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幕間03話  エルカ族とネビ族



「……という訳なんだけど、協力して」


 ヤディカは今、同じエルカ族の面々の前で自分が知ったネビ族の計画を伝えていた。


 亜人族の未来に希望を見出だせなくなったネビ族が、魔術で自らを人間族へと変え、他の亜人族の身柄を手土産に人間に下ろうという計画である。


 余りにも突拍子の無い計画であったが、ヤディカが連れてきたラガラ、リガラ、ルガラのサリーラガ三兄弟が真実であることを保証したため、話はかなりの信憑性を持って周囲に受け入れられていた。


 だが、それは決して好意的な受け入れではない。

 同族としての亜人を軽んじ、保身に走るネビ族への怒りの表れだった。


「そんな馬鹿な、いくら同族喰らいだって言っても、人間に仲間を売るかよ!?」

「いや、アイツ等ならやりかねねぇ。クソ野郎めが、今なら返り討ちに出来るぜ!」

「そうだ! 今こそ奴等に我々の怒りを思い知らせてやる!」

「おうとも! 戦争じゃあ!」

「ネビ族のニョロ助どもにエルカ族の戦い方教えたらァ!」



 もともとネビ族にはいい感情を持っていないエルカ族の戦士達は、仮にも亜人族代表の役を以て任じるネビ族の堕落に隠し様の無い嫌悪を浮かべている。


 その一部はネビ族の三兄弟にも向いており、三人は形見が狭そうに身を縮めていた。


「そこの三人は、よくもまぁエルカ族の集落に顔を出せたわねぇ」


 青く艶やかな肌を持つ猛毒のエルカ族女性が、剣呑に笑いながらラガラ達に近づいていく。

 エルカの毒の恐ろしさを身を持って経験しているサリーラガ三兄弟は、顔を青ざめさせて周囲を見回した。

 だが、誰も助けようとする者はいない。


 そもそもエルカ族とネビ族の仲は最悪なのだ。

 まして、ネビ族の陰謀が暴露された今となっては、唯一の味方と言えたヤディカも頼りに出来ない。


 いくら口では身の安全を保証すると言っていても、同胞のエルカ族たちが此処まで怒りをあらわにすれば庇い立てすることは難しい。

 ネビ族の陰謀を証言した時点で彼らの利用価値はもう無いのだ。

 考えて利を選ぶ頭が少しでもあるのならば、ここで三兄弟エルカの同胞に差し出し、存分になぶり殺し、戦意の向上に利用する。

 少なくとも、ネビ族ではそうする。


 ラガラはじっと俯き、覚悟を決めた。

 暴れていたリガラも、泣いていたルガラも、今は静かだ。

 ようやく自分達が殺されることを受け入れたらしい。


 エルカ女性の指先から、紫色の毒々しい液体が雫となって滴った。


「これはねぇ、遅効性の麻痺毒なのよ。ゆっくり、ゆっくり、体が痺れて息が止まるわ。凄く苦しいけど、ネビ族になら使っていいわよねぇ? 誰から飲む?」


「いや待て、こいつらにも生き延びるチャンス与えるべきだろう。なぁ? 俺達と戦って生き残ったら逃がしてやってもいいぞ?」


 エルカ族の男衆も筋肉を唸らせながら拳を鳴らして凄んでみせた。

 最早、彼らエルカ族はネビ族を敵とすら見ていない。

 狩られる側の獲物として、そして恨みが積み重なった復讐相手として、これから痛めつけてやる、と残酷な愉悦と共に見下している。

 己の力を傲った末路がこれか、とラガラは唇を噛み締めた。

 だがせめて、最後は戦士として戦いの中での死を望もう。

 それが例え、戦いにならない一方的な虐殺で終わるとしても、ただ毒を飲まされ殺されるだけの犬死には御免だった。


「分かった、たたか――――」

「そういうの、嫌い」


 覚悟を決めて言った言葉は、今まで一言も発さずに状況を見ていたヤディカに遮られた。


 エルカ族の同胞も、サリーラガ三兄弟も驚いてヤディカを見る。

 エルカ族は仲間としてヤディカは分かってくれると思っていた。

 ネビ族は、もう要済みだと見捨てられていると思っていた。


 ヤディカは双方の思惑から外れ、ネビ族の三兄弟を庇うように立ちはだかった。


「力を、傲るな。カサンドラは、そう言ったから」

「だ、だがヤディカ、我々は今までネビ族に辛酸を舐めさせられてきた。取るに足らぬ弱小種族として亜人の列に数えず、時には狩り出しさえしたんだぞ!」

「昔の話。そんなの、村長や、おババ様しか、知らない」

「徴税と称して蓄えを奪うなんて日常茶飯事、遊戯代わりにと、俺たちには扱えない魔術を用いて畜生のように追い回しさえしたろう!」

「それを、この人たちが、したの?」

「ネビ族はネビ族じゃないか!」


 悲鳴のように上がった怒りの声。

 それはヤディカ以外のその場に居るエルカ族全員の声を代弁しているかのようだった。


 だが、ヤディカに怯んだ様子はない。

 戦士としての経験がこの中の誰よりも豊富であり、エルカ族を鍛え上げた師匠であるカサンドラと幾度も特訓を繰り返しているヤディカである。

 その胆力も普通ではない。


「この人たち、ネビ族って名前じゃ、ない」

「ヤディカ、お前はどっちの味方なんだ!?」

「あたしは、カサンドラの味方」

「……話にならんッ!」


 集まっていた大人の一部が、力尽くでヤディカを黙らせようというのか、じりじりと距離を詰め始めた。


 ヤディカが如何に強くとも、同族に『致死毒』を使うわけにはいかないだろう。

 生半可な毒では『毒耐性』や『毒無効』を持つエルカ族を止めることは出来ない。

 『致死毒』さえ無ければ、筋力で劣るヤディカがネビ族を守りながら戦うことなど出来ない筈だ。

 そう考えてのことだった。


 対するヤディカは、立ったまま全身の力をだらりと抜き、水の入った袋のように腕を揺らす。

 カサンドラとの特訓で実戦レベルにまで昇華した『鞭打』の構えだ。

 対生物相手であるならばこれほど効果的である技も無い。

 己の体を鞭に見立て、脱力から力みへの力の流れをそのまま威力に変え、相手を打ち据える技術。

 生物の持つ皮膚。その全てを弱点とする恐るべき打撃。

 如何に相手が鎧のごとき筋肉を搭載していようと、この技の前には丸裸も同然となる。


 鍛えても筋肉が付くことが無かったヤディカが、苦手とする接近戦を克服するために編み出した技術。

 この技は同族には伝えていない。

 ヤディカ奥の手の一つなのだ。



 初めて見るヤディカの構えに、エルカ族の男衆は警戒を強めた。

 ヤディカが接近戦を苦手とし、それを克服するために陰で努力していることは知っていた。

 この場でそれらしき技を出してくるということは、既にその技術はモノにしているのだ。

 じわり、と逞しい筋肉に汗が滲む。


「何事じゃ! 騒々しい!」


 エルカ族とヤディカ。

 両者が静かに戦意を高め、ぶつかり合う直前。慌てたように割り込む声があった。

 騒ぎを聞き付けて、エルカ族の村長が跳んできたのだ。


「カサンドラ殿もヤディカもネビ族の救援に向かっているというのに、お前たちは何を騒いでおるんじゃ! む……、ヤディカ、いったいどうした? カサンドラ殿と一緒の筈では?」


