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30話 救援依頼


「やほ~、久しぶりね~」


 気の抜けるような挨拶をしてくれたのはゼクト族の巫女さん。

 そういやゼクト族の何名かに稽古つけるって話をしたねぇ。すっかり忘れてたよ。


 以前ボードゲームを作ってからエルカ族では空前のボードゲームブームなのです。

 まぁ、基本が修行と農業、それに狩猟ってのは変わんないんだけど。

 かなりの量を作ったから、今では1家庭に各種ボードゲームが揃っている状態。

 特に子供たちのブロック繋ぎの腕前はヤバイ。

 2手3手先どころか、平気で10手先を読んでくる。

 えぇ、子供にしてやられたんですよ。


 ふふ、カサンドラさんがそこにタイルを置くことは10手先から僕に誘導されていたんだよ!


 と、凄まじいドヤ顔で言われたからね。


 あまりに悔しかった俺はその日から各種ボードゲームの特訓をしているのです。

 当然、比重は格闘技の修行の方が重いけどね。そろそろライダー技も幾つか実戦レベルだし、闇魔法や邪気、呪術もじんわりと成長してきている。


 もうね、魔法とか術の修行が難しすぎる。

 これこそ想像力が試されるんだぜ! と勢い込んで始めてみたのは良いものの、闇魔法で使える呪文がシャドウクロークならば、どう頑張ってもシャドウクロークしか使えない。

 呪術もそう。ランダムで相手の《ステータス》下げるという呪術以外一向に習得しないのだ。

 邪気は唯一融通が効く。しかし、単体では目立つ効果は無く、魔力や呪術、闇魔法に混ぜてみても極々僅かに影響が出る程度。

 攻撃方法によっては付与する前よりも威力が落ちるのだ。

 これ使う意味あるの?

 いや、勿体無いから一応使って鍛えているけどね。

 検証する前はノリでよく使っていたけど、相手によっては使用を控えた方が良いかもしれない。


 そんなことばっかり考えたり試したりしながら過ごしていたからでしょうね。

 ゼクト族さん達のことは記憶からすっぽり抜け落ちていましたよ。

 いやー、スマンこってすたい。


「……巫女殿か」

「そうよ~おひさ~。約束通り修行の希望者を連れてきたわよ~」


 うん、連れてきてくれとは言ったけど、まさか巫女さん直々とはね。

 俺はてっきりビルカートのおっさんだと思ったんだけどな。

 そういや、おっさんの姿が見えないな。


「じぃなら、ネビ族の救援に向かったわ~」

「救援? 何かあったのか?」


 その問いかけに、巫女さんは大袈裟に溜め息を吐いた。

 演技臭いね。

 何? なんか言いたいことがあるの?

 それとも何かに呆れてるの?


「呆れるくらい想像通りの反応ね~。ま~都合が良いからぁ、いいけど~」


 巫女さん、呟いているつもりですか?

 スケルトン・イヤーは地獄耳だから聞こえちゃうんですよ。

 都合がいいってどういうことだい?

 まぁた変なこと考えてるのか?


「あたしたちがぁ、ゼクト族の集落で修行の希望者を編成している時にね~、ネビ族から使者が来たのよ~」

「ふむ。それで?」

「とっても強いモンスターに襲われてるから助けてくれぇ、ってね~」


 とても強いモンスター、だと……!


「どんなヤツか分かるか?」


 ネビ族のことはよく分からないけど、強いモンスターがいるなら戦いたいぜ!

 赤角熊を倒してから何度『骨融合』を使ってもスキルどころか《ステータス》さえ上がらない。

 レベルも上がる気配が無いし、ここいらで躍進と行きたいところだね。

 エルカ族の皆さんはじりじりと実力を付けてきている。

 仮にも師匠であるならば、このまま成長しないでいることは出来ないのです。


「あのね~、そうお人好しが過ぎるとぉ、いつか悪い奴に利用されちゃうわよぉ?」

「ん? 何故だ?」

「貴方はぁ、スケルトンとしては規格外の力を持っているんだからぁ、気を付けてね~ってことぉ」


 うーむ、どういうことだ?

 エルカ族のように修行を付けて欲しいということなら、既にゼクト族には行う旨を伝えているし、ネビ族が今後望むなら、やったっていい。


 そういうのがお人好しなのかな?

