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54話 避けたかった結末

少し短めです





「――――――――……!」



 森の中に誰かの悲鳴がこだました。


 しかし、その声は酷く小さく、木々の葉擦れや動物、モンスターの鳴き声によって直ぐに掻き消されてしまう。


 だが、聞き覚えのある声だったように思える。

 密かに亜人の集落に潜入し、奴隷を狩り上げる為に作戦を遂行中だったスヴェン戦闘部隊長は、顔を上げ、眉をひそめた。


「おい、今の声、聞こえたか?」


 周囲で慌ただしく作業する部下を捕まえて聞く。


「はい、いいえ、隊長殿、私は何も聞いておりません」

「そうか、手間を取らせたな」


 拠点を設営するための資材を運び組み立てるという地味だが力と根気のいる作業をここ二、三日は続けている。

 適度に休みを取っているが、モンスターの住まう魔境で心身をゆっくりと休めてリラックスできる筈がない。

 幻聴でも聞こえたのかもしれない。


 そう思っていたスヴェンだったが、胸騒ぎは収まらなかった。


「そういえば、魔術部隊長が先んじて潜入しているのだったか。奴に何かあったのかも知れんな」


 悲鳴らしき声が聞こえた方向には、ネビ族と呼ばれる蛇の特徴をもった気味の悪い亜人が住む集落がある。

 あんな生き物を、例え奴隷としてだとしても、祖国アイゼンベルグに連れ帰るとは嫌な任務だった。

 亜人というのは、人間に近く、人間に忠実であり、愛玩動物の可愛らしい部位を兼ね備えた慰み物だ。

 ジュリアマリア島に生息している野生化した亜人など、視界に入れたくもない。


 物好きな貴族やまともな奴隷を購入できない半端な奴等ならば喜ぶかもしれないが、売れ残りは研究室行きだろう。

 だからこそ、魔術部隊長は張り切っているのだろうが。


 アイゼンベルグの誇る戦闘部隊が奴隷商人の真似事をするとは、磨き上げた軍刀も腐るというものだ。

 スヴェンが一目置いているベルノルトが参加していなければ、辞令が出た時点で激憤して軍を辞めていたかもしれない。


 ベルノルトは参謀でありながら下士官の言葉でも丁寧に聞き取る稀有な男だった。

 兵員一人一人に至るまで生かして帰そうと考える参謀は、そうはいない。

 作戦を遂行するに当たって、捨て駒にせざるを得なかったり、自爆めいた命令を下されることだってあり得ないことではない。


 かつて、アイゼンベルグが獰猛な北人ノースマンと内戦を繰り広げていた際、スヴェンの率いていた部隊が北人の待ち伏せに会い、孤立したことがあった。

 一昼夜北人の攻撃を防ぎ続け、体力も魔力も尽き果て、もう助けは来ないのだと諦めかけた時、当時まだ一つの戦闘部隊の隊長でしか無かったベルノルトが隊と共に駆け付けスヴェンの危機を救ってくれたのだ。