 エルカ族の男衆は苦々しい表情で拳を退いた。

 カサンドラを敬い、ヤディカに甘い村長では、恐らくヤディカの言い分を鵜呑みにして救援を受けるだろう。

 その際、忌々しいネビ族を殺すことも禁じる筈だ。


 恩人の言葉だから。

 その程度で過去の恨みを忘れられるほど、エルカ族の受けた辛酸は軽くはない。

 特に、最も辛い時代を生きてきた村長とオオガマのおババの恨みは如何程ばかりか。

 だが、それでも村長はカサンドラとヤディカを優先する。

 それだけの度量があるのだ。


「協力、求めに来た。ネビ族から、亜人を守って」


 ヤディカの説明に村長は首を傾げていたが、先ほど説明を聞いたエルカ族が言葉の足りない部分を補い、理解できたようだった。


「なるほどのぉ、ネビ族が人間と手を組み、島におる亜人を奴隷にせんと動いておる、と……」

「そう、人手が足りない、協力して、村長」

「あい分かった。だが一つ条件があるぞ?」

「……?」


 今度はヤディカが首を傾げる。

 条件と言われても差し出せるものなどない。

 そんなことは村長だって分かっているだろう。

 サリーラガ三兄弟命と言われれば、ヤディカは全力で抵抗するだけだ。

 カサンドラの言葉の通り。エルカ族が力に驕り堕ちないように。


「そう睨まんでも彼等を取って食ったりはせんよ。じゃがな、儂等エルカ族はネビ族に長年虐げられてきた、その恨みを忘れよ、というのも酷な話じゃろうが」

「……でも、カサンドラは……」

「当然、快くは思わぬじゃろうが、理解はして下さるよ。あの方はそこまで狭量ではない。ならば儂らも無理に己を偽りはせぬ」


 周囲のエルカ族達も、ヤディカも、驚いて村長を見詰めた。

 カサンドラを敬愛する村長ならば、良くも悪くもヤディカに同調するだろうと思っていたからだ。


「亜人を助ける、それがカサンドラ殿の御意志じゃ。儂らはそれを叶えて差し上げたい。その中にはネビ族も含まれよう。じゃがの、ネビ族に根深い恨みを持つエルカ族にはちと厳しい所もある」

「それは……ッ!」

「まぁ、最後まで聞きなさい。そこで儂は提案したい。共存の見込み無く救い様の無い外道であるならば、鉄槌を下すもl已む無し。それを判断するのを現場に居るエルカ族に任せる、ということをな」


