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48話 炎刃の思惑




「我が必殺の! “灼熱大切断マグマストリーム”!」


 渾身の力を込めて降り下ろした火柱の大剣。

 鎧の特性によって発生した、自身の保有量を超える魔力を、火の魔術に変換し剣戟と共に叩き付けるククロバの必殺技である。

 この技を前にして生き延びたモンスターはいない。

 人間の略奪者の群れでさえ一撃で壊走に追い込んだことがあるのだ。

 その威力は亜人一人が対抗できるものではない。


 対するエルカ族の老人は、全身に魔力をみなぎらせ、『強化魔法』を発動させていた。

 その練度たるや、亜人の中で最も魔力を扱うことに優れたネビ族の中でも中々見ることができない域に達している。

 恐らく、この老人の身体能力は飛躍的に上がっているだろう。


 だが、それではこの“灼熱大切断マグマストリーム”は防げない。

 岩をも溶かす高熱の前では、ただの『強化魔法』による防御など有って無いようなもの。

 類を見ない強靭な肉体を持っていた老人だが、彼は選択を誤ったのだ。

 せめて、彼に魔法の知識がもっとあれば死なずに済んだであろうに。


 これが亜人の限界なのだな、とククロバは高揚していた気持ちが落ち込む思いだった。


 長であるペントーサの客人に亜人の種族としての欠陥を教えられた時、自分の耳を疑った。


 どうして亜人と呼ばれる我らが人間よりも弱いのか?

 どうして亜人と呼ばれる我らが大陸を追われることになったのか?


 その隠された理由を。


 そんなことが有るのか?

 そんなことが許されるのか?

 何故我々はそれを知らなかった?

 何故我々はそれを伝えてこなかったのだ?


 “亜人”……。人間の亜種という名を、ヒトがどれほどの蔑みを込めてそう呼んでいたか、今更ながらに理解した。


 亜人にこの島から出て、本土で安全に暮らし幸せになるという未来はない。

 亜人に残された道は、ジュリアマリア島でモンスターに怯え人間に頭を下げて生きていくか、本土で奴隷になるかスラムに隠れ住むか、どちらかしか残されていない。


 ペントーサが示した道は、第三の道。

 亜人が呪われた部位を捨て去り、人間として生まれ変わる道だった。

 その代償はジュリアマリア島に住む他の亜人種を奴隷として本土の人間に売り渡すこと。


 ネビ族の若い者共は単純に新しい力が手に入ると喜んでいる。

 自分たちが最も優れた種族であり、人間に劣るものではないと証明できる、その為には劣等種である他の亜人族を蹴落としても構わないだろう、と。

 だが、ククロバのように長年亜人を守るために身を賭してきた者たちは少々ちがう。


 この人道にもとる所業が、どれだけ亜人族を失望させ、恨みを買うか知っている。

 到底許される行為ではない。

 ヒトとしての心があれば決してやってはいけないことだと分かるだろう。


 だが、それでもやらなければならないのだ。

 亜人族の未来の為に・・・・・・・・・

 

 泥を被り続けたネビ族だ。

 最後まで泥の中で咲く一輪であってやろう。


 それが、ネビ族の古参と、長であるペントーサの思いなのだ。



 少なくとも、ククロバはそう思っている。



 しかし、それも悪逆に走るネビ族を止める者が現れたら、の話だ。

 この程度の脅威を退けられないようならば、どのみち亜人族の未来はない。

 ならば、本土で奴隷としてでも生き残り、亜人族繁栄の芽を残す。

 だから亜人族を狩る。そして人間に転じたネビ族が支配する。

 それもまごうことなき本心である。


「ぬぉおおおおおおお!」


 気合いを入れるためか、エルカ族の老人が雄叫びを上げる。

 その意気は素晴らしい。

 僅かにだが“灼熱大切断マグマストリーム”に耐えて見せているのだから。

 だが足りない。

 まだ足りない。

 そんな力では亜人を救うことなど出来ない。


 じぐり、と高熱の刃が老人の筋肉に食い込む。

 もう抵抗も時間の問題。ならば、ここで終わらせてやろう。


「これで仕舞いであーるッ!」


 渾身の力を込めて振り抜いた。

 灼熱が大地に叩き付けられ、地面が爆散する。

 巻き上げられた地面があまりの熱に溶解し、マグマとなって降り注いだ。

 たとえ大剣の一撃を凌ごうとも、雨のごとく落ちてくる溶岩を防ぎきることはできない。


 線の高火力と面での制圧力の二段構え。

 “灼熱大切断マグマストリーム”を耐えきれる者などいないのだ。


 辺りを、土や草が焼け焦げた臭いと大量の蒸気が覆う。

 エルカの集落はただの一撃で地獄のような有り様になっていた。


「やれやれ……、期待しすぎたであーるな」


 ククロバは溶岩に飲まれた集落から背を向けた。

 次の亜人の集落に赴かねばならない。

 其所には居るだろうか?

 ネビ族の最後の賭けをひっくり返してくれるような英雄が。


 期待は出来ないが、それでも行くしかないだろう。

 待機していた部下に命令を下そうとした、その時だった。


「おい待てよ、さっさと帰ってんじゃねぇぞ」


 子供の声だ。

 それも小さな、女の子の。

 溶岩に焼かれ、灼熱の地と化した集落の奥からその声は聞こえていた。


「な、何者であーるか!? この燃え立つ大地の中で平然としているなど……!」


 ククロバは大剣を構え、警戒する。

 まさか、相手は『火炎耐性』または『火炎無効』のスキルを持つ者がいたのか?