 でも、それって俺がこの世界に連れてこられた理由が理由だから、やらざるを得ないんですよ。

 別に強制的に従わされている訳じゃあ無いんだけどさ。


「まぁいいわぁ、モンスターの特徴ね~。知ってるわよぉ」

「頼む。教えてくれ」

「あたしたちはモンスターに名前とか付けないんだけどぉ、人間が付けた名前があるからぁ、それで呼ぶわね~?」

「あぁ。構わない」


 名前とか実際どうでもいいよ。

 相手が意思疏通のできる相手だったらそうもいかないけど。

 名のある武人と名乗り合いたいね!

 こう、乾いた風の吹く原で二人向き合い、一瞬雷光! 今まで培った手練手管が交錯し、そしてどちらかが倒れる。みたいな決闘をする前に。


「そいつは“ 濡れ銀 ”って言ってね~。空中を悠々泳ぐ大きな魚なのよ~」

「“ 濡れ銀 ”……。外見を表した名前なのか」

「そうね~。魚と言っても鱗はなくてぇ、ぬめぬめしてるのよ~。そのぬめぬめが厄介でねぇ、魔法を滑らせてしまうのよね~」


 巫女さん曰く、その“ 濡れ銀 ”というモンスターは、デカイ銀色のナマズのような外見で、魔法が極端に効き辛いらしい。また、ぬめりを帯びた分厚い皮膚には剣や槍も通らないそうだ。

 何より、大食らい。

 肉食で特に人間や亜人を好むらしく、全滅した集落もあるとのこと。


 ふーむ。また防御特化ですか。

 ビルカートのおっさんは物理オンリーだったけど、魔法も効き辛いとなると厄介さは跳ね上がるね。


 攻撃魔法をまだ持っていない無い俺には関係の無い話だけどな!

 魔法が滑るってことは、魔力そのものも滑ってしまうのかね?

 まぁ、その辺はやってみれば分かるか。


「すぐに私も救援に向かう。すまないがゼクト族への修行は後だ」

「ネビ族はエルカ族にも貴方にも救援要請は出してないわよぉ?」

「知ったことか。今動かずいつ動く」


 最初に亜人で同盟を組みたいって言ったのは俺だしね。

 ネビ族がエルカ族の所に来なかったのも、エルカ族を下に見てたということもあるだろうけど、俺を信用できなかったってのもあるだろうし。


 それに、“ 濡れ銀 ”とやらのスキルに興味があります。

 物理抵抗? それとも魔法抵抗?

 他のスキルも手に入るかもね。

 んふふふ。ネビ族を助けてスキルもゲット。一石二鳥じゃないですか!

 もしかしたらレベルも上がるかも!?


 とても楽しみです。


「まぁ、こちらとしては~、貴方が動いてくれるなら文句はないわぁ」


「という訳だ。すまんが、君たちはエルカの集落で待っていてくれ」


 巫女さんの後ろに控えていた弟子候補たちに一応一声かけとこう。

 今のエルカ族ならば30人くらいなんとか賄えるでしょ。

 あ、でも案内してもらわないと場所が分からないや。

 流石に巫女さん引っ張り回す訳にもいかないしな。それがバレたらネビ族の救援に行っているというビルカートのおっさんに角で斬られる。


 エルカ族から案内を出すのもなぁ。

 いきなり30人も食客が増えるのだから、狩りに出向く人員を増やしたいだろうし。


 どーすんべ。

 地図でも描いてもらうか?


「カサンドラ、あたしも、行っていい?」


 ヤディカちゃんがそんなことを言う。

 うーん、どうしよう?

 ヤディカちゃんなら戦力的にも充分だし、村の守りも今や強固だから、連れ出しても大丈夫かな?

 道も知ってるだろうしね。


「道案内も頼めるか?」

「うん、任せて」


 さっすがヤディカちゃんは頼りになるぅ!

