37話 ジーンダイバー
作戦は至って簡単。
むしろ、今までなんで思い付かなかったの? と自分で自分の考えの狭さに愕然とするレベル。
最近の俺って考え方がどんどん師匠に近付いてきているからなぁ……。
敵を目の前にすると
真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。
的な考えしか浮かんでこないもんね。
これではいけません。
師匠だって、日常生活をまともに送れないレベルで常識が無いくらい脳筋に見えたけども、こと戦闘においては脳ミソフル回転してたしね。
師匠は耳にタコができるほど“セオリーに陥るな”と言っていた。
出来の悪い師匠不幸者の俺は、何度怒られても“こうしたらこうする“というセオリーの考えから抜け出すことが出来なかった。
その悪癖は、この期に及んでも変えることが出来なかった。
効率的に動くことを追求するあまり、それ以外の考え方や動きかたを極力排するように努めてきた弊害ですね。
結果的に師匠を超えるという目的達成の効率が下がっているという皮肉。
まぁ、そんなことは今はどうでもいいんだ。これはまだ重要な話じゃあない。
“濡れ銀”さんよ、ほっといてゴメンよ。
ちょっと今の俺は、君に対して真面目じゃなかったな。
“濡れ銀”の中に飲み込まれている女の子を助ける、と決めたのに、俺がふらふらしてちゃあ出来るものも出来なくなっちまう。
いや、正直言うと、上手く行くかどうか分からないからビビってるんだ。
だからこうやって今は大切じゃないことばかり考えて現実から目を逸らしているんだ。
もしも、失敗したら、俺は初めて人間の命を奪ってしまうことになる。
必ず助けると決意したはずなのに。
この世界で、俺は狂暴な動物やモンスターを討伐してきた。
強くなるため、強さを確かめるため、という理由が一番の不純な戦いであったが、そのおかげで助かる人がいるというセーフラインを俺は求めていたんだ。
当たり前だが、前の世界で生きていた時も含めて、
俺は人を殺した経験がない。
強いて言うなら、カサンドラ師匠を見送った時くらいだ。
俺が失敗したら誰かが危ない目に遭う、などという曖昧なものじゃない。
俺が失敗したら、 “濡れ銀”になってしまったあの少女を俺が殺すことになるのだ。
赤角熊と戦った時とは訳が違う。
俺は決意したと同時に、“濡れ銀” の少女の命を背負い込んだ。
その事に今さら気づいたのだった。
(だからといって、今さら助けない理由も、怖じ気づいていい時間もない、けどな)
さぁ、ちょっとくよくようじうじ悩んでしまったけども、どちらにせよやるしかないんだ。腹ァ括ってやるぜ!
魔力を触媒に『呪術』を発動。『邪気』を融合。
さて、通じるかな? 通じないかな?
構わん、保持したまま “濡れ銀”に突撃だ!
「ぼぉおおお!!」
“濡れ銀”が 汽笛のような絶叫を上げる。
体が未だに不規則に波打っているが、その目には俺に対する敵意が宿っている。
さっきまで死んだ魚みたいな目をしていたのに、なんだよ、いい目出来るじゃん。
こっちを迎撃する気か。
このシチュエーション、願ったり叶ったりだぜ!
俺の動きに集中しているな?
俺だけを見ているな?
そのまま俺から目を逸らすなよ?
取り出しましたるは『闇魔法』。
組手や練習試合でもお披露目したことのない、お蔵入りしていた技だが、ここは一つデビュー戦といこうか。
今のところ、『闇魔法』で使える魔法はたった一つだけ。
「闇の衣!」
体に闇を纏い、敵の目を欺く魔法。
その性質から、明るい時間帯では効果がまったくない魔法だが、今はそれでいい。
必要とされる以上の魔力を『闇の衣』に注ぎ込む。
その分だけ『闇の衣』は広がり、相手の目を覆い隠す。
言わば、単純な煙幕として利用している訳です。
ここで用量を間違うと魔法の“型”が壊れてしまうので慎重に。
さらに、それだけじゃあ “濡れ銀”には見つかってしまうだろうから、 ここで一工夫加えます。
『邪気』と『呪術』、そして『魔力自在』を用いて俺の魔力を人形のように形成する。
配置は煙幕の中心。『邪気』で俺の気配を誤魔化しているから、僅かな間なら “濡れ銀”の感覚も欺ける筈。
これぞ『忍法・闇分身 』!
こんな小細工するよりも直接殴った方が早いよね、という俺の脳筋理論によって今まで日の目を見ることのなかった技である!
でも『忍法』っていう響きが好きなので忘れずに覚えていました。
このまま忍法方面も修行で習得を目指しても面白いね。
忍法と格闘技を合わせた漫画もあったしね。
あの漫画は十二支の名前を冠した部隊があって、それ応じて得意分野というか、特殊能力が別れていたけど、『魔法』があれば再現も夢ではないな。
『魔法』が習得できればだけど。
いや、酉や巳ならばいけるか?
「ぼ、ぼぉお!」
『闇の衣』に視界を覆われて “濡れ銀”が戸惑った声を上げる。
お嬢ちゃん、悪いがアンタの為だ。このまま攻めさせてもらうぜ。
“濡れ銀”の中の人とは別に、 コイツを拳でぶち抜いて分かったことがある。
“濡れ銀” の体のことだ。
コイツはモンスターだが、真っ当なモンスターじゃない。
少女の、飢えを満たしたいという強い思いに惹かれて集まった低級なモンスターの集合体。
空腹という概念のみを与えられた魔力の塊、それが
“濡れ銀”の正体だ。
つまり “濡れ銀”はモンスターというよりも、自走する魔力 といった方が正解に近い存在なのだ。
どんなに馬鹿デカイ体だろうと、ただの魔力の塊ならば『魔力自在』を持つ俺の敵ではない。
近付けさえすればね。
“濡れ銀”が俺を見失っている内に、『勇猛無比』で全身に超震動を付与。これやると後で身体中ガタガタになって酷い目に遭うんだけどね。
全身超震動モードは、攻防一体になると同時に、地面をプリンみたいに崩して潜れるようになるのだ。
俺は地面の中へ潜行する。
飛び出した場所は奴の顎の下。
“濡れ銀”はまだ俺を見失っているみたいだな。
そのがら空きの顎、いただきィ!
超震動を付与されたアッパーストレートが “濡れ銀”をカチ上げる。
「ぼぉおおお!?」
痛いかね?
お嬢ちゃん、もうちょっと我慢だ。治療ってのはいつだって痛みを伴うもんさ。
俺は全身をほどく。
オオガマのばぁちゃんが言っていたが、スケルトンの体は骨であって骨ではない。
元の骨を魔力が置き換えただけのものに過ぎない。
つまり、俺も自走する魔力の塊ということだ。
「カァアアアアッ!」
針のように、杭のように。
俺の意識を“濡れ銀”の体へ打ち込んでいく。
俺と“濡れ銀”の意識が混ざり合っていく。
“濡れ銀”は自分の中に異物が入ってくるのが分かったのか、暴れに暴れている。
その勢いで、体の蠕動していた部分が内側から弾けていた。
いや弾けるなんてもんじゃあねぇな。体の中に爆弾を仕込まれたのかってくらいの爆発だ。
吹き出しているのは……、『煉獄火炎』?
俺のスキルじゃねぇか。
『激怒』で意識がぶっ飛んでいる時に、なんかやらかしてたのか。
つくづく使い辛いスキルだよ、君達は。
だが、これは大きなチャンス。
今のうちにジーンダイブを敢行だ!
トンネルを抜けると、そこは地獄でした。
“濡れ銀” の精神世界は、一言で言うならば“混沌”。
上も下も分からない異空間で、色さえも常に移り変わり不安定だ。
ぬぐ、思ったよりもキツいな、これ。酔いそう。
今まで“濡れ銀”に 食われた 数多くの魂が絡み合って悲鳴を上げ続けている。
周囲を見回す余裕もない。
耳を塞いで踞ってしまいたい気分になる。
なんだか、某錬金術師漫画に出てきた人造生命の精神世界を連想するよ。
その漫画に登場していたテロリストさんはこれを子守唄とか称していたのですか、マジパネェッス。
俺はこんな大怨霊が売りの目覚まし時計よりヒデェやって世界で眠れないです。
だが、ここが精神世界だというならば、俺だって素人ではない。いや、むしろホームグラウンドも同義!
『千思万考』にて膨大な時間を精神修行に費やした俺には、精神攻撃など効かぬ!
頑張って耐えるだけだけどね!
子守唄とは言わないけれど、スピーカーの傍で聞くデスメタルくらいには軽減出来るぜ!
……鼓膜がなくて良かった。
纏わりついてくる犠牲者の魂を、心の中で謝りながら引き剥がす。
済まない。あなた方はもう死んでしまっている。
オレが出来るのは、 “濡れ銀”という存在をぶっ殺して、あなた方を解放することだけだ。
あなた方と苦しみを共有してあげることは出来ないんだ。
奥へ奥へと進むと、悲鳴を上げ続けていた魂達が 怯えたように皆いなくなってしまった。
目の前には大きな扉。
銀色の魚が何匹も何匹も刻まれた、趣味の悪い彫刻がされている。
どうやら、ここが最奥のようだな。
この扉の向こうに、あの女の子がいるのか。
躊躇いはもう無い。怯懦も捩じ伏せた。
まずは助ける。
カレオちゃんと、彼女の村を。
“濡れ銀”となってしまった少女を。
全てはそれからだ。
「行くぞ…………ッ!?」
扉に手をかけた瞬間、背筋に悪寒が走った。
咄嗟にその場を跳び離れる。
一瞬後、俺がいた場所に銀色の刀剣が殺到していた。
その数はちょっと数え切れない。
あっという間に眼下が剣山のようになってしまった。
「門番か……。居るとは思ったがな」
門番、というか、門そのものだよね。
銀色の刀剣、もとい銀色の魚達が門から剥がれ、空中に泳ぎだし、大きな群れを形成していく。
まるでス〇ミーだな。大好きな絵本だったよ。
なるほど、つまりこの門は銀色の魚が集まって出来たものなんだな。
お前らは本当にもう。
女の子にくっついて自然災害みたいなモンスターになってみたり、自分達でくっついて建造物になってみたり……。
自主性は無いのか自主性は!
モンスターも人間も最後は一人。自分の力で立つ実力が無いといけませんよ!
魚の群れは鋭くギラついた頭をこちらに向けて、発射スタンバイってかんじだ。
ほほう、ヤろうってのかい?
お前らの中にはあの女の子はいないぞ?
俺はもう手加減しないぞ?
『王の威圧』『神獣の咆哮』オン。
「邪魔だ。退けぇッ!」
一言叫ぶだけで、目の前の群れは統率を失って散り散りになりました。
うわーぉ。これで終わり?
ま、まぁ、一匹一匹は弱い魔物の集まりだし?
こんなこともあるかなーって。
いやすいません、楽観が過ぎたようです。
魚のヤロウ、バラバラのまま個々に突っ込んできやがる!
威圧の所為で恐慌状態に陥ったのか!?
完全に悪手だったようだ。
ついでに門の方までどんどん解けて魚に戻っていく。
今や周囲の装飾はゼロ。小さい扉がぽつんと残っているだけだ。
あれが本来の姿だったのか。
鬱陶しい魚を全部ひっぺがしたと考えれば、魚達をビビらせたのは間違いでも無かったんだな。
うーん、でもなぁ、俺って一対一の経験はまぁまぁあるんだけど、多対一の経験は多くないんだよな。
ちょっと苦手意識あるわ。
その内、一打虐殺技の習得も目指してみたいな。
ひぎぃ、習得予定多すぎぃ!
だが集団戦闘を想定した技は必要だ。出来れば、今すぐにでも。
まぁ、今ある手段でどうにかするしかないな。
「戦うと言うのだな。良いだろう。行くぞ」
四肢が欠損している時に習得した、『魔力自在』による魔力義肢、その技術を俺は磨き続けている。
そして到達した一つの境地、お見せしよう。
未だ『千思万考』ワールドでしか発動できていない浪漫技ではあるが、ここは“濡れ銀” の精神世界。
ならば出来るじゃないの!
想像力がものを言う世界において、オタクは無類無敵! それを教えてやるぜ!
「シィイイイ!」
魔力を練り上げ、『邪気』『練気』で補強。
魔力義肢を展開。展開。展開。展開。
『魔力自在』『千思万考』にて展開した魔力義肢に感覚と若干の思考能力を付与。
ふふふ、三面とはいかないが、見よ! この六臂のシルエットを!
これぞ全方位対応型戦闘体型。
正しく今の俺は、左右合わせて六本の腕を展開する骨製阿修羅!
その攻撃範囲は俺を中心として警戒が可能な範囲、約半径四メートル。これで充分。つーかこれで限界。
ライダー技の習得が行き詰まった末にストレス解消の目的で編み出されたこの姿を見て恐れおののくがいい!
「ーーーー」
「ーーーー」
「ーーーー」
魚達が何をいってるのかは分からないが、どうやら連携を取り戻そうとしている個体が何匹かいるな。
しきりに仲間の間を泳ぎ回っているから良く分かる。
ふむ。まずはアイツ等から仕留めるか。
地上最強の生物曰く。一度に四方向の敵を倒し続けることが出来れば、世界中の人間と喧嘩したって負けやしない。
一つの方向を腕一本でカバーするとして、今の俺にはさらに二本の余裕がある。
いくら頭上を埋め尽くして尚溢れんばかりの数がいようと、所詮は小魚、文字通りの雑魚。
全て仕留めて見せようじゃないの!
足に魔力筋を纏わせ、僅かに発動させた『煉獄火炎』をブースター代わりに跳び上がる。精神世界ならば多少の制御が効くからね。
目標は統率を取り戻そうとしている魚数匹。恐らくリーダー個体。
迫り来る敵を迎撃しようと魚達が弾丸のようになって俺を襲う。
だが、骨阿修羅モードの俺に隙はない!
二本で回し受け。防御を展開。残った四本で直撃コースの魚共を殴り落とす。
頭一つでは六本の腕に複雑な動きをさせることが非常に難しく、まともな戦闘にならないのだが、『魔力自在』と『千思万考』がその課題を克服してくれた。
腕一本一本に巡らせた疑似神経が簡易的な脳の代わりを果たし、近付く敵性体をオートで迎撃してくれるのだ。
今、俺の意思で動かしているのは回し受けをしている自前の腕二本。
魔力義肢による残りの四本が機械的に魚を打ち落としている。
自分で動かすのに比べて動きはやや大雑把だが、ただ直線的に突き進んでくる物に反撃するだけなら、これで充分過ぎる。
俺は致命的な位置に飛んでくるヤツだけを捌けばいいのだ。