 ベルノルトは、勝算があった。それなのに貴君のような戦士を見殺しになどできない、と恩にも着せず倒れていたスヴェンに手を貸してくれた。

 その時スヴェンは誓ったのだ。

 ベルノルトが苦境に立たされるときは何においても助けよう、と。


 魔術部隊長であるエドガーも、同じようにしてベルノルトに拾われたことがあるらしい。

 そんなことをしているから上に目をつけられて辺境に送られることになるのだが。


 ベルノルトは今苦しい立場にある。

 アイゼンベルグの奴隷不足という問題に対して、ジュリアマリア島の野生化した亜人で賄うという作戦は、恐らくベルノルトを嵌める為のものだろう。


 だが、そうはさせない。

 今まで他の連中が手をこまねいて見ているだけだったジュリアマリア島を、ベルノルト率いる部隊が制圧して見せるのだ。

 そうして本国にいながら兵士を簡単に死なせ、奴隷を無為に消費し、若い才能を潰そうとする老害どもが二度と反抗できないように牙を叩き折ってやる。

 ジュリアマリア島を制圧すれば、その功績の前には誰も何も言えない筈だ。


「ふっ、その時は近い。エドガーの奴もそろそろ本格的に動くだろうからな」


 亜人を狩るために亜人を洗脳するなど迂遠な手を使うと思ったが、効率を考えればその方が良いらしい。

 スヴェンにはよく分からなかったが、ベルノルトが許可したのならば文句を言うこともない。


「しかし、やはり先程の悲鳴、気になる」


 もしもエドガーが失敗すれば、この計画は大きく遅れてしまうのだ。

 ベルノルトのアイゼンベルグでの発言力を強めるためにも、作戦に僅かな隙も許されない。


「確認に行くべきだな」


 スヴェンは近くの部下を呼び寄せて今後の予定を伝えると、ネビ族の集落に向かって歩きだすのだった。




◆◆◆




 俺の目の前には瀕死のビルカートのおっさん。

 おっさんの命を救うには、魔力を使って手術をするという荒唐無稽なことにぶっつけ本番でチャレンジしなければならないときたもんだ。


 一応師匠に人体の構造について教わったことはあるものの、それは教科書で読んだ知識のようなものだ。

 実際解剖したり治療してみたりしたことがある訳じゃない。

 あの師匠なら俺を生きたまま腑分けするくらいはやりそうだったけど……。


 亜人の構造についても教わっている。

 基本的な骨格や内臓は人間と変わらない、と。

 だが、人間と異なる生き物。当然人間と違う内臓や器官も有るわけで、特に枝族の多いゼクト族はより複雑らしい。


 ビルカートのおっさんは腹に大きな穴が開いていて、その部分の内臓は欠損してしまっている。

 何があったのか、どのように収まっていたのか、まるで分からないのだ。


 だが、やるしかない。

 おっさんを死なせたくなければ、俺が気張るしか無いんだから。


「ビルカート。死なさんぞ」

「カ、サンドラ殿、何を、するおつもり……だ」

「患者には説明の義務があるな。今から魔力による手術を行う。貴方の欠損した内臓を魔力で精製した魔造臓器で補うんだ」

「ば、馬鹿な……、出来る訳がない……」

「貴方を死なせない為にはやるしかない。穴の空いた部分にはどんな臓器があったか説明出来るか?」


 俺の質問に、死相の浮かんだビルカートのおっさんは目を白黒させていた。

 まぁ、ワケわからん質問だよな。


「すまんが、分からない……です、な」

「そうか。ならば生きる為の最低限の物を造るとしよう。戦闘力が下がったら済まん」

「は、はは……ワシはもう、死んだも、同然……。生き残れたら、儲けもの、ですわい……」

「死なさん。だから死ぬな」


 ビルカートのおっさんは薄く笑うと、そのまま気絶した。

 麻酔要らずか、良かった。

 今から俺の魔力で体内をかき混ぜるから、気絶していた方がいいだろう。


 喋ってる場合じゃなかったな。まずは人と同じと仮定していこう。

 欠損といっても、全損してるわけじゃない。取り合えず分かる範囲で修復していくんだ。

 魔力筋を編み上げる要領で臓器の細胞をコピー。機能を模倣し、血管を構成する。

 足りない血液は魔力操作で代用。血管に魔力を乗せて流して、酸素と栄養を運び、ウィルスを殺す。


 手術を始めてどれだけの時間が経っただろう?

 どんな臓器が有ったかは分からないが、小腸、大腸、肝臓、脾臓、膵臓など主だった臓器は修復、もしくは魔造臓器に交換した。

 骨や筋肉は簡単だ。しょっちゅう作ってるからね。


 傷付いたパーツの殆どは魔力で代替し、修復した。

 魔力義肢を執拗に訓練してなければ、こうも簡単にはいかなかっただろう。

 だが、臓器の細かい機能はどうしても魔力だけでは模倣しきれないな……。

 本来の劣化品しか作り出せない……。

 これじゃあ回復する前に何らかの機能障害を起こしてしまうかもしれない。


 解決するには……。

 くそ、これはやりたく無かったんだが……。


 『形態変化』で体の半分を霧状に変え、ビルカートのおっさんの体を覆う。傷口から体内にも入り込み、全身の中も外も俺で包み込んだ。


 これでおっさんの体は一時的に俺と同期できる、のでは無いだろうか?

