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59話 手遅れなバカヤロウ





 いやっほぉーい!

 いやぁ全力疾走って気持ちがいいですね。

 前の世界じゃ一キロメートル走ったら息が上がって汗だくになって歩くことも出来なくなったってのに、今じゃ時速何十キロで走ってんのよコレって感じだもんね。

 風を感じるんだ! 風になるんだ!

 今ならナナハンと駆けっこしても負ける気しないわー。むしろジャンボジェット持ってこいって感じだわー。

 流石にジェットにはまだ勝てないと思うけどね。

 それにしてもこんだけビュンビュン走ってるのに、鬱蒼としてる木々や根っこなんかは簡単に避けられるんだから、やっぱ俺って強くなってるよなぁ。

 これで種族である『黄泉乃軍兵ヨモツイクサ』が足軽みたいな扱いな説明じゃなかったらもっと自信持てたんだけどなぁ。


 同種族が世界にコンニチワしたら終焉が始まるらしいんで、一生涯会わなくていいけど。

 そういや俺って絶賛アンデッドな訳だけど寿命ってあるのかね?

 スケルトン成り立ての頃は、骨が朽ちるまでと思ったけど、この骨も実は骨の形をした魔力の塊だっていうし、これ寿命無くね?


 まぁいいや! いずれ分かるでしょう!

 今大切なのはこの速さを楽しむこと、そして一分一秒でも速くヤディカちゃんとインユゥちゃんの所へ行くこと!


 速すぎてついついテンション上がったけど、ネビ族の族長さんが集落を襲っているかもしれないって状況なんだもんね。

 でもやっぱり進化する、強くなるって嬉しいぃいい!


 そしてあっという間に集落へ到着、お疲れな様子のヤディカちゃんの元へ一直線!

 ただいまヤディカちゃん!


「カサンドラ……? 真っ黒すぎて、見えない。魔力、引っ込めて?」

「む。すまん」


 嬉しくてついつい開放的な気持ちになっちゃってたのか、魔力が駄々漏れでした。

 ヤダあたしったら恥ずかしい。

 おっと、足元ではインユゥちゃんが寝ているな。踏まないようにしないと……。

 え? 寝てんの?

 ここって今ネビ族の族長さんが来てるんだよね? なのにシエスタ楽しむとかインユゥちゃんマジ豪気。


 いや、血の痕があるな。

 戦い疲れて眠ってるのか。

 すまんなインユゥちゃん、シエスタとか勘違いして。頑張ったんだね。


 ヤディカちゃんも腕が血塗れじゃないか。

 まったく、もっと自愛しなきゃ駄目だよっていつも言ってるのに。

 修行の時は別だけどね。あれは自分を苛め抜くものだから。


「カサンドラ……おかえり……」


 ヤディカちゃんがこっちを見て、改めてお帰りと言ってくれる。

 はふぅ、満たされる。

 この一言のために帰ってきてるわぁ。


「うむ。ただいま、ヤディカ」


 ヤディカちゃんの頭をひとしきり撫で、眠ったまんまのインユゥちゃんもしっかりいい子いい子していると、声がかかった。

 俺に、でいいのかな?


「き、貴様、何者だ、何が目的でここに、いや、もう分かっている。貴様はカエルどもの味方だな、そうなのだろう!」


 何よこのヒステリックなお坊っちゃんは。

 俺がエルカ族、ひいてはヤディカちゃんの味方であり、ヤディカちゃんとインユゥちゃんという二人の娘の保護者役というのは周知の事実。

 知らんということはネビ族もしくは人間で、この場合どっちも敵認定でオーケー。

 というよりヤディカちゃんをカエル呼ばわりした時点でお仕置きリストには載るのですよ?


「何者とはこちらの台詞だ。人の家に土足で入って暴れまわる客人を、私は聞いたことがない」

「私は、ペントーサ・ネビ・ワインダー。この島の支配者になる者だ」


 うわぉ、なんだか“新世界の神になる”的なお言葉をいただいたぞ。

 これ録音されてたら後で恥ずか死するやつだな。

 流石にそんな外道な真似はしないけど。


 ていうか片腕が無い!?