 ここに居るラガラ、リガラ、ルガラの三兄弟のようにエルカ族と共存出来る余地があるならば生かし、あくまで抵抗し、人間に尻尾を振るならば処断する。

 エルカ族一人一人がその権利を有するならば協力する、そういうことだ。


 生殺与奪を判断させろとは傲慢な要求だが、今のエルカ族にはそれを為すだけの力がある。


 誰よりもネビ族を恨んでいるだろう村長にそう言われてしまえばヤディカも了承するより他はない。

 問答無用で皆殺しにする恐れもあったのだから、種が存続する希望があるだけまだマシだ。



 サリーラガ三兄弟の長男ラガラは、出来るならば一族全員が助かって欲しいと考えていたが、これ以上譲歩してもらうのは不可能か、と静かに頷いた。


「分かった、それでいい」

「俺もそれで構わない、少しでも先見の明がある者が多いことを祈る」

「交渉は成立じゃな。お前達もそれで良いな?」


 一時は村を守る戦士であるヤディカと事を構えることまで覚悟していた男衆だったが、理解ある村長の言葉に喜びの声を上げた。


「ただし、意図的に相手を不和に誘導する。話を聞かずに攻撃を仕掛ける。投降の余地を奪う、などの行為は禁ずる。これを違えた者は死を覚悟せよ」


 この言葉に、昏い笑みを浮かべていた者たちは鉛を飲み込んだような表情をした。

 純粋な肉体の戦闘力だけで言えば、この筋肉の塊のような老人はカサンドラに次ぐナンバー2なのだ。

 まともに戦って勝ち目はない。

 僅かな復讐心と、膨れ上がった自尊心を満たすためだけに敵に回せる相手ではないのだ。


「儂は今回は見送らせてもらうとしよう。どうしても私情が混じるでな」

「村長……」


 ヤディカには、筋肉で膨れ上がっているはずの村長の背中がやけに小さく見えた。

 他のエルカ族たちも同じだったようで、浅ましい感情に捕らわれていた自分自身を恥じるように俯く者もいた。 


「ヤディカよ、これからこの森……、いやこの島には新しい風が吹く。そこに過去の恨みは持ち込めん。お前たちは詰まらんものに囚われず生きることを心掛けよ」

「……はい」


 深々と頭を下げると、ヤディカは亜人救援の為に森の奥へと跳んでいった。

 過去の屈辱からの怒りや、力を振るう愉悦に歪んだ表情を浮かべていたエルカ族たちも、今やその表情を引き締め戦士としての顔を取り戻していた。


「俺たちも向かいます。村長は御自宅でゆっくり藻茶でも啜ってて下さい」

「いつまでも御老体に無理をさせるのも心苦しかった所ですからなぁ」


「それじゃ、村長、おみやげ期待しててねぇ」

「村長、帰ってきたら美味しい草餅ついてあげるからね」


「そんちょー、元気だせよー」

「そんちょう、いつもみたいにムキムキしててね?」


 男衆が、女衆が、子供達が、思い思いの言葉をかけながら森の中へ散開していく。

 エルカ族の村長はそれを苦笑しながら見送っていた。


「やれやれ、すっかり悲劇の老人扱いじゃわい。のう? ネビ族のお客人や」


 すっかり取り残されていた三兄弟は、その言葉で我に返り、気まずそうにエルカの老人を見やった。

 自分が直接この老人を害したことはないが、老人の家族をl苛さいなめたことならばあるかもしれないのだ。

 立場が逆転した今、それまで以上の仕返しをされてもおかしくない。

 そして恐らく、この老人はそれだけの権利を持っているように思えた。


「ほっほ、怯えなくとも取って食ったりはせんと言ったろう。暇ならこのジジイと茶でも飲んでくれんか?」

「お、俺らはアンタ達に好き勝手してたネビ族なんだぜ? 恐くねぇのか? 憎くねぇのかよ?」


 真っ先に言葉を返したのはラガラではなく、次男のリガラだった。

 声は震えていたが、いの一番に村長と呼ばれていた男と話そうとする胆力に、ラガラは密かに驚いていた。