 じゃあ、ちゃっちゃと行って、モンスターと殴りあうとしますかね。


「あら~、その子も行くのね~。大丈夫かしら~?」

「あぁ。ヤディカならば問題はない。彼女は、強いぞ」

「あたし、戦士だから」


 ぶっちゃけ、俺が生身だったら勝てる気がしないよ。

 それくらいヤディカちゃんの毒は強い。

 毒の威力もそうだけど、最近はその効能や濃度までもが自由自在だから、汎用性も凄いことになっているのだ。

 子供チームや女性チームは正式装備の中にヤディカちゃん印の様々な毒を組み込んでいる。

 一番の売れ筋は強力な麻酔毒。

 モンスターの群れを襲撃に気付かせずに暗殺しきることが出来るそうです。


 エルカ族は本当に恐ろしい奴らやでぇ……。


 そんな毒を自在に精製できるヤディカちゃんが足手まといになるわけがない。

 巫女さんは何を言っているんだか。

 その片鱗は貴女だって見てるでしょうに。


「……う~ん、あたし、この子苦手なのよねぇ。何考えてるのか分かんないのよ~」


 何をボソッと呟いているのよ。

 スケルトン・イヤーには大体聞こえてるのよ。

 スケルトンに耳ないけど。

 巫女さんよ、ヤディカちゃんをディスるなら覚悟しておくんだな。


「カサンドラ、いこ?」

「あぁ。なるべく早く戻るつもりだが、巫女殿はどうする?」

「あたし~?」

「そうだ。このままエルカ族の集落に残るか? ゼクト族の村に戻るならエルカ族から何人か護衛を出せると思うが」

「お構い無く~、勝手に戻るわ~」

「そうもいかないだろう。貴女はゼクトの指導者なのだから」

「巫女は指導者じゃあないわよ~。なんと言うかぁ、象徴?」

「尚更だ。待っていてくれ、手の空いている者に声をかけてこよう」

「本当に構わないのに~」


 いやいや、万が一があったら困るからね。

 筋肉に囲まれるのが嫌なのかな? 暑苦しいとか?

 女性だし、そうかもねぇ。

 じゃあ、同じく女性チームに出てもらうか。

 いや、子供チームの方が良いか。

 で、陰ながらに女性チームに守ってもらえば完璧だね。


 巫女さんがゼクト族の村に出発するのを見届けて、俺とヤディカちゃんはネビ族の領域に向かった。


 ネビ族が暮らしている所は海岸に近いらしい。

 あれかね、人間が上陸するところかね?

 あぁ、もしかして交易とかしてるのかな?

 だから色々手に入るので、他種族を見下し気味ってこと?


 結果として今から助けにいくんだけど、助けた後で偉そうにされたら嫌だなぁ。

 威張りたいから助ける訳じゃあないんだけどさ。

 どうなるかね?

 まぁいいか。悩むくらいならやりゃあいい!

 案ずるより産むが易しって言うしね!


 何よりヤディカちゃんがさっきから楽しそうなのが大事!

 遠出が嬉しい様です。そんな君が見られて俺も嬉しいです。

 ヤディカちゃんが“ 濡れ銀 ”とヤりあいたいって言ったらどうしよっかなー。

 惜しいところだけど、譲ってあげてもいいかもなー。

 何匹も居てくれれば何も問題ないんだけどねー。





◆◆◆





 ゼクト族の結束の象徴であり、導き手である巫女は、内心焦っていた。

 黒いスケルトンには自分は指導者ではないと言ったが、当然嘘だ。

 巫女はゼクト族の指導者である。


 スケルトンも毒もちのエルカ族も何を考えているのか分からない所があるので、保険のつもりで牽制をかけたのだ。

 自分に人質としての価値はない、と。


 どうやら通じる通じないよりも前に、気づいてすらいないようだったが。


 巫女となる以上、彼女にもそれなりに戦う手段はある。

 特に巫女だけに受け継がれる特殊な魔法。『時空魔法』は強力だ。

 まだ巫女には初級の『遅延弾スロウバレット』程度しか使えないが、モンスターから逃げ延びるにはそれで充分過ぎる。

 本来はそれで身の安全を確保しつつ、スケルトンを追うつもりだった。


 スケルトンは勝手に戦うつもりになっていたが、“ 濡れ銀 ”とは自然災害のようなものだ。亜人や人間が抗おうと思って抗えるものではない。

 この島にはそうしたどうしようもないほど強力な存在がいる。


 唐突に現れては集落をまるごと飲み込む“ 濡れ銀 ”


 長年生き魔力を操る術と深い知恵を得た“ 老賢猪 ”


 怒りのままに暴れ、天を焦がす炎を放つ“ 焔熊王 ”


 その声を聞くだけで命が奪われるという“ 死哭竜 ”