 誰よこの人の片腕ぶち切った人。あんまり残酷なのはノーサンキューだよ? ホント心配なんだよ、エルカ族の中にも過激な方がいるからさぁ。

 師匠の訓練を施しているから、いつ師匠みたいに“残酷さや卑怯さって良いよね! 相手がすぐぶっ壊れるよ!”という思考に染まらないか気が気じゃない。

 師匠の武術の闇の側面を後世に受け継がせたくないからなぁ。知ってるのは俺一人で充分。


「なるほど。貴方がネビ族の長か」

「……いや、もうネビ族ではない。私は、私は人間となったのだ。卑しむべき亜人ではない。強力な魔力を持ち、他の生物の一部を体に貼り付けた醜い生き物では、もう無いのだ!」


 そういや、亜人って元々は転生者っぽい奴に造り出されたんだっけね。

 人間本位な世界の中で亜人として生活してると、やっぱり獣な部分が疎ましく感じられちゃうのかねぇ。

 俺はぜんぜんイケるけど、それも物珍しさがあるのかもしれないし、というか、多分あるし。

 でもヤディカちゃんやインユゥちゃんに対する思いは本物です。俺が育てるんじゃ!


「だが貴方は“ネビ”と名乗ったではないか」

「……その名は、私だけのものになる。王としての、私だけの名とするのだ!」


 支離滅裂だな。これが洗脳魔法の効果ってやつか。

 ウォマさんに助けてやってくれって頼まれてるけど、これどうにか出来るのかね?

 斜め四十五度の角度から叩いてどうにかなるレベルじゃないと思うんだけど。


 仕方ない。取り合えず殴ってから考えよう。

 俺が構えた時、背中をぽかりと叩かれた。


「まだ、あたし達の番……」

「む。そうなのか?」

「うん。あたしと、そこの銀色で、戦ってた」


 そこの銀色って、ヤディカちゃん、もしかしてインユゥちゃんのこと嫌い?

 いやでも声音に嫌悪感とかないね。アレか、喧嘩するほど仲がいいというか、喧嘩友達的な立ち位置か。

 仲がいいなら、その表現方法にはケチは付けませんよ、私は。


 そうか、ヤディカちゃんとインユゥちゃんが組んで戦ってたのか。

 じゃあ俺の出番じゃないな。


「まだ、カサンドラに見せてない、技、あるから」

「楽しみだ」

「アタシもやるからなァ、見てなよ、カサンドラ」


 足元からゾンビのようにインユゥちゃんが立ち上がった。

 元々種族的にゾンビっぽいっちゃあゾンビっぽいけども。

 なんか、強くなった?


「……回復、早い」

「お陰様でなァ、てかお前な! 死ぬかも知れないなら先に言えよな!」

「言ったけど……?」

「あぁ、言ったな、言ったけどな、もっとちゃんと言えよ!」

「意味が、分からない……」

「アタシのセリフだよ!」


 あぁ、なるほど、こういう仲ね。善き哉善き哉。

 ヤディカちゃんには対等に喧嘩できる友達っていなかったからねぇ、インユゥちゃん、マジグッジョブ。

 それに、インユゥちゃんもずっと一人で、人と触れあうのを恐がっているところもあった。カメリーオの集落での時とかね。

 こうやって等身大で全力で関われる相手が、お互いに必用だったんだね。


「では私は退こう。二人とも、後は頼んだぞ」


 そろそろ向こうさんも我慢の限界みたいだからね。

 襲ってこなかったのは俺の実力が未知数なのを警戒してかな?

 殴って治るか不安だったから、それで有り難いですな。

 最終手段として、俺が『千変万化』で濡れ銀の時みたいに体内に侵入するかとか考えてたけど、人に対して行うとどんな弊害があるか分からないからね。やらないに越したことはない。

 後は二人が上手いことやれるように祈ろう。

 ふっ、心配はないさ。二人とも、俺の自慢の娘だからね。




◆◆◆





「さてと……、待たせたなァ、ペントーサさんよ」


 体から白銀の魔力を噴き上げながら、インユゥが獰猛に笑った。

 その魔力の一部に、くすんだような黒が混じる。

 カサンドラは強くなったのかと勘違いしたが、そうではない。インユゥは回復するためにカサンドラが垂れ流していた魔力を喰ったのだ。

 そして、驚いた。明らかに魔力の質の違うのだ。

 カサンドラはほんの半日ほど目を離した隙にまた強くなってしまった。


 愕然とした。

 こんなにも早く成長する人を目標になど出来るのだろうか、と。

 自分が1歩強くなったと実感できるころには、その影さえ踏めなくなっているのではないだろうか?