 エルカ族にその様な突然変異が生まれたという話は聞いたことがなかったが……。

 だが、何事にも絶対はない。

 警戒を怠らず、蒸気に煙る集落を睨み付ける。


「火傷するほど熱いスープをご馳走してくれたんだ。お礼をしなきゃなァ」


 辺りに充満していた熱が、蒸気が、急速に無くなっていく。

 いや、違う。

 飲み込まれていくのだ。

 ある一点に向かって。


「すうぅうう、はぁあああああ……。“熱”だけじゃあやっぱ味気ないよなァ、塩味でも付いてればいいんだけど」

「我輩の炎が……、いったい、何が……」


 ごくり、と何かを飲み下すような音が聞こえた。


「ケプッ、失礼。ご馳走さま。それなりに美味しかったぜ」


 そこには、焼け焦げた大地の上で腰に手を当て余裕をかまし、猛獣のように歯を剥き出して傲岸不遜に笑う、一人の少女が立っていた。


 銀色の長い髪を二つに結んで垂らし、鋭い金色の目がククロバを愉しそうに見詰めている。


「お、お前が我輩の炎を消し去ったのであーるか

……? 我輩の“灼熱大切断マグマストリーム”を……」

「色々と違うなァ、アタシは“お前”じゃない。インユゥって名前が有るんだ。アンタの炎は消し去ったんじゃない。誰がそんなことするか勿体ない、ちゃんと残さず食ったよ」

「食った? 食っただと? ぬぬぬ……」


 ククロバは目の前の少女をじっと観察した。

 岩をとろかす程の熱を全てに食った、吸収したとはにわかには信じられない。それほどまでに協力なスキルを持った亜人など聞いたことがない。


 だが、少女は無傷なのだ。

 服に焦げ痕さえ付けずに、ほんの数秒前まで炎に包まれていた場所に立っている。

 確実に仕留めたと思ったエルカ族の村長も無事だ。

 恐らく少女が助けたのだろう。


 そして、あの熱がどこかに吸い込まれていく現象。思い返してみれば、少女の口元に近い位置ではなかったか?


 少女の言っていることが本当だとは限らないが、熱を一瞬で奪うようなスキルか魔道具を持っているのかもしれない。


 だが……。


「……ぬわっはっはっは! 愉快! 愉快であーるな!未だかつてそのような方法で我輩の奥義をかわした者はいなかったのであーる! よかろう! 騎士の決闘であるが、乱入を認めるのであーる!」


 だが、そんな警戒など些事でしかない、

 一族の進退をかけた最後の賭けを、もしかしたらひっくり返してくれるかもしれない相手が来たのだ。


 もしここでククロバを打倒できるなら、この異質な小娘に賭けてみてもいいかもしれない、亜人族の未来を。


「だからさぁ、ジッチャン、アタシ喉乾いちゃったんだよ、あの果実入りの冷たい水を作っておくれよォ。アイツが全部台無しにしちゃったんだよォ。あ、思い出したらまた腹が立ってきた」

「困ったのぉ、今は戦っている最中だから後に出来んかのぉ?」

「えー、ジッチャンもう負けてたじゃん、アタシが代わりにアイツボコボコにしておくから、ね、御願いッ!」

「儂ァまだ負けとらんわい!」

「ありゃどう見ても負けてたって、だからいいじゃーん」

「儂、泣きそうじゃわ……」


「…………」


 ククロバが期待を抱いた相手は、エルカの族長と一緒に漫才のようなやり取りをしていた。

 まるで緊張感がない。

 

「……貴様ら、我輩を前にして、いつまでそうふざけているつもなのであーるか……」

「あ? アンタの奥義ってのはアタシには通用しねェ、だったらもう打つ手無しだろ? さっさと撤退しろよ、あ、食料は置いてけ、村を焼いた賠償だ」

「まだであーる! 我輩にはまだこの鎧がある! これがあれば貴様らの攻撃は全て無効! 故に敗けはないのであーる!」


 少女はじろりとククロバの銀色の鎧を見て、鼻で笑った。


「随分程度の低い模造品を使ってるんだな。カサンドラだったら一発でぶち抜いてるぞ? なんせアタシの体も吹き飛ばしてみせたんだからな」

「……師匠はこんな小さな子にまで戦いを挑んだのかのぉ」

「あ、えーっと、そこら辺はちょっと色々と事情があって、だな、うん。大丈夫。何がとは言えないんだけど、その時はそうせざるを得なかったというか、それが一番の方法だったんだよ、うん」

「よく分からんが、大丈夫ということじゃな」

「うん、そう」


「我輩を無視するのもいい加減にするのであーる!」


 ついに我慢できず、ククロバは飛び出した。

 といって半分は演技であるが。

 少女の実力を測る。

 もし救世主足り得るのならば、自分如き簡単に打ち倒してもらわねばならない。


 無手の少女に大剣で切りかかるのは、我ながらどうかしていると思う。

 だが、きっとこの少女ならば……。


「その実力を、我輩に見せよ!」




今年最後の投稿がおっさんだらけ

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