 島の3分の1程度の範囲しかないこの森だけで、出会えば死を覚悟するしかないモンスターがこんなにもいるのだ。


 その中でも“ 濡れ銀 ”はどんな剣でも魔法でもダメージを与えることができない堅牢さで知られていた。

 宙を揺蕩う動きは非常に緩慢だが、音もなく現れて全てを飲み込む。獲物のどんな抵抗も意に介さず、必死の反撃を歯牙にもかけず、悠々と去っていくのだ。


 唯一の例外がゼクト族の巫女が使える『時空魔法』だった。

 “ 濡れ銀 ”ではなく、その周囲の空間を停滞させモンスターの動きを封じることが出来る巫女は、自然災害と形容されるモンスターに対する数少ない対抗策だ。


 だからこそ、巫女はスケルトンを追わねばならなかった。

 ネビ族に恩を売り、またスケルトンを助けてやることで主導権を握る。

 もしもスケルトンが描く亜人同盟が成立すれば巫女の発言力は非常に重いものになるだろうし、成立しなくてもエルカ族とネビ族に対する有利なカードを手にすることが出来る。


 ゼクト族を繁栄に導くことにおいて、巫女は野心家であった。

 他種族全てが滅んでも、ゼクト族さえ栄えていればそれでよいと考えているのだ。


 この考えは、育ての親であるビルカートさえ知らない代々巫女の中で受け継がれてきた、初代巫女の残留思念である。

 巫女は、巫女個人であり、代々全ての巫女であり、初代巫女であるのだ。


 ゼクト族の繁栄のために、今は急ぎスケルトンを追わねばならない。

 だというのに、だというのに……!



「なー、巫女さん知ってっかー? この前なー、師匠がゲームっての作ってくれてなー」

「巫女様って言わなきゃだよ、サノマト」

「そうだぞ、失礼があったら師匠が怒るって言ってたろ」

「退屈しないようにしてやれとも言ってたろうがよ」

「そうだけどゲームぅ?」

「サノマト弱いしねぇ」

「うるせー!」

「でもよくあんなの考え付くよな! 師匠ってやっぱスゲェ!」

「そうだよね! アレすごいよね! でもヤディカちゃんなんであんなに強いんだろ?」

「師匠と暮らしてるって言ってたよ、答え聞いてるんじゃない?」

「えー! それズルくない!?」

「バッカ、お前らヤディカはそんなことしねーよ。だって強ぇもんよ」

「んだよー、サノマトはヤディカばっか庇うよな」

「ジッカは苛めてばっかりだよな、それ、ヤディカ意識してんのバレバレだから」

「は、はぁ!? ちげーし訳わかんねーし! ヤディカとかどーでもいいんですけど!? サノマトがそうなんじゃないですかぁ!?」

「いや俺エミナと付き合ってっから」

「「「ハァ!!?」」」


 まったくうるさく、緊張感がない。

 巫女は、もう何度目になるか分からないため息を吐いた。

 あのスケルトンが何を考えて子供を護衛として付けたのかは分からない。

 巫女がゼクトの重要人物であることを知っていながらこの仕打ち。やはり舐められているのか。


 エルカ族の男衆は随分と変わったようだったが、子供たちは変わらない。

 まぁ、あれほどまでに変わってしまうような特訓を子供に課すようであれば、少し見方を考えなければならないが。


 それにしてもゲームか。

 人間の国ではそれなりに娯楽が普及しているという。

 亜人にそうのような文化はないが、この子供たちの表情を見ていると、ゼクト族でも試してみてもいい気がしてくる。


 いつの世も子供が笑顔でいることが何よりなのだから。


「あ、悪ィ巫女さん、止まって」

「あら~、どうしたのかしら~」


 ぎゃいぎゃいと騒いでいた子供たちが、示し合わせたように静かになっていた。

 子供同士で顔を見合わせて、首を捻っている。

 いったい何だというのか。


「そりゃやっぱ居るよね」

「うん、どうしよっか?」

「師匠は巫女さんに迷惑がかかんないようにヤれって言ってたぜ」

「こっそりやる? 前から行く?」

「どっちが迷惑かかんないだろ?」


 どうやら巫女に面倒が生じることなのかもしれないらしい。

 子供がどうすればいいのか頑張って考えてる姿は微笑ましい。

 ここはなっていた年長者として意見を聞いてあげてもいいだろう。


「何かあるのかしら~?」

「あー……、いいやもう面倒くせぇ。巫女さんに聞いちまおうぜ」

「そうだね、巫女さんがヤってほしい方にするのが一番だよね」

「さんせー」

「あらあら~、いったい何なのかしらね~」


 子供たちは顔を見合わせたあと、リーダーなのであろう男の子を前に押し出した。

 サノマトと呼ばれていた子だ。

 友達に押されて抵抗していたようだが、エルカ族の少女に何か言われると、諦めたように頭を掻いてこっちに向き直った。


「この先にモンスターがいる。多分、羽の生えた虎のヤツ。どうして欲しい?」

「え? は? ど、どういうことかしら~?」


 意味が分からない。

 サノマト少年が指差した先は先の見通しなどまったく効かない青黒い木々の闇なのだ。

 感覚に優れた巫女だが、モンスターの気配など感じ取れない。

 それに、羽の生えた虎、とはまさか刃翼虎のことを言っているのか?