 暗くなりかけた気持ちを立て直してくれたのは、不愉快だが、話していて楽しい青赤女の言葉だった。


『まだ、あたしの番……』

『あたしと、そこの銀色で、戦ってた』


 自分は、一人で戦っていた訳では無かったのだ。

 もう、あの寂しく何も変わらない場所で一人で座っているだけの世界じゃない。

 インユゥという名前をもらい、今を生きている。


 確かにカサンドラは強い。そしてすぐに更に強くなるだろう。だがそれは自分達の足を止める理由にはならない。

 憧れて目指すことを止めるなら、濡れ銀と一緒にくたばっていた方がマシじゃないか。


「ふん、また貴様等か。懲りないな、もう閉じ込めるなど間怠いことはしない。より優れた検体が見つかったのだ。貴様等は殺処分だな」

「おぅ、やれるならやってみろ、こっちも気合い入っちゃったからな」

「カサンドラに、後は頼んだって、言われた……。初めて……任された……」


 ヤディカとインユゥ、互いの視線が交錯する。

 最初にペントーサと向かい合っていた時のように。

 あの時とは気合いの入り方が違う。勢いが違う。心構えが違う。

 憧れたヒトが見ているのだ、無様な姿は見せられない。


「だから……」

「だからさァ」


 インユゥとヤディカは同時に構えた。


「「頑張る!!」」


 地面が抉れるほどの勢いでインユゥがペントーサに向かって突っ込んだ。

 自分の武器は何だと聞かれれば、この魔力だと答えるだろう。

 小さな身に余るほどの魔力で突貫する。今のインユゥにそれ以上の戦い方は無い。

 自分がペントーサを引き付ければ、あのイケ好かない青赤が有効打を打ちやすくなるだろう。それで隙が出来ればインユゥの攻撃も当たる。


 お互いに疲労困憊している今、魔力を食べることで体力を回復できるインユゥが粘らなければならない。

 ペントーサが隙を見せるか、インユゥが耐えきれず潰れるか、どっちが早いか……。


「勝負だッらァ!」

「……イノシシめ」


 ペントーサは冷静にインユゥの攻撃を捌き続ける。

 魔力をほとんど使わず、技術のみで。

 魔力を使えばインユゥが食い付き体力を回復することを見越しているのだ。


「片腕を失ったが……、ハンデとしては軽すぎたかな?」

「ハッ、気を遣わせて悪ィな、オッサン!」


 大振りの攻撃では不利と見て、インユゥが拳の回転速度を上げる。

 しかし、そんな動きもペントーサの手のひらの上だった。

 意識が連撃に向いた瞬間、ペントーサの体が沈み込む。

 戦闘経験も武術の知識もないインユゥでは、魔力による力尽く以外で咄嗟の反応が出来ない。

 素早く足を刈り取られ、浮いた体に合わせて蹴りを叩き込まれた。


「ぐッは!」


 空気が肺から絞り出される。脳がパニックを起こし、無理矢理呼吸をさせようと体に指令を送る。

 たまらず開いた顎を撃ち抜くように、ペントーサの拳が閃いた。

 その拳は、親指を握り込み中指だけをその上で閉じた形である。

 パシィン、という鋭い音と共にインユゥの頭が揺れた。


「一本拳か……」


 カサンドラが唸るように呟いた。

 一本拳とは空手の拳の握り方の一つであり、その名の通り指を一本、第二間接を突き出すようにした形のものである。

 ツボや内臓などの急所への攻撃に適した形とされ、達人にもなるとその鋭さで人体すら切り裂くという。


 インユゥは転ぶまいと膝を震わせていたが、耐えきれず崩れ落ちていた。

 ペントーサは打ち込んだ反動で舞い手のようにくるりとその場で半回転し、気配を消していたヤディカを正確に捉えた。


 ヤディカはインユゥが攻撃の方法を変えた瞬間、逆にインユゥが隙を突かれることを予測し動いていた。

 ここでインユゥがやられれば形勢は一気に不利になり、取り戻せなくなるだろう。

 強引でもいい、攻勢に移らなければ。

 だが、見たこともない攻撃でインユゥが倒れ、奇襲をかける筈だった自分の場所も見破られている。


