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36話 濡れ銀



「何が、起こったんだべ……?」


 帰ったと見せかけてスケルトンと“ 濡れ銀 ”の戦いを隠れてこっそり伺っていたカレオは、自分が見たものが信じられない、と呆然としていた。


 一撃でスケルトンをボロボロにした“ 濡れ銀 ”の体当たり。もう動くこともままならないスケルトンに向かって再度その脅威が放たれようとした

時、それは起こったのだ。


 次にまともに食らえば粉々になるだろう“ 濡れ銀 ”の攻撃に対して、スケルトンは倒れ込むようにして向かっていった。

 自殺行為だ!

 カレオは隠れていることも忘れて声を上げそうになった。

 見つかれば弱い自分はたちまちに“ 濡れ銀 ”に食べられてしまう。

 それでも自分だけ逃げ出すわけにはいかない、と恐怖に縮み上がる心を圧し殺して耐えていたのに、危うく全部台無しになるところだった。


 しかし、カレオの心配などいらなかったのだ。

 スケルトンの眼窩は真っ暗な空洞で、赤い火がその中で燃えている。

 何処を見ているか判然としない瞳だが、この時は“ 濡れ銀 ”を見据えて揺らぎすらしていないことがカレオにも分かった。

 スケルトンはまだ諦めていない。

 それどころか、更にその先を狙っている。


 “ 濡れ銀 ”の巨体がスケルトンを押し潰す瞬間、スケルトンは爆ぜた。


 比喩や冗談ではない。

 本当に爆発したのだ。


 真っ赤な炎を全身から吹き出し、その黒い骨を爆散させて。


 辺りはスケルトンの激しい爆発で地面が抉れ、すり鉢状になっていた。

 四散した炎が木々に燃え移り、ぱちぱちと生木の爆ぜる音が聞こえてくる。


 “ 濡れ銀 ”は爆心地で体を絡ませ合った形のまま、動こうとしない。

 いや、僅かに動いている……?

 動いている、というよりも蠕動している。

 銀色の体の表面がぼこり、ぼこりと不規則に波打ち、苦しげに呻いていた。


 あの“ 濡れ銀 ”が!?

 どんな攻撃も魔法も吸収して食べてしまう悪食の権化が、苦しむ?

 いったい何が起こっている?


「ボ、ォオオ……」


 “ 濡れ銀 ”の体が膨張する。

 体の中で何かが暴れている?

 “ 濡れ銀 ”はそれを必死に押さえ込もうとしている?

 “ 濡れ銀 ”が吸収できないエネルギーなんてものがあるのか?


 理解ができない事態に、カレオはただじっと息を殺して物陰に身を潜めていることしか出来ない。


「ボォオ……」


 “ 濡れ銀 ”が身を捩り、身悶えする。

 その体が一際膨れ上がると、鈍い肉を打つ音と共に一部が内側から破けた。


 あのスケルトンだ!

 スケルトンが内部から“ 濡れ銀 ”を食い破り飛び出して来たんだ!

 全身に真っ赤な炎を纏って、拳を槍のように突き出して!