「年を取るとなぁ、思い出というものは輝いてくるんじゃよ。良かったことも悪かったことも、全てがのぉ」

「……んなの、分かんねぇよ……」

「まだお前さん達は若いからじゃよ。ジジイになりゃあ分かる」

「それまで生きてられりゃあな」


 リガラが自分の手を見詰めた。

 ルガラも唇を噛み締めている。

 ラガラにはその気持ちが痛いほど分かった。

 何故ならば、己も今その思いを感じているからだ。


 自分を強者だと思っていた。

 弱者を見下し、ネビ族に生まれたことを誇っていた。

 そんな自分の強さなど、幻想だったのだ。

 今まで虫けらのように思っていたエルカ族の、しかも少女にいいように扱われ、敗北し、死ぬことさえ許されなかった。

 そんな自分が、この先生きのこっていけるのか?

 もはや自信などない。

 岩陰に潜んで捕食者が通り過ぎるのを息を潜めてやり過ごす地虫になったような不安感と恐怖があった。


「自信を失っておるようじゃな」

「そりゃあよ、今まで負けるだなんて思ってもみなかったからよぉ……。でもな……」


 リガラの目に複雑な色が浮かぶ。

 それは敗北で失われたはずの誇りであり、強者に従う牙の折れた犬であり、恐怖に怯える子供のような、様々な思いが混ざったものだった。



「俺らの長には手を出さない方がいいぜ。アンタらも相当強いけどよ、長は別格だよ。ありゃあマジのバケモンなんだ、誰も勝てやしねぇ。でなけりゃあ、俺らだってここまで極端なこと仕出かさなかったよ」

「そうじゃったか……」


 エルカ族の村長はリガラの言葉を聞いてゆっくりと頷いた。

 その言葉だけで多くのことが分かった。


 ネビ族の長が強大な力を持っていること。

 その力で以て他のネビ族は半強制的に従わされていること。

 長の力が無ければネビ族が亜人同盟に属する可能性があること。


 そこまで強いのならば、きっとカサンドラは我慢できないだろう、ということ。 


「惜しいことをしたかもしれんなぁ、今からでも儂が行って戦っちゃおうかのぉ」

「アンタ馬鹿かよ!? 話聞いてたか? 誰も敵わねぇんだよ!」


 発狂寸前の声を上げるリガラを前に、村長は肩を震わせ小さく笑っていた。


「うむうむ、儂もそう思うがのぉ。師匠曰く、上には上がいるらしいぞ?」

「だからよ、長がテッペンなんだよ! 絶対勝てねぇ相手ってのはいるんだよ!」

「うーむ、心が折れておるのぉ、よし! ここは一つ、稽古を付けてやるとするかの」


「「「はぁ?」」」


 三兄弟の心が一つになった。

 このジジイ、なに言ってんの? と。

 だが、村長は本気である。

 恐らくここに村長以外のエルカ族が居ても同じ結果になっただろう。

 エルカ族はヤディカとオオガマのおババを除き、全員がとあるスケルトンの称号【重度修行中毒】によって【修行中毒】に感染しているのだから。


「レッスン1はなんじゃったか……」


 果てしなく嫌な予感がする三兄弟であったが、逃げ出すことも出来ない。

 村長は考え込みながらも、常に三兄弟を視界の一部に置いているのだ。

 逃げ出した所であっという間に追い付かれるだろうが。


「おぉ! そうじゃ!」


 村長が嬉しそうにポン手を打つ。



 後に、ヤディカ親衛隊の隊長を務め、亜人連合軍の一部隊を預かることになるサリーラガ三兄弟の長男、ラガラは当時のことを振り返り、“あの時に命を懸けて逃げ出すべきだった”と言ったという。


「レッスン1は、“まずは死んでみよう”じゃったな!」


 次の瞬間、エルカ族の集落から三人分の悲鳴が上がったのだった。



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