「でも、このまま、行く!」


 ここで退いてもじり貧ならば、攻めて活路を見出だすしかない。


「『猛毒煙幕ベノムスモーク』……!」


 インユゥならば平気だろうと遠慮なく毒の煙幕を放つ。

 ペントーサにも毒の効果は無いだろうが、目眩ましになれば充分なのだ。

 煙の揺らめきで相手がどこにいるかは分かる。

 この一瞬の攻防ならば、ヤディカが有利である筈だった。


「そこ……!」


 僅かな煙の揺らめきに向かって『鞭打』を振りかぶる。


「シャイッ!」


 短い呼気の音。ヤディカのものではない。ならばこれはペントーサの呼気だ。

 『鞭打』を打つヤディカの喉に、鋭い一撃が食い込んだ。


「ッゲ!?」


 柔らかな喉に指をピンと伸ばしたペントーサの手刀が突き刺さっていた。

 幸い、皮膚を突き破るには至らなかったようだが、呼吸を止められた苦しみに、ヤディカは地面をのたうち回った。


「私に格闘戦は出来ないと思ったか? いやいや、むしろ天才的な才能のあった魔術よりも、凡才でしかなかった武術に修練の時間を割いていてな。ようやく体が思い通りに動くようになってきた、という訳だ」


 そう言うペントーサの構えは例えるならフェンシングのような半身であり、片腕の欠損をまるで感じさせない芯の通った姿だった。


「うげぇ、くそ、地面がぐるぐる回ってるぁ……」

「ゲほっ、かはッ、はぁ、息、苦しい……」

「もう立つな。君達では私に勝てないと言うことは分かっただろう?」


 何処か憐れみを滲ませた声でペントーサが二人に問い掛けた。

 ペントーサは動きの切れが増し、格闘で抑えた魔力を治癒に当てることで腕を爆破した衝撃からも回復しつつある。

 対する二人は既に満身創痍であり、立っているのもやっとのようだった。


 だが……。


「ふふ……」

「へへ……」


 だがそれぞれでも、ヤディカとインユゥの闘志は消えない。それどころか、一層激しく燃え上がるようだった。


「『鞭打』よりも早い攻撃……。でも、見えた。肘から先、上手く使ってた、蛇の首、みたいに……」

「あァ、あんな握り方があったんだ……、奥が深いなァ武術ってのは、ただグーを作るだけじゃァないんだなァ」


 闘志どころではない、痛め付けられ、地面に転がされて尚、この二人は歓喜しているのだ!

 新たな技の発見に、知らない技術の修得に、自分がまだまだ強くなれる実感に、狂喜乱舞しかねない勢いで興奮しているのだ!


 この二人もカサンドラと同じ。最強の二文字に取り付かれ、強くなることに喜びを見出だす者。とっくに手遅れ・・・な馬鹿野郎なのであった。


「『鞭打』も、まだまだ、早くなる。早く出来る……。もっと、柔らかに、もっと、しなやかに……」

「じゃあこういう握りは有りか? いや、狙う場所によって変えるのか、面白ぇ、面白ぇな」


 戦いの最中に新たな動きを模索し始めてしまう二人の姿に、ペントーサも唖然としている様子だった。


 いったい自分が何をしていたのかさえ、あやふやになってくる。

 危うげなほど純粋に強さを追い求める少女二人の姿が、強烈に輝いて見えた。

 ペントーサも同じだ。同じであるはずだ。

 強さを追い求めていた。


 だが、いったい何が目標だったか。

 力を得て、自分はいったい何をしたかったのだろうか?


 島の支配者になる?

 なってどうしたかったのだろう?


 人に成り、人間を見返す?

 それこそ何のために? 誰のために見返してやりたかったのだ?


「なんか狼狽えてるところ悪ィけどさ、もうちょっとで何か掴めそうなんだ。まだまだ付き合ってもらうからなァ!」

「『鞭打』……全身で、打つ。関節で、力を溜める」


 痛め付けてやった筈の少女たちが活き活きと飛び掛かって来る。

 迎撃しなければ。

 だが、それで彼女等は止まるだろうか? 更に力を増すのではないだろうか? 自分の攻撃は通じるのだろうか?


