゃんの戦い方についても少し指導したいし、これでネビ族もなし崩し的にカサンドラ・ブートキャンプに突っ込めるだろうから基礎を見てやらなきゃだし、ゼクト族の皆さんももっとしごきが必要だろうし、その内カレオちゃん率いるカメリーオ族も来ることになってるし、やることはいっぱいあるな!
まぁでも、ここ数日間忙しかったし、少しゆっくりするのもいいかもしれない。
スキルも結構変わったから、どんなものか確かめておきたいしねぇ。
頑張ってくれたエルカ族の皆にもお礼をしないとな。
何がいいだろうか……?
前回はY.M.C.A作戦としてボードゲームを作ったんだよな。今回は……
「カサンドラ、取り合えずヤディカを家に運ぼう。野晒しじゃ可哀想だろ」
「む。そうだな。ウォマ殿はそちらの族長殿を頼む。場所は……」
「儂の所に来るといいじゃろ」
そう言ったのは村長だった。
ちょっと驚いた。思わず凝視してしまった。
この村で最もネビ族を恨んでいるのが村長だったと思ってたんだけど……、大丈夫なのかね?
寝ている隙に、グサーッとかやっちゃわないかね?
さすがにそうなったら寝覚めが悪いんだが。
いや、村長として言わざるを得なかったのかな?
だったら無理させるわけにはいかない。
ヤディカちゃんは御両親の家で療養するだろうし、その間は村外れのいつもの洞穴でネビ族の族長さんの面倒を見るとしよう。
「カサンドラ殿、心配ご無用ですわい。恨み辛みは過去のこと。今はその男に対して穏やかな気持ちを持っておりますじゃ」
ほ、本当かなぁ……?
いざやってみたらやっぱり駄目でした、とかならない?
「カサンドラ、ジッチャンはネビ族だって料理作ってくれたんだ。きっと大丈夫だよ」
……まぁ、大丈夫か。
「では村長。ネビ族を任せた」
「任されましたぞ」
注意して見てみたが、気負っていたり我慢していたりという様子はない。
本当に自分の中の感情と折り合いを付けたのかな。
だとしたら、凄い。
長年積もりに積もった恨み辛みを穏やかに受け止められるほど、村長は強靭になったのだ。
恐らく、このネビ族との戦いの一件で、村長は大きく成長したに違いない。
カカカ、次の手合わせが楽しみだな。
俺もうかうかしてられない。
強く、強くなるのだ!
しかし、先程から何かを忘れているような……。
うーん、思い出せない。
まぁ、思い出せないということは大したことではないということだな。うん。
その時が来たら分かるべ。
その後、息も絶え絶えになりながらやって来たビルカートのオッサンにキレられるまで、俺は何を忘れていたかさえ思い出すことはなかったのだった。
忘れててすまん、ビルカートのオッサン……。
◆◆◆
「そうですか……、司令官を……」
船に戻ったスヴェンは重苦しい雰囲気の執務室で小さく呟いた。
敬愛する男の犯した罪、上官殺し。
軍隊という完成された階級社会のなかで、あってはならないことだ。アイゼンベルグの法に合わせれば、即刻死罪である。
こんな時、魔術隊長のエドガーならば良い知恵を出してくれるのだろうが、彼は亜人の集落で四肢の関節を外された状態で見つかり、今もまだ意識が戻らない。
どれほど恐ろしい目に会わされたのか、髪の毛の一部が灰色に変化しており、全身が目に見えて老化していた。
おそらく、エドガーも黄泉之軍兵に出会ってしまったのだろう。奴等が獲物を殺さないまま放置するなど聞いたことがないが、黄泉之軍兵に関しては資料そのものが少ない。まだ明らかにされていない生態があるのかもしれない。
現在、ディートマー司令官は急病により臥せっていることになっている。
あれだけ酒を飲んでいたのだから体を壊しても仕方がないだろう、と兵士たちは陰で笑っていた。
ベルノルトは変わらず仕事に没頭し、帰投するための書類作成や日程調整、備蓄の配分などを決めている。
ベルノルトの司令官殺害を知っているのはスヴェンと、船長であるトシュテンの二人だけだ。
狭い執務室も、男が二人立っているだけでは広く感じるものだ。
「私は、このことを上に報告せねばなりません」
トシュテン船長はスヴェンの目をまっすぐに見つめた。
迷いや怯陀が見え隠れする不安な目であったが、それでも己の信じることを為す男の目であった。
彼は試しているのだろう。
スヴェンがどちら側に付くのかを。
そして、半ば以上確信しているのだろう。
スヴェンがベルノルトを裏切ることなど無い、と。
「貴方はどうします? 遠征軍戦闘隊隊長スヴェン・アルホフ殿」
「私の答えはお分かりでしょう。トシュテン・ランナー殿」
暫しの沈黙が二人の間を流れた。
お互い、この後何をしなければならないのか分かっていて、だからこそ動きたくなかった。
自分達は今も確かに仲間なのだ。
ただ、信じるもの、背負うものの僅かなずれが二人を互いに向かい合い、立たせていた。
「残念です。スヴェンさん」
トシュテンが懐から杖を抜いた。
携帯用であり、僅か十五センチほどの長さしかない。しかし、その機能は魔術師が使用する杖となんら変わりがない。
アイゼンベルグの誇る技術力の結晶の一つだ。
「『貫く水針』!」
杖から放たれた水の針は細く鋭く早い、そして何より目視が困難である。
地味であるが、確実性のある必殺の魔法だった。
だが、スヴェンは迫る鋭い水針に逆に自分から駆け寄り、鎧の籠手で打ち払った。
固い音が響く。水針は粉々に砕かれ、宙に舞って消えた。
返す一撃でトシュテンの腕に強烈な手刀叩き込む。
「ぐぅああッ!」
乾いた小枝のようにトシュテンの腕がへし折れ、杖を取り落とした。
そこへスヴェンは足を降り下ろす。
細い杖は一溜まりもなく折れて砕けた。
一瞬の決着に、トシュテンは呆然と折れた腕と杖を見ていることしか出来なかった。
「貴方は我々に良くして下さった。殺したくはない」
「……」
「船員たちはどうとでも言いくるめられる。貴方の身は船室に軟禁させていただく。その腕をしっかり治療した上でね」
「……国にはどう報告するおつもりですか。この場に居るものでさえ信じられない話を、頭の固い彼らに理解せよと言うのですか?」
「帰還できればその問題も片付くのですよ。貴方もいずれ感謝する。今日この日の我々の英断に」
スヴェンが何をどこまで想定して行動しているのか、トシュテンには理解できなかった。
これはベルノルトの指示なのか?
それとも彼の暴走なのか?
トシュテンにもう知る術は無い。
ただこの事態を止めることの出来なかった己の不明を恥じ入るばかりだった。