 あれはBランクのモンスターであり、ゼクト族の戦士達が決死の覚悟で戦って勝てるかどうかの相手だ。それも一匹相手に。


「師匠が、巫女さんに迷惑がかかんないようにしろって言ったから、巫女さんが言うようにする。どうすんだ?」

「どうするってぇ、本当に刃翼虎が居るならやることは一つでしょぉ! 逃げるのよぉ!」

「はぁ? 逃げるのか? まー巫女さんがそうしたいならそうすっか」

「えー、あたし新しいナイフ欲しかったー」

「お前はナイフ一本一本大事にしろよ」

「あいつ、羽が良いナイフになるもんなー」

「でも脆いよね。すぐ折れるもん」

「やっぱナイフなら師匠の骨のヤツだよねー」

「投げるんだったら虎のがいいよ?」



 耳を疑う発言が飛び出している。

 羽をナイフにする?

 刃翼虎の羽ならばさぞかし鋭い切れ味のナイフになるだろう。

 おそらく人間側も目の色を変えて飛び付くはずだ。

 だが、話から察するにこの子供たちはそんなレア素材の武器をお手軽に調達できるものと認識し、しかも使い捨てているという。

 ちょっと目眩がしてきたが、なんとか足に力を入れ直して倒れ込むのだけは避けた。


「ねぇ~、もしかしてぇ、待ち伏せてるモンスターを狩れたりするのかしら~?」

「ん、やっぱヤるのか?」

「ヤろうよー! 新しいナイフ欲しいー!」

「だから、巫女さんの気持ちが一番だって言ってんだろ! 師匠に言いつけるぞ!」

「サノマトいじわるー!」

「意地悪じゃねー!」


「そう。じゃあ、お願いしてもいい?」


 見極めてみよう。

 この子供たちまでもが強力な力を持った兵士であるのなら、エルカ族の戦力はどれ程になるというのか?

 子供達の言動に気負いはない。

 自分に出来ることと出来ないことを知っており、それでいてはっきりと刃翼虎を狩ることが出来ると言っている。


 それほどまでに強いのならば、これほどまでに強くなれるのならば、数の多さと魔法の種類で亜人を圧倒する人間から、初代巫女が生きた大陸の地を取り戻すことさえ出来るかもしれない。



「いいけどよー、こういう時って取り分どうすんだ? 巫女さんとことルール違うのか?」

「……そっちはどんな風に分けてるのかしら~?」


 子供にしてこの判断力。

 自分達のルールと相手のやり方が違うかも知れないということに気付いて、気を使ってすらいる。

 あのスケルトンは、子供達にいったいどんな教育を施したというのか?

 血も涙もない地獄のような修行を課し、価値観を破壊し精神を一から作り直すような苦行を強いたのではないか?


「そうねぇ、ゼクト族では狩った獲物はその人のものよ~」

「総取りかー」

「エルカ族ではどうなのかしら~?」

「ほとんど同じだよ。総取りって言ってもちゃんと家長に納めてんだろ?」

「……そうね」


 子供に分かりやすいように説明したつもりだったが、敢えて省いた部分を逆に補完してもらう形になるとは。


「あ、巫女さん、トラが追加で二匹だってよ。どうする? 全部狩るか?」


 子供達の一部はすでにサノマトと話している間に消えていた。

 もう偵察に行ってしまったらしい。

 視界に入っていたはずなのに、いなくなったこと気付けなかった。


 自分はこんな子供達を短い期間で育て上げたスケルトンと相対していたのか。そして頭まで下げさせたのか。

 これでは舐められても仕方がない。

 強いのはスケルトンとエルカ族の一部だと思っていた。

 とんだ大誤算だ。

 間違いなく子供一人に至るまで歴戦の精兵。


「出来るなら、やってみせて」


 そういった声が掠れてしまったのは仕方がないだろう。

 今、自分は凄いものを見ているのかもしれない。


「いいぜ。じゃ、やっちまえ」


 それが刃翼虎の死刑執行の合図だった様だ。

 そうであったと巫女が気付いたのは、いなくなった子供達が重そうに刃翼虎の死体を3つ背負って現れてからだった。


 子供たちが消えてから再び現れるまで、その最初から最後まで刃翼虎の呻きはおろか、下生えを踏む音さえしなかったのであった。



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