 スケルトンは地面に降り立つと、力尽きたように片膝を着いた。


「強き方っ!」


 もう我慢できない。カレオは溜まらずに飛び出した。

 が、すぐに立ち止まる。

 当のスケルトンが、こちらに制止を命じるように手を出していたからだ。


「まだ、終わりじゃない。来るな」


 そう言ってふらふらと立ち上がり、“ 濡れ銀 ”に向けて構えを取る。

 未だ体がぼこぼこと波打ち苦悶の声を上げる“ 濡れ銀 ”も、憎々しげにスケルトンを睨んでいた。


「やっとやる気になったか。“ 濡れ銀 ”。さぁ、やろうか?」


 スケルトンは不敵に笑うと、“ 濡れ銀 ”に向けて駆け出した。


 自分が頼んだこととはいえ、どうしてそこまで戦うのか。

 すでに“ 濡れ銀 ”は死に体だ。

 森に住まう亜人のどの部族の戦士だって、ここまで“ 濡れ銀 ”を追い詰めることなど出来なかった。

 もういいじゃないか、こちらが退けば“ 濡れ銀 ”も逃げ出すだろう。

 後は村の戦士達で追い込んで討伐することだって出来るはずだ。

 同じく死に体のスケルトンが瀕死の体に鞭打ってまで戦わなくてもいいじゃないか。


「まるで、戦う為に戦ってるみてぇだべ……」


 カレオは自分でも気づかないまま呟いていた。





◆◆◆





 ジュリアマリア島はモンスターの住まう魔境だ。

 その島の中には、魔力が溜まりやすい場所が存在する。

 山裾にたまるガスのように、川に出来る淀みのように。

 その魔力の影響を強く受け、変異したモノがモンスターとなるのだ。

 島の東部に広がる“の森”もそれは例外ではない。


 遥か昔。

 まだ亜人が大陸中に多く住まい、人間と共存し、ジュリアマリア島が別の名で呼ばれていた頃。


 当時においても魔境であったこの島に、一人の少女が流れ着いていた。

 恐らく乗っていた船がモンスターに襲われ 難破したのだろう。


 モンスターが跋扈する魔境において、なんの自衛手段も持たない少女など一日も生きていくことが出来ない。

 少女は自分が何処に流れ着いたのかも分からず、食料を求めてふらふらと森に迷いこんだ。


 少女は幸運だった。

 島に住む恐ろしいモンスター達は気紛れから、あるいは必要性の無さから少女を見逃し、襲おうとしなかった。

 少女は不幸だった。

 強い魔力が満ちるこの島で、少女が口に出来るものなど無かった。


 少女は食べるものも見つけられないまま三日三晩歩き続け、ついに倒れ込んでしまった。


 そこは、大きな湖のほとりだった。

 倒れた少女の半身は、水に浸かってしまっている。


 耐え難い空腹は治まらない。

 今まで生きてきた時間も、理性も、名前も、全て忘れてしまうような飢餓感の中、少女に残ったのは“食べたい”という生存本能だけだった。


 倒れた少女の目の前に、一匹の魚が泳いでくる。

 銀色の、綺麗な魚だった。


 少女はそれを見つけると同時に、少女とは思えないような早さでその魚を手掴みにしていた。

 土と汗で汚れた手の中でびちびちと暴れるその魚に、少女は齧り付く。

 美味かった。

 弱った体に力が戻ってくるのが感じられた。

 骨も内臓も構わずに噛み砕く、飲み下す。


 いつの間にか少女の回りには銀色の魚が集まっていた。

 まるで自分から食べて下さいと言っているかのように。

 あぁ、食べよう。

 全部食らってしまおう。



 そうして全ての魚を食べ尽くした。

 だが、おかしい。

 あんなに食べたのに、骨も鱗も欠片も残っていないのに、足りない。

 足りない足りない足りない!!

 気が狂うほどの空腹。

 頭がおかしくなるほどの渇き。


 少女は飢えに任せて湖の水を飲んだ。

 飲んだ。

 飲んだ。

 飲んだ。


 飲めば飲むほど、少女の体に変化が起こった。

 肥大化し、魚のような尻尾が生え、足がそれに飲み込まれていく。

 腕はヒレとなり、肌は食らった魚に似た銀色となり、てらてらとした粘液に覆われていく。


 それでも変化は止まらない。

 少女の意識が終わらない空腹に飲み込まれ、自分が何なのかさえ分からなくなっても尚。


 やがて、湖の水が全てなくなり、大きな穴となる頃……。

 少女がいた場所に、一匹の巨大なモンスターが誕生していた。

 そいつはゆっくりと身を起こすと、巨大な体をくねらせて宙に泳ぎ出た。


 次の獲物を求めて。

 底無しの空腹を満たすために。


 そいつはいつしか、“ 濡れ銀 ”と呼ばれていた。





◆◆◆





 俺は死んだ。


 今までの価値観も拘りも、全て捨て去って空っぽになって死んだ。


 というわけで新生☆スケルトンを宜しくお願いしまっす!


 そんなことを考えながら、立ち上がる。

 ちょっとふざけたことを考えちゃったけど、ワテクシ、今何が起こってるのかさっぱり理解してませんのことよ。


 どうやらなりふり構わず発動しまくったスキルの中で、『煉獄火炎』が暴発したっぽいね。

 暴発っていうか、このスキルコントロール出来ないのよ。

 性能的に『激怒』とワンセットになってるみたいで、発動と同時にバーサクモードになっちゃうみたいなのよね。

 まぁ、元のスキルの持ち主である赤角熊もそんな感じだったしねぇ。


 取り敢えず『火炎無効』で自分へのダメージは抑えられたみたいだけど、戦い自体は今どうなってんの?


 あ、カレオちゃんだ、避難したんじゃなかったの?

 どうも隠れてこっそり覗いていたっぽい。いくら隠れるのが得意だからって、危ないことするなぁ。

 でもちょっと待って。

 まだ終わってないかもしれないから。


 カレオちゃんに待ったをかけて振り替えると、案の定“ 濡れ銀 ”さんが健在でした。


 なんか体がぼこぼこなってるけどどうなってんのそれ。

 俺か? 俺がやったのか?

 バーサクモードは意識が大部分吹っ飛んでるからなぁ、記憶にございません。


 でも、なんだろうね、ダメージをしっかり与えてやったという実感があるよ。


 それと、俺の中にいつの間にか刻み込まれた記憶……。

 少女が飢えに苦しみ、モンスターとなってしまう光景が、まるで見てきたかのように目に浮かぶ。

 これが“ 濡れ銀 ”のルーツだって言うなら、この子をなんとか助けることは出来ないだろうか。


 現状、俺はかなりボロボロだが、それは“ 濡れ銀 ”も同じ。

 だが経験がちがう。

 俺がボロボロになるのは殆ど日常茶飯事だが、無敵の防御を誇っていた“ 濡れ銀 ”はそうじゃない。


 痛みや衝撃による思考と行動遅延、健常な自分との差異。

 そういったものに対応するまでにタイムラグがあるはず。


 魚のように無表情だった顔が、今や俺に対する憤怒で染まっている。

 いい傾向じゃないか。

 中の少女が目覚めてくれるかな?