 自分が決定打を打つイメージが浮かばない。自分が勝つイメージが出てこない。


 何故こんなにも悩み、弱気にならなければならないんだ?

 人化したのに、強くなったのに。


「行くぞォおらァ!」


 銀髪の少女が力強く踏み込み、肘を突き込んでくる。

 たった一度、正拳ではない拳を見せただけで、力任せに殴るだけしか出来なかった状態から、攻撃の選択肢を増やして見せたのだ。

 背筋にぶるりとしたものが走った。

 これは果たして恐怖か、それとも喜びか、あるいは期待だったのかもしれない。


 鋭さの増した攻撃を捌ききることができず、僅かに体勢が崩れる。

 だが肘は避けきった。次はカエル娘の方だろう。

 意識を銀髪から離した瞬間、衝撃がきた。


「ぅおいしょッ!」


 銀髪の肘から先が伸びたのだ。

 今まで力任せに振り回していた正拳、それを槌のように振り下ろす形で。

 ご丁寧に魔力カタパルトを上乗せしており、威力は甚大。避けられる速度ではない。

 無事だった腕の肩口に、重すぎる拳がめり込んだ。

 骨が軋み、ヒビの入る音が頭の中に響く。


「ぐぁあッ!」

「っしゃァ! なんか分かってきたぞ!」


 冗談ではない。こんな攻撃を連続で行われたら身が持たない。

 やはり腕だ。腕をもがれたのが痛かったのだ。

 それに、先ほどから上手く魔法が構築できない。治癒に多くの魔力を取られている上に、黒い骸骨の影響で上手く魔力が知覚できないのだ。

 巨大な生物に飲み込まれてしまったかのような感覚だ。周囲の何もかもが大きすぎて認識できない。


 何故だ、何故こんなことに……!


「はぁぁぁぁぁ――……フゥッ!」


 目の前に迫っていたカエル娘が、脱力から全身を振り抜いた・・・・・・・・

 辛うじて認識できたのは、カエル娘が踏み込む瞬間だけ。気が付いたら腹に打撃を受け、吹き飛んでいた。


「がはァ!――――あ? あぁ!?」


 が、吹き飛びきれない。

 打撃だと思ったのは手刀であり、エルカ族特有の吸盤が腹に貼り付いていたのだ。引き戻される腕に合わせて引っ張られる体。

 それもまた例の全身を振り抜く動きだ。

 吸盤は素早く離れ、宙を浮く体に合わせてカウンターのように逆手の手刀。

 そしてまた引き戻される。


 その一連の流れが余りにも素早く行われるので、ヤディカはまるで回転しているかのようだった。

 パパパパパァン! と連続で破裂するような音が響く。


 ペントーサはもはや呻き声さえ出ない。

 傍目から見れば、回転するヤディカに合わせて勝手にペントーサが殴られに近づいているようにも見えた。

 回転の速度はどんどん上がり、周囲に放射状に赤い線が広がっていく。

 まるで回転するヤディカを中心に赤い花が開花していくかのようだ。


「む! いかん!」


 カサンドラが慌てたように飛び出し、回転するヤディカを押さえ込む。

 回転が収まると、ペントーサはそのまま地面に崩れ落ちた。意識が残っていないのは明らかだった。

 腹部は数え切れない貫手を受けて破裂したようになっており、内臓にも損傷があるようだった。


 ヤディカも無事ではない。

 ダメージで言えば彼女も酷いものだった。

 高速で回転した弊害か、顔の毛細血管が切れ、血涙や鼻血を流し、靴はとっくに擦りきれて足の裏がずる向けていた。

 両腕が特に酷い。両手の指は親指を除き軒並み骨折し、慣性によって指先に集中した血液のせいで酷く内出血していた。おかげで指が倍近く膨らんで見える。そして肘の骨が両方とも外れている。


 彼女もとっくに意識を失っていた。

 恐らく、自分で回転したが止められなくなり、崩壊する両腕の痛みと全身にかかるGの強烈さに意識を持っていかれたのだろう。


「やれやれ。とんでもない技を開発したものだ」


 カサンドラの呟きは、その場にいる全員の気持ちを代弁したものだった。

 


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