 やっとことないからこれも結局ぶっつけ本番だよ!

 失敗したら『形態変化』で《ステータス》を喪失して、尚且つ結果はでないという最悪のパターンになるね!


 僅かな望みに賭けて『HP自動回復(極大)』を意識してフル稼働する。

 残ったMPも突っ込む勢いで回復させよう。

 特に霧状に変化した部分を回復させるように、一体化しているビルカートのおっさんの体ごと回復できるように。

 『HP自動回復(極大)』に部位欠損を治す効果はないが、その名の通り、HPならば充分に補充できる筈なんだ。


 おっさん自身の体力が戻れば、俺の魔力で作られた魔造臓器も、おっさんの魔力に最適化されると思う。

 それで無理なら、もう霧状に変化した俺の一部が永続的にサポートするしかないな。

 半分はおっさんと同期してるから、今の俺の《ステータス》はとんでもなく低下しているでしょう。

 怖くて見られません。


 だけど、その甲斐あってか、おっさんの顔色が僅かに良くなってきた。青白かった顔に血の気が戻って来ている。

 心臓の鼓動も強くなり始めたようだ。

 一先ずは峠を越えたということだろうか。

 いや、まだ安心は出来ない。もうしばらくは『HP自動回復(極大)』はフル稼働を維持だな。


 魔力筋の応用で、皮膚やカブトムシらしい外骨格も修復した。

 俺の一部が体内に入りっぱなしになっちゃったけど、いざとなれば呼吸なんかと一緒に出ればいいだろう。

 おっさんが回復しても、完全に安定するまでは心配だしね。

 おっさんの体内に居る俺は臓器の機能を補助するだけの存在で意思とか無いけども、俺の指示に従って動くことは出来るから問題はない。


 ふぅ……。

 俺の《ステータス》という犠牲はあったが、ビルカートのおっさんの命を救うことは出来た。

 まったく、今後このようなことは無いように願いたいものだ。

 誰かを治療する旅に《ステータス》をガツンと持っていかれたんじゃあ割りに合わん。

 少なくとも見ず知らずの他人にやるもんでは無いな。

 ビルカートのおっさんの目が覚めたら、どうやって助かったか絶対に他人には言わないようにしてもらおう。


 MPの残りもあと僅か。いや、『形態変化』で失った分が多いからそう感じているのか?

 久しぶりのMP不足の頭痛を感じております。

 

 ここで気絶する訳にはいかないな。

 もしここで気絶して倒れ込んだら、ビルカートのおっさんの胸筋に飛び込む形になってしまう。

 カブトムシめいたおっさんの胸に倒れ込む骨乙女。

 誰得だよその映像。

 そんな悲劇は絶対に避けなくてはならない。


 今度は魔力の流出を抑えるように意識する。


 だが、ここで予想外のことが起こった……!


 ビルカートのおっさんの体に同期させた俺の一部は、おっさんの内臓の機能をサポートするためにある。

 つまり、俺と繋がっているのだ。

 回復したとはいえ、未だ重傷のおっさんの体を癒す為に俺の一部は本体である俺との繋がりを通して魔力をおっさんへ供給していた。

 それが急に制限されたらどうなるか?


 尖ったもので頭を殴られたような痛みが走り、俺の意識は抗い様の無い眠気の濁流に呑み込まれた。


 おっさんの生命活動を維持できないと感じた俺の一部が、本体の安全を無視しておっさんの為に魔力を強引に吸い上げたのだ。


 俺が俺を殺すことになるとは、ね……。

 体の殆どを魔力で構成しているスケルトンがMPを切らしたら消滅しちゃうじゃない……。


 俺の馬鹿野郎、と呟くのが終わらない内に俺の目の前は真っ暗になった。


 そして、恐れていた通り、力の抜けた体はおっさんの逞しすぎる胸板にしなだれかかるように倒れたのだった。


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