「やっとやる気になったか。“ 濡れ銀 ”。さぁ、やろうか?」

「ボォオオオオオオ!!」



 戦う前に、今の俺の状態を確認しとかないとな――……





《ステータス》

名前:カサンドラ・ヴォルテッラ/菅野 照彦

種族:ブラックスケルトン

Lv.18

HP:5680/5680

MP:3420/3420

SP:6300/6300

攻撃力:4950+990

防御力:3050

素早さ:7100


◇スキル

『不死属性』『魔力自在』『千思万考』『骨融合』『無手の天才』『足掻く』『中級鑑定』『言語理解』『覗き見』『王の威圧』

『呪術』『邪気』『練気』『剽悍無比』『勇猛無比』『激怒』

『幸運』『根性』『無茶』『堅牢(New!)』『物理抵抗(極大)(New!)』『魔法抵抗(大)(New!)』『HP自動回復(極大)(New!)』『念話』『指導者』

『闇魔法』『神獣の咆哮(New!)』『煉獄火炎』

『闇吸収』『火炎無効』『状態変化無効(New!)』『光耐性弱化』

『進化条件解放』



◇称号

【転生者】【重度修行中毒】【融合魔獣】【ユニークファイター】【教え導く者】【恐怖の体現者】【お客様はクレーマー】【王種殺し】【神獣喰らい(New!)】




 何が起こった!!?


 《ステータス》もスキルも称号までも変わってる!?

 俺、なんかしたっけ?


 心当たりは一つある。

 変化を見るに、これってどうも“ 濡れ銀 ”の能力を取っちゃってる。

 つまり、“ 濡れ銀 ”の一部を『骨融合』したってことだ。


 バーサクモードで捨て身タックルした時に体をぶち抜いたっぽいけど、多分その時だな。

 意識が殆どないのに、俺ってばちゃっかり『骨融合』だけはしてったのね。

 称号にもそんな感じのが増えてるしね。【神獣喰らい】って。


 ……その巨体の一部でこの《ステータス》の上昇具合か……。



 ごくり……。


 いやいやいや、何を考えてる俺。

 “ 濡れ銀 ”も元は人間の少女。いち紳士として、子供は助けなければなりませんぞ!

 まぁ、体の一部を喰っちゃったみたいだけどね!

 助けたいって気持ちに一点の曇りも無いんだぜ!


 問題はどうやって助けるか、なんだけどね。


 そちらについても考えが無いわけでもない。


 奇しくもバーサクモードで勝手にやっちゃった『骨融合』がヒントをくれた。

 俺が奪い取った《ステータス》は明らかに多い。

 これって少女からしたら余分な部分だよね?


 少女は恐らく、魚のようなモンスターを食べ、高濃度の魔力が含まれた水を飲むことで自身もモンスター化してしまった。

 『骨融合』でモンスターの部分を取り除き、『魔力自在』で魔力を抜いてあげれば、少女は人間に戻れるんじゃないか?


 それには、接触が必要になるわけだが……。


 『骨融合』も『魔力自在』も接触することで効果を及ぼすスキルだ。

 遠距離攻撃は出来ない。


 だけど、でかい攻撃を一発当ててしまったからな。

 “ 濡れ銀 ”も次は流石に警戒するだろう。

 近づいてもぬるぬるねばねばの粘液が厄介だしな。


 さて、どうするか……。


「あのぉ、なんか出来ることねぇべか?」


 カレオちゃんが、岩影から顔半分だけ覗かせて、こっちを見ていた。

 ありがたいが、やってもらえることと言ったら囮くらいしかない。

 そして、それは決してやらせない。


 危ないからね。

 カレオちゃんの《ステータス》はカサンドラ・ブート・キャンプ以前のエルカ族の子供と変わらない。

 当時のエルカ族の子どもたちに比べれば強いんだけどさ。

 “ 濡れ銀 ”に通用するレベルではない。

 命は無駄にするものではないのだ。


「大丈夫だ。問題ない」


 いま障害となっているのは、近づき辛いこと、近付いてもその距離をキープし辛いこと。

 俺持っているスキルで何かできることはないか……。


 カレオちゃん、そんなに熱心にこっち見なくても大丈夫だって……。

 カレオちゃん……?


 ……ふむ、そうか、あの手があったな。

 ならば接近することは問題にならない。

 粘液も、まぁ、なんとかなるだろう。


 俺の《ステータス》はほんの数分前と比べて大幅にアップしている。

 “ 濡れ銀 ”はまだそのことに気付いていない。


 チャンスは一度。

 死んだら終わりのこの世界で、まだ一回チャンスが残っているのだ。


 カレオちゃんも、彼女の村も、“ 濡れ銀 ”の少女も、絶対に助けて見